あなたの番になれたなら

ノガケ雛

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第2章

第14話

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「──アスカ様、失礼します」


 天蓋の中、昨夜と今朝の余韻に浸り、微睡んでいたアスカは、清夏の穏やかな声に意識を浮上させた。


「おはようございます、アスカ様」
「おはようございます。清夏さん」
「……それもおやめにならなければなりませんね」
「……?」


 起き抜けに、なんだろう。
 アスカは体を起こし、首を傾げた。


「もうすぐ、婚姻の儀がございますよ。つまり、アスカ様は王妃となられます」
「おうひ……」
「はい。国王陛下のお妃様です。ですので、私共に敬語をお使いになってはいけません」
「……おうひ?」
「はい」


 毎朝のように衣を整えられ、髪を梳かれる。
 アスカは今知ったかのように、そして言葉を弄ぶかのように『王妃』という単語を繰り返した。


「私は……」
「アスカ様、お体のどこも辛くはありませんか?」
「あ、うん。はい、大丈夫です」
「それでは、そろそろお戻りになりましょう」


 身支度を整えてもらい、国王宮を出る。
 ポケポケとしているアスカの頭は、本当に自分なんかが『王妃』に……? と、ずっと考えているのだ。


「でも……私は、王妃になれるような器ではありませんよ?」
「……何を仰っているのですか」


 そして、自身の部屋に戻ってきたアスカは、清夏と薄氷の前で、はっきりとそう口にした。
 これには清夏は呆れた顔をし、薄氷は苦笑をこぼしている。


「だって、後ろ盾も、何もありません。貴族の出でも無いし……。弱々しくて、守ってもらうばかりの私は、陛下のお力になれるはずもなく、それなのに王妃だなんて……笑われてしまいますよ」


 そう言いながら、アスカ自身がくすくす笑うと、清夏の顔色が変わる。


「アスカ様!」
「!」
「陛下のお気持ちを蔑ろにするおつもりですか! それに、後ろ盾など、必要ありません! 貴方様を愛されているお方は、国王陛下です! この国で誰よりもお強いお方。そのお方が選んだ貴方様を、誰が笑うというのです!」


 清夏の強い言葉に、アスカは驚き、薄氷も目を見張っている。
 しかし、薄氷は怯むことなく、アスカに穏やかに微笑んでみせた。


「清夏は、アスカ様のこととなると、つい熱くなってしまうのですよ」
「う、薄氷さん……」
「それだけ大切に思っているということです。もちろん、私もですよ」

 にこりと笑う薄氷の声は、春の陽だまりのように柔らかく、心に染み渡る。


「それに、陛下のそばにいてくださるアスカ様は、きっとこの国にとっても大切なお方になると、私は信じています」


 ぽかんとしたアスカに、薄氷はさらに一歩近づいて、そっと耳打ちする。


「なにより、陛下自身がアスカ様の存在に救われているのだと思いますよ。今朝も、執務に向かわれる道中はとてもご機嫌であったと聞いております」
「!」


 なるほど。周りはアスカが王妃になることを認めてくれている。


 胸の奥が、ぽっと温かくなる。
 自分なんか──と、何度も思ってきた。でも今は、少しだけ、前を向いてみたくなった。


「……私も、陛下のそばで、できることを探してみます」


 そっと呟いた言葉に、清夏と薄氷は静かに微笑んだ。

 とはいったものの。
 これまで政治のことには一切触れていないし、そもそもそのような話をリオールとしたことは無かった。
 で、あるならば、アスカができることは──


「世継ぎを、残すこと……?」
「まあ……!」
「!」


 アスカの呟いた言葉に、清夏と薄氷が反応する。
 目を見開き、嬉しそうに。
 

「左様でありますね。それは、王妃様の一番のお役目でしょうね」
「……でも、簡単に言いましたけど、そうすぐにできるものでも無いし、そもそも……私はまだ、親になれるほど大人でもありませんし……」


 やはり、子供を育てるには、冷静であり、器が大きくなければならない。


「何をおっしゃいますか。アスカ様は立派な成人ではありませんか。そして、ここは王宮。皆が率先して子育てのお手伝いをいたしましょう」
「……」
「皆、初めから完璧な親ではありません。子が成長する過程で、同じように親も成長します。貴方様は一人ではありませんよ」


 まだ、決まった訳では無いのに、彼女たちはそう言って背中を押してくる。
 子供、子供、かぁ。


「きっと、可愛いでしょうね」
「ええ。アスカ様と、陛下のお子様ですもの。とても美しくて、聡明な方に決まっております」


 薄氷が想像してそう言う。
 もう既に頭の中では、子供の顔を思い浮かべているようだ。


「陛下に似てくれればいいのだけれど……」
「あら。私はアスカ様に似ても、そう思いますよ」

 
 清夏はそう言って、アスカをじっとみつめた。
 アