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はじまりはじまり。小さな冒険?
409、side フィア。聖女の理想。
しおりを挟む赤が好き。
澱み、暗く、けぶる赤が好き。
『ボルドーがお好みだなんて、とても上品ね、聖職者には珍しい色ですものね』
違うわ。
聖職者だからこそ、赤が好きなのよ。
純白に金糸の刺繍。
慈悲の涙を流して、他人から滴る血を受け止めるの。
じわりじわりと広がる、赤と黒の浸食。
共に受ける賞賛と喝采。
そんな場面で纏うローブは、純白と金より、鮮赤と金の方が、美しいと思わない?
私の好きなもの。
……あなたたちの最期こそ、私の晴れ舞台。
赤は朱でも良い。
死臭でも腐敗臭でも良い。
匂い立つほどの生への憧れと、救済を求める悲痛な叫びと。
むせ返るほどの恨みや嫉みが、瘴気を呼んで、不浄なる場と化していても良い。
どろりと広がる血溜まりの中、凛と立つ。
それこそ、本当の聖女の姿なのだから。
******
「お父様。そろそろお時間ですわ」
「ああ…そうか、そろそろか……」
壁の古ぼけた大きな時計が、時を告げる。
石造りの王都にあった豪奢な教会とは違って、ここは木造で、過去には戦争の砦として使われていたと言われてしまうほどに、とても無骨な、そして、寒風を防げる程度でしか、建物としての機能を保っていない。
部屋の壁にずらりと並ぶ信者たちを見回す。
私の視線に、深く礼をしていく列が、短い。
果てが見えないほどに、ずっと続いていたのに。
「付き人が…ずいぶん減りましたわね」
「お前は、気にしなくていい。アレがいる限りは、不自由などせん」
国教とも言われていたフォーレス教だから、国内のどんな場所にも教会所有の建物がある。
それこそ公には教会のものだと公言していないものだって、いくらでもある。
ここは、そんな建物の中の一つだ。
かなり老朽化していて、少し離れた場所には、それを理由に新築された、同じくフォーレス教の教会がある。
「ね、お父様。わたくし、また小鳥が欲しいわ。籠が壊れてしまっては雛も入れられないし……小鳥。そう…小鳥なら。小鳥であれば、餌とお水があれば生きていけるものね?」
「小鳥か…惜しいことをしたばかりだったな。あのハーフエルフの成り損ないを処分してしまったのは、惜しい……」
「あら、あの子なら籠から……お散歩中と聞いてますわ。また呼び戻せば良いのではなくて?……しっかりと、言いつけ通り王家に潜入も成功してますし。そろそろ呼び戻す頃合いかもしれませんわね」
お父様を安心させるように、ゆっくりと笑みを浮かべてみせる。
いつもやってきた事だ、こうしていれば万事上手くいく。
ここで『ダメだ』と言われても、信者が叶えてくれていたのだもの。
「……戻るだろうか?」
「首輪が外れて迷っているのでしょう?またつけて差し上げれば良いだけですわ」
お父様に近づくと『こちらをどうぞ』と、金の細い蔦が絡まるような華奢な作りのチョーカーをいくつか渡す。
シャラシャラと、蔦の隙間に見え隠れするように、赤と青の宝石状の魔石が揺れる。
「新作、か?」
「えぇ。素敵でしょう?おいたで怪我をしないように、加護も付与してみましたの」
お父様は、じっと手の中にあるチョーカーを見つめている。
……始まりは、単なる気分転換にと、作ったアクセサリーだった。
お父様が物置として使っていた建物で見つけた、一冊の本。
古代語で書かれていたので、内容はわからなかったのだけど、素敵なアクセサリーのデザインが、たくさん描き込まれていたので、参考にした。
それがあまりにも綺麗だったので、詳細を知りたくなり、古代語の辞書を引き、調べたら『調伏の環』という意味の魔道具だという事を知った。
人心を操るのは闇の属性に適性がないと…できない。
できないはずなのに、私が作り上げたアクセサリーたちは、魔道具として成立してしまっていた。
気付くのが遅く、今まで作ったアクセサリーたちは好評のうちに、チャリティーバザールで大量に処分してしまった後だった。
半信半疑ではあったものの、その日を境に、信者の数が急激に増える。
お父様の支持が上がる。
気づけば…お父様は司教に。私は聖女へと役職を駆け上がってしまった。
……信者の同僚も皆、お揃いのアクセサリーをつけている。
「では、出発する。おまえは…ここに」
「いいえ、ご一緒しますわ」
ローブの上から、フードのついた厚地のコートを羽織り、建物の外へと視界を向けると、遠目に普段では見掛けることのできない、立派な馬車が迷いもせずに、こちらへまっすぐ向かってきているのが見えた。
教会の馬車ではない。
あれは…王国騎士団の紋の入った、護送用の馬車だ。
さぁ…裁判が始まる。
私の雛たちは元気かしら?
小鳥たちも寂しくなっていないかしら?
寂しく鳴く前に、連れ戻してあげる。
******
「なぁ……レイ。レオンは来ないのか?」
胡桃の混ぜ込まれたパンに齧り付きながら、エルネストがシュトレイユ王子に聞く。
そうなんだよね、昼から出廷になるのはカイルザークとシュトレイユ王子もだけど、レオンハルト王子も一緒なのに、今日は開始時から姿を見ていない。
「兄さまは、父さまと母さまたちと一緒に食事をとるって。母さまが…えっと…」
「…僕が昼から出廷だから、みんなの所にそろそろ帰るって言ったら、レイがわがままを言って、無理矢理ここについて来ちゃったんだよ『僕も昼からだし!』とか言って」
ジト目になっているカイルザークが『気軽に、こっちに来る事自体がおかしいんだからね?!仮にも王子なんだから』と説明していた。
すると、今まで満面の笑みだったシュトレイユ王子が、途端にしょんぼりとなって俯いてしまった。
「で…でもっ!…みんなと一緒にご飯を食べたかったの…。いつも一人だから。『避難所』みたいに、みんなで食べたかったの……」
消え入りそうな声での呟きが耳に入る。
可愛らしいアクアマリンの瞳に、じわりと涙をためて…今にも泣きそうな表情になっていく。
(か…可愛いっ!泣きそうだけど、可愛すぎる)
思わず庇いそうになったところで、カイルザークがシュトレイユ王子の額を人差し指で軽く弾いた。
「痛っ!!ひどいっ!」
「レイ、今の…友達にやったら嫌われるからね?!」
カイルザークにピシャリと言われて、きょとんとした顔をあげるシュトレイユ王子……って泣いてないじゃんっ!!
「「えっ……」」
「ユージアも、セシリアも騙されるんじゃないの。これは嘘泣きだよ。嘘泣き!」
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