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本編

5(完結)

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「今夜、お前を抱きたい」
「うん? え? は…………ええ?」

その日は国王の崩御が伝えられた。81年の生涯と考えれば往生したほうだろう。それと同時にジェラルドの即位が民衆に広められ、順を追って神子との婚約が報じられる。
そのさなか、ジェラルドは回廊ですれ違うゆずるを呼び止めてそう耳打ちした。アルストは聞こえないふりをした。

「…………」

呆然とするゆずるを放って足早に立ち去る。気まずさがそうさせている訳ではなく、本当に忙しいからだ。やるべきことは多くあった。それでも今日を逃せば次はいつ機会が巡ってくるかわからない。ジェラルドも然ることながら、神子もただぼんやりと城の奥に囲われていればいい存在ではなくなる。

「えーっと、神子様?」
「……へっ!?」

しばらくして背後から声を掛けられ慌てて振り返った。その顔の赤さと表情から満更でもない様子を感じ取り、一先ず陸地が削れるのは杞憂だったかとアルストは胸を撫で下ろす。とはいえ、直前に怖気づいて深夜に雷雨が来る可能性も否定できない。

「破れる、破れるらしいからなぁ……」
「だ、だから何が?」
「何でもないですよ。それより準備しましょうか。夕飯は早めに済ませちゃいましょうね」

あとは挿れるほうに釘を刺すしかない。その凶暴なものは絶対見せないように、無理して全てを処女地に埋めようとしないように。

「急ピッチで工事進めた海岸堤防、無駄にならないといいけど」

一人だけ全く別の心配事を呟いて、まだ顔を赤くして固まるゆずるを部屋へと促した。
アルストが何食わぬ顔で「部屋の前まで送りますから、今日はジェラルド様のところで寝ましょうか」とわかりきったことを言うと、ゆずるには不安げに見上げられた。その表情に多少なりとも罪悪感を抱かないこともないのだが、今更じゃあ今夜は無しということでと言うわけにもいかない。まさかアルストがジェラルドに口利きできるはずがないし、不仲中に散々二人の間を突っついたのはアルストだ。よもや長期戦を見込んでいたジェラルドのほうが、こんなにも早く吹っ切れるとは思わなかった。
羞恥と困惑と、あとは少しの期待感。そんな思いでふるふると身体を震わせるゆずるの肩を安心させるように抱き寄せながら、本当にこの小さな身体をどうにかするつもりだろうか、と主の趣味を心配した。

夜。周到に用意された寝巻きをアルストに着せられ、ゆずるは恐る恐る回廊を歩いた。その寝巻きというのがなんというか、明け透けだ。下腹部の薄い生地は肌にぴったりと張り付くし、その上から羽織らされたひらひらとした白いレースはシースルーで完全に透けていた。
というかこれ、女物じゃないか?と気づいたときには流石にジェラルドの趣味を疑った。いっそ笑ってくれれば気が楽なのに、アルストは最初から何も見えていないように何も言わなかった。それもそれでつらい。
時折止まりそうになる歩みを促すようにそっと背中を押していたアルストは、部屋の前まで来ると何も言わずに帰って行った。

「……す、すう……はあー……」

初めて脚を踏み入れるジェラルドの部屋の前で立ち尽くす。何度か扉を叩こうと握った拳を胸元まで持ち上げては下ろす動作を三回は繰り返し、同じ回数深呼吸をする。四度目の息を吸い込んだとき、低く耳に残る声が聞こえた。

「……何をしている?」
「わっぎゃあッ!」

勝手に扉が開いて、中からジェラルドが顔を出す。脱ぎやすそうなゆったりとした服を着ていた。

「ああああの、こんばんは!」
「何だそれは……指先が冷えてるな。ほら、早く入れ」

きゅっと握り込まれた手に引かれるまま部屋の中へと吸い込まれる。バランスを崩してジェラルドの身体に凭れ掛かったが、彼は物ともせずゆずるを抱えるとそのまま持ち上げた。突然の浮遊感に目を丸くする。

