73 / 77
本編
65)それは儀式ではなく、ただの遊びの範囲であって。
しおりを挟む
ドーヴィはグレンを膝の間に座らせ、後ろからさきほどのように両腕を回した。あれだ、ドーヴィがグレンの大事なモノを肉眼で確認してしまうと未成年ナントカカントカで天使にしょっぴかれる可能性があるのだ。世の中は実に世知辛い。
念のため、とドーヴィは自分の視界にも例のモザイク魔法をかけておく。グレンの腰回りがぼやけたのを確認して、ドーヴィはよし、と呟いた。
「さあグレン、俺がこれまで教えた通りにやってみろ」
昔、閨教育で教えられた通りにやれとは言わない。そんな古い貴族のやり方は全部忘れて、さっさとドーヴィ色に染まってしまえばいい。
「うん」
素直に頷いたグレンはもぞもぞと尻を動かし、下半身を寛げた。残念ながらドーヴィの目には濃い目のモザイクで何も見えないのだが……見えないところにあると思うと、それはそれでそそられる。最低限、モザイク越しでもそこに肌色があるのはわかるのだ。
(毛も年齢の割には薄いんだよなぁ。肌色多めすぎんだよ)
モザイクの向こうでグレンの手がせっせと動いているのを眺めながら、ドーヴィはぐりぐりとグレンの頭に頬ずりをした。見守るだけなのもやることが無い。とは言え、手を出してしまうのも健全な性教育としては微妙なものだと思いつつ。
「ん……ドーヴィ、その、固くなってはきた、んだが……」
早くも泣きべそをかいて自分にヘルプを求めてくるグレンに少しばかり苦笑して、ドーヴィは手を出した。独り立ちにはまだ早かったようだ。
仕方がない、むしろグレンは守られるべき時に誰にも守って貰えず、孤独に戦ってきたのだから。その分、今はたくさんの人に守って貰えばいい。ドーヴィだってグレンを守ってやりたいうちの一人であり、筆頭だと自負している。
「焦ることはない、すぐに出るやつもいればなかなか出ないやつもいる。その辺も人それぞれなのさ」
ドーヴィとしては早漏でも遅漏でもどちらでもグレンであるなら美味しく頂くだけだ。
ドーヴィはグレンの手を包むようにしながら、一緒に擦る。……忘れられているかもしれないが、これはあくまでも性教育の一環なのだ。保健体育の授業なのだ。そういう建前がないと、明日にでも白い翼を生やした奴らが襲いかかってくる。
「は……ぁ……」
「気持ちいいだろう? 痛くなるほど擦る必要はねえんだ、気持ちいいなぁって思いながら擦りゃあなんでもいい」
「ん……」
「もっと俺に凭れ掛かっていいぞ」
ドーヴィが片手でグレンの肩を抱き込むように強く押す。押されたグレンは、抵抗することもなく素直にドーヴィの胸に完全に頭を預けた。ふぅ、と安堵するような息がグレンの口から漏れたのも、ドーヴィの気のせいではないだろう。
「大丈夫、俺が見守っている。もし体調に問題が出そうなら、ちゃんと止めてやるから」
「うん……」
とにかく、グレンはこれが怖くて怖くて、心の底から怖いことだと思っているのだ。どれだけ言葉で言い聞かせても体と心に染みついた恐怖を消し去ることは難しい。
(だが、ここで一つ乗り越えられれば……)
ドーヴィは片手でグレンのモノを触りながら、もう片手でグレンの前髪を弄ぶ。そのまま、頭を撫でて少しだけ耳をくすぐり。緊張して体が強張っていたグレンから、くすぐったそうな笑い声が上がった。
「おいおい集中しろよ集中」
「ドーヴィがちょっかいをかけてくるからだろ!」
「なんだぁ、俺のせいだって言うのかよ、このやろ」
そう笑いつつ、ドーヴィは手の動きを早くする。さきほどまで笑いながらドーヴィに文句を言っていたグレンの肩が、またびくりと跳ねた。
