虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ

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【第二部】魔王覚醒編

24)間一髪

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「ま、にあ、った!!」

 なけなしの魔力で二枚目の障壁を作りかけていたレオンは、突如耳に入った声にハッと顔を上げた。

 空から降ってきたのは――翼を大きく広げた、一人の人間。

「ドーヴィ!?」
「魔力は俺が出す!」

 言うが早いか、ドーヴィは横からレオンの両手を掴んだ。繋がった部分から、ドーヴィの魔力がレオンの中に流れ込んでくる。

「う゛っ、オエエェッ!」

 ……何の事前準備もなく、全くの別人の魔力を流されれば。当然、拒絶反応が起きる。魔力譲渡が限られた人間しかできないのも、それが理由の一つだから。

 レオンはひとしきり胃の中の物をぶちまけてから、頭を前後にがくがくと揺らす……が、何とか気力だけで持ち直し、前を見据えた。

 グレン程ではないが、レオンもそれなりにドーヴィと魔力の相性が良いから、この程度で済んでいるのだ。そうでなければ、今頃あっという間に気絶しているか、悪ければ心臓発作でも起こして死んでいる。

「我慢しろ!」
「わ、かってるっ!」

 ドーヴィの膨大な魔力を受け入れたレオンの障壁は、あっという間にこれまで以上に強固なものとなっていく。グレンの放ったあの大火球を見事に受け止め――そして、大火球の魔力が尽きて消えるまで、障壁はその場に立ち続けていた。

「っは、たすかっ、た……っ!」

 レオンはそう言ったのちに、耐え切れなかったのか目を閉じて馬上に倒れこみそうになる。レオンが落馬する前に、ドーヴィは腕で受け止めてレオンの代わりに自分が馬に跨った。

 そのまま、じろりと、隣で呆然と佇んでいた第一部隊の隊長に目を向ける。広げたままの悪魔の翼を一度はためかせてから、ドーヴィはそれを隊長の前で収納した。

「俺のことを喋ったら殺す」
「ヒッ……ヒィッ!」
「……撤退先はどこだ、先導しろ」

 レオンの作った障壁はまだ健在だ。逃げるなら今の内である。

 突然の事態に目を白黒させながらも、その隊長はレオンを抱えたままの悪魔と共に、馬を走らせることにした。よくわからないが、助けてくれたのは確かであり、どうやらレオンも彼の『正体』を知っていたようであるから。



 大火球が消えた後、煙の向こうに騎士達の姿が無い事をザトーは確認し、舌打ちをした。いくら全てを燃やし尽くす攻撃だとしても、何かしらの痕跡は残るはずだ。それが一つもないということは……またしても、逃げられた、ということ。

「王都の騎士はどいつもこいつも逃げ足ばかり……クソッ!」

 毒づいてから、ザトーは目の前に立つ少年、改めクレイア子爵家の新兵器の背中を見た。

 本来であればこのまま追撃して始末したいところだが、フィルガー曰く『儀式の間に食事をさせなかったから、肉体は衰弱している』『長時間の稼働は難しい』とのこと。

 少し考えた後、ザトーはグレンの手を取った。そして武器を構えたまま震えている領民に向けて、発破をかける。

「見よ! これが英雄の力だ! 悪しき貴族達は、その正義の力に恐れ戦いて尻尾を巻いて逃げたようだ!」

 一拍置いて、領民達のざわめきが歓声へと変わる。元から、王都や貴族と言ったものに良い思いを抱いてなかった人間ばかり。故に、自分たちの正義で鉄槌を下したと言われれば……その気持ち良さに酔うのも、当然の事だった。

 その歓声が収まってから、ザトーは全員に昨日と同じくここで野営することと、本日は特別に軽食を出すことを伝える。何もしていなくても、戦場に立っていたという功績に褒美を与えるのは当然の事だ。

