雑魚兎が貴族に飼われてもいいじゃない!?

べべ

文字の大きさ
39 / 47
最終章:兎、頑張ります

最終章ー4

しおりを挟む
 
 料理長の暴走は、新メニューの提供という条件でようやく収束した。
 危うく朝ごはんが昼ごはんになるところだ。やっぱアイツ、王宮の専属料理人とか絶対無理だって。

「いやいや、すまないねぇサニティ」

「んはは、肝が冷えたぞ。まったくあやつと来たら……」

 マッチョメンも怒ってはいないみたいだし、ひとまずは大丈夫そうだな。

「いやいや! 皆さんお待たせいたしましたぁ!」

 そんな時、軽快な声と共に下手人が姿を現した。
 罪悪感の欠片も感じていない、軽薄な声。まったくもって腹立たしいことこの上ない。
 しかし、どこか憎めないのは、コイツの料理に対する真剣さを知っているからだろうか?

「さぁさ、本当ならばもっと美味しくなっていたと思うのですが、皆様大変に空腹という事でございますので大変に不本意ながらこうして食事をお持ちいたした次第にございます!」

「うん、ありがとう料理長。その新しい調理法は夜にでもお願いするよ」

「どうでも良いが、早く食わせてくれんか? ワシは死にそうだぞ!」

 それはいけません! と一言叫ぶ料理長だが、相変わらず自分では動かない。
 例によって、いつの間にか現れた給仕の姉ちゃんが俺たちの前に皿を置いていっている。
 人も揃った、料理も来た。いよいよようやくやっと食事にありつけるというもんだ。

「それじゃあ、食材に感謝しよう」

 毎食行われている祈り。これはこの国の共通らしく、マッチョメンとメガネも祈りを捧げている。
 しかし、マッチョメンは若干短気というか、ガキというか……冠婚葬祭で思わず笑ってしまう子供のようにそわそわしている。
 これは、相当楽しみにしているみたいだなぁ。

「……ん、よし。いただこう」

「おう! 待ぁちわびたぞ!」

 おっさんの許可が出た瞬間に、蓋が持ち上げられる。
 今日の朝餉メニューは……なるほど。

 白米ときのこのスープ。秋らしさを全面に押し出してきた組み合わせ。
 そこに付け合わせるのは、味濃いめに見える卵料理だ。フナウという、ほうれん草みたいな青菜野菜、それと数々の野菜を一緒に炒めて、炒り卵の中に閉じた形になっている。
 何かの種のような物が入っているが、これは香辛料かな? 村で栽培でもしてるんだろうか。

 小魚を使った南蛮漬けは、数日前から仕込んでいたから骨までいけちゃいそうなくらいに柔らかくなっている筈だ。味濃いめの主菜を食べた後ならば、結構さっぱりさせてくれるんじゃないだろうか。
 あとは、我が家で定番のひとつとなった漬物だな。今回は人参を使ってピクルスのようにしてある。塩気の中に人参の甘みを感じられる一品となっていることだろう。南蛮漬けに並んでサッパリ要因だな。

「ほほぅ、これが米を用いた朝餉であるか! 色もとりどり、また見事なものよなぁ」

「……けど、派手ではない……です、ね。落ち着いた雰囲気です」

「はは、気に入ってくれたなら嬉しいよ」

「まぁだまだ。味を見てみらぬことにはなぁ」

 ワクワクといった言葉が似合う雰囲気のままに、マッチョメンがさじを手に取る。
 まずは、一番気にしていた米をひと救いし、食べてみるつもりだろう。メガネも同様なようだ。

 湯気の立つ米を見て、一口。
 ほふほふと口の中で踊らせ湯気を吐き出す瞬間は、世界でも類を見ない程に幸せな瞬間であると言えよう。
 適温になった一粒一粒を歯で噛みしめれば、芯の無くなったそれらが中の糖を開放し、舌というキャンバスに素朴ながらも味わい深い絵を描き上げていく。

「……うむ、これは……」

「…………」

 味わう。それは食材に対して最も敬意を表す行為。
 この二人は新たな食材を見定めるためにそれをしたのかもしれない。しかし、結果としては米という存在にこうべを垂れて寵愛を賜ったという事実になる。

 その結果に訪れる褒美は、吠える程の美味ではない。ましてや、絶頂するほどの甘みでもなければ、重厚な旨味でもない。
 ただ、包むように与えられる満足感だ。

 あれだけうるさかったマッチョメンは、米を噛み締めつつ主菜に手を伸ばす。
 卵と共に野菜を噛み締め、そのエキスを口内いっぱいに馴染ませた後に、また米を食う。
 次第にそのペースは大きくなり、米を含む量が増えていく。しかし、食事の早さは逆に低下。しっかり噛み締め、味わっているのだ。

 主菜、米。
 副菜、米。
 汁物、米。
 漬物、米。

 そうして目減りしていく朝餉を、惜しむように噛む量が増え、それが唾液を分泌させて満腹感を覚えてしまう。まさに幸せという名の悪循環。
 全ての美味が皿の上から消え失せたその時には、マッチョメンの口から大きくため息が漏れていたのを誰も聞き逃しはしなかっただろう。

