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【第一部】国家転覆編
32)其れは天誅なり
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以前であれば、グレンは他の上位貴族や王族の怒りに触れぬよう、誰よりも早く準備を済ませ、誰よりも早く会議室に入室し待機していた。しかし、今日は違う。
王都のクランストン辺境家のタウンハウスで辺境伯当主としての正装に着替えたグレン達は、王城に入った後、客室の一室に集まりその時を待っていた。
グレンは精神集中のために閉ざしていた目を開き、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
「全員、集まった頃合いか……よし、行くぞ」
グレンの言葉に、ドーヴィを含む、正装に身を包んだ騎士たちに緊張が走った。
「予定通り、副団長たちには姉上を任せる」
「ハッ」
「団長たちは、アルチェロ殿下と合流を」
貴族会議の部屋に、騎士を連れていくことはできない。無理に連れて行こうとすれば、そこで騒ぎになってしまう。あくまでも、グレン達の目標は会議室に集まった王族と上位貴族を一網打尽にすること。クランストン辺境領の元騎士団には別行動をとってもらう手はずになっていた。
「ドーヴィは、私に続け」
「あいよ」
グレンに言われたドーヴィが飄々と返事をし、その場ですうっと姿を消す。その高度な魔法に、少しだけ団員たちの間からどよめきが広がった。
「姿を消すだけで、魔法を見破られたらすぐにバレる。声も物音もこの通り聞こえるからな」
「わかっている」
グレンはドーヴィの注意に頷き、全員を見渡した。
「みな、ここまで付いてきてくれてありがとう。感謝する。だが、本番はここからだ。……全てが終わったら、また会おう」
クランストン辺境伯としての言葉に、元騎士団の団員たちは統一された敬礼を返した。
離れた相手の状況を知る手段がないため、ここで別れれば後は全てが終わるまで個別に行動するしかない。元騎士団長が、代表してグレンに手を差し出す。
「閣下、ご武運を」
「ああ。君たちも。無事を祈っているぞ」
グレン様、ではなく、閣下と呼ばれたことにグレンは少しだけ面映ゆさを感じつつ、騎士団長の手を取り、握り返した。もしかしたらこれが今生の別れになるかもしれない。
しかし、騎士団長は頼もしくも笑って見せ、グレンもそれに不敵な笑みを返した。守られるだけの辺境伯当主と、守ることしかできなかった騎士団長。その関係は今、変わり、人々を導く辺境伯当主と、戦うための騎士団長へと変化を遂げる。
客室を出て、騎士たちと別れ、グレンは会議室までの廊下を歩いた。時折すれ違う巡回の兵士も、城の使用人も、ドーヴィの存在には気づかない。
「グレン、お前はお前の思う通りにやれ」
「わかった。ドーヴィ、迷惑をかけるかもしれないが……よろしく頼む」
「任された」
会議室の重い扉の前。グレンとドーヴィは、小さく会話を交わした。グレンは深呼吸をしてから、扉に手をかける。
前は地獄への扉だった。今日は――戦場への扉だ。
「失礼、遅くなりました」
扉を開き、ドーヴィも続いて入れるようにさりげなく開いたままにしながら、グレンは挨拶をした。同時に、片目で室内にいる人間の皮を被った獣たちの人数を確認する。
(いち、に……全員、いるな)
透明になったドーヴィがグレンの肩を小さく叩き、グレンは扉を閉めた。防音性に優れたこの扉と、貴族会議中は誰も近づかないように触れが出ているおかげで――ここで事件が起きても、気づかれにくい。
「遅い、遅いぞクランストン辺境伯!」