リラックスさせて、楽しい気持にさせて。そこから、追い立てる。ドーヴィがこれまでグレンに何回も使って来た手だ。歴代の召喚者たちには使った事のない手法だったが、グレンの場合はよく使う。それもまた、物珍しくてドーヴィにとっては楽しいものであった。
(……っても、こりゃあちょいと厳しいかな……)
気持ちよさそうに鼻を鳴らしながら頬を桃色に染めて感じ入っているグレンだが、ドーヴィがインキュバスとしての固有能力で確認する限り、今回も出すまでには至らなさそうだ。
ふーむ、とドーヴィは手を動かしながら考え込む。
まず、スケジュール的にも辺境でがっつり致せるのは今夜がラストチャンスになる可能性がある。明日のグレンは執務室でデスクワークの予定だから多少の夜更かしは良いが、それ以降は視察や備品監査などであちこちで歩く予定だ。
そして何より。せっかく、グレンがやる気になったと言うのに……そこで、また失敗を重ねて、グレンの自尊心に傷をつけるのは避けたい。何よりも避けたい。
何回も何回も、グレンをゆっくりとトラウマから解放してきたドーヴィの努力が泡となる可能性がある。とにかく、性行為は悪い事ではないし、楽しい事だと教えてきたのに……またこれで「出せなかった」と落胆と重圧に苛まれる日々になってしまっては、グレンがあまりにもかわいそうだ。
「ふぁ……ドーヴィ?」
「ん……そろそろ出そうだな?」
「ぁっ、そう、なのか?」
「何だか熱い物が溜まってきてるし、腰が落ち着かなくなってきただろう」
グレンは熱に潤んだ目をぱちぱちと瞬かせて、そう言われてみれば、というような驚いた顔をした。そこを笑いそうになってドーヴィはぐっと我慢する。魔法に関して大天才なグレンは、こういうところでもどうにも頭でっかちなところがあるのだ。言葉にしてみて、ようやく実感できたのだろう。
そこで。
ドーヴィは、悩んでいたことに結論を出し、こっそりとグレンの体に細工をする。そう、インキュバスの固有能力を使って、グレンがスムーズに射精できるように。
グレンには教えないし、今後も言う事はない。ドーヴィだけの秘密だ。ただ、グレンが一歩を踏み出すために。きっとこの一歩を踏み出せれば……グレンも、グレンが望んでいる大人の男に近づくのだろう。他の人間には小さな一歩でも、グレンには大きな一歩だ。
力を使ってからすぐに。グレンの声が変わり始めた。ドーヴィの手の動きに合わせ、我慢できないと言ったように時折、大きな声を漏らすようになり。また、グレン自身の手も、自分が気持ち良いところを重点的に触るような動きに変わって行った。
(おーいいぞいいぞ)
ドーヴィとしても、そうして自ら快楽に耽るグレンから立ち昇る性の香りは実に芳醇で香しいもの。思わず、眼下の首筋に噛みつき、きつく吸い上げる。
「ひあっ! あっ、ドーヴィ、そこはっ……!」
文句を言うグレンを無視して、ドーヴィは首筋から鎖骨まで、シャツの下に鼻先を潜り込ませて好き勝手に舐め回し、キスマークを散らした。大丈夫、明日の朝にはさくっと魔法で痕跡はかき消す予定だ。
「グレン、出しちまえよ」
耳もとで熱っぽく囁く。グレンが呻き声と共に背筋をぶるりと震わせた。
その瞬間を見逃さず、ドーヴィは一気にグレンを責めて立てる。
「あっ、やっ、ドーヴィ、へん、へんっ!」
「変じゃなくて、出る、だな」
前にもこんな会話したなぁと思いながら、ドーヴィはグレンの発言を訂正する。今のグレンは性知識が乏しすぎて、何が起きても全部「変」としか言い表せないのだ。そこがまた、可愛いと言えば可愛いポイントなのだが。
性教育の一環なのだから正しい単語を教えてやらねばならぬ。……と、ドーヴィはニヤニヤしながらどこかに向けて言い訳をしている。どんどん、グレンがドーヴィ色に染められていく……。