「……どう思う、アーキンよ」

「……えぇ、これは……素晴らしい主食足り得る、かと……」

「うむ」

 親子は静かに頷き合い、匙を置く。

「ゴウンよ、大層な美味であったぞ。米とはかように食いでのあるものであったか!」

「ありがとう。そう言ってくれたなら、料理長も喜ぶよ」

「うむ、しかし……どのようにしてこの調理法を見つけたのだ? 米は貴族の間でも滅多に出回らん、珍しさだけの食材であったはずであろうに」

 給仕の姉ちゃんが皿を引いていく中で交わされる会話。……というか、会話している間に自然と片付けられていってんのな。
 うちの給仕は優秀だなぁ。趣味はともかくとして。

「あぁ、調理法を見つけ出したのは、息子なんだよ」

「なにぃ?」

「ぇぁ?」

 おっさんのカミングアウトに、マッチョメンが坊っちゃんの方を向き直る。
 メガネも同様だ。よほどびっくりしてるのか、少しずれてしまっているのが可愛らしい。

「い、いえ。僕はその……」

『坊っちゃん? カクが考えました~とか言うんじゃねぇぞ』

『え、でも……』

『今が坊っちゃんの売り込みポイントってのは、俺でもわかる。それに、俺の力は坊っちゃんの力だ。いいから堂々としてろって』

『う、うん……』

 坊っちゃんの動揺を嘘と取ったか、謙遜と取ったかはわからんが、マッチョメンは顎ヒゲを指で撫でつつ「ふぅむ」と悩んでいる。
 微妙な居心地の悪さに思わずはにかんでしまう坊っちゃんだが、視線はそらさない。

「ゴウンよ。それは真か?」

「もちろんだとも。米の栽培に成功したのも、テルムが色々と提案してくれたからという点が大きいんだからね」

「ほぉん……?」

「それだけじゃない。最近のホーンブルグの経済成長の舵を切っているのは、もはやテルムといっても過言ではないよ」

『やめて~! お父様、やめて~!?』

『ははは、プッシュがすげぇなぁ』

 ぐいっとマッチョメンが顔を近づけてくる。
 うん、思ったより臭くない。けど、圧は半端ないなぁ。

「テルムよ……」

「な、なんでしょう?」

 マッチョメンが坊っちゃんに語りかけてくる。
 真剣極まりない顔だ。コイツ、こんなに表情筋を長時間止めていたれたんだな。
 さて、なんと言うか……


「アーキンを嫁に貰うつもりはないか?」


 ぶふぉぉおう!?

「ぶふぉぉおう!?」

「ぶふぉぉおう!?」

 俺と坊っちゃんとメガネが、同時に何かを吹き出した。
 な、何をいきなりぶち込んできやがるこの筋肉だるま!?

「なぁにを驚いとるんだお前ら」

「あ、当たり前です父上っ、い、いきなり何を……!?」

「大事な娘が優秀な者の所に嫁ぐことを望まぬ親がどこにおる? さらにテルムは我が友ゴウンの息子であり、人格よし器量よしの好人物。最高の結婚相手ではないか」

「じゅ、順序というものがあります! まだ会ったばかりの人にそんな無礼な……!?」

 大声で語り合う親子。ぽかんとする坊っちゃん。
 呆れる俺に、コロコロと笑う夫婦。

「料理長、ご飯おかわり。大盛りでいいわ!」

「かしこまりましたぁ!」

 こんな修羅場でも食事を続けているチビっ子が、大物過ぎて笑えないカクくんなのであった。
 というか、お前それ……何杯目だ……?
 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

【完結済】悪役令嬢の妹様

ファンタジー
 星守 真珠深(ほしもり ますみ)は社畜お局様街道をひた走る日本人女性。  そんな彼女が現在嵌っているのが『マジカルナイト・ミラクルドリーム』というベタな乙女ゲームに悪役令嬢として登場するアイシア・フォン・ラステリノーア公爵令嬢。  ぶっちゃけて言うと、ヒロイン、攻略対象共にどちらかと言えば嫌悪感しかない。しかし、何とかアイシアの断罪回避ルートはないものかと、探しに探してとうとう全ルート開き終えたのだが、全ては無駄な努力に終わってしまった。  やり場のない気持ちを抱え、気分転換にコンビニに行こうとしたら、気づけば悪楽令嬢アイシアの妹として転生していた。  ―――アイシアお姉様は私が守る!  最推し悪役令嬢、アイシアお姉様の断罪回避転生ライフを今ここに開始する! ※長編版をご希望下さり、本当にありがとうございます<(_ _)>  既に書き終えた物な為、激しく拙いですが特に手直し他はしていません。 ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ ※小説家になろう様にも掲載させていただいています。 ※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。 ※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。 ※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。 ※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。 ※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。 ※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。 ※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!

ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。 ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!? 「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」 理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。 これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

処理中です...