「これだから辺境の野蛮人は。ついに数字も読めなくなったか」
「我々の貴重な時間を無為に消費した報いは受けて貰わねばなりませんなぁ!」
途端に飛んでくる罵声の数々を、グレンは涼しい顔で受け流す。何を言われても、どうでも良かった。どうせあと少しすれば、ここは静寂に包まれる。
「……ガゼッタ王国の為に、良い案をぎりぎりまで検討していましたので」
グレンが静かにそう言えば、その反応の異常さに気付いた何人かは口を噤む。その中でドラガド侯爵は口を大きく開けて笑い飛ばした。
「はっはっは! 噂に聞こえてましたが――まさか、反乱でも起こす気か、グレン・クランストン辺境伯」
「ええ、その通りです」
ドラガド侯爵の問いかけに、グレンは頷いた。その瞬間、会議室内が静まり返る。そして一拍置いたのち、複数人が椅子を蹴り飛ばして立ち上がった。同時に、魔法の詠唱を始める。
「貴様っ! 何を言っているのかわかっているのか!」
「わかっていて、言っておりますよ、陛下――いや、王国を堕落させた、愚王め!」
「っ! この狼藉者を殺せっ!!」
王が王笏を怒り任せに床に叩きつける、貴族たちがさらに魔法の詠唱を始める、第一陣の詠唱が終わろうとする。
「遅いっ!」
それらの誰よりも早く、グレンは無詠唱で氷の槍を空中に出現させ、玉座に坐する王に向けて放った。
咄嗟に、王は王笏を構える。仕込まれていた守護結界が発動し、王は結界に守られ――たが、グレンの放った超質量の氷の槍はそれを容易く貫き、王の胸に突き刺さった。
それに止まらず、氷の槍は直進を続け、王の体を壁に打ち付ける。氷の槍が刺さった個所から、血があふれ出た。
「かっ、は……」
がくり、と王の頭が垂れた。王冠が脱げ落ち、金蔵音を響かせて床に転がる。
「ち、ちちう―――ぐあっ!」
驚きに目を見開いた老公爵が、声のした方に視線を向ければ。そこには、父親である王と同じように心臓を氷の槍に貫かれた王太子が崩れ落ちていた。
「き、貴様ーっ! 何たることをっ!」
我に返った貴族当主達が魔法をグレンに目掛けて放ってくる。が、それらは全てグレンを覆う目に見えぬ壁に弾かれて宙で消失した。
(ドーヴィが、守ってくれる!)
グレンは今一度、腕を振り上げた。無詠唱によって行使された魔法、宙に様々な属性の武具が顕現する。それを見たドラガド侯爵が「ばかなっ、無詠唱だと!?」と叫んだが、誰もがそれに答えを返さなかった。なぜなら、宙に浮かぶ数々の武具が、それぞれ自分たちに矛先を向けているから。
「貴方方は! 上位貴族としての務めも忘れ! 人を人と思わず! 虐げに虐げ抜いた!」
血を吐くようなグレンの怒りに、一部貴族は腰を抜かす。それでもまだ戦おうと魔法を何度も繰り出すが――何度やっても、それはグレン・クランストン辺境伯に届くことはなかった。
「貴様らの方がっ! よほど獣であったっ!! ガゼッタ王国に害を為す貴様らをっ! 私、グレン・クランストンが成敗するっ!!」
「小癪なっ!」
「死して詫びろぉっ!!」
グレンがあげた両手を振りかざす。とある貴族は逃げまどい、とある貴族は必死に結界を張り。とある貴族は捨て身の攻撃をしようとし、とある貴族はただひたすらにグレンを罵倒し。
しかしそのいずれも、グレンの放った魔法に飲み込まれていく。肉の裂ける音、命の消える断末魔、床や壁が砕ける破壊音。
それらが全て消えた頃。会議室には静寂が訪れ、血の臭いだけが充満していた。
「はっ、はっ……はっ、はははっ、っははははは! やった、やったぞ!!」
肩で息をしつつ、グレンは熱くなった右目を抑えて笑い声をあげた。あれほどまでに怯え、恐怖を感じていた王族と上位貴族が……こんなにも、脆いとは!