 そうして飴を与えて、戦意を維持し、情を持たせる。ザトーなりに戦場のゴロツキや傭兵をまとめ上げてきた手腕だ。

 義勇兵と言えば聞こえの良い、ただの善良なる領民を一度解散させ、ザトーはグレンについてくるように指示を出して屋敷に戻る。

「イヤァ、見事な啖呵でしたヨ」
「……」

 パチパチパチ、と乾いた拍手をするのは、フィルガー。どうやらザトーの様子を屋敷から見ていたようだ。

「欲を言えば、しっかり剣を交えて欲しかったところですがネ」
「……無理に決まってるだろ」

 ザトーはそれだけを絞り出す。剣を交える? 交える前に、あの洗練された騎兵に蹴散らされて終わりだ。交える事すらできないだろう。

「次はこちらから打ってでましょうカ? 罠を張って敵を迎え撃つのも面白そうですネ」

 フィルガーは、ずいぶんと上機嫌にペラペラとザトーに話しかける。以前なら軽口の一つも返すところだが……今のザトーには、フィルガーに対してそんな態度を取れるほどの気力は無かった。

 のろのろとザトーは顔を上げ、フィルガーを見上げる。

「おいフィルガー。こいつはどうすればいい?」
「オオ、そうでしたネ。まずは胃に優しい食事を与え、休ませた方が良いでショウ。命じた事には絶対ですが、逆に言えば命じた事以外は一切やりませんからネ」

 そう言ったフィルガーはぽん、とグレンの頭に手を置く。まるで愛玩動物にするように、そのまま優しく頭を撫でてやる。

「食事をしろ、と命令しなければ、彼はそこで立ったまま餓死しマス」

 薄々感じていた事だ。ザトーは、人間を洗脳して人形に、兵器にする、という事がどういうことなのか、わかっていなかった。

「睡眠しろ、と命令しなければ、目を開けたままそのうち狂死しマス。トイレに行け、と言わなければ、その場で糞尿を垂れ流しマス」

 よしよし、とフィルガーはグレンの頭を撫でた。グレンはその手に何も感じていないようで、ただあの空虚な瞳でザトーを見ていた。

 その目に責められているようで、ザトーは思わず視線を外す。

「……マ、本当は『生命維持に関する行為は実行して良い』と命令しておけば大丈夫ですヨ。そうでないとあまりに不便すぎますからネ」
「……脅しかよ」
「イエ? 単なる悪魔ジョークデス。面白かったでショウ?」

 どこがだよ、とザトーは毒づいた。立ったまま餓死し、目を開けたまま狂死し、糞尿を垂れ流すだけの人形になった人間の、どこに笑える要素があると言うのだろう。

 ……かといって、このグレンを連れてこの屋敷から逃げ出し、投降するほどの勇気もザトーには無かった。グレンをこうした時点で、何をどうしても、ザトーの死罪は決まっている。

 もはや、行くところまで行くしかなかった。――別に、前からわかっていたことだ、この悪魔と契約した時から。もう後には戻れないと。


☆☆☆


 倒れたレオンを野営用のテントに運び入れ、寝かせたドーヴィはもう一度、あの場にいた第一部隊の隊長を睨みつけておいた。何を言わずとも、隊長は全力で激しく首を上下する。

 そうして軍医に後を任せ、テントを出てみれば。そこは忙しそうに様々な兵士が行き交っていた。時折、ドーヴィにぎょっとした視線を向ける者もいたが、今はそれどころではないようだ。