「言っておくが、全く重くない。もっと肥えていい」
「そりゃ、わかってたけど……!」

それくらい軽々と持ち上げた。太腿の裏と背中に回された腕で安定しているが、わざとゆらゆらと身体を揺らされる。ぼそりと「立ったままいけるな」と呟かれた言葉は聞き返す間もなく微笑みで誤魔化された。
ジェラルドが笑っている。珍しいものを見たとそちらに意識が集中していると、ベッドの上へおろされた。ふわりとしたレースがシーツの上に散らばる。

「……この格好、女の子用じゃないの?」
「なんだ、気づいたか」
「そりゃ気づくだろ、ていうか、なに? やっぱり女の人のがよかった?」

喚ばれる神子は全員男だと言われた。ジェラルドもそれを承知の上だ。だが、彼自身は男と女ならどっちがよかったのかと訊いたことがないことに今し方気づいたのだ。
そしてジェラルドはこの状況で女物を着せた。だから、この服はそういう意味だとゆずるは捉えてしまう。
後ろ向きなゆずるの考えを察したようにジェラルドが彼の頬に唇を落とした。捲れたレースの裾から侵入し直接皮膚に指を這わせながら、耳元で囁く。

「お前であればどちらでも。お前でなければ意味がない。それを着せたのは、きっと今が一番似合う体型だと思ったからだ」

少年から大人になる過程の身体は性別もまた曖昧になる。それは男女の隔てで言えば男であるのに変わりはないのだが、人間は小さいものを可愛く思うようにできている。犬や猫を愛玩動物として手足を短く改良するように、平安の歌人が随筆に残したように。小さきものは、みなうつくし。と。

「性の香りが似合わない無垢な子供の身体を汚すのだから、とびきりその清純さを強調しようと思っただけだ。最初くらいな」
「へ、変態……」
「何を。俺なんて50ちょうどの年寄りが二十歳の娘を孕ませてできた子だぞ。父上と比べれば可愛げのあるほうだろ」
「常識が違う……うあ……ッ」

腹の上を這う指が胸まで到達した。先端の小さな飾りを軽く摘むと、ゆずるの口から思わず声が漏れる。気を良くしてくにくにと押し潰すように指を動かした。身を捩って逃げようとするのも構わず上からキスをして押さえ込むが、まだもぞもぞと動いている気がする。
ひょっとしたら、これが精一杯の抵抗なのだろうか。ジェラルドは不安になった。元より屈強な体躯をしている彼からすれば少し身動きをしている程度にしか感じないが、よく見ればびくびくと身体を震わせている。
大人と子供の差を考えれば、一つ一つ了承を取ってことを進めるほうが適切かもしれない。
昼間アルストにから散々刺された釘が効いたわけではないが、そんなことを思った。

「今からお前の身体に触れる」
「も、触ってる……」
「これはただ表面を撫でてるだけだ。これから、お前の中に入るために触れる」
「俺の中に、はいる……?」

既に涙の溜まった瞳できょとりと見上げられて、ジェラルドは暫し考える。
ひょっとして、性行為のやり方を知らないのか。

「俺にもお前にも同じ形の性器がある。それはわかるな」
「う、うん」
「女は凹凸の凹しか持たないが、男は凹凸の両方がある。ただ、普通は片方しか使わないだけだ」

つ、と布越しにジェラルドの指がゆずるの臀部を撫でた。その双丘の谷間に指を挟み込み、まだ濡れていない穴めがけてくいくいと中指を折り曲げる。

「ここに、俺の性器を挿れる」

ゆずるは目を大きく開き固まっていた。びくびくとした身体の小刻みな震えは止まっている。案外冷静なものだなと考えた矢先、劈く悲鳴がジェラルドの鼓膜を襲った。念のため部屋に防音の魔術を施していた甲斐があったとため息を吐く。

「無理無理無理! なにそれ! え、なにそれ! 入るわけないだろ!?」
「……アルストから準備は整ったと言われたが」
「あ!? あれそういう意味!? 確かに妙に隅々まで身体洗われたけど! いつも俺が嫌がったらやめてくれるのに!」
「今日入らないなら入るまで時間を掛ける。止めるという選択肢はない」