「うっ……ううっ、でる……っ!」
教えて貰ったばかりの単語でアピールするグレンに、ドーヴィは目を細める。そうっと最後の一押しを、インキュバスの固有能力でサポートしてやった。
「っ!」
グレンが言葉にならない悲鳴をあげ、全身をびくつかせた。ぴゅるり、とどこか情けなさがあるささやかな水音と共に、ドーヴィの手に吐き出されたのは……間違いなく、グレンの精液だった。ずいぶん、少量だが。
「っは……はぁ……はぁ……で、でた?」
肩で息をしながら目を瞬かせるグレンに、ドーヴィは無言で自らの手を差し出す。褐色の肌色に、その白い液体は妙に映えた。
それをしばらくまじまじと見ていたグレンだが、急に我に返ったのか顔を真っ赤にして唸っている。まあ、普通はそうだ。目の前に自分の出した白濁液を突き付けられて、平然としている人間の方が少ない。
とは言え、ここで『できた嬉しさ』よりも『出した恥ずかしさ』が勝ってしまっては意味がない。ドーヴィは用意してあったタオルを手繰り寄せ、グレンの目の前で自らの手をしっかりと拭いた。
「ほらグレン、出したら後始末をしなけりゃな?」
「はっ! そうだ!」
ドーヴィに指摘されたグレンは慌てたようにその汚れたタオルを掴み、わたわたと自らの股間も拭ってから下着とズボンを履き直し、そしてやっぱりわたわたと慌てふためきながら部屋の隅にある鉄の桶、貴族が使う証拠隠滅用の桶にタオルを突っ込んだ。
そして、右手を桶の上へ翳し、無詠唱で火を放つ。……ベッドの上であぐらをかいて見守っていたドーヴィがこっそりと魔法の威力を抑えておいた。そうでなかったら今頃、桶の中どころかこの部屋が火の海になっていただろう。
(……こりゃしばらく俺がいるときにしかやらせないようにした方が良いな)
自慰だけならとにかく、その後の始末を失敗して大怪我でもされたら目も当てられない。それほど、グレンにとっては驚きの出来事で、動揺を隠せないほどの事なのだ、射精というのは。
「で、どうだ、感想は。何か体がすっきりしたんじゃないか?」
おずおずとベッドに戻ってきて、当然のようにあぐらをかいていたドーヴィの膝に潜り込もうとする大きな幼児ことグレンを抱え上げ、ドーヴィは優しく尋ねた。決して、揶揄うようには言わない。グレンの行いを肯定する為に、聞いているだけ。
「うーん……たぶん、すっきり、したと思う」
グレンは首を捻りながらそう言った。さすがにその反応には笑いそうになるドーヴィだが、ぐっと堪えておく。
……結局のところ、グレンは例のトラウマのせいで、怖くて苦しいものだと信じ込んでいたからこそ、逆にあっけなさ過ぎて実感がわいてこないのだろう。
「はっは、まあ何にせよ、苦しい事もなんにもないだろう?」
「うん、それは本当にそうだった。苦しくないし、どこも痛くない」
グレンは自らの体をぺたぺたと障って確かめた後に、ドーヴィを見上げた。そしてその時にようやく、ふわりと笑顔を見せる。
「ドーヴィ、ありがとう。ドーヴィのおかげで……僕も、ちゃんとした大人になれたんだと思う」
「クックック、思う、じゃなくて、お前はちゃんとした大人の男になったんだよ。なんだ、いつも『僕は成人している!』が口癖のくせに」
「……それとこれは話が別だ」
ドーヴィに揶揄われて、グレンは頬をぷくりと膨らませて抗議の意を示した。最近、ドーヴィ相手に頬を膨らませて抗議するのがグレンのやり方になりつつある。そうするとドーヴィが早々に折れると学んだらしい。仕方がないだろう、あのぷくぅと膨れたもちもちほっぺを見ていたら虐めたくなる心も浄化されてしまうのだから!