「他愛もない……はははっ……」
グレンは片目をぎょろりと動かして、室内の様子を探った。念のため、宙に氷の矢を浮かべる。まだ生き残りがいたら、厄介だ。もし、これでも生き残っているなら、次はもっと大きな魔法で駆逐するしかない。
「……グレン」
「死ね、死ね、死んで詫びるんだ、父上と母上と、兄上と、姉上に、死んで詫びろ、詫びろ、詫びろ」
「グレン!」
後ろから肩を掴まれて、グレンは咄嗟に氷の矢を背後へ放った。が、それは手ごたえがなく、宙に霧散する。驚きに目を見開き振り返れば――そこには、ドーヴィがいた。
「ぁ……ドーヴィ……僕は……」
「落ち着け、目的は達成した。もう生き残りはいねえよ」
ドーヴィがグレンの両手を掴み、膝をつく。下から顔を心配そうに覗き込まれて、グレンは目を瞬かせた。
「グレン、深呼吸をしろ。落ち着け」
「ドーヴィ……っは、そうだな、少し……興奮しすぎた」
「仕方ねえさ、初陣だからな。……グレン、王の首、取れるか?」
ドーヴィが示す先には、壁に張り付けられた愚王の姿があった。悪趣味なオブジェの様な姿に、グレンは思わず口を押える。
「ぅ……いや、やるぞ、ドーヴィ。これは、僕がやらなきゃいけないことなんだ」
グレンは今更に震えてきた両足を叱咤して、一歩を踏み出した。……そして、すぐに振り返る。
「ドーヴィ、やっぱり怖いから、ついてきてくれないか?」
「……もちろんだとも。お前が倒れないように、支えてやるさ」
ドーヴィの大きな手がグレンの背中に添えられる。それにほうっと安堵の息を吐き、グレンは重なり合った死体を飛び越えて、一段高い王族のみが立ち入れる壇上へと上がった。
「……貴方はやりすぎました、王よ。国は人があってこそ国であるもの。やみくもに領土を拡大し、人々から搾取するだけが王ではない。その責任は、貴方の首をもって、償って頂く」
訣別の言葉を述べ、グレンは風の刃を顕現させた。そして、一息に、王の首を落とす。落ちた首はすぐにドーヴィが拾い上げ、氷の魔法で軽く凍結させておく。そのまま、運搬のための大き目の革袋に首を入れた。
「よし、さあグレン、他のやつらと合流するぞ」
「あ、ああ……」
この凄惨な現場をそのままで良いのかと一瞬戸惑いを見せたグレンに、ドーヴィがそっと囁く。
「この場は、俺が後で何とかする。向こうの悪魔と、ちょいと取引があるんだ。だから、お前は気にするな」
「っ! そ、そうか……」
「今はこの反乱を終結させることだけを考えろ。……恐らく、もうアルチェロ殿下の方もライサーズ男爵の方も軍を動かしているはずだ」
そう言われて、グレンははっと目を見開いた。自分が王族と上位貴族を仕留めると同時に、他の兵達が制圧のために突撃することになっている。グレンの行動が遅ければ遅いほど、余計な戦闘が増え、被害が広がってしまう。
「そうだな、早く行かねば……皆が、私を待っている」
グレンは自分に言い聞かせるかのように呟き、顔を上げた。もう足は震えていない。
走り出したグレンを、ドーヴィも追いかける。王城の中を把握しているグレンは速やかに王城の中庭、ライサーズ男爵やアルチェロ王子たちと合流予定の場所へと向かった。
城の中は喧騒に包まれていた。そこかしこで大声や叫び声が飛び交い、剣戟の音が響く。倒れ伏しているのは、いずれも王城の甲冑に身を包んだ兵士ばかりだ。反乱軍の奇襲は、よほど上手くいっているらしい。
中庭に向かう途中、グレンはふと閃く。
「そうだ、あそこのバルコニーならっ!」
「グレン!?」
「王が貴族たちを集めた茶会をする際に、中庭を見渡すバルコニーがある! そこならば、多くの兵士に声を届けられるはずだ!」
グレンがやりたいことは、王城の兵士を皆殺しにすることではない。この反乱を早く終結させ、無駄な戦闘を止め、被害をできる限り少なくすることだ。
契約主のやりたいこと、をすぐに察したドーヴィは、その場でケチャにテレパシーを送る。すぐに「問題ない」と返事が来た。どうやら、グレン以外の反乱軍もケチャの想定通りに動いているようだ。……それだけでなく、ケチャはまだ何かを企んでいるようで、ドーヴィにグレンが向かおうとしている場所を逆に尋ねる。
