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第二章
1-1 穏やかな日々に
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「これ、おいしい!」
「ダリアの特製アップルパイなんです」
「さすが、カイの従者は優秀だね」
ここは公爵邸の中庭。花の好きな母のために父が造らせた、たくさんのバラが咲き誇る大きな庭だ。
持ち主が外交のため長らく不在の中、住み込みの庭師によって一年中丁寧に育てられた花は今まさに満開を迎えている。
今朝も水を与えられた色とりどりの花々はキラキラと光を反射し、輝きを放っていた。
そんな美しい庭で、カイとアルはデザートを口にしていた。
ピクニックから二年。あれからアルは月に一度必ずカイの家へとやってくるようになった。
特別何かをするでもなく、ただひたすらに会話を楽しみ二人の時間を大切にする。
お互い、何気ない日常に自分という存在を溶け込ませるように時間を過ごしていた。
とは言え二人の関係はさほど変わらず、この二年で変わったことと言えばアルが成長したことだ。
見た目はたいして変わっていないようにも見えるが、ふとした瞬間に大人びたしぐさをするようになった。
例えば、前までは純粋さを宿した瞳がカイを見つめていたが、今はそれに加え熱を帯びているように感じる。
カイはその目で見つめられるたび、いたたまれない気持ちになるのだ。
それからもう一つ。カイに敬語を使わなくなったことだ。
そもそも敬語を使っていた理由が大人っぽく見えるだろう――というなんとも子供らしいものだったのだが、カイが対等に見るというので取り繕うのをやめたらしい。
それ以外は変わらない。今、目の前にいる彼はもともときれいな顔立ちをしているし、相変わらず友達もいない。少し背は伸びたようだが、まだまだカイには追い付かないのだ。
でも筋肉は少しついたように感じる。最近剣術の授業が始まったらしいのでその賜物だろう。
「カイ、そんなに見つめられると穴が開いちゃいそうだよ」
照れたように頭を掻くアルを見て、ハッと我に返る。気付かぬうちに凝視してしまったようだ。
じわじわと恥ずかしさが込み上げてきて思わず下顔面を片手で覆った。
「何考えてたの?」
訝しげに見つめるアルの視線が刺さる。
こうなったら話すまでこの話題、視線からは逃れられないのは経験上学習済みだ。
「……アル様のこと」
素直に話すしかない。
しかし、こんなことを言えば次にどうなるのかは分かりきっている。
「ほんとに?私のどんなこと?」
予想通り。
期待に胸を弾ませて今にも襲いかかってきそうだ。
「アル様は何も成長してないなと思っただけです」
「えー!酷い」
「ほら、まだパイが残ってますよ」
カイは何とかその話題を回避すると、アルは最後のひと切れを口に放り込んだ。
「変わってないのはカイもでしょ。この間、ガラス工房の娘さんが迷子になってたの助けてたよね?」
「そうですけど、なんで知って……」
「あの子!絶対カイのこと好きになっちゃたよ!」
食い気味にそう言うと、ぷんすかと音が聞こえてきそうなほど頬を膨らませ可愛らしく怒った。
しかしながら、なぜそんなことを知っているのか。
考えられる可能性はひとつ。
「また覗き見してましたね?」
「い、いや、リアムが、そうそう!リアムが教えてくれたんだよ」
「リアムさんがですか?」
「そう、リアムがね」
先ほどまで膨らんでいた頬をしぼませると、おろおろと視線を上の方へと逸らした。
リアムはカイのそばを離れることはほとんどないため、彼が見たのであればアルも必ず見ているはずだ。
もっとも、そんな言い訳をする必要がないほどにアルの嘘は誰が聞いてもバレバレなのだが。
カイはふーとため息をつくと、アルを改めて見つめる。
「リアムさんが付いているとはいえ、王子なんですから気をつけてくださいよ」
「わかったよ。もう、カイは心配性だな」
「心配しすぎな方がちょうどいいんです」
アルはやれやれといった様子だ。
それでも心配になるのは当たり前だった。口では王子だからと言いながら、本当は自分を救ってくれた大切な人だから。
けれどもアルにこれを言えば、きっと調子に乗るので絶対に言わない。
「でも、これからはあんまり街に行けなくなるね」
「どうしてですか?」
「私の12歳の誕生日にお披露目会があるから」
その一言で、カイは王子という立場がどういうものかを思い出した。
今まで街を気軽に歩けていたがこれからはそうもいかない。
街で知り合った者たちも王子だということを知れば疎遠になるかもしれないし、アルがこうして人目の多い公爵邸へやってくるにも理由が必要になるのだ。
公式的に王がカイへの婚約申し込みの件を公にすればいいのかもしれないが、それでは今まで大切に築いてきた曖昧で心地の良い関係が壊れてしまう。
王家というものは国にすべてを捧げなければいけない。
わかりきったことだが、この小さな子にそれを背負わせるのはなんとも酷ではないのかと思う。
「また何か考えてる?」
アルはカイの考えを察しているかのように優しい声で問うと、机の上に置いていたカイの左手に指を絡ませた。
カイよりも小さな掌は全てを包み込むかのように温かい。
最近はアルのスキンシップに慣れてしまっている自分がいる。
「大丈夫。早く大人になるから待っててね」