ふわぁ、とグレンは大きな欠伸をする。男は出したら賢者タイムがある、とはよく言ったものだが、グレンは眠くなる方が早いらしい。健康的で良いことだ。
ドーヴィはころりとグレンを膝から落としてベッドに転がす。そのまま毛布を肩までかけて、寝かしつけの体制に入った。
「んん……なんだか、急に眠くなってきた……」
「そりゃ出すモン出したらそうなるんだよ」
「そうなのか……? ドーヴィが言うから、そうなのか……」
後半は半分ほど眠りながらむにゃむにゃと。換気のために窓を開けに行く元気もなさそうだとドーヴィは、眠たげに目をこするグレンを見て苦笑する。閨教育ではそこまでやるように言われていたはずだが。
「まあいいさ。さあグレン、眠くなったのなら眠るといい。きっと、今日はいい夢を見れる」
「うん……うん、おやすみ、ドーヴィ……ぼくはもう、ねむくて……」
「おう、寝てろ寝てろ」
残念ながら、お祝いの二次会イチャイチャは中止のようだ。ドーヴィは残念に思いつつも、早くも健やかな寝息を立て始めた契約主の頭をそっと優しく撫でる。
「よく頑張ったな、グレン」
後押しをしたのは確かにドーヴィの能力だが、トラウマと戦うと決めたのも、勝つために一生懸命頑張ったのも、それはグレン自身だ。グレンが前向きでなかったら、ドーヴィも何もせずに放置していただろう。
契約主が願わない限り、余計な手は出さない。それがドーヴィも含めた悪魔たちのスタンスだ。多少の誘導こそすれ、最後に決心するのはいつだって人間だ。
グレンがすっかり深い眠りに入ったのを確認して、ドーヴィはゆっくりとベッドから立ち上がった。換気の為に窓を開ければ、空には満月が輝いている。
契約主がトラウマを克服し、新たな一歩を踏み出すにはとても良い夜だった。
---
というわけであっさり目ですが!
祝・グレンくん精通です!おめでとう!!!
ドーヴィが「重々しくなくていい、形式ばらずに楽しんでくれればいい」と念じていたのであっさりです
グレンくんはいくつもたくさんのトラウマや心の傷を抱えているのですが、それを何とか癒そうと守り抜こうとするドーヴィの包容力の高さが素晴らしいですね
本当によくグレンくんにホイホイされてくれました…
予約投稿ミスってました!8月24日公開になってた!
念のため、とドーヴィは自分の視界にも例のモザイク魔法をかけておく。グレンの腰回りがぼやけたのを確認して、ドーヴィはよし、と呟いた。
「さあグレン、俺がこれまで教えた通りにやってみろ」
昔、閨教育で教えられた通りにやれとは言わない。そんな古い貴族のやり方は全部忘れて、さっさとドーヴィ色に染まってしまえばいい。
「うん」
素直に頷いたグレンはもぞもぞと尻を動かし、下半身を寛げた。残念ながらドーヴィの目には濃い目のモザイクで何も見えないのだが……見えないところにあると思うと、それはそれでそそられる。最低限、モザイク越しでもそこに肌色があるのはわかるのだ。
(毛も年齢の割には薄いんだよなぁ。肌色多めすぎんだよ)
モザイクの向こうでグレンの手がせっせと動いているのを眺めながら、ドーヴィはぐりぐりとグレンの頭に頬ずりをした。見守るだけなのもやることが無い。とは言え、手を出してしまうのも健全な性教育としては微妙なものだと思いつつ。
「ん……ドーヴィ、その、固くなってはきた、んだが……」
早くも泣きべそをかいて自分にヘルプを求めてくるグレンに少しばかり苦笑して、ドーヴィは手を出した。独り立ちにはまだ早かったようだ。
仕方がない、むしろグレンは守られるべき時に誰にも守って貰えず、孤独に戦ってきたのだから。その分、今はたくさんの人に守って貰えばいい。ドーヴィだってグレンを守ってやりたいうちの一人であり、筆頭だと自負している。
「焦ることはない、すぐに出るやつもいればなかなか出ないやつもいる。その辺も人それぞれなのさ」
