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第三十一話 路地裏の密会

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 レンとアリスは冒険者ギルドを後にし、王都を散策していた。 

 冒険者登録に関しては手続きに時間がかかるらしく、また後日冒険者ギルドに来てほしいとのことだ。おそらくレンの身分が解析版アナリシムで証明できないので、そこら辺の手続きに時間がかかるのだろう。
 
「それにしても、結局クレアは冒険者ギルドに来なかったな」

 昨日クレアはレンたちに合わせ、朝の内に冒険者ギルドに向かうと言っていたが、正午を過ぎてもその姿を見せることはなかった。

「クレアもかなり疲れていたでしょうし、寝坊してしまったのかもしれませんね」

「そう言うアリスもそろそろ限界なんじゃないか? 買い出しは俺がやるから、宿に戻ってもいいんだぞ?」

「……そういうわけには……いえ、こんな状態で買い出しに行っても邪魔になるだけですね。今回は素直にレン様に甘えさせてもらいます」

 本当はレンと一緒に買い出しに行きたかったが、今にも瞼が落ちそうなので諦める。

「任せろ。お使いの一つくらいは俺にもできる」

「ありがとうございます。では、私は一足先に宿に戻りますね」

「ああ、気を付けてな」

 大通りに向かうレンの背中を見送り、アリスは来た道に踵を返す。

 レンと居た時は、情けない姿を見せないために我慢していたが、一人になった途端、急激に睡魔が襲ってきた。流石にこんな人ごみの中で倒れるわけにはいかないので、アリスはほっぺたをつねって何とか意識を保つ。

 ぼやける視界の中、必死に歩みを進めていると、いつしか知らない路地裏に迷い込んでしまった。

「あれ……? おかしいですね……ここを右に曲がったら宿へ続く道がある筈ですが……」

 道を間違えたのだろうか。そう思いアリスは路地裏から出るため、来た道に引き返そうとする。しかし――

「待って」

 突然、路地の奥から何者かに呼び止められた。
 振り返るとそこには紫色の長い髪を揺らしながら、女が立っていた。
 目がぼやけていて顔は良く見えないが、雰囲気だけでも美人だというのが分かる。

「あんた……アリスよね?」

「――え……? どうして私の名前を……」

 知らぬ女に名前を呼ばれ驚くアリス。

「やっぱりね……てことは、さっきの男が例の……」

「……あなたは……誰ですか……?」

 アリスの事をどこで知ったのかは分からないが、女から敵意のようなものは感じられない。

「……名前は……言えない……でも、あたしはあんたの敵じゃない」

「――そうですか……それで、私に何のご用でしょうか……? 今は少し……体調が良くないので、手短にお願いしたいのですが……」

 ただの睡眠不足だが、あまり長話をできる状態でもないのでそう言っておく。
 
「そうね……あたしも、悠長に話している暇はないし、手短に話すわ」

 そう言うと女はアリスの両肩に手を置き、アリスと目線を合わせるために少し屈んだ。

「一度しか言わないか良く聞いて。もうすぐこの国にレスタム王国以上の惨劇が起きる。詳しいことは言えないけど……この国の大半の人間が死ぬわ。だから……巻き込まれる前にこの国を出なさい。そして今までの事は全て忘れて、どこか遠い地で幸せに暮らして」

