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第3章:兎、実りました
第3章ー6
しおりを挟む気づけば、せんべいは無くなっていた。
せんべいの山があった場所では、お腹に山を作ったくま子が舌を出して寝息を立てている。
昼間とはいえ、秋空の下でこんな無防備に……風邪ひかんか? ……いや、この毛皮でそりゃ無ぇか。
『それじゃあ、早速情報を上に持ってかせてもらうさね』
『んにゃ。ワッシはくま子が起きるまで見とるんに、おみゃあらはさっさと行くとえぇにゃんならぁ』
『そうか? じゃあお言葉に甘えて先に帰るわ』
ギルネコがいるならくま子は心配いらねぇだろ。
俺も後は帰って飯食って寝るだけだ。そして昼に起きて飯食ってまた昼寝するんだ。
あぁ、素晴らしきかな異世界ペット生活。
『んじゃな~』
『今度顔を出させてもらうにぃ、兄君に伝えといて欲しいにゃんならぁ』
『あ~、うんわぁった~』
覚えてたら伝えておこう。
集会場の塀を飛び越えながら、俺は帰路につくのであった。
『……あれは絶対伝えんにゃ。手紙を送るかにぃ』
◆ ◆ ◆
『うるわしの~我が家~。愛しの~、ベッド~』
酒に酔ったような調子でフラフラと歩く。
この世界の暑さは尾を引くことなど無く、見事な判断で撤退せしめている。後は心地の良い涼やかな風が吹く清涼な空間が残るって寸法だ。
その風が木々を揺らし、まるで俺が歩く後ろから小人の大群が追い抜いて行くかのような錯覚を覚える。
『……んぉ?』
ふと、屋敷が見えてきた道すがらにて。俺の視界が人影を捉える。
一本の木の下に腰掛け、瞳を閉じ、自然の旋律に耳を傾けるオーディエンス。
こんな所でこんな事して、こんなに絵になる男は、俺が知る限りでただ1人。
テルム坊っちゃんが、そこにいた。
「……フスッ」
俺はそんな坊っちゃんに近づき、隣に腰掛ける。
坊っちゃんは瞳を開けない。しかし、わずかに腕を動かし、俺のスペースを作ってくれた。
だから、遠慮なくそのスペースに体を詰め込み、密着する。
「……おかえりぃ」
『おう』
「お友達と一緒の時間、楽しかった?」
『あ~、まぁそだな。せんべいは好評だった』
「あはは、よかったぁ」
どちらともなく語り出し、適当に相槌をうち、適当に笑う。
遠慮も心遣いも謙遜も自慢もない、ただただ適当な時間。
『……ってわけで、気づけば全部くま子の腹ん中よ。あいつは何だな、絶対将来はギルドの財政を崩壊させるぞ』
「あはは、支部長がいっぱい稼がないとねぇ」
『つっても、この町でそんな冒険者が活躍出来る機会あんのか?』
「さぁてねぇ……」
そんな適当な時間が、何とも心地いいもんで。
なんだかんだで、俺はこの人と一緒にいるのが一番好きらしい。
「……ねぇカク?」
『あん?』
「今ねぇ、ホーンブルグとノンブルグ、結構忙しいみたいなんだよね」
『そうだなぁ』
「お米のメニューは開発され始めたし、職人達は一般の家庭に釜を作ろうとしてくれてる。盗賊ギルドは前以上に領主家とコンタクトを取ってくれるようになったし、商人ギルドは頻繁に屋敷に足を運んで商談してる」
はたから聞けば良い話だ。だが、すなわち坊っちゃんやおっさんがスゲェ忙しいって事だわな。
『ご苦労な話だねぇ……俺ならそんなに忙しい日々はゴメンだね』
「あはは、カクがこの状況作ったようなもんじゃない」
『知らねぇよ。俺がタッチしてんの米関係ぐらいじゃねぇか』
「ひどいなぁ、少しくらい手伝ってくれてもいいんだよ?」
『断るわ~。俺には向かん。以上』
「あっはははっ」
しばらく坊っちゃんの笑い声が響き、俺はそれを聞きながら鼻をひくつかせる。
一陣だけ強めの風が吹き、木々を薙いだ。
俺の耳が揺れ、坊っちゃんの前髪がなびく。
「……ありがとね、カク」
「……フス?」
ふと、坊っちゃんの方を見る。
いつの間にか坊っちゃんの顔は俺に向いており、お互いの視線が交差した。
「カクが僕の契約獣になってくれたから、僕はこうして毎日を楽しく過ごせてるよ」
『……忙しいって愚痴ってたじゃねぇか』
「あはは、そりゃ忙しいけど、逆にさ……前が暇過ぎたんだぁ」
契約する前の話か?
