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お早うからお休みまで
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ふわり、と花の香りが鼻腔を擽る。
うっすらと目を開けたマリアローゼは、そのままの姿勢で瞬きを繰り返した。
(この香りはレイ叔父様が作られた洗髪料の香り…
昨日は屋敷に着く前に眠ってしまったのに)
「お嬢様……」
目の前でエプロンを握りしめる手を震わせて、ルーナがそれだけ言って口を噤んでいる。
ルーナの瞳は、あっという間に潤んで、どうにか涙が零れ落ちないように苦心しているように見えた。
「ルーナ、心配をかけてごめんなさい」
ふるふるっとルーナは首を横に振って、駆け寄った寝台の脇に跪いてマリアローゼの手を握った。
「お嬢様がご無事に戻られただけで、ルーナは嬉しゅうございます」
(ああ、また、わたくしはやってしまったのだわ。
後悔はしていないけれど、多くの人に心配をかけてしまった)
「お嬢様ぁ……」
ルーナの隣に跪くようにオリーヴェも膝をついて泣き始める。
後ろで控えていたシスネも、心配そうにマリアローゼを見守っていた。
「三人共、大変だったでしょう。眠っているわたくしを綺麗に洗ってくれたのね」
「……僭越ながら、汚れたままにはしておきたくなかったのです」
「ありがとう、とても気持ち良く寝れましたもの」
涙を拭って顔を上げたルーナは、何時も通りの控えめな笑みを浮かべた。
マリアローゼも身体を起こすと、ふわりと微笑み返す。
「ルーナ、貴方の淹れた紅茶が飲みたいですわ」
「はい、直ぐにご用意致します」
昨日の事を思い返してみると、出来るという確信はありつつも、やはり無謀だったと言わざるを得ない。
権力闘争についてはジェレイドに一任して問題ないだろう、とマリアローゼは頷いた。
沢山の騎士達や冒険者達、頼りになる領地管理人で弟公爵であるジェレイド、次期公爵を継ぐだろうシルヴァイン。
誰もが心配して駆けつけてくれたのだが、何故か一番安心させられたのはルーナの存在だ。
「……不思議ですわ」
ルーナは優秀とは言え、女性であり、まだ幼い。
一番身近にいるのは確かなのだが、どうしてなのだろう?とマリアローゼは首を傾げた。
「どうかなさいましたか?」
放心した様なマリアローゼの呟きに、温かい紅茶を手にしたルーナが問い返す。
「昨日の事を覚えていて?わたくし、ルーナに会った途端安心して力が抜けてしまったの」
「……左様でございますね。お眠りになる前に確かにそう、仰っておられました」
渡された紅茶を一口、口に含む。
何故かふと、昔遊んでいたゲームでネカマ…女性のキャラクターを使って女性の振りをしている男の友人が、ゲーム内ではあるが勝手に人の部屋に侵入した挙句に、「おはようからおやすみまで暮らしを見守る」という看板を背にしてベッド脇で待機していたのを思い出した。
(不審者に見守られたくはないですわね…)
だが、その言葉を思い出して気づいたのだ。
「分かりましたわルーナ。いつも、一番初めに言葉を交わすのは貴方で、一番最後も貴方なのですわ。
だから、わたくし、家に帰れたという安心が持てたのですわね」
何時もと変わらぬ挨拶、変わらない紅茶の味。
その日常の大切さと温かさが、全身に染み渡っているかのようだ。
ルーナはマリアローゼの微笑みに、思わず両手で顔を覆った。
「酷いです、お嬢様。ルーナを何度泣かせるおつもりなのですか…」
「ま、まあ、そんなつもりでは…わたくし……あの、…」
ぱたぱたと手を動かし、もごもごと言い訳するように困っているマリアローゼを見て、泣き止んでいたオリーヴェがふふっと可愛らしい微笑を浮かべて言った。
