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第2章
第11話
しおりを挟む王宮が騒がしいと、清夏が難しい顔をしていった。
アスカはそんな彼女の意見に同意をして、外から聞こえてくる声を時折盗み聞きしていた。
『アルドリノール卿が捕らえられたそうよ……!』
『えっ! どうして……』
『どうやら、アスカ様に毒を盛ったのが卿だったとか……』
廊下から聞こえてきた声に、アスカは肩を震わせた。
それを見た清夏は厳しい顔で廊下に出ると「静かになさい」と叱責している。
「アスカ様、大丈夫です。ゆっくりと呼吸をしましょう」
「っ、ふぅ……」
薄氷が傍に来て、乱れたアスカの呼吸を整えていく。
「とても、お上手です。……お茶をお飲みになりますか?」
「……お願いします」
嫌な記憶が蘇ってきて、一瞬頭が混乱してしまった。
「陛下は、ずっと、戦ってくださってたのですね」
そして、リオールの優しさに、涙が滲む。
アスカ本人に何を言うわけでもない。
けれど、自分を守ろうと、してくれていた。
「っ、陛下には、感謝を伝えても、伝えきれません……っ」
「アスカ様……」
「まだ、番にもなっていないのに、ここまで……。ああ、どのような言葉を使えば、この心のままをお伝えできるのか……」
ぽろぽろと溢れる涙が手の甲に落ちる。
「どうか、そのまま。アスカ様の紡ぐお言葉が、陛下のお力になります」
「っ、」
「番ではなくとも、心は通じております。私たちはずっと傍で見守っておりました」
「……薄氷さん、清夏さん……」
二人は穏やかに微笑んだ。
アスカは堪らず声を漏らす。
「二人とも、ありがとう……っ」
リオールだけではない。
アスカがここでこうして生きていられるのは、か間違いなく、二人のおかげでもある。
アスカはそうして二人に感謝の言葉を伝えた。
涙が止まると少し頭がぼんやりとしていたのだけれど、「そろそろ会議が終わりそうですね」と清夏が少し涙に濡れた声で言った。
「──陛下は、お忙しいでしょうか」
「そうかもしれませんが……アスカ様がお会いしたいと言えば、駆けてこられるかもしれませんよ」
薄氷が目元を微かに赤くさせて言う。
アスカは、ふふっと小さく微笑むと、ゆっくり立ち上がった。
「陛下のもとへ、行きます」
「御意に」
無性に会いたくなった。
全てを、伝えたくなった。
この心のまま、あのお方をこれ以上なく愛したいと思う。
ひんやりする外を早足で歩き、国王宮へ向かう。
建物の前まで来ると、外にいた陽春とばったり出会い、彼はほんのりと微笑んで一礼した。
「アスカ様。陛下は中にいらっしゃいます。お取り次ぎいたしますので、少々お待ちください」
「お願いします」
外で待つ時間は落ち着かなかった。
綺麗な衣装を着せてもらい、髪も整えてもらっているのに、おかしなところはないかと、今更気になってくる。
そんな時間すら、愛おしかった。
陽春が戻ってきて、「どうぞ」と案内をしてくれる。
こうして国王宮に訪れるのは初めてで、少し緊張しながら廊下を歩いた。
しかし、次に開いた扉の奥で待っていたのは、いつもの優しい彼。
「アスカ」
「陛下っ」
アスカは静かに一礼すると、リオールのすぐそばまで歩み寄り、僅かに目を見張った彼の肩に触れると、そっと背伸びをしてその唇に自らのそれを重ねた。
「っ!」
驚き目を瞬かせるリオールに、唇を離したアスカは柔らかく微笑む。
「ど……どうした、そなたが、突然口付けをするなど……」
「どうしてでしょう。私は、こんなにも陛下が愛しくてたまりません」
「それは……それは嬉しいが、落ち着け。私の心臓が保ちそうにないぞ」
そう言われてしまったのだが、アスカは興奮していて、このまま伝えなければ後悔すると、口をとざすことは無い。
「とても、感謝しております。言葉では表せないほどなのです。──私が、毒を盛られた時も、そして、その後のことも。陛下はずっと、私を守ってくださった」
「っ、」
「ありがとうございました。私のために、ずっと……」
休むことなく、犯人を捕まえるために動いてくれていた。
その間にも、会いに来てくださり、始めて林檎を剥いてくださった。
先程治まったはずの涙が、またの溢れてくる。
手の甲でそっと拭おうとして、その手を掴まれる。
「──んっ……」
再び、唇が重なる。
二人の体温が溶け合うように、長く心地のいい口付け。
熱い舌に唇をなぞられ、ドキドキしながら僅かに口を開ける。
差し込まれた舌は、どうすればいいのか分からず、戸惑うばかりのアスカの舌を捕まえた。
舌が絡まり、唾液がアスカの口角から零れていく。
「んっ、ぁ……」
自然と声が漏れる。
腰にズクンと熱が溜まり、何も考えられなくなってしまう──。
「はぁ……ちゅ……ぁ……」
「は……蕩けた顔をしているな」
唇が離れると、アスカはうっとりとした表情でリオールを見上げる。
気持ちが良かった。初めての深くて甘いキスに、足が震えている。
「へいか」
「許してくれ。あまりにも可愛くて、我慢ができなかった」
「~っ」
アスカの顔が赤くなる。
「今回の件に関して、そなたが礼を言う必要は無い。私は、私のために動いただけた」
「へ、へいか……」