率先して聞いたことはねぇ話題だ。
「この領地って、田舎なんだけどさ。そこそこ賑わってる部類の田舎なんだよね」
『……だな』
「だけど、この町の経済は問題なく回ってた……これってつまり、お父様の手腕が凄く良いってことじゃない? だから、さ。僕の出る幕って、正直無かったんだぁ」
さもありなん。あのおっさんはああ見えて、結構やり手だ。
その手腕は高めることよりも、維持する事に向いているって本人が言ってたがな。
「お父様が領主としている限り、この領地に冬はこない……そう言われてた。そんなお父様を誇りに思ってた」
『今もだろ?』
「もちろん。……けどさ、そんなお父様の作ってきた町を、僕が継ぐ事を考えたらさ?」
『あ~……こえぇな』
「だよねぇ~」
わかるな、それ。規模は違うけど。
前任者が優秀であればあるほど、後継は辛いものがある。
「あの人はできたのに」。「前はこんな事しなくてよかったのに」。
往々として、人とは何かと何かを比べたがる生き物だから。
「だから、ね。僕、自分からこの領地に関する事は口出ししないようにしてたんだぁ。ひたすら剣の訓練! そして狩りのお供!」
『ど~りであの強さだよ……』
「……そんな毎日だったからさ。今がありえないくらい忙しくて、凄く楽しいの」
米の新要素、発見。
稲作。
ギャンブルの考案、そして商売。
新メニュー開拓に、各ギルドとの交流。
なるほど、思えばこの何ヶ月かで色々してきたもんだ。
『……まぁ、忙しかったのは認めるわ』
「でしょ? これ、カクが来てくれたからなんだよ?」
「……フシッ」
「カクが僕に教えてくれた。カクが僕に譲ってくれた……本当は、僕の手柄じゃない。だけど……」
『なぁに言ってんだ』
「ふえ?」
なるほどな。
ありがとう。そして「ごめんなさい」ってか?
『ぶぁ~か』
そんな事言わせてなるもんかい。
『俺は、坊っちゃんと一緒ならなんっもしなくていいから一緒にいんだよ。異世界転生? 内政チート? 知るかって。知らねぇよ。そんな事より寝て暮らしたいわ』
「あ、あはは……カクらしいねぇ。ちーとはよくわかんないけど」
『だろ? 俺はそれが基本なの。基本役に立たないの! だからよ……』
坊っちゃんの横腹を軽く角で突く。
気にすんな。照れ隠しだ。
『……そんなダメな契約獣を上手く使えてるって事で、坊っちゃんが凄い……ってことじゃね?』
「…………」
あぁぁぁぁ! 恥ずかしい!!
柄じゃねぇ、柄じゃねぇぞ!
何なのこの最終回手前で和解する相棒同士みたいな会話!
ないわー、マジないわー!
「…………カク」
『っだぁ! 以上! だから全部坊っちゃんの手柄! 俺は知らん!』
「……ふふっ」
やめろ、その華が咲くような笑顔をやめろ! こっ恥ずかしい!
俺は無理やり立ち上がり、鼻を鳴らして屋敷に逃げる。
ノシノシ歩き、その場を離れ……
「そんなダメ契約獣を上手く使えてる、坊っちゃんが凄い……ふ、ふふ、かっこいい~……!」
『おうジョトだコラァ! 喧嘩売ってんだな? そうなんだな!?』
「や、止め、今止めて……んふふふふ……!」
『あああああああ!! なぁにマジウケしてんのキミぃぃぃぃ!? もう許さん、泣いて土下座するまでつつく!』
「あははははは! ご、ごめ、あははははは!!」
『逃げんなやこらぁぁぁあああ!!』
走り出す坊っちゃん。追いかける俺。
クソ、励まして損した。
……まぁ、笑い方がいつもの感じになったから、別にいいんだけどよ。
「あはははは! あはははは!!」
「フシャー!!」
それはそれとして、泣かさんと気が済まんわぁ!!
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