「大丈夫です、お嬢様。今のは嬉し泣きでございます」
「……そ、そう、かしら…」
嬉し泣きなら良いのだろうか?とマリアローゼはルーナを見ていたが、ルーナは漸く顔を覆っていた両手を剥がした。
「お嬢様は悪くございません。私が未熟なのです。使用人たるもの、感情を控えるのが当然なのです。ですのに、責めるような言葉を申し上げました」
「謝ってはなりません、ルーナ。お相子に致しましょう。わたくしは無事帰って参りました。ルーナも嬉しい、わたくしも嬉しい、反省すべき点は今後に生かしましょう」
「……仰せのとおりに」
ルーナは優雅にお辞儀をして、立ち上がったオリーヴェや後ろに控えていたシスネもそれに倣った。
マリアローゼはほっと胸を撫で下ろす。
確かに貴族も仕える従者達も、感情を表に出すのはよしとされていない。
だが、その程度のことで謝罪は要らないし、ある程度は感情を出して欲しいとも思っている。
明確な非があるのはマリアローゼの方で、ルーナに謝罪されたら100倍は返さなくてはならない位の罪悪感を感じていたのだ。
(早く日常に戻って、色々な事を用意しなくては)
マリアローゼは心新たにして、やる気を漲らせた。
「早く乗馬も出来るようになりませんとね…!」
「お嬢様、3日間は謹慎で御座います」
「……へぁ?」
決意を挫くように、申し訳なさそうな素振りを見せつつもきっぱりとルーナに告げられた。
その言葉にマリアローゼは間抜けな返事を返す。
「お城はおろか、お部屋から出る事も禁じられております」
「……な……いえ、でも、わたくしが悪いのですものね…大人しく従いましょう……」
スン、と覇気を失いつつマリアローゼは項垂れた。
理由はどうあれ、拉致されたのは事実であり、自力で抜け出したとはいえ、多くの人々に迷惑をかけたのも事実だ。
マリアローゼは粛々と、部屋の中で出来る体力作り、帝国式体操に勤しむ事にしたのである。
うっすらと目を開けたマリアローゼは、そのままの姿勢で瞬きを繰り返した。
(この香りはレイ叔父様が作られた洗髪料の香り…
昨日は屋敷に着く前に眠ってしまったのに)
「お嬢様……」
目の前でエプロンを握りしめる手を震わせて、ルーナがそれだけ言って口を噤んでいる。
ルーナの瞳は、あっという間に潤んで、どうにか涙が零れ落ちないように苦心しているように見えた。
「ルーナ、心配をかけてごめんなさい」
ふるふるっとルーナは首を横に振って、駆け寄った寝台の脇に跪いてマリアローゼの手を握った。
「お嬢様がご無事に戻られただけで、ルーナは嬉しゅうございます」
(ああ、また、わたくしはやってしまったのだわ。
後悔はしていないけれど、多くの人に心配をかけてしまった)
「お嬢様ぁ……」
ルーナの隣に跪くようにオリーヴェも膝をついて泣き始める。
後ろで控えていたシスネも、心配そうにマリアローゼを見守っていた。
「三人共、大変だったでしょう。眠っているわたくしを綺麗に洗ってくれたのね」
「……僭越ながら、汚れたままにはしておきたくなかったのです」
「ありがとう、とても気持ち良く寝れましたもの」
涙を拭って顔を上げたルーナは、何時も通りの控えめな笑みを浮かべた。
マリアローゼも身体を起こすと、ふわりと微笑み返す。
「ルーナ、貴方の淹れた紅茶が飲みたいですわ」
「はい、直ぐにご用意致します」
昨日の事を思い返してみると、出来るという確信はありつつも、やはり無謀だったと言わざるを得ない。
権力闘争についてはジェレイドに一任して問題ないだろう、とマリアローゼは頷いた。
沢山の騎士達や冒険者達、頼りになる領地管理人で弟公爵であるジェレイド、次期公爵を継ぐだろうシルヴァイン。
