ぎんいろ

葉嶋ナノハ

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12 蒼太編 おんなのこ

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時間が前後して、蒼太視点で中学生の頃のお話です。

+++


 あーイライラする。
 なんで、まひると話すだけで夫婦だの、嫁だの言われなきゃならないんだ。他の女子とだって話してんだろ。下の名前で呼び合うってのが、そんなに珍しいのかねー。

 そんなことを思ってたのが中一の初め。あれから二年近く、まひるとはほとんど話していない。委員会が一緒になった時も、ひとことふたこと確認の伝達をしただけで、こそこそ笑ってるのがいたし。

 廊下を歩いていた昼休み。後ろから声を掛けられた。
「よお、蒼太! 久しぶりだな」
 げ、まひるのお父さん。声デカいって。何人かいるお母さんたちに交じって、スーツ姿のお父さんは余計に目立つ。
「あ、ども」
「外は寒かったけど学校の中は結構暖かいね。コート脱いじゃったよ」
 まひるのお父さんは平日の昼間でも、こうして会社を抜けて授業参観に必ず出席していた。保護者会にも参加しているようだった。それは小学校の頃からずっと変わっていない。俺んちの親ですら、中学になってからは、ほとんど来ないのに。
「三年は同じクラスになれるといいなあ。蒼太が一緒なら安心なんだけど」
 笑顔でまひるのお父さんが言った。安心て、俺がまひるの傍にいた方がいいってこと?
「またメシ食いに来いよ。おじさん、料理の腕上がったんだ。最近ピザ作りに凝っちゃってさあ。蒼太好きだろ?」
 廊下の離れたところで、ニヤニヤしてこっちを見てる奴らがいる。
「俺、ちょっと顧問に呼ばれてるから行かないと」
「顧問? ああ部活のか。そりゃ悪かった、ごめんな。部長やるんだって?」
「あー、はい」
 何で知ってるんだよ。まひるが言ったのか?
「すごいな、頑張って」
「はい。じゃー失礼します」
「お、おお。またな」
 戸惑ったような顔をしたまひるのお父さんを置いて、俺はその場を足早に離れた。
 ごめん、まひるのお父さん。皆の前で仲良くしてたら、またあとで何言われるか、わかんないんだよ。最近はそういうの、だいぶなくなったけどさ。 本当は俺だって昔みたいに話しがしたいんだけど。

 今日の部活は顧問の先生の都合で、他の部より早めに終了だ。
 中庭で使ったハンド用のゴールを片付け、部長の俺が皆を集めて春休みの練習試合に向けての目標なんかを話した。来月は新入生が入る。気を引き締めていかないといけない。
 外の水道で水を飲んでから、中庭の隅に置いておいた鞄の傍で、皆ユニホームにジャージを羽織り始めた。いちいち制服に着替えるのは面倒だから、ジャージを上から着てそのまま帰るのが習慣だった。
 動いたあとだからまだ暑い。座って水筒の飲み物を飲んだり、荷物をまとめながら話して盛り上がってたその時、俺の隣で武史がにやにやしながら言った。
「今日も佐伯のお父さん来てたな。いつもいるよなーあの人。暇なん?」
「あーいるね。佐伯のお父さん、俺もよく見る」
 俺の前にいた親友の勇人が武史に頷く。まるで自分が何かを言われてるみたいに、急に俺の心臓がドキドキと鳴り始めた。
「そういや小学校の林間学校の日、佐伯のお父さん、走って弁当持って来たんだよな! 俺、目の前で見ちゃってさ。すっげー笑える顔してんの、必死んなっちゃって」
 顔の汗を拭いたタオルを鞄に突っ込んで、武史がベラベラ話し続けた。
 ……何が悪いんだよ。自分の子どもが大事な日に弁当忘れたんだから、必死になるのは当たり前だろ。
「父子家庭も大変だよなー。何でお母さんいないんだっけ? 離婚?」
 武史の話に乗って、違うやつも入って来た。
 胸に白いもやもやが広がって、それが真っ黒な重たい塊のようになっていく。
「さー? 保育園の時からいなかったよーな。逃げられたんじゃね? 病気で死んだんだったら可哀相だけど」
 武史が答えながら、噴き出した。ぶっさいくな顔で。このカエルが。あれから全然成長してないじゃんか。
「何が可笑しいんだよ。お前黙れよ」
 立ち上がって、しゃがんでいる武史の肩を掴む。
「あ?」
「言っていいことと、悪いこともわかんないのかよ。クソが……!」
「何だよ蒼太。お前やっぱり佐伯が好きなんじゃん。普通怒んないよなあ、人んちのお母さんが死んだかどうかで」
 なんかもーその後は俺、自分で何したのかよく覚えてない。

 周りの皆がすぐに止めてくれて、その場は収まった。顧問がいない間に部長が喧嘩沙汰なんて、活動停止になりかねないからなんだけど、その場にいた皆が俺の味方、っていうか……まひるの味方だった。武史の言い分なんて誰も聞かなかったから、結局はあいつが皆に責められて終わった。
 
 何も知らない奴に、あんなこと言われて、心底腹が立った。
 まひるが金木犀の花を拾ったり、ジャングルジムの天辺から降りなかったり、屋上へ行こうとして叱られたり、そういうの、知らない癖に何偉そうに言ってんだよって、どうしようもなくなった。
 あいつを殴った瞬間、まひるのお父さんの顔が頭に浮かんだ。
 小学校の帰りにまひると二人で交番にいた時、迎えに来たまひるのお父さんは、俺にとても優しかった。
 遊園地に行った時も、家に泊まりに行った時も、いつだって嫌な顔ひとつしないで、まひると同じように俺を可愛がってくれた。
 なのに俺、何でさっきあんな言い方しちゃったんだろう。武史のこと言えないじゃんか。
 林間学校の日、まひるの弁当を届けに来たなんて俺、知らなかった。あの時クラスが違ったからか。想像しただけで切なくなる。
 まひるは女の子なんだから守ってやれって、小さい頃から親に言われてた。でもそれだけじゃなくて、ほっておくとあいつは一人でどっかに行っちゃいそうで、それを俺が止めなきゃいけないって、いつも思ってた。

 俺が、まひるとまひるのお父さんにしてあげられることって、何だろう。

 ぼっこぼこに、ぼっこぼこにしてやる、って思ったけど、そんなに上手くはいかなかった。お互いに一発殴って終わり、だったらしい。
 そんであのバカ、俺にさっき何て言ったと思う? 本当はまひるが好きなんだとさ。もう一発殴ってやろうかと思ったけど、やめた。

 帰り支度を終えて皆で校門へ向かう。
 短距離を練習してる陸上部の横で立ち止まった。何度も何度もスタートをしては戻って練習してる奴がいる。
 はーあ。まひるは、あいつが好きなんだよな。陸上部の中でも足の速い金田。まひる本人に聞かなくても、何となくわかる。
 俺、いつもまひるのこと見てたから、わかるよ。
 まひるが、いつも何かを探してたのは、叶わない夢に近付くためだってことも……わかってる。

 金田の向こう側にいたソフト部の女子がこっちを見た。その数人の中にまひるもいる。目が合ったら、またどうせ周りになんか言われるから、気付かない振りをして足元にあった小さな石を蹴飛ばした。
 あ、違う。俺じゃなくて金田を見てるのか。俺バカみたいじゃん。
 重たい鞄を肩に掛け直して、先を歩いてる皆を追いかけた。

 さっき武史に言ってやったんだ。
 まひるはお前みたいなやつ、絶対好きにならない、って。万が一、億が一好きになりそうになったら、どんなことしてでも邪魔してやるって。

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