断固として言い放ったジェラルドにゆずるは顔を青くさせた。無理なものは無理だ。それってケツの穴から手突っ込んで奥歯ガタガタ言わせるって言ってるようなもん。現実的じゃないし、多分やったら死ぬ。

「死ぬ……死んじゃう……」

一度目の邂逅以来の命の危機を感じてはらはらと涙を流した。それを前にすると無表情ながらもどこか困り顔で進める手が止まってしまうのは、結局のところ彼の涙には弱いからだ。
惚れた弱みというものを、ジェラルドは初めて知った。

「……この身体は精通してるのか?」
「な、何聞いてんの!?」
「どうなんだ」

茶化すわけでもなく真剣な声色で聞いてくるので、小さくか細い声で「……まだ」と答えた。ゆずるとて知識はあるのだ。ただ、本当に知識だけ。
足りない経験と知識の中で考えるに、今晩行われる『抱く』というのはジェラルドの手によって射精することを指すのだと思っていた。部分的には間違っていないが、いかんせん予備知識が不足し過ぎている。気恥ずかしさから聞いて確かめることもできず今に至るのだった。
正直にそのことを話すと、ジェラルドは特に気を荒立てることもなく「わかった」と聞き分けの良い返事をした。何がわかったのかと問う暇もなく再びレースの裾が持ち上げられる。

「や、ちょ、え、え!?」
「うるさい」

根元までぐっぽり口の中に収められてもまだ呂律の回るほど余裕のあるジェラルドの広い口腔に包まれ、柔らかな性器が震えた。腕と上半身を使って押さえ込まれると手足を動かす余裕もない。ず、ずぞ、と何かを啜る音はゆずるの知っているものに例えると蕎麦を啜るみたいだな、と色気のないことを頭の片隅で思った。

「あ、あ、……っ」

気持ち良いのか悪いのかわからない。どちらかと言えば、体験したことのない感覚は気持ち悪かった。全身が粟立つ。それでも熱いものに包まれてねっとりとした柔らかい粘膜の中で嬲られると、言いようのない感覚が腰の奥から迫り上がってくる。
ゆずるは気づかなかったが、若い男性器はとっくに芯を持ち始めていた。
根気よくたっぷり時間をかけて愛撫すると、性器が屹立する頃には全身が蕩けて脚に力なんて入らなかった。

「ひっやぁあ……ッ、それやぁ、やだ……ぁッ」

抵抗するのを押さえ込む必要がないから、自由になったジェラルドの手のひらがゆずるの太ももや足の裏をくすぐる。今までならただ擽ったいだけだったその感覚まで腰を甘く重くした。健全なこそばゆいという感情が痺れるような快感と結びつけられる。舌の動きはともかく足の裏を這いずる指はただくすぐったいだけなのに、なんだかとてつもない辱めを受けているとさえ感じた。

「ひ……ああ゛……ッ!?」

ぴんと膝から足の指まで真っ直ぐと伸びる。漏れるとか出るとか、そんなことを思う暇がなかった。ただ粗相をしたことだけはわかる。足の先から脳へと抜ける恍惚が何よりもその証拠だ。断続的に震える腰と回数を分けてぴゅくぴゅくと飛ぶ精子を止めることもできず、先端を舐め尽くされ吸われた。
ジェラルドは口の中に放たれた精液を黙って飲み込むと、ようやく口を離す。

「ご、ごめ……なしゃ……」

疲労感と羞恥から口が上手く回らない。興奮が抑えきれなかった唾液がたらりと口の端から漏れた。それを指で掬い取り舌舐めずりをしたジェラルドが笑う。部屋に入ったばかりのときに見た微笑みとは程遠い、狩猟本能を疼かせた獣の笑みだった。

「今日奪える初体験は奪えるだけ全て奪う……と言いたいところだが、バテるのが早い。体力をつけさせるのが先だな」

虚げな瞳がジェラルドを捉えたのはそれが最後だ。黒石の瞳の上をゆっくりと瞬きするようにまぶたが落ちると、そのまま朝まで開くことはなかった。





「おはようございます、神子様」
「……お、おは……?、……ッ!?」

目を開けたゆずるが寝ぼけ眼に捉えたのはアルストの姿だった。一瞬の躊躇いのあと、昨晩どういう状況で今自分がどこで眠っているのかを理解して飛び起きる。何故か服は着ていなかった。