誰もが心配して駆けつけてくれたのだが、何故か一番安心させられたのはルーナの存在だ。
「……不思議ですわ」
ルーナは優秀とは言え、女性であり、まだ幼い。
一番身近にいるのは確かなのだが、どうしてなのだろう?とマリアローゼは首を傾げた。
「どうかなさいましたか?」
放心した様なマリアローゼの呟きに、温かい紅茶を手にしたルーナが問い返す。
「昨日の事を覚えていて?わたくし、ルーナに会った途端安心して力が抜けてしまったの」
「……左様でございますね。お眠りになる前に確かにそう、仰っておられました」
渡された紅茶を一口、口に含む。
何故かふと、昔遊んでいたゲームでネカマ…女性のキャラクターを使って女性の振りをしている男の友人が、ゲーム内ではあるが勝手に人の部屋に侵入した挙句に、「おはようからおやすみまで暮らしを見守る」という看板を背にしてベッド脇で待機していたのを思い出した。
(不審者に見守られたくはないですわね…)
だが、その言葉を思い出して気づいたのだ。
「分かりましたわルーナ。いつも、一番初めに言葉を交わすのは貴方で、一番最後も貴方なのですわ。
だから、わたくし、家に帰れたという安心が持てたのですわね」
何時もと変わらぬ挨拶、変わらない紅茶の味。
その日常の大切さと温かさが、全身に染み渡っているかのようだ。
ルーナはマリアローゼの微笑みに、思わず両手で顔を覆った。
「酷いです、お嬢様。ルーナを何度泣かせるおつもりなのですか…」
「ま、まあ、そんなつもりでは…わたくし……あの、…」
ぱたぱたと手を動かし、もごもごと言い訳するように困っているマリアローゼを見て、泣き止んでいたオリーヴェがふふっと可愛らしい微笑を浮かべて言った。
「大丈夫です、お嬢様。今のは嬉し泣きでございます」
「……そ、そう、かしら…」
嬉し泣きなら良いのだろうか?とマリアローゼはルーナを見ていたが、ルーナは漸く顔を覆っていた両手を剥がした。
「お嬢様は悪くございません。私が未熟なのです。使用人たるもの、感情を控えるのが当然なのです。ですのに、責めるような言葉を申し上げました」
「謝ってはなりません、ルーナ。お相子に致しましょう。わたくしは無事帰って参りました。ルーナも嬉しい、わたくしも嬉しい、反省すべき点は今後に生かしましょう」
「……仰せのとおりに」
ルーナは優雅にお辞儀をして、立ち上がったオリーヴェや後ろに控えていたシスネもそれに倣った。
マリアローゼはほっと胸を撫で下ろす。
確かに貴族も仕える従者達も、感情を表に出すのはよしとされていない。
だが、その程度のことで謝罪は要らないし、ある程度は感情を出して欲しいとも思っている。
明確な非があるのはマリアローゼの方で、ルーナに謝罪されたら100倍は返さなくてはならない位の罪悪感を感じていたのだ。
(早く日常に戻って、色々な事を用意しなくては)
マリアローゼは心新たにして、やる気を漲らせた。
「早く乗馬も出来るようになりませんとね…!」
「お嬢様、3日間は謹慎で御座います」
「……へぁ?」
決意を挫くように、申し訳なさそうな素振りを見せつつもきっぱりとルーナに告げられた。
その言葉にマリアローゼは間抜けな返事を返す。
「お城はおろか、お部屋から出る事も禁じられております」
「……な……いえ、でも、わたくしが悪いのですものね…大人しく従いましょう……」
スン、と覇気を失いつつマリアローゼは項垂れた。
理由はどうあれ、拉致されたのは事実であり、自力で抜け出したとはいえ、多くの人々に迷惑をかけたのも事実だ。
マリアローゼは粛々と、部屋の中で出来る体力作り、帝国式体操に勤しむ事にしたのである。
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