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最終章:兎、頑張ります
最終章ー4
しおりを挟む料理長の暴走は、新メニューの提供という条件でようやく収束した。
危うく朝ごはんが昼ごはんになるところだ。やっぱアイツ、王宮の専属料理人とか絶対無理だって。
「いやいや、すまないねぇサニティ」
「んはは、肝が冷えたぞ。まったくあやつと来たら……」
マッチョメンも怒ってはいないみたいだし、ひとまずは大丈夫そうだな。
「いやいや! 皆さんお待たせいたしましたぁ!」
そんな時、軽快な声と共に下手人が姿を現した。
罪悪感の欠片も感じていない、軽薄な声。まったくもって腹立たしいことこの上ない。
しかし、どこか憎めないのは、コイツの料理に対する真剣さを知っているからだろうか?
「さぁさ、本当ならばもっと美味しくなっていたと思うのですが、皆様大変に空腹という事でございますので大変に不本意ながらこうして食事をお持ちいたした次第にございます!」
「うん、ありがとう料理長。その新しい調理法は夜にでもお願いするよ」
「どうでも良いが、早く食わせてくれんか? ワシは死にそうだぞ!」
それはいけません! と一言叫ぶ料理長だが、相変わらず自分では動かない。
例によって、いつの間にか現れた給仕の姉ちゃんが俺たちの前に皿を置いていっている。
人も揃った、料理も来た。いよいよようやくやっと食事にありつけるというもんだ。
「それじゃあ、食材に感謝しよう」
毎食行われている祈り。これはこの国の共通らしく、マッチョメンとメガネも祈りを捧げている。
しかし、マッチョメンは若干短気というか、ガキというか……冠婚葬祭で思わず笑ってしまう子供のようにそわそわしている。
これは、相当楽しみにしているみたいだなぁ。
「……ん、よし。いただこう」
「おう! 待ぁちわびたぞ!」
おっさんの許可が出た瞬間に、蓋が持ち上げられる。
今日の朝餉メニューは……なるほど。
白米ときのこのスープ。秋らしさを全面に押し出してきた組み合わせ。
そこに付け合わせるのは、味濃いめに見える卵料理だ。フナウという、ほうれん草みたいな青菜野菜、それと数々の野菜を一緒に炒めて、炒り卵の中に閉じた形になっている。
何かの種のような物が入っているが、これは香辛料かな? 村で栽培でもしてるんだろうか。
小魚を使った南蛮漬けは、数日前から仕込んでいたから骨までいけちゃいそうなくらいに柔らかくなっている筈だ。味濃いめの主菜を食べた後ならば、結構さっぱりさせてくれるんじゃないだろうか。
あとは、我が家で定番のひとつとなった漬物だな。今回は人参を使ってピクルスのようにしてある。塩気の中に人参の甘みを感じられる一品となっていることだろう。南蛮漬けに並んでサッパリ要因だな。
「ほほぅ、これが米を用いた朝餉であるか! 色もとりどり、また見事なものよなぁ」
「……けど、派手ではない……です、ね。落ち着いた雰囲気です」
「はは、気に入ってくれたなら嬉しいよ」
「まぁだまだ。味を見てみらぬことにはなぁ」
ワクワクといった言葉が似合う雰囲気のままに、マッチョメンが匙を手に取る。
まずは、一番気にしていた米をひと救いし、食べてみるつもりだろう。メガネも同様なようだ。
湯気の立つ米を見て、一口。
ほふほふと口の中で踊らせ湯気を吐き出す瞬間は、世界でも類を見ない程に幸せな瞬間であると言えよう。
適温になった一粒一粒を歯で噛みしめれば、芯の無くなったそれらが中の糖を開放し、舌というキャンバスに素朴ながらも味わい深い絵を描き上げていく。
「……うむ、これは……」
「…………」
味わう。それは食材に対して最も敬意を表す行為。
この二人は新たな食材を見定めるためにそれをしたのかもしれない。しかし、結果としては米という存在に頭を垂れて寵愛を賜ったという事実になる。
その結果に訪れる褒美は、吠える程の美味ではない。ましてや、絶頂するほどの甘みでもなければ、重厚な旨味でもない。