グレンはドーヴィのやり取りに気づくことなく、目的のバルコニーに向かって走る。ドーヴィは黙ってその後に従った。
目的のバルコニーを見つけ、グレンは窓を割るほどの勢いで足を踏み入れた。すぐにドーヴィも続き、風の魔法を応用してグレンの言葉が城中に響くように細工をする。……そして、抱えていた革袋から、王の首を取り出した。
「聞け! 私はグレン・クランストン、クランストン辺境伯である!!」
細身の少年の体から出たとは思えないほどの、迫力のある声が響いた。中庭で争っていた兵士たちはその手を止め、バルコニーを見上げる。
「この反乱は、私が起こしたっ! ガゼッタ王国を堕落させ、下々の人間を虐げる悪を討つためっ!」
誰もが息を飲み、言葉を待つ。
「――そして、私は、愚王の首を取った! 証拠だっ! 反乱はすでに成就しているっ!!」
グレンの言葉に合わせ、ドーヴィは王の首を掲げた。どより、としたざわめきは広がりを見せ、そのうち、歓声と悲鳴に変貌していく。
「剣を収めよっ!! これ以上は無益な戦いであるっ!」
グレンの言葉とともに、あちこちからカラン、カラン、と剣が落ちる音が響いた。……同時に、せめて一矢、とグレンに向かって魔法が放たれるが、それも全て見えぬ壁に弾かれて消失する。
「――失礼、私からも一言、よろしいか」
「! あなたは……!」
突然、後ろから声を掛けられ、振り返ったグレンは目の前の人物に目を丸くした。美しい銀の長髪をなびかせ、高貴な司祭服に身を包むのは――ガゼッタ王国にある教会を全て束ねる教会のトップ、大司教だった。
「ははぁ、これがケチャの企みか……」
ドーヴィは優雅にバルコニーに躍り出た大司教へこの場を明け渡す。
「ドーヴィ、知っていたのか?」
「いや、俺も今知った。……大司教が反乱軍の支持をこの場で宣言すれば、もう反抗しようとする兵士もいねえだろ。これ以上ない、幕引きだな」
大司教の静かな声は、グレンの言葉によって打ち砕かれた戦意を、さらに鎮めていった。あれほどまでに戦いの音に満ちていた城は静まり返り、誰もが膝をつき創造神の代理と言える大司教の言葉に耳を傾ける。
「クランストン辺境伯」
「はっ!」
大司教に呼ばれて、グレンはもう一度、バルコニーの中央に立った。
「貴方の正義に、教会は敬意を表明します。どうぞ、この国をより良い方向に導いてくださいますよう……」
「……承りました」
そのやり取りで、全ては決まった。正義は反乱軍にあり。
その事実に、涙を流す兵士もいれば、喜びの声をあげる兵士もいる。グレンは大司教と握手を交わしてから、再度声を張り上げた。
「――この戦い、我ら反乱軍の勝利だっ!!」
グレンの勝鬨に、呼応するように兵士たちの勇ましい声が響き渡る。
この日、ガゼッタ王国は反乱の海に飲まれ、地図上からその姿を消すことになった。
王都のクランストン辺境家のタウンハウスで辺境伯当主としての正装に着替えたグレン達は、王城に入った後、客室の一室に集まりその時を待っていた。
グレンは精神集中のために閉ざしていた目を開き、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
「全員、集まった頃合いか……よし、行くぞ」
グレンの言葉に、ドーヴィを含む、正装に身を包んだ騎士たちに緊張が走った。
「予定通り、副団長たちには姉上を任せる」
「ハッ」
「団長たちは、アルチェロ殿下と合流を」
貴族会議の部屋に、騎士を連れていくことはできない。無理に連れて行こうとすれば、そこで騒ぎになってしまう。あくまでも、グレン達の目標は会議室に集まった王族と上位貴族を一網打尽にすること。クランストン辺境領の元騎士団には別行動をとってもらう手はずになっていた。
「ドーヴィは、私に続け」
「あいよ」
グレンに言われたドーヴィが飄々と返事をし、その場ですうっと姿を消す。その高度な魔法に、少しだけ団員たちの間からどよめきが広がった。
「姿を消すだけで、魔法を見破られたらすぐにバレる。声も物音もこの通り聞こえるからな」
「わかっている」
グレンはドーヴィの注意に頷き、全員を見渡した。