 アリスは予想だにしない女の言葉に困惑する。

「急にこんなこと言われても理解できないだろうし、見ず知らずのあたしの言うことなんて信じられないだろうけど、あたしはあんたに嘘はつかない。約束する」

 その目は力強く、とても嘘を言っている様には見えない。

「――じゃあ、あたしはもう行く……きっともう、あんたと会うこともないでしょうけど……元気で……」
 
「――ま、待ってください!!」

 アリスの静止を聞かずに女は跳躍し、建物を軽やかに飛び越えどこかへと行ってしまう。
 女の言葉で眠気が完全に吹き飛んだアリスは、それをただ呆然と見ることしかできなかった。



~~~



 買い出しを終えたレンは宿の部屋に戻る。
 すると先に帰って休んでいた筈のアリスが、部屋の窓際に座って外をボンヤリと眺めていた。

「どうしたアリス。寝てたんじゃないのか……?」

「……レン様、お帰りなさい」

 アリスの表情はかなり暗く、元気がない。寝不足なのもあるだろうが、それだけではなさそうだ。

「……具合でも悪いのか?」

「なんだか……眠れなくて……」

「……そうか……なら、飯でも食べるか? 屋台に旨そうな料理があったんだが――」

「ありがとうございます。でも大丈夫です」

 レンは買ってきた物をテーブルに並べアリスに見せるが、どうやら食欲もないらしい。

「そうか……」

「…………レン様……例えばの話なのですが……」

「……なんだ?」

「もし今、この国で大勢の人々が死んでしまうような事が起きようとしていたら、レン様ならどうしますか……?」

 縁起でもない例え話に、レンは怪訝に思うが、アリスが意味もなくそんな質問をしてくるとも思えないので、考える。
 情報が少ないのでうまくイメージできないが、大量に人が死ぬような状況は前世なら自然災害や国同士の戦争が起こった時だろうか。

「……そうだな……事前にそれが分かっているなら……逃げるかな」

 自然災害も戦争も人一人が足掻いてどうにかなるようなものではない。
 運よく事前にそれらが起こる事を知り得たなら、逃げるのが賢い選択だろう。

「――この国に大切な人が居ても……ですか……?」

「リアとクレアのことか? それなら説得して一緒に逃げる……と言いたいところだけど、クレアはこの国の王女だし、リアにも大切な人がこの国に居るだろうから、それを見捨てて自分だけが逃げるなんてことはしないだろうな」

「――なら、どうすれば……」

「大切な人なら、何が起きようとも、その人たちの事だけを考えて、精一杯足掻くしかないんじゃないか? 
 物語の英雄みたいに全部を守ることは無理でも、大切な人だけなら守れるかもしれない。
 例えそれで自分が死んでも、見捨てて一生後悔するよりかは悔いはないかもな」

 レンは朝比奈が殺されたあの日からずっと後悔している。いや、もしかしたらそれよりも前、両親が殺されたあの日から、レンは心のどこかでずっと後悔し続けていたのかもしれない。
 そして、後悔から目を逸らし続けた結果、全てを失い、今レンはここに居る。贖罪というていのいい言葉に縋り付いて。
 
 そんなレンの様になるぐらいなら、大切な人のために精一杯足掻いて死んだ方がまだ幸せだろう。

 ――例えそれが犬死にだったとしても。

「……納得いかないか?」

 望んだ答えじゃなかったのか沈黙してしまうアリス。

「――ふふ……いえ、なんだかレン様らしいなと思いまして……」

「……そう……か……?」

 レンの意見の何が面白かったのか分からないが、先程までの暗い雰囲気は消え、明るく笑うアリス。

「はーあ、レン様とお話ししてたら、なんだか私もお腹が空いてきました! 一緒に食べてもいいですか?」

「もちろんだ! ちなみにお勧めは――」

 アリスの例え話が少し引っ掛かったが、追及はしない。
 アリスの周りでは短期間で精神に負担がかかるような出来事が起き過ぎている。睡眠不足も相まって、悪い夢でもみたのだろう。

 なにはともあれ、アリスが元気になったなら良かった。



~~~



 魔将ラビは城壁の上で、風に揺られる自身の紫色の髪を手で抑え、先程出会った少女の事を思い出す。

「…………思ったより元気そうだったな……」

 魔帝の話だとアリスは龍神に殺されたという話だった。
 だが、彼女は生きていた。それも死んだ筈の龍神と行動を共にして。
 龍神が何を思って絶解の魔眼を持つアリスを生かし、自らの傍に置いているのかは不明だが、無理やりアリスを従えている様には見えなかった。

「……まあ、それもあの子が元気に生きていた以上、大した問題じゃないか……それよりも今は……」

 地平線に沈む夕日を見ながら、これからこの国に起こるだろう惨劇を想像する。

「…………あたしのできることは、もう何もない……だから……死なないでよアリス……」
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