ただ、包むように与えられる満足感だ。
あれだけうるさかったマッチョメンは、米を噛み締めつつ主菜に手を伸ばす。
卵と共に野菜を噛み締め、そのエキスを口内いっぱいに馴染ませた後に、また米を食う。
次第にそのペースは大きくなり、米を含む量が増えていく。しかし、食事の早さは逆に低下。しっかり噛み締め、味わっているのだ。
主菜、米。
副菜、米。
汁物、米。
漬物、米。
そうして目減りしていく朝餉を、惜しむように噛む量が増え、それが唾液を分泌させて満腹感を覚えてしまう。まさに幸せという名の悪循環。
全ての美味が皿の上から消え失せたその時には、マッチョメンの口から大きくため息が漏れていたのを誰も聞き逃しはしなかっただろう。
「……どう思う、アーキンよ」
「……えぇ、これは……素晴らしい主食足り得る、かと……」
「うむ」
親子は静かに頷き合い、匙を置く。
「ゴウンよ、大層な美味であったぞ。米とはかように食いでのあるものであったか!」
「ありがとう。そう言ってくれたなら、料理長も喜ぶよ」
「うむ、しかし……どのようにしてこの調理法を見つけたのだ? 米は貴族の間でも滅多に出回らん、珍しさだけの食材であったはずであろうに」
給仕の姉ちゃんが皿を引いていく中で交わされる会話。……というか、会話している間に自然と片付けられていってんのな。
うちの給仕は優秀だなぁ。趣味はともかくとして。
「あぁ、調理法を見つけ出したのは、息子なんだよ」
「なにぃ?」
「ぇぁ?」
おっさんのカミングアウトに、マッチョメンが坊っちゃんの方を向き直る。
メガネも同様だ。よほどびっくりしてるのか、少しずれてしまっているのが可愛らしい。
「い、いえ。僕はその……」
『坊っちゃん? カクが考えました~とか言うんじゃねぇぞ』
『え、でも……』
『今が坊っちゃんの売り込みポイントってのは、俺でもわかる。それに、俺の力は坊っちゃんの力だ。いいから堂々としてろって』
『う、うん……』
坊っちゃんの動揺を嘘と取ったか、謙遜と取ったかはわからんが、マッチョメンは顎ヒゲを指で撫でつつ「ふぅむ」と悩んでいる。
微妙な居心地の悪さに思わずはにかんでしまう坊っちゃんだが、視線はそらさない。
「ゴウンよ。それは真か?」
「もちろんだとも。米の栽培に成功したのも、テルムが色々と提案してくれたからという点が大きいんだからね」
「ほぉん……?」
「それだけじゃない。最近のホーンブルグの経済成長の舵を切っているのは、もはやテルムといっても過言ではないよ」
『やめて~! お父様、やめて~!?』
『ははは、プッシュがすげぇなぁ』
ぐいっとマッチョメンが顔を近づけてくる。
うん、思ったより臭くない。けど、圧は半端ないなぁ。
「テルムよ……」
「な、なんでしょう?」
マッチョメンが坊っちゃんに語りかけてくる。
真剣極まりない顔だ。コイツ、こんなに表情筋を長時間止めていたれたんだな。
さて、なんと言うか……
「アーキンを嫁に貰うつもりはないか?」
ぶふぉぉおう!?
「ぶふぉぉおう!?」
「ぶふぉぉおう!?」
俺と坊っちゃんとメガネが、同時に何かを吹き出した。
な、何をいきなりぶち込んできやがるこの筋肉だるま!?
「なぁにを驚いとるんだお前ら」
「あ、当たり前です父上っ、い、いきなり何を……!?」
「大事な娘が優秀な者の所に嫁ぐことを望まぬ親がどこにおる? さらにテルムは我が友ゴウンの息子であり、人格よし器量よしの好人物。最高の結婚相手ではないか」
「じゅ、順序というものがあります! まだ会ったばかりの人にそんな無礼な……!?」
大声で語り合う親子。ぽかんとする坊っちゃん。
呆れる俺に、コロコロと笑う夫婦。
「料理長、ご飯おかわり。大盛りでいいわ!」
「かしこまりましたぁ!」
こんな修羅場でも食事を続けているチビっ子が、大物過ぎて笑えないカクくんなのであった。
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