虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ

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【第二部】魔王覚醒編

37)兄弟

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 燃え盛る屋敷の監視を騎士に任せ、レオンとグレンは元帥用のテントへと戻った。もちろん、万が一の事を考えていつも通りのローデンが同席している。テントの外には、グレン対策として教会騎士が二重の意味で見張りに立っていた。

「いやースッキリしたな!」

 肩こりをほぐすかのように肩を回すレオンに続き、グレンも明るい声で笑う。……腐っても貴族、それも上位貴族である二人はそれなりの傲慢さも持ち合わせていた。敵の屋敷を吹き飛ばして笑顔になる程度には。

「ええ、スカッとしました! ……兄上?」

 そんな笑顔のレオンは、テーブルを通り越してベッドへと座る。そうしてグレンを手招きした。グレンは首を傾げつつも、レオンに呼ばれるがままに足を向け、レオンの隣に座った。

「ローデン! お前は何も見ていないし、聞いていない。そうだな?」
「……ハッ! シルヴェザン元帥閣下の仰るとおりであります! 自分は何も見ていないし何も聞いておりません!」

 ローデンは以前同様に、敬礼をしてからくるりと向きを変えた。そのまま、壁を向いて両手を背中で組んで休めの姿勢を取る。

「兄上? 何か、機密ですか?」
「おー、そうだな、超重要な機密だ」

 ベッドに二人、隣り合って座ったまま。レオンはそっと、グレンの小さな手を握る。

「……グレン。何があったか、俺に話してくれないか?」
「!」
「ドーヴィの姿が見えない。何か……悲しい事が、あったんだろう?」

 レオンは気づいていた。弟の片目が真っ赤に充血して、泣き腫らした後だということに。

 グレンからぴたりとくっついて離れないドーヴィが、グレンと別行動をとっているというあり得ない事態。それだけで、レオンには何があったのか、おおよそ予想できたのだ。

「あ、にうえ……それは……」

 グレンの声が震える。と、同時に、片目からこぽりと水滴があふれ出た。

 その水滴は頬を伝い、グレンの手を握るレオンの手の甲へと落ちる。

「すっ、すみませんっ、な、泣くなどと……!」
「いーや、気にするなグレン。今はお前の兄として、心配しているんだ」

 レオンはぐいっとグレンの手を引っ張り、小柄な弟を胸に抱き込んだ。そして昔……両親の訃報が伝えられた、あの夜のように。背中を優しく、ぽんぽんと叩いてやる。

「あっ、あにうえぇっ……!」
「お前も弟として、俺に久々に甘えていいんだぞ」
「……っ! すみませんっ……!」

 ぎゅ、とレオンの上着の襟元を掴んだグレンは、肩を震わせて涙を零した。

 そして、レオンに話し出す。

 自分が意識を取り戻した時、既にドーヴィは大怪我を負っていたこと。
 もはや肉体は朽ちるのみ、という言葉通りに、ドーヴィは自分の目の前で砂となって消えて行ったこと。
 ……ドーヴィがまたいつか、戻ってくると約束してくれたこと。

「……そうか。よく話してくれたな、グレン」
「うっ、ううぅっ、あにうえっ……」
「本当によく頑張った。お前は昔から、やる時はやる男だったもんな」

 ローデン! とレオンが名を呼べば、ローデンは黙ったままタオルをレオンに差し出す。そのタオルでレオンはグレンの顔を拭ってやりながら、何度も背中を摩る。

 ……そうして、グレンが落ち着くまで待っている間に。気を回したローデンが、夕食用の温かいスープを二人分、テントに運び入れている。

 そのスープをグレンに持たせてやれば、グレンは泣きじゃっくりをしながらもこくりとスープを飲んだ。

「グレン、落ち着いたか?」
「……はい。兄上、取り乱して大変失礼しました」
「はっはっは、気にするなと言っているだろう?」

 お前が泣き虫なのは昔から知っているんだ、とレオンが続ける。それに対してグレンは唇を尖らせたが、何も言い返せずに黙ってスープに口を付けた。

 ちびりちびりと飲むグレンと対照的に、レオンはスープをごくりと豪快に飲み干す。

「ドーヴィについては『大怪我を負って療養中』という事にしておこう」
「はい……」
「アルチェロ陛下や父上、母上……正体を知っている方々には、しっかり説明した方がいいだろうな」

 グレンは小さく頷く。レオンはまだグレンの肩に手を回して、抱き込むようにしてくれている。今は、この兄が誰よりも頼もしくグレンには思えた。

 その頼もしい兄は、てきぱきと次の行動を決めていく。

「陛下や父上達には連絡する機会があるから、その時についでに『ドーヴィは怪我の療養の為に悪魔の世界に一時的に戻った』と言っておくか」
「……よろしくお願いします」
「グレン、気にするな。どうせついでだからな」
「ありがとうございます、兄上」