ドーヴィとしては早漏でも遅漏でもどちらでもグレンであるなら美味しく頂くだけだ。
ドーヴィはグレンの手を包むようにしながら、一緒に擦る。……忘れられているかもしれないが、これはあくまでも性教育の一環なのだ。保健体育の授業なのだ。そういう建前がないと、明日にでも白い翼を生やした奴らが襲いかかってくる。
「は……ぁ……」
「気持ちいいだろう? 痛くなるほど擦る必要はねえんだ、気持ちいいなぁって思いながら擦りゃあなんでもいい」
「ん……」
「もっと俺に凭れ掛かっていいぞ」
ドーヴィが片手でグレンの肩を抱き込むように強く押す。押されたグレンは、抵抗することもなく素直にドーヴィの胸に完全に頭を預けた。ふぅ、と安堵するような息がグレンの口から漏れたのも、ドーヴィの気のせいではないだろう。
「大丈夫、俺が見守っている。もし体調に問題が出そうなら、ちゃんと止めてやるから」
「うん……」
とにかく、グレンはこれが怖くて怖くて、心の底から怖いことだと思っているのだ。どれだけ言葉で言い聞かせても体と心に染みついた恐怖を消し去ることは難しい。
(だが、ここで一つ乗り越えられれば……)
ドーヴィは片手でグレンのモノを触りながら、もう片手でグレンの前髪を弄ぶ。そのまま、頭を撫でて少しだけ耳をくすぐり。緊張して体が強張っていたグレンから、くすぐったそうな笑い声が上がった。
「おいおい集中しろよ集中」
「ドーヴィがちょっかいをかけてくるからだろ!」
「なんだぁ、俺のせいだって言うのかよ、このやろ」
そう笑いつつ、ドーヴィは手の動きを早くする。さきほどまで笑いながらドーヴィに文句を言っていたグレンの肩が、またびくりと跳ねた。
リラックスさせて、楽しい気持にさせて。そこから、追い立てる。ドーヴィがこれまでグレンに何回も使って来た手だ。歴代の召喚者たちには使った事のない手法だったが、グレンの場合はよく使う。それもまた、物珍しくてドーヴィにとっては楽しいものであった。
(……っても、こりゃあちょいと厳しいかな……)
気持ちよさそうに鼻を鳴らしながら頬を桃色に染めて感じ入っているグレンだが、ドーヴィがインキュバスとしての固有能力で確認する限り、今回も出すまでには至らなさそうだ。
ふーむ、とドーヴィは手を動かしながら考え込む。
まず、スケジュール的にも辺境でがっつり致せるのは今夜がラストチャンスになる可能性がある。明日のグレンは執務室でデスクワークの予定だから多少の夜更かしは良いが、それ以降は視察や備品監査などであちこちで歩く予定だ。
そして何より。せっかく、グレンがやる気になったと言うのに……そこで、また失敗を重ねて、グレンの自尊心に傷をつけるのは避けたい。何よりも避けたい。
何回も何回も、グレンをゆっくりとトラウマから解放してきたドーヴィの努力が泡となる可能性がある。とにかく、性行為は悪い事ではないし、楽しい事だと教えてきたのに……またこれで「出せなかった」と落胆と重圧に苛まれる日々になってしまっては、グレンがあまりにもかわいそうだ。
「ふぁ……ドーヴィ?」
「ん……そろそろ出そうだな?」
「ぁっ、そう、なのか?」
「何だか熱い物が溜まってきてるし、腰が落ち着かなくなってきただろう」
グレンは熱に潤んだ目をぱちぱちと瞬かせて、そう言われてみれば、というような驚いた顔をした。そこを笑いそうになってドーヴィはぐっと我慢する。魔法に関して大天才なグレンは、こういうところでもどうにも頭でっかちなところがあるのだ。言葉にしてみて、ようやく実感できたのだろう。
そこで。
ドーヴィは、悩んでいたことに結論を出し、こっそりとグレンの体に細工をする。そう、インキュバスの固有能力を使って、グレンがスムーズに射精できるように。
