婚約者を妹に奪われ、家出して薬師になった令嬢は王太子から溺愛される。

二位関りをん

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第25話 両親襲来

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 朝の診察が終わり、薬師としての仕事もひと段落した頃だった。

「大変です!」

 メイドが慌てふためきながら、私とハイダのいる医薬庫へと現れる。メイドの顔には汗がびっしょりと浮かび上がっていた。

「何かありました?」
「ヨージス侯爵とその奥方様がユングミル城に来まして、ジャスミン様はどこかと……!」
「え、お父様とお母様が?」

 なぜこの期に及んで両親が私の元にやってきたのか。というかユングミル城に私がいるのを知っていたとは。
 
「ユングミル城に探している娘はいない。同名別人の者だと伝えてください」

 真面目に応対してもバカを見るのは私だけだろうなという勘が働いたので、メイドにはそう告げて私は医薬庫から動かない事に決めた。

「本当によろしいのですか?」
「真面目に話しても、私の言う事など聞いてくれやしませんでしょうから。医薬師長にはご心配おかけしてしまい申し訳ありません」
「いえいえ。気になさらないでください。私もあなたのお気持ちはよくわかります。私も実は、かつては令嬢の身だったので」
「そうだったんですか?」
「はい。私は元は子爵家出身でした。ですが、姉妹兄弟が多く令嬢としての生活にも嫌気がさしてあなたと同じように家出して薬師になったんです」

 ハイダの家は姉妹と兄弟が多く、にぎやかで楽しい家族だったという。だが、家族が多い事が逆にハイダにとっては苦痛ほどではないがさみしさを感じる事があったと言う。両親とは不仲でも無かったが、令嬢としての堅苦しい生活に嫌気が差し、宮廷の薬師になったのだった。

「そうだったのですね」
「令嬢が薬師や医師になる事は時折あると聞きます。なのでジャスミンさんの気持ちもよくわかるんです」
「医薬師長……」

 すると、またしてもメイドが汗だくになりながら医薬庫へと入ってきた。

「説明はしたんですが、聞き入れてくださらず……」
「はあ……」

 私の事などどうでもいい癖に。なんで帰ってくれないのか。

「良い事思いつきました。お化粧担当のメイドさん何人か呼んでくださいませんか」

 ハイダが何かを思い付いたのか、そうメイドにささやくと、メイドがわかりました。と返事をして去っていった。

「医薬師長?」
「変装してごまかしましょう」
「なるほど……」

 その手があったか。やってきたメイドに連れられて私は地味風なメイクに髪型とメイドの格好をして、ハイダとメイド2人と共にユングミル城の門に向かう。
 そこには両親が目を見開いて、立っていた。

「?」

 両親は私を見るや否や、首を傾げた。

「ジャスミンこんな顔だったか?」
「いえ、何か雰囲気が違うような……」
(そりゃあそういうメイクをしているんだから、違うだろう)

 私の顔を見て疑問を感じている両親へ対して、ハイダが力強くもしもし。と声をかける。

「そのメイドは確かにジャスミンという名前ですが、ヨージス侯爵家のご令嬢ではございませぬ。お引き取りくださいませ」
「なっ……!」
「ご両親が娘の顔を覚えておいででないとは言語道断かと」
「っ貴様!」

 父親が激高し、ハイダにつかみかかろうとした瞬間、そこまで。という大きな甲高い声が響き渡った。アダン様の声だ。

「ヨージス侯爵よ、情けない!」
「お、王太子殿下……!」
「娘の顔も分からず、同名の別人を娘だと言い張るその姿は実に情けない! このような無礼、侯爵家から格落ちも辞さないだろうな!」
「王太子殿下! 申し訳ありませぬ、この通りお許しを……!」

 私の目の前で、あの両親が土下座してアダン様に許しを乞うている。正直この光景が信じられない。

「わかったのであれば去れ」
「ははっ……」

 両親は立ち上がって、門の近くに止めてあった馬車に乗り、ユングミル城から終始無言で去っていった。

「……」

 両親を乗せた馬車が見えなくなるまで静かな空気が流れた後、アダン様が私の元へと駆け寄ってきた。

「大丈夫かい?」
「アダン様、ありがとうございます。両親がご迷惑をおかけして申し訳ありません……」
「謝らなくていい。いやあ、まさかご両親がユングミル城まで来るとはねえ。何を考えているんだか」
「それは私も同じ考えです」
「噂通りの曲者だ。あの調子だとまた宮廷にも顔を出して来るかもしれない。しばらくは気を付けた方がいいね」
「はい」

 アダン様やハイダらのおかげでなんとか両親を追い払う事に成功し、その後は化粧と服をいつもの薬師としての姿に戻してまた仕事に戻る。

「疲れたでしょ、後はこちらでやっておきますから」
「いいんですか?」
「ええ、どうせあとちょっとで終わるので」

 ハイダからの気遣いを受け、私はいつもより早めに仕事を終える事になった。そのまま部屋に戻り、コックが持ってきた夕食を頂く。
 北部は野菜がよく採れる地域という事だけあって、新鮮な野菜がふんだんに使われている。

「うん、美味しい」

 トマトの酸っぱさが身体によく染みる。

「はあ……」
(疲れた)

 薬師になっても両親に振り回されるのはもうごめんだ。あの可愛いジュナがいるんだから、いつものように甘やかして私の事なんか放っておけばいいのに。と胸の中で悪態をつきながら、夕食を食べたのだった。
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