「おい」
「はっ、はいぃ」

 ちょうど隣にいた隊長に声を掛けると、飛び上がらんに悲鳴をあげてドーヴィに対して直立不動で敬礼をしてきた。周囲の人間が何事だ、と注目する。

 それに内心で舌打ちをしつつ。

「シルヴェザン元帥が起きられたら、教えてくれ。すまないが俺も魔力を使いすぎた、その辺で休んでいる」
「わ、わかりましたっ!」

 ちなみに、彼とドーヴィの間に明確な上下関係はない。あるとすれば、むしろ王国騎士であり、貴族に連なる者である隊長の方がドーヴィより立場は上なのだが。

 しかし、あの登場をされてドーヴィを普通の平民扱いできるような人間は、なかなかいないだろう。

 ドーヴィは野営地の隅にある木の根元にあぐらをかいて座り、目を閉じる。

――魔力を使いすぎたのは、本当だ。

 元よりフィルガーの罠のせいで魔力を大量に消費し、さらに天使のコマンドのせいで能力をより強く制限され。……グレンからまともに精力を貰っていなかったことも災いし。

 天使によって例の空間から救出された後、ドーヴィは休む間もなくすぐにグレンの元へと駆けつけようとした――が。

 すでに儀式は発動してしまっており、そこに介入するのは難しかった。そもそも武闘派のドーヴィがあの複雑な儀式に途中で割って入るほどの繊細な作業を得意としていなかったのもある。

 中途半端に壊せば、それはグレンの精神が完全崩壊する引き金になる。

 だから、ドーヴィは瞬時に判断して、儀式そのものを止めるのではなく、グレンの心――つまり、『命』を守る方に力を注いだ。

 あの瞬間の、グレンを守るように広がったあの光は、ドーヴィが起こしたものだ。それは奇跡の光。

 グレンがスライムもどきに対して棍棒を使って時間稼ぎに成功していた事。儀式が不完全なまま、無理に実施された事。グレンの魂が、ドーヴィお手製の『疑似魂』であった事。 

 何より、グレンが最後まで抱きしめていたのが、ドーヴィとの思い出だった事。

 それらが幾重にも重なって、あの瞬間にドーヴィは天使の力も借りずに、自分の一部をグレンの精神空間に潜り込ませる事に成功できたのだった。

 グレンと繋がっている疑似魂が存在したから、すぐに精神空間まで辿り着けた。そして、グレンがずっとドーヴィを待っていてくれたから、あのスライムもどきが埋め尽くした空間の中でも、ドーヴィは迷わずにまっすぐにグレンの元に辿り着けた。

 実に、間一髪だったのだ。

 今、ドーヴィは残っていた魔力のほとんどをグレンの『命』を守るために割いている。もちろん、それでも手元に残っている魔力はまだ人間より多い……が。

(これ以上は無駄遣いできねえな……)

 もし、グレンの魔法の相手がレオンでなければ、ドーヴィは見捨てていただろう。だが、そこにいたのがレオンだったから。グレンが大好きで守って欲しいとドーヴィに願った兄上だったから。

 グレンが、そう言ったから。きっと、後から自分の手で兄を殺したと知ったら、グレンは泣いてしまうだろうから。

 仕方なく、ドーヴィは何とかあの場に突入したのだ。レオンには悪い事をしたが、あの場ではあれ以外にやりようが無かったのだから勘弁して欲しい。

 ドーヴィはじっと目を瞑り、魔力の回復に努める。残念ながら回復量もかなり制限されており、以前の様に転移魔法を連発したり、大規模な攻撃魔法を行使することも難しい。

 本当に、天使どもは迷惑なことをしてくれた。管理不行き届きな上に、情報漏洩もしている。それどころか今も何やら混乱が続いているようで、世界のあちこちに小さな綻びが出ていた。

 その綻びが大きくなればなるほど、人間には生き辛い世界になっていく。この辺で言えば、クランストン辺境領に接する魔の森に、魔物が異常発生しているようだ。そのうち、異常気象が続き、天変地異も起きるようになるだろう。

 それでは困る。ここはドーヴィが愛してやまないグレンが住んでいる世界なのだ。

(とりあえず、レオンが起きてから。状況を擦り合わせて、クソッタレな天使共を呼んで……グレンの洗脳を、解く)

 あの儀式を解くには、かなり高度な技術が必要だ。人間の分際では解除できない。あれを解除して、グレンを元に戻すのは、どうしても天使の『命を司る力』が必要になる。

 あの楽しくて、幸せな思い出を、また全部グレンの手元に戻してやらなければならない。

 そのためなら、死ぬほど嫌いな天使とも共闘できる。ドーヴィは、そういう悪魔だ。


---


その……キャラに嘔吐させるのめちゃくちゃ性癖なので……
それはそれとしてフィルガーによしよしされるグレンくんは闇可愛いと思います
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