グレンには教えないし、今後も言う事はない。ドーヴィだけの秘密だ。ただ、グレンが一歩を踏み出すために。きっとこの一歩を踏み出せれば……グレンも、グレンが望んでいる大人の男に近づくのだろう。他の人間には小さな一歩でも、グレンには大きな一歩だ。
力を使ってからすぐに。グレンの声が変わり始めた。ドーヴィの手の動きに合わせ、我慢できないと言ったように時折、大きな声を漏らすようになり。また、グレン自身の手も、自分が気持ち良いところを重点的に触るような動きに変わって行った。
(おーいいぞいいぞ)
ドーヴィとしても、そうして自ら快楽に耽るグレンから立ち昇る性の香りは実に芳醇で香しいもの。思わず、眼下の首筋に噛みつき、きつく吸い上げる。
「ひあっ! あっ、ドーヴィ、そこはっ……!」
文句を言うグレンを無視して、ドーヴィは首筋から鎖骨まで、シャツの下に鼻先を潜り込ませて好き勝手に舐め回し、キスマークを散らした。大丈夫、明日の朝にはさくっと魔法で痕跡はかき消す予定だ。
「グレン、出しちまえよ」
耳もとで熱っぽく囁く。グレンが呻き声と共に背筋をぶるりと震わせた。
その瞬間を見逃さず、ドーヴィは一気にグレンを責めて立てる。
「あっ、やっ、ドーヴィ、へん、へんっ!」
「変じゃなくて、出る、だな」
前にもこんな会話したなぁと思いながら、ドーヴィはグレンの発言を訂正する。今のグレンは性知識が乏しすぎて、何が起きても全部「変」としか言い表せないのだ。そこがまた、可愛いと言えば可愛いポイントなのだが。
性教育の一環なのだから正しい単語を教えてやらねばならぬ。……と、ドーヴィはニヤニヤしながらどこかに向けて言い訳をしている。どんどん、グレンがドーヴィ色に染められていく……。
「うっ……ううっ、でる……っ!」
教えて貰ったばかりの単語でアピールするグレンに、ドーヴィは目を細める。そうっと最後の一押しを、インキュバスの固有能力でサポートしてやった。
「っ!」
グレンが言葉にならない悲鳴をあげ、全身をびくつかせた。ぴゅるり、とどこか情けなさがあるささやかな水音と共に、ドーヴィの手に吐き出されたのは……間違いなく、グレンの精液だった。ずいぶん、少量だが。
「っは……はぁ……はぁ……で、でた?」
肩で息をしながら目を瞬かせるグレンに、ドーヴィは無言で自らの手を差し出す。褐色の肌色に、その白い液体は妙に映えた。
それをしばらくまじまじと見ていたグレンだが、急に我に返ったのか顔を真っ赤にして唸っている。まあ、普通はそうだ。目の前に自分の出した白濁液を突き付けられて、平然としている人間の方が少ない。
とは言え、ここで『できた嬉しさ』よりも『出した恥ずかしさ』が勝ってしまっては意味がない。ドーヴィは用意してあったタオルを手繰り寄せ、グレンの目の前で自らの手をしっかりと拭いた。
「ほらグレン、出したら後始末をしなけりゃな?」
「はっ! そうだ!」
ドーヴィに指摘されたグレンは慌てたようにその汚れたタオルを掴み、わたわたと自らの股間も拭ってから下着とズボンを履き直し、そしてやっぱりわたわたと慌てふためきながら部屋の隅にある鉄の桶、貴族が使う証拠隠滅用の桶にタオルを突っ込んだ。
そして、右手を桶の上へ翳し、無詠唱で火を放つ。……ベッドの上であぐらをかいて見守っていたドーヴィがこっそりと魔法の威力を抑えておいた。そうでなかったら今頃、桶の中どころかこの部屋が火の海になっていただろう。
(……こりゃしばらく俺がいるときにしかやらせないようにした方が良いな)
自慰だけならとにかく、その後の始末を失敗して大怪我でもされたら目も当てられない。それほど、グレンにとっては驚きの出来事で、動揺を隠せないほどの事なのだ、射精というのは。
「で、どうだ、感想は。何か体がすっきりしたんじゃないか?」
おずおずとベッドに戻ってきて、当然のようにあぐらをかいていたドーヴィの膝に潜り込もうとする大きな幼児ことグレンを抱え上げ、ドーヴィは優しく尋ねた。決して、揶揄うようには言わない。グレンの行いを肯定する為に、聞いているだけ。