そう言って笑顔を見せるアルにカイは「まだ大人にならなくてもいいですから」としか言えなかった。
「ダリアの特製アップルパイなんです」
「さすが、カイの従者は優秀だね」
ここは公爵邸の中庭。花の好きな母のために父が造らせた、たくさんのバラが咲き誇る大きな庭だ。
持ち主が外交のため長らく不在の中、住み込みの庭師によって一年中丁寧に育てられた花は今まさに満開を迎えている。
今朝も水を与えられた色とりどりの花々はキラキラと光を反射し、輝きを放っていた。
そんな美しい庭で、カイとアルはデザートを口にしていた。
ピクニックから二年。あれからアルは月に一度必ずカイの家へとやってくるようになった。
特別何かをするでもなく、ただひたすらに会話を楽しみ二人の時間を大切にする。
お互い、何気ない日常に自分という存在を溶け込ませるように時間を過ごしていた。
とは言え二人の関係はさほど変わらず、この二年で変わったことと言えばアルが成長したことだ。
見た目はたいして変わっていないようにも見えるが、ふとした瞬間に大人びたしぐさをするようになった。
例えば、前までは純粋さを宿した瞳がカイを見つめていたが、今はそれに加え熱を帯びているように感じる。
カイはその目で見つめられるたび、いたたまれない気持ちになるのだ。
それからもう一つ。カイに敬語を使わなくなったことだ。
そもそも敬語を使っていた理由が大人っぽく見えるだろう――というなんとも子供らしいものだったのだが、カイが対等に見るというので取り繕うのをやめたらしい。
それ以外は変わらない。今、目の前にいる彼はもともときれいな顔立ちをしているし、相変わらず友達もいない。少し背は伸びたようだが、まだまだカイには追い付かないのだ。
でも筋肉は少しついたように感じる。最近剣術の授業が始まったらしいのでその賜物だろう。
「カイ、そんなに見つめられると穴が開いちゃいそうだよ」
照れたように頭を掻くアルを見て、ハッと我に返る。気付かぬうちに凝視してしまったようだ。
じわじわと恥ずかしさが込み上げてきて思わず下顔面を片手で覆った。
「何考えてたの?」
訝しげに見つめるアルの視線が刺さる。
こうなったら話すまでこの話題、視線からは逃れられないのは経験上学習済みだ。
「……アル様のこと」
素直に話すしかない。
しかし、こんなことを言えば次にどうなるのかは分かりきっている。
「ほんとに?私のどんなこと?」
予想通り。
期待に胸を弾ませて今にも襲いかかってきそうだ。
「アル様は何も成長してないなと思っただけです」
「えー!酷い」
「ほら、まだパイが残ってますよ」
カイは何とかその話題を回避すると、アルは最後のひと切れを口に放り込んだ。
「変わってないのはカイもでしょ。この間、ガラス工房の娘さんが迷子になってたの助けてたよね?」
「そうですけど、なんで知って……」
「あの子!絶対カイのこと好きになっちゃたよ!」
食い気味にそう言うと、ぷんすかと音が聞こえてきそうなほど頬を膨らませ可愛らしく怒った。
しかしながら、なぜそんなことを知っているのか。
考えられる可能性はひとつ。
「また覗き見してましたね?」
「い、いや、リアムが、そうそう!リアムが教えてくれたんだよ」
「リアムさんがですか?」
「そう、リアムがね」
先ほどまで膨らんでいた頬をしぼませると、おろおろと視線を上の方へと逸らした。
リアムはカイのそばを離れることはほとんどないため、彼が見たのであればアルも必ず見ているはずだ。
もっとも、そんな言い訳をする必要がないほどにアルの嘘は誰が聞いてもバレバレなのだが。
カイはふーとため息をつくと、アルを改めて見つめる。
「リアムさんが付いているとはいえ、王子なんですから気をつけてくださいよ」
「わかったよ。もう、カイは心配性だな」
「心配しすぎな方がちょうどいいんです」
アルはやれやれといった様子だ。
それでも心配になるのは当たり前だった。口では王子だからと言いながら、本当は自分を救ってくれた大切な人だから。
けれどもアルにこれを言えば、きっと調子に乗るので絶対に言わない。
「でも、これからはあんまり街に行けなくなるね」
「どうしてですか?」
「私の12歳の誕生日にお披露目会があるから」
その一言で、カイは王子という立場がどういうものかを思い出した。
今まで街を気軽に歩けていたがこれからはそうもいかない。
街で知り合った者たちも王子だということを知れば疎遠になるかもしれないし、アルがこうして人目の多い公爵邸へやってくるにも理由が必要になるのだ。
公式的に王がカイへの婚約申し込みの件を公にすればいいのかもしれないが、それでは今まで大切に築いてきた曖昧で心地の良い関係が壊れてしまう。
王家というものは国にすべてを捧げなければいけない。
わかりきったことだが、この小さな子にそれを背負わせるのはなんとも酷ではないのかと思う。
「また何か考えてる?」
アルはカイの考えを察しているかのように優しい声で問うと、机の上に置いていたカイの左手に指を絡ませた。
カイよりも小さな掌は全てを包み込むかのように温かい。
最近はアルのスキンシップに慣れてしまっている自分がいる。
「大丈夫。早く大人になるから待っててね」
そう言って笑顔を見せるアルにカイは「まだ大人にならなくてもいいですから」としか言えなかった。
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