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45 サボテンは大切に育てているから(2)
しおりを挟むどうして、なぜ、という言葉がずっと頭の中をグルグルと支配している。
駅へ引き返した夕美は急ぎ足で改札を抜け、地下鉄に乗り込んだ。そして、今さっき見た光景をもう一度思い浮かべる。
あれは隣人の男性で、そして彼が入っていったのは、確かに夕美が住んでいた部屋だった。
電車に揺られながら、夕美は考え続ける。
(何か事情があったのよ。そうだ、私が住んでいた角部屋のほうが風通しがいいし、二方向から光彩が入るから明るいから、空くのを待っていたとか? そういう人もきっといるはず……)
心を落ち着かせるために浮かんだ名案のように思われたが、それは違うと自分自身が否定してくる。
それは、千影と同居する直前。あの男性を何度も外で見かけたり、通勤時間が被るなど、妙な偶然が重なったことが引っかかっていたからだろう。
夕美は俯いていた顔を上げ、暗い窓に映る乗客になんとなく視線を移した。会社帰りの人が多く、立っている人も疲れた顔をしている。自分も相当疲れた顔をしているに違いない、と思ったその時だった。
(え……っ!?)
窓に隣人の男性らしき人物が映っている。五、六人ほど隔てた場所にいるが、車内の明かりに照らされてはっきりと映し出されていた。
ボサッとした髪のメガネを掛けた彼がつり革に掴まり、うつむき加減で立っているのだ。
(な、なんでここにいるの? もしかして、後をつけられた……?)
再び呼吸と動悸が激しくなっていく。
つり革を握りしめている手から、汗が噴き出しているのがわかった。
夕美はもう一度だけ、彼のほうをチラリと見た。彼はスマホを手にしており、こちらを見ているわけではない。
(ただの偶然? どこかに出かけようとしているだけ? アパートに帰ったばかりなのに?)
車掌のアナウンスが車内に響いた。もうすぐ降りなければならない。
(どうしよう。このまま乗り続けたほうがいいんだろうか)
しかしそれでは時間が遅くなり、人が少なくなって、逆に怖い目に遭うかもしれない。夕美が降りる駅は乗り換えもできるので、多くの人が利用している。その人混みに紛れてさっさと降りてしまったほうが良さそうに思えた。
車体がホームに滑り込んでいき、停車した。
彼は動かず、降りる気配がない。夕美はそちらを確認しながら、多くの人に紛れて電車を降りた。人が多いため電車の中まで確認はできなかったが、周りに彼の姿はなく、とりあえず安心する。
(勘違い、でいいのよね? とにかくさっさと帰ろう)
振り返ったが、やはり彼はいなかった。
改札を素早く抜け、もう一度振り返る。駅前は明るく、大型のスーパーやショッピングモールはまだまだ人で賑わっていた。
夕美と千影が住んでいるマンションは、そこから徒歩五分で到着する。
(もう大丈夫よね。周りに人もたくさんいるし、怖いことはない)
大きく息を吐き、夕美はスーパーに入った。明日の朝のパンと、お気に入りのアーモンドミルクが切れてしまったので購入する。
夕美と同じように会社帰りの人たちが食材を買っている姿を見ると、心からホッとした。
もしあの男性が夕美の後をついてきているのなら、絶対に見かけるはずだ。もしそうだったら、すぐに交番へ行こうと決め、夕美はスーパーを出た。
すっかり暗くなったあたりをキョロキョロと見回すが、彼と思われる人はいない。
夕美はエコバッグを肩に掛け、帰路を歩き始めた。人通りが多い場所を過ぎ、静かな路地に入る。自宅のマンションが見えてホッと息を吐いた夕美の耳に、後ろからついてくる足音が響いた。
何気なく振り向いた夕美は、一瞬で震え上がる。
電灯がない場所をこちらへ歩いてくる、隣人の男性がいたからだ。
夕美は前を向き、小走りにマンションへ向かった。こんな時に限って周りには彼の他に誰もいない。いつもなら、必ず二三人は歩いているのに。
(とにかくマンションに入ろう。それから千影さんに連絡して……)
後ろからついてくる足音も、夕美に合わせて走り出したのがわかった。
もつれそうになる足をどうにか急がせ、マンションのエントランス前まであと一歩に迫った、と同時に。
後ろからグッと肩を掴まれた夕美は、思わず悲鳴を上げる。
「やっ、やめてっ!」
「夕美? どうしたの?」
「え……」
聞き覚えのある声に驚いて振り向くと、そこにいたのは夕美の愛する推し――千影だった。
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