俺の婚約者は小さな王子さま?!

大和 柊霞

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第二章

5-1 問題

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 街行く人の密やかな声が耳まで届く。
 それは、単に声量があるのか、それともわざと聞こえるように言っているのか、カイの耳にはっきりと届いた。

「あの人が、カイルア?」
「そうそう、王子をたらし込んで婚約の申し込みまでさせたらしいわよ」
「最近、事件も多いわよね。もしかして、ウォルン家の功績を挙げるためのデマだったりするのかしら」

 ヒソヒソ、ヒソヒソ。
 どこに行っても静かに、それは聞こえる。

「また、事件を解決したらしい」
「ハナマー家の手柄を横取りしてるんじゃないのか?」
「さぁな。でも、あいつらならやりかねない」

 どこでそんな噂を流しているのか。風評被害も甚だしい。
 けれどもそれらに反抗する訳にはいかない。反抗すれば、それこそ騒ぎになるだろう。
 このところ、ウォルン家の領土中心部以外の街を出歩けば、カイやウォルン家の悪評が耳に入るようになった。
 あの男が言っていたことが現実になったようで、その噂は留まるところを知らない。
 耳を塞ぎたくなるような戯言にカイの心はじわじわと蝕まれていた。
 幸い噂を声高に発するものはまだおらず、ウォルン家やハナマー家のもとには伝わっていない。
 けれども、それも時間の問題だろう。
 耳に入る不快な音に、次第にカイは外に出歩かなくなった。

「最近、外に行かれませんね」

 ダリアは珍しくカイを心配するように眉をひそめた。こういうときの彼女は鋭いので、悟られないよう本当のことを交えた嘘をつく。
 そうすることで真実味が増すからだ。

「忙しいからな、書類の処理に追われて」
「やはり、かなり忙しいのですね。あまり顔色も優れませんし」
「疲れが溜まってるのかも」

 眠れず霞む目を擦ると、余計に視界がぼやけて瞬きを繰り返す。
 下まつげの生え際がびしびしと痛み、明らかに体に異常をきたしていた。

「少し、お休みになられますか?」
「いや、これを終わらせてからにする」
「そうですか……」

 布団に入ったところで眠れるとは到底思えない。
 最近はなかなか寝付けず、気絶するように寝るので、すこぶる体調が悪かった。

「アル様からお手紙が届いております。気分転換にこちらをお読みになりますか?」

 カイは差し出された手紙に手を伸ばして受け取った。

 《最近のお仕事はどうですか?
 こちらはお披露目会に向けて洋服の採寸などが始まりました。式の準備も進んでいて、一通りの流れを順を追いながら練習をしています。
 他にも、カイの衣装も大方決まってきています。
 次に会える日を楽しみに、会えなくてもあなたのことを信じています。
 あなたの大切なアルミス より》

 カイを信じるという文字が、今は重くのしかかる。
 お披露目会まではこの噂を大事にするわけにはいかない。
 とにかく、今できるのはできるだけアルに会わず、外に出ないことだ。
 カイはペンをとると、アルに暫く会えない旨の手紙を書き連ねた。
 一息つくと再度目の前の書類に取り掛かる。
 こんなことをしていなければ余計なことを考えそうでならないのだ。
 そうしてしばらくしたころ、再びダリアの声によって現実へと引き戻された。

「カイ様、ダルト様がお越しです。お通ししてもよろしいでしょうか?」

 「どうぞ」と一言発すると、疲労を悟られないよう顔の筋肉に力を入れる。ついでに姿勢を正せば完璧だ。

「失礼します」

 扉の軋む音も、靴音も、息すらも聞こえないほどに静かに部屋に入ってくると軽くお辞儀をした。
 アルの言っていた、美しい所作とはこの事を言うのだろう。けれどもそれは、カイにとっては少し恐ろしさを感じるものだった。

「今日はどうしたんだい?」
「その前に、ダリアさん。少し席を外してもらえますか?」

 そう言われたダリアは「かしこまりました」と言うと、軽く頭を下げて部屋を後にする。

「すみません。あまり聞かれたくないことかと思いまして」

 そこまで言われるとおおよその内容は把握出来る。
 噂のことだろう。とうとう、ダルトの耳にまで入ってしまったのか。
 不安に最悪を重ねれば、心が疲弊を通り越してびくともしない。
 何も言わないカイを横目にダルトは話を続けた。

「カイルア殿の耳にも入っていますよね。それが心配で、今日伺ったのです」
「……父親に言うのか?」

 半分は苛立ち、半分は諦めを含んだ声色で問いかける。

「言いません。今日も父に隠れて来ました。あなたのことが本当に心配で来たのです。やはり、顔色が優れませんね」

 ダルトは肩にかけていたカバンから保温袋のようなものを取り出すとからタオルを出し、カイの手のひらをとって、そこに乗せた。
 それはとても暖かく、蒸気を発している。

「それを目元に当ててください。少しは良くなると思いますよ」

 言われた通りにすれば、疲労で硬直した筋肉や皮膚が少しずつ溶かされていくようで気持ちがいい。

「ありがとう」

 先程よりも落ち着いて感謝を伝えると、ダルトは優しい笑みを向けた。

「すみません。私にできることはこれしかなくて」
「いや、ダルトくんはいつも俺を助けてくれてるだろ」

 素直に褒めれば、ほんのり頬を染めた。
 その姿からは15歳と言えど、まだまだ子供らしさが残っているように思える。

「では、お疲れかと思いますのでこれで失礼します。……カイルア殿は、そんなことをする人ではないと知っていますので、こんな人も一人はいるのだということを忘れないでください」

 ダルトはお辞儀をすると、また静かに部屋を出ていった。
 カイはくうを見つめると深呼吸をする。
 自分はどう行動することが正しいのか。
 先の見えない霧の中を歩くような感覚に、為す術はないのかとひとり考えるほかないのだった。
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