「うーん……たぶん、すっきり、したと思う」
グレンは首を捻りながらそう言った。さすがにその反応には笑いそうになるドーヴィだが、ぐっと堪えておく。
……結局のところ、グレンは例のトラウマのせいで、怖くて苦しいものだと信じ込んでいたからこそ、逆にあっけなさ過ぎて実感がわいてこないのだろう。
「はっは、まあ何にせよ、苦しい事もなんにもないだろう?」
「うん、それは本当にそうだった。苦しくないし、どこも痛くない」
グレンは自らの体をぺたぺたと障って確かめた後に、ドーヴィを見上げた。そしてその時にようやく、ふわりと笑顔を見せる。
「ドーヴィ、ありがとう。ドーヴィのおかげで……僕も、ちゃんとした大人になれたんだと思う」
「クックック、思う、じゃなくて、お前はちゃんとした大人の男になったんだよ。なんだ、いつも『僕は成人している!』が口癖のくせに」
「……それとこれは話が別だ」
ドーヴィに揶揄われて、グレンは頬をぷくりと膨らませて抗議の意を示した。最近、ドーヴィ相手に頬を膨らませて抗議するのがグレンのやり方になりつつある。そうするとドーヴィが早々に折れると学んだらしい。仕方がないだろう、あのぷくぅと膨れたもちもちほっぺを見ていたら虐めたくなる心も浄化されてしまうのだから!
ふわぁ、とグレンは大きな欠伸をする。男は出したら賢者タイムがある、とはよく言ったものだが、グレンは眠くなる方が早いらしい。健康的で良いことだ。
ドーヴィはころりとグレンを膝から落としてベッドに転がす。そのまま毛布を肩までかけて、寝かしつけの体制に入った。
「んん……なんだか、急に眠くなってきた……」
「そりゃ出すモン出したらそうなるんだよ」
「そうなのか……? ドーヴィが言うから、そうなのか……」
後半は半分ほど眠りながらむにゃむにゃと。換気のために窓を開けに行く元気もなさそうだとドーヴィは、眠たげに目をこするグレンを見て苦笑する。閨教育ではそこまでやるように言われていたはずだが。
「まあいいさ。さあグレン、眠くなったのなら眠るといい。きっと、今日はいい夢を見れる」
「うん……うん、おやすみ、ドーヴィ……ぼくはもう、ねむくて……」
「おう、寝てろ寝てろ」
残念ながら、お祝いの二次会イチャイチャは中止のようだ。ドーヴィは残念に思いつつも、早くも健やかな寝息を立て始めた契約主の頭をそっと優しく撫でる。
「よく頑張ったな、グレン」
後押しをしたのは確かにドーヴィの能力だが、トラウマと戦うと決めたのも、勝つために一生懸命頑張ったのも、それはグレン自身だ。グレンが前向きでなかったら、ドーヴィも何もせずに放置していただろう。
契約主が願わない限り、余計な手は出さない。それがドーヴィも含めた悪魔たちのスタンスだ。多少の誘導こそすれ、最後に決心するのはいつだって人間だ。
グレンがすっかり深い眠りに入ったのを確認して、ドーヴィはゆっくりとベッドから立ち上がった。換気の為に窓を開ければ、空には満月が輝いている。
契約主がトラウマを克服し、新たな一歩を踏み出すにはとても良い夜だった。
---
というわけであっさり目ですが!
祝・グレンくん精通です!おめでとう!!!
ドーヴィが「重々しくなくていい、形式ばらずに楽しんでくれればいい」と念じていたのであっさりです
グレンくんはいくつもたくさんのトラウマや心の傷を抱えているのですが、それを何とか癒そうと守り抜こうとするドーヴィの包容力の高さが素晴らしいですね
本当によくグレンくんにホイホイされてくれました…
予約投稿ミスってました!8月24日公開になってた!
43
あなたにおすすめの小説
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる