俺の婚約者は小さな王子さま?!

大和 柊霞

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第二章

4-3

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 その後の記憶は曖昧だった。
 事情聴取の業務には当たっていたものの、ただの喧嘩騒ぎとして扱われているため詳しいことは聞き出せない。無理に聞いてしまえば、ここにいる多勢にもその情報が回ってしまうからだ。
 聴取は長い時間行われた。一人一人内容を聞いたが、皆口を揃えて「言い合いになった」と答えた。
 結局、あの男が最後に言ったことがどういう意味なのか分からなかった。
 帰宅すると外はすでに真っ暗で夕餉の刻もとうに過ぎていた。
 アルは……帰っているだろう。
 いつもなら、日が暮れる前には公爵邸を出るので今頃は王城に着いて一息ついたところのはずだ。
 疲労が———主に精神的疲労がどっとのしかかる。
 今日は早く休もう。
 玄関の扉を開け、そっと中に入る。
 しかし、ダリアの姿が見当たらない。いつもならどこから見ているのか、帰宅すればすでにそこに立っている。しかし、今は物音すら聞こえず静まり返っていた。
 もしや、帰るのが遅くなったせいで就寝の準備をしているのかもしれない。
 カイは自分の部屋へと歩き出した。
 すると、廊下の向こう側から人影が走ってくるのが見えた。
 見覚えのある影にはっとする。
 慌てて両手を広げるとすっぽりと腕の中に収まった。

「アル、様?」
「おかえりなさい、カイ」

 そこには居るはずのないアルがいた。
 カイが昔着ていた懐かしい寝衣に身を包み、髪はほんのり濡れていて先程まで湯浴みをしていたのだろう。
 頭からは石鹸のいい匂いがふわりと香った。

「帰ったんじゃなかったんですか?」
「カイが待ってって言ったから。初めて私にお願いごとをしてくれたんだもん。ちゃんと叶えなきゃ王子失格でしょ?」
「他のみんなは……」
「もう寝る準備してるよ。あとのことは任せますってダリアさんが」

 腕の中に広がるあたたかさに心が和らいだ。
 そこで自分が、あの男に言われたことに対してかなりの不安を抱いていたのだと気づいた。
 自分は怖かったのだと。もし、この関係が明るみに出てしまった時、自分はアルを守ってあげられるのだろうか。家族にも迷惑をかけてしまうのではないかと。
 想像するだけで身が震えそうになる。
 カイはアルの身体をぎゅっと抱きしめ返した。
 この癒しは一時的なものに過ぎない。明日は?明後日は?あの男が言っていたことが真実だとすれば、すぐにでも噂は広まるかもしれない。
 でも、今だけはこのあたたかさに触れることを許してもらえるだろうか。

「カイ?どうかした?」
「いいえ、なんでもありません。それよりお話したいことがあると言ってましたよね。今から湯浴みをしてくるので俺の部屋で待っていてもらえますか?」
「うん、わかった」

 アルは素直に返事をするとカイの部屋のある方へと向かって行った。
 カイは急いで湯を浴びると、厨房にあった残りものを口にする。食に対してさほどこだわりは無いのでお腹を満たせさえすれば問題はない。
 部屋へ戻ると、アルはベッドに腰掛けて、おそらく寝る前にダリアが運んだであろうミルクを口にしていた。

「お待たせしました」

 カイもアルの隣に腰掛けると、湿った髪をかきあげた。

「カイから話って珍しいね。どうしたの?」
「その、お友達のことで」
「ダルトさん?」
「はい」

 改めてアルに伝えるとなると緊張してくる。
 これを言ったら鬱陶しいと思われるかなどの心配はない。きっと、アルはそんなことを思わないだろう。それよりも、嫉妬してますと口に出す方が恥ずかしいのだ。

「ダルトくんにマナー教えてもらってるんですよね」
「そう。凄く綺麗な所作なんだよ。だからお手本にしようと思ってね」
「あ、あの、ダルトくんと仲良くしてもらうのは全然いいんです。いいんですけど、手紙とか二人でいる時はあんまり名前を出さないで欲しくて……」
「どうしてですか?」

 純粋な眼差しで見つめられ、なんとも言い難い気持ちになる。
 けれども、カイの気持ちは固まっていた。

「えっと、俺がいるのにって、思っちゃうんです」

 言葉尻の方は声が小さくなってしまったが何とか伝えることができた。
 するとアルは手に持っていたカップをサイドテーブルに置くと、カイの手を両手で握った。

「伝えてくれてありがとう。ごめんね。実はちょっとカイのこと試したの」
「試す?」
「うん。カイは私のことを大切って言ってくれるけど、どのくらいなんだろうって思っちゃって」
「それは……」
「違う!カイのこと信じてるし嘘じゃないのはちゃんとわかってる。けど、」

 アルは俯いたまま、決まりが悪そうにカイの手をいじいじとしている。

「けど、カイの一番になりたい。だから、ダルトさんの名前を出してちょっとでも私の事で悩んでくれればいいのにって思っちゃった」

 カイはアルにしっかりと伝えているつもりだった。
 それでも、最近会えていないことが原因なのか、不安にさせてしまっていたのだ。

「今日、ダンスレッスンのときに分かったんです。アル様は俺を信じてくれているって。なら俺もアル様を信じようって」

 カイはアルと目を合わせようと、顔をあげるように促す。

「俺は、アル様にできた初めてのお友達に嫉妬してしまうぐらいにはあなたのことを想ってます。アル様のこと信じています。だからアル様も俺のこと、信じてもらえませんか」

 アルは眉尻を下げて少し泣きそうな笑顔を向けた。

「分かった。私はカイを信じるよ」
「ありがとうございます」
「……嫉妬してくれたんだね」
「そこは、掘り返さないでください」

 そうして布団に入った二人はそのまま静かに目を閉じた。
 しばらくの間起きていたが、何も話さなかった。
 ただこの温もりに浸りお互いの心を通わせながらその時間を感じるのみ。
 いつの間にか眠りについており、朝起きた頃にはアルの姿はなかった。アルはまだ学生だ。きっと予定があったのだろう。
 けれども、ほんのりベッドに残る温かさはカイの心を満たしてくれるには十分だった。
 
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