「みな、ここまで付いてきてくれてありがとう。感謝する。だが、本番はここからだ。……全てが終わったら、また会おう」
クランストン辺境伯としての言葉に、元騎士団の団員たちは統一された敬礼を返した。
離れた相手の状況を知る手段がないため、ここで別れれば後は全てが終わるまで個別に行動するしかない。元騎士団長が、代表してグレンに手を差し出す。
「閣下、ご武運を」
「ああ。君たちも。無事を祈っているぞ」
グレン様、ではなく、閣下と呼ばれたことにグレンは少しだけ面映ゆさを感じつつ、騎士団長の手を取り、握り返した。もしかしたらこれが今生の別れになるかもしれない。
しかし、騎士団長は頼もしくも笑って見せ、グレンもそれに不敵な笑みを返した。守られるだけの辺境伯当主と、守ることしかできなかった騎士団長。その関係は今、変わり、人々を導く辺境伯当主と、戦うための騎士団長へと変化を遂げる。
客室を出て、騎士たちと別れ、グレンは会議室までの廊下を歩いた。時折すれ違う巡回の兵士も、城の使用人も、ドーヴィの存在には気づかない。
「グレン、お前はお前の思う通りにやれ」
「わかった。ドーヴィ、迷惑をかけるかもしれないが……よろしく頼む」
「任された」
会議室の重い扉の前。グレンとドーヴィは、小さく会話を交わした。グレンは深呼吸をしてから、扉に手をかける。
前は地獄への扉だった。今日は――戦場への扉だ。
「失礼、遅くなりました」
扉を開き、ドーヴィも続いて入れるようにさりげなく開いたままにしながら、グレンは挨拶をした。同時に、片目で室内にいる人間の皮を被った獣たちの人数を確認する。
(いち、に……全員、いるな)
透明になったドーヴィがグレンの肩を小さく叩き、グレンは扉を閉めた。防音性に優れたこの扉と、貴族会議中は誰も近づかないように触れが出ているおかげで――ここで事件が起きても、気づかれにくい。
「遅い、遅いぞクランストン辺境伯!」
「これだから辺境の野蛮人は。ついに数字も読めなくなったか」
「我々の貴重な時間を無為に消費した報いは受けて貰わねばなりませんなぁ!」
途端に飛んでくる罵声の数々を、グレンは涼しい顔で受け流す。何を言われても、どうでも良かった。どうせあと少しすれば、ここは静寂に包まれる。
「……ガゼッタ王国の為に、良い案をぎりぎりまで検討していましたので」
グレンが静かにそう言えば、その反応の異常さに気付いた何人かは口を噤む。その中でドラガド侯爵は口を大きく開けて笑い飛ばした。
「はっはっは! 噂に聞こえてましたが――まさか、反乱でも起こす気か、グレン・クランストン辺境伯」
「ええ、その通りです」
ドラガド侯爵の問いかけに、グレンは頷いた。その瞬間、会議室内が静まり返る。そして一拍置いたのち、複数人が椅子を蹴り飛ばして立ち上がった。同時に、魔法の詠唱を始める。
「貴様っ! 何を言っているのかわかっているのか!」
「わかっていて、言っておりますよ、陛下――いや、王国を堕落させた、愚王め!」
「っ! この狼藉者を殺せっ!!」
王が王笏を怒り任せに床に叩きつける、貴族たちがさらに魔法の詠唱を始める、第一陣の詠唱が終わろうとする。
「遅いっ!」
それらの誰よりも早く、グレンは無詠唱で氷の槍を空中に出現させ、玉座に坐する王に向けて放った。
咄嗟に、王は王笏を構える。仕込まれていた守護結界が発動し、王は結界に守られ――たが、グレンの放った超質量の氷の槍はそれを容易く貫き、王の胸に突き刺さった。
それに止まらず、氷の槍は直進を続け、王の体を壁に打ち付ける。氷の槍が刺さった個所から、血があふれ出た。
「かっ、は……」
がくり、と王の頭が垂れた。王冠が脱げ落ち、金蔵音を響かせて床に転がる。
「ち、ちちう―――ぐあっ!」
驚きに目を見開いた老公爵が、声のした方に視線を向ければ。そこには、父親である王と同じように心臓を氷の槍に貫かれた王太子が崩れ落ちていた。
「き、貴様ーっ! 何たることをっ!」
我に返った貴族当主達が魔法をグレンに目掛けて放ってくる。が、それらは全てグレンを覆う目に見えぬ壁に弾かれて宙で消失した。
(ドーヴィが、守ってくれる!)