 ついで、とは言うが、その実はグレンの心情を思いやっての事に違いない。今ですら、レオンに話すだけでもグレンの心はかき乱されて、大変な事になったのだから。

 ぽん、ぽん、とリズム良く、レオンの手がグレンの肩を叩く。……そうされていると、泣き疲れたグレンはなんだか眠くなってきてしまうのだ。

 眠そうに目を瞬かせる弟を見て、レオンがふっと笑う。完全に眠る前に、大切な話を片付けておいた方が良さそうだ。

「それから、今回の件は俺が主導で後始末をする。それでいいか?」
「構いませんが……兄上の負担が大きすぎませんか?」

 心配そうにレオンを見上げるグレンに、レオンはパチンとウインクを飛ばす。

「戦後処理のいい勉強になる。お前らと違って、俺達の方は前回の反乱処理をちゃんと経験してないからな」
「なるほど」

 前回の反乱、つまりグレンの起こしたあの反乱の事だ。グレンは当時から宰相で自分の後始末を自分でやったわけだが、レオン達はそうではなかった。軍部はレオンが元帥になってからほとんど作り直された状態で、こういったそれなりの規模の事件に対応するのは初めてなのである。

 ちょうどいい機会だから、部下たちに仕事を覚えさせようとしているわけだ。転んでもただでは起きないどころか、二重三重に美味しいところを持っていくレオンである。

 ……実際のところは。禁術も使われたグレンを、しばらくはゆっくり休ませたいと言う兄心もあるのだ。

 それにグレンは気づかず、「では兄上、何かありましたらいつでもこちらも協力しますので」と真剣な表情で兄に申し出ていた。

 それから、細かい事をいくつか。話しているうちに、グレンが本格的に船を漕ぎ始める。

「――こんなところか。グレン、先に寝てていいぞ」
「へぁ……あ、兄上は……?」
「後で追加のベッドを運ばせるから大丈夫だ」

 ベッドに寝かしつけられたグレンに、レオンはそう答える。だが、グレンはどこかまだ不服そうだ。この年になって、兄と一緒に寝るのが嫌だとでも言うのだろうか。

 それに若干のショックを受けつつ、レオンは苦笑する。

「だいたい、お前が万が一寝ぼけて魔力暴走したら、ここだと俺ぐらいしか抑えられる人間がいないだろ?」
「……そう言われてみれば、そうですね……」
「まだ病み上がりなんだから、ベッドで大人しくしておけ」

 はい、と言ったグレンは目を擦りながら、毛布を被り直して布団に潜っていく。野営用の簡易ベッドだが、元帥用のそのベッドは非常に高品質だ。我儘三昧だった以前の元帥が作らせた特注品だから。

 しばらくして、ベッドから寝息が聞こえてくる。小さく「よし、寝たな」とレオンは呟いてからベッドから立ち上がった。

「ローデン、俺のベッドの手配を」
「ハッ!」
「あとグスタフとサーシャも呼んできてくれ。それから教会の方も……グレンの診察を頼みたい」
「了解です!」

 それまで息を潜めて岩になっていたローデンが、敬礼をしてテントを出ていく。

 その姿を見送ってから、レオンはベッドの前に衝立を置いてからテントの入り口を大きく開けた。密談が終わり、何も疚しい事もなければ危険な事も無かったと周囲にアピールするために。
 
 見れば、どことなく浮ついた空気の騎士達が夕食の準備を進めている。超小規模で張り合いのない相手だったとはいえ、戦いに勝ったという事実は揺らがない。

 勝利の高揚感が満ちているのを肌で感じて、レオンは目を細めた。

「戦いには勝ったが……実際には、負けたようなものだな」

 ドーヴィの損失はあまりにも大きい。話している間のグレンの狼狽ぶりを見れば、わかるものだ。その後こそ宰相として、レオンの話に対応はしていたが……どこまで、あの気力が持つのか。

 それだけではない。グレンが信頼していた護衛騎士も一人は重傷で騎士を辞職することになるだろうし、付き人であるフランクリンも再起不能な状態だ。グレン陣営は、大きな打撃を受けたことになる。

 ……恐らく、この隙を狙って、様々な貴族がグレンを追い落とす、あるいはその懐に潜り込もうと暗躍するはずだ。

 大きな味方を失ったグレンが、この貴族の荒波を乗り切れるのか。いや、乗り切って貰わねば困る。

 もしグレンが宰相の職を辞すると言うなら、後には自分たちの父であるクランストン公爵が座る事になるだろう。そうなれば、では誰が外交を担当すると言うのか。外に出せるほどの経験を持った貴族は、そう簡単に見つかるものではない。

 とにかく、今のクラスティエーロ王国は人手不足だ。それこそ、まだ少年の域を出ないグレンが第一線で働かなければならないほどに。

(グレン陣営の立て直しが急務、だな……)

 レオンの視線は、すでにこの戦場のその先を見据えている。


---


レオン兄上! いやレオンお兄ちゃん!?
本当にレオン兄上がハイスペックイケメンすぎる……


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