「ジェラルド様は既に食堂に向かわれました。ここで食事を取る許可も得ていますが、どうします?」
「お、起きる」

声が枯れていたり喉が痛んだりはしなかった。
アルストに支えられながら身体を起こし、用意してもらった服を着る。

「多分、ジェラルド様はもう食事を終えてるでしょうね」
「え、そうなのか」
「食後は庭園へお連れするよう仰せつかりました。歩けます?」
「大丈夫。なんか快調」

ぐっと伸びをしながら答えると、微妙な顔をして「でしょうね」と答えられた。

「今朝の報告では各地で真鯛の群れが捕獲されているそうです。知りたかったわけではないですが、まさかこういう形で夜の事情が明け透けになるのは考えものですね」

あと、深夜一瞬の雷雨のあと山頂から城にかかる二重の虹が目視で確認されたらしいことは黙っておくことにする。

用意された食事を手早く済ませ庭園へ向かうと、そこにはジェラルドが立っていた。

「ジェラルドさん」

目線だけでそれに答えると、ジェラルドの視線が庭園へと移る。一角が真新しい土に変わっていた。ゆずるが見上げる高さの新しい木が植えられており、さわさわと音を立ててショッキングピンクの花弁が揺れている。

「お前に以前言ったことを、撤回させてもらいたい」
「どれ?」
「全部だ」

国王と神子は添い遂げる誓いを目に見える形として花に残す傾向がある。
そうして出来上がった花の園をジェラルドは執着の墓場と呼び、呪いが王族の人生を縛り付けると言った。ジェラルド自身が、自分の人生はまだ見ぬ神子に縛りつけられていると感じていたからだ。

「お前の寝顔を見るたびに考えた。自分より弱いものを大切に思うのは何故なのかと……最初は、何もできない子供のお前を嫌っていたというのに」

神子は国王と番うために喚ばれる。だがそれは惹かれ合った結果結ばれるのではないかとも思うのだ。まるで運命のように、必然のように、呪いのように。この国を興した原初の男と女が残した呪いが今も残り、ジェラルドとゆずるを結びつけたがるだけかもしれない。
だがゆずるの持つ神の加護が呪いとも祝福とも取れるように、この宿命もまた祝福だ。

「一つを愛おしいと思えば全てが許せる気になってしまうのは、身体まで欲しいと願ってしまうのは、愛と呼ぶべき事象じゃないのか。だから撤回したい。どうやら俺はお前を愛しているようだ」

ジェラルドが身を屈める。ゆずるの手を取ると、それを口元へ寄せて唇を落とした。

「俺が欲しいのはお前が望むような、お互いが傍にいても嫌だと感じない冷え切った距離感じゃない。燃え上がる熱をお前の隣で感じたい」

二人を狂い咲く花々が見つめる。マゼンタの千日紅が、純白のカサブランカが、真黄の水仙が二人を囲う花園で、少しの間見つめ合った。
気まずく感じないほどの短い沈黙を作ったゆずるがぽつりぽつりと喋りだす。

「ジェラルドさん、俺の名前、知ってる?」
「叢雲ゆずるだろう。最初に聞いた」
「うん、よかった……ここに来て、誰も俺の名前呼ばないから」

アルストは神子様、ジェラルドはお前。最後に自分の名前を呼ばれたのはいつだろうか。多分、ここに来る前に義弟に呼ばれたのが最後だった気がする。
悲しかったわけじゃないが、寂しかった。だが、わざわざ呼んでとねだるのも躊躇われたのだ。

「俺、恋とか愛とかよくわからないけど……ジェラルドさんの名前いっぱい呼んで、俺の名前も呼んでもらいたい。そういうのが、俺はどきどきするし安心する」
「……ゆずる、キスしていいか」
「ふふ、昨日の夜は勝手にしたくせに」
「そうだったか?」

そうだよ、と答えて目の前の唇にゆずるから口づけをした。
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