グレンは今一度、腕を振り上げた。無詠唱によって行使された魔法、宙に様々な属性の武具が顕現する。それを見たドラガド侯爵が「ばかなっ、無詠唱だと!?」と叫んだが、誰もがそれに答えを返さなかった。なぜなら、宙に浮かぶ数々の武具が、それぞれ自分たちに矛先を向けているから。
「貴方方は! 上位貴族としての務めも忘れ! 人を人と思わず! 虐げに虐げ抜いた!」
血を吐くようなグレンの怒りに、一部貴族は腰を抜かす。それでもまだ戦おうと魔法を何度も繰り出すが――何度やっても、それはグレン・クランストン辺境伯に届くことはなかった。
「貴様らの方がっ! よほど獣であったっ!! ガゼッタ王国に害を為す貴様らをっ! 私、グレン・クランストンが成敗するっ!!」
「小癪なっ!」
「死して詫びろぉっ!!」
グレンがあげた両手を振りかざす。とある貴族は逃げまどい、とある貴族は必死に結界を張り。とある貴族は捨て身の攻撃をしようとし、とある貴族はただひたすらにグレンを罵倒し。
しかしそのいずれも、グレンの放った魔法に飲み込まれていく。肉の裂ける音、命の消える断末魔、床や壁が砕ける破壊音。
それらが全て消えた頃。会議室には静寂が訪れ、血の臭いだけが充満していた。
「はっ、はっ……はっ、はははっ、っははははは! やった、やったぞ!!」
肩で息をしつつ、グレンは熱くなった右目を抑えて笑い声をあげた。あれほどまでに怯え、恐怖を感じていた王族と上位貴族が……こんなにも、脆いとは!
「他愛もない……はははっ……」
グレンは片目をぎょろりと動かして、室内の様子を探った。念のため、宙に氷の矢を浮かべる。まだ生き残りがいたら、厄介だ。もし、これでも生き残っているなら、次はもっと大きな魔法で駆逐するしかない。
「……グレン」
「死ね、死ね、死んで詫びるんだ、父上と母上と、兄上と、姉上に、死んで詫びろ、詫びろ、詫びろ」
「グレン!」
後ろから肩を掴まれて、グレンは咄嗟に氷の矢を背後へ放った。が、それは手ごたえがなく、宙に霧散する。驚きに目を見開き振り返れば――そこには、ドーヴィがいた。
「ぁ……ドーヴィ……僕は……」
「落ち着け、目的は達成した。もう生き残りはいねえよ」
ドーヴィがグレンの両手を掴み、膝をつく。下から顔を心配そうに覗き込まれて、グレンは目を瞬かせた。
「グレン、深呼吸をしろ。落ち着け」
「ドーヴィ……っは、そうだな、少し……興奮しすぎた」
「仕方ねえさ、初陣だからな。……グレン、王の首、取れるか?」
ドーヴィが示す先には、壁に張り付けられた愚王の姿があった。悪趣味なオブジェの様な姿に、グレンは思わず口を押える。
「ぅ……いや、やるぞ、ドーヴィ。これは、僕がやらなきゃいけないことなんだ」
グレンは今更に震えてきた両足を叱咤して、一歩を踏み出した。……そして、すぐに振り返る。
「ドーヴィ、やっぱり怖いから、ついてきてくれないか?」
「……もちろんだとも。お前が倒れないように、支えてやるさ」
ドーヴィの大きな手がグレンの背中に添えられる。それにほうっと安堵の息を吐き、グレンは重なり合った死体を飛び越えて、一段高い王族のみが立ち入れる壇上へと上がった。
「……貴方はやりすぎました、王よ。国は人があってこそ国であるもの。やみくもに領土を拡大し、人々から搾取するだけが王ではない。その責任は、貴方の首をもって、償って頂く」
訣別の言葉を述べ、グレンは風の刃を顕現させた。そして、一息に、王の首を落とす。落ちた首はすぐにドーヴィが拾い上げ、氷の魔法で軽く凍結させておく。そのまま、運搬のための大き目の革袋に首を入れた。
「よし、さあグレン、他のやつらと合流するぞ」
「あ、ああ……」
この凄惨な現場をそのままで良いのかと一瞬戸惑いを見せたグレンに、ドーヴィがそっと囁く。
「この場は、俺が後で何とかする。向こうの悪魔と、ちょいと取引があるんだ。だから、お前は気にするな」
「っ! そ、そうか……」
「今はこの反乱を終結させることだけを考えろ。……恐らく、もうアルチェロ殿下の方もライサーズ男爵の方も軍を動かしているはずだ」
そう言われて、グレンははっと目を見開いた。自分が王族と上位貴族を仕留めると同時に、他の兵達が制圧のために突撃することになっている。グレンの行動が遅ければ遅いほど、余計な戦闘が増え、被害が広がってしまう。
「そうだな、早く行かねば……皆が、私を待っている」
グレンは自分に言い聞かせるかのように呟き、顔を上げた。もう足は震えていない。
走り出したグレンを、ドーヴィも追いかける。王城の中を把握しているグレンは速やかに王城の中庭、ライサーズ男爵やアルチェロ王子たちと合流予定の場所へと向かった。
城の中は喧騒に包まれていた。そこかしこで大声や叫び声が飛び交い、剣戟の音が響く。倒れ伏しているのは、いずれも王城の甲冑に身を包んだ兵士ばかりだ。反乱軍の奇襲は、よほど上手くいっているらしい。
中庭に向かう途中、グレンはふと閃く。
「そうだ、あそこのバルコニーならっ!」
「グレン!?」
「王が貴族たちを集めた茶会をする際に、中庭を見渡すバルコニーがある! そこならば、多くの兵士に声を届けられるはずだ!」