「だが、もし、それては気が済まないというのなら、ひとつ、願いを聞いてはくれぬか?」
「願い、ですか……?」
アスカはどんなことを願われるのかが分からず、少し悩んだ末に頷いた。
「私は、そなたが許してくれるのなら、この先にも進みたい」
「この、先……?」
「ああ。──そなたを全身で愛したい」
そう言う真剣な眼差し。
アスカはそれが何を指すのかを理解し、視線を彷徨わせる。
そうして強く目を瞑り、僅かに震える唇を開く。
琥珀色の目は不安からか、グラグラと揺れていた。
「もちろん、強要はしない。断ってくれても構わぬ。そもそも、こんな願いは卑怯であるとわかっているからな」
冗談めかして軽く笑った彼に、アスカは所なさげに両手を揉んだ。
「わ、私は、その……」
「何だ。何でも、言ってくれ」
「っ……、私は、何も経験がありません……っ」
震える声でそう言ったアスカに、リオールはキョトンとした。
だから、どうだと言うのだ、とでも言いたげである。
「陛下は、これまで、八人のオメガの方と……まぐわったのでしょう……?」
「ああ、そうだな」
「……私は、一人も……」
リオールと出会えたのは、あの仕来りがあったからだ。
しかし、あの時受け入れることができたのは、一重に『お給金』の存在があったからである。
だから、『怖い』などの感情より先に、家族に少しでも恩を返そうと勢いで引き受けたのだ。
しかし、今はその勢いは存在しない。
ましてや、経験不足の自分がリオールを満足させることが出来るのかどうかが不安だった。
「陛下に……ご満足いただけるかが、わかりません」
「……」
「初めてですから、緊張して……『痛い』と言ってしまったり、何か、お気に障ることをしてしまうかもしれません。……それが不安です」
恥を承知で打ち明けた。
彼はなんというだろうか。
失望してしまう? それとも──
「──なら、練習すれば良い」
「れ、練習、ですか?」
「ああ。もちろん、アスカだけではない。私も付き合うぞ」
アスカは戸惑い何も言えなくなって、小首を傾げるだけだ。
「今晩から、どうであろうか」
「こ、今晩から……!?」
「嫌か? 私は、そなたに触れたい」
じっと見つめられる。
アスカは不安ではあるが、決して触られることが嫌なのではない。
リオールはもう成人した男性だ。それに加え、国王でもある。
拒否をするつもりは、初めから無い。
「わかりました。それでは、今晩から……練習に、お付き合いくださいますか……?」
「もちろんだ」
「……下手だと、笑わないでくださいね」
「笑ったりなどしない」
リオールに手を引かれ、たくましい腕の中に閉じ込められる。
彼の香りが、アスカの揺れていた心を、落ち着けていった。
□
──夜に、また会おう
そう言って政務に戻ったリオール。
国王宮を出てすぐ、アスカは立ち止まって胸を撫でた。
──練習って、何をするんだろう
想像をすると、顔が熱くなってくる。
少しづつ暖かくなってきているとはいえ、まだ寒いのに。
「アスカ様、お部屋に戻りませんか?」
「っ、す、こし、散策します」
「わかりました。それでは、どちらに向かいましょう?」
「え、っと……ぁ、池の方に……」
とにかく熱を冷やしたくて、池の周りを歩く。
暫くぼんやり過ごしていたのだが、清夏が小さくクシャミをしたことでハッとした。
自分は熱さを感じているが、後ろを着いて歩いている彼女たちは違う。
慌てて部屋に戻り、火鉢を用意してもらい、清夏にはその傍で暖まってもらう。
「アスカ様、心配いりません。私は丈夫にできております」
「いえ、そこで、ちゃんと暖まってください。風邪をひいたら、大変です」
いつも世話をしてくれる彼女たち。
彼女たちにはずっと元気で長く生きて、幸せでいてほしい。
そんな思いを口にすることはないが、おそらくそう思ってくれているのだろうと、従者たちは感じていた。
「あの……清夏さん」
「はい」
「……夜、陛下と、練習することに、なって」
「練習……? 夜、ということは……もしや……」
清夏の目が僅かに見開かれる。
察しのいい彼女は、夜の練習が何を意味するのかを理解したのだろう。
嬉しそうに口角を上げている。
「それは、とても良い事ですね。陛下もお喜びになるでしょう」
「っ、でも……何を、どうすれば、いいのか……」
そこまで話してから、ハッとした。
女性に対して、そんな質問をするだなんて、なんて破廉恥なことをしてしまったのだと気が付いた。
「すみません! 今のは、忘れて……!」
「いえ。何一つ、問題ございません。そもそも、私共は王族方が行為をされるそのすぐ傍で、常に控えております」
「えっ!?」
「香油など、必要な物を直ぐにお渡しできるように、傍におります」
「そ、そばに……!?」
これもまた、衝撃である。
「はい。ですが、見えないよう、天蓋は下ろされています。ご安心ください」
「……」
──安心は、できないよ……
そう思ったが、しかし、王宮ではそれが普通のことらしい。
それならば、その通りに従うしかないので、アスカはむぐっと黙り、時間が来るまで静かに過ごしたのだった。
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