グレンがやりたいことは、王城の兵士を皆殺しにすることではない。この反乱を早く終結させ、無駄な戦闘を止め、被害をできる限り少なくすることだ。
契約主のやりたいこと、をすぐに察したドーヴィは、その場でケチャにテレパシーを送る。すぐに「問題ない」と返事が来た。どうやら、グレン以外の反乱軍もケチャの想定通りに動いているようだ。……それだけでなく、ケチャはまだ何かを企んでいるようで、ドーヴィにグレンが向かおうとしている場所を逆に尋ねる。
グレンはドーヴィのやり取りに気づくことなく、目的のバルコニーに向かって走る。ドーヴィは黙ってその後に従った。
目的のバルコニーを見つけ、グレンは窓を割るほどの勢いで足を踏み入れた。すぐにドーヴィも続き、風の魔法を応用してグレンの言葉が城中に響くように細工をする。……そして、抱えていた革袋から、王の首を取り出した。
「聞け! 私はグレン・クランストン、クランストン辺境伯である!!」
細身の少年の体から出たとは思えないほどの、迫力のある声が響いた。中庭で争っていた兵士たちはその手を止め、バルコニーを見上げる。
「この反乱は、私が起こしたっ! ガゼッタ王国を堕落させ、下々の人間を虐げる悪を討つためっ!」
誰もが息を飲み、言葉を待つ。
「――そして、私は、愚王の首を取った! 証拠だっ! 反乱はすでに成就しているっ!!」
グレンの言葉に合わせ、ドーヴィは王の首を掲げた。どより、としたざわめきは広がりを見せ、そのうち、歓声と悲鳴に変貌していく。
「剣を収めよっ!! これ以上は無益な戦いであるっ!」
グレンの言葉とともに、あちこちからカラン、カラン、と剣が落ちる音が響いた。……同時に、せめて一矢、とグレンに向かって魔法が放たれるが、それも全て見えぬ壁に弾かれて消失する。
「――失礼、私からも一言、よろしいか」
「! あなたは……!」
突然、後ろから声を掛けられ、振り返ったグレンは目の前の人物に目を丸くした。美しい銀の長髪をなびかせ、高貴な司祭服に身を包むのは――ガゼッタ王国にある教会を全て束ねる教会のトップ、大司教だった。
「ははぁ、これがケチャの企みか……」
ドーヴィは優雅にバルコニーに躍り出た大司教へこの場を明け渡す。
「ドーヴィ、知っていたのか?」
「いや、俺も今知った。……大司教が反乱軍の支持をこの場で宣言すれば、もう反抗しようとする兵士もいねえだろ。これ以上ない、幕引きだな」
大司教の静かな声は、グレンの言葉によって打ち砕かれた戦意を、さらに鎮めていった。あれほどまでに戦いの音に満ちていた城は静まり返り、誰もが膝をつき創造神の代理と言える大司教の言葉に耳を傾ける。
「クランストン辺境伯」
「はっ!」
大司教に呼ばれて、グレンはもう一度、バルコニーの中央に立った。
「貴方の正義に、教会は敬意を表明します。どうぞ、この国をより良い方向に導いてくださいますよう……」
「……承りました」
そのやり取りで、全ては決まった。正義は反乱軍にあり。
その事実に、涙を流す兵士もいれば、喜びの声をあげる兵士もいる。グレンは大司教と握手を交わしてから、再度声を張り上げた。
「――この戦い、我ら反乱軍の勝利だっ!!」
グレンの勝鬨に、呼応するように兵士たちの勇ましい声が響き渡る。
この日、ガゼッタ王国は反乱の海に飲まれ、地図上からその姿を消すことになった。
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そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。
アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。
公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。
アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
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ノアが秘匿される理由。
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竜鳴躍
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前世の記憶チートで優秀なことも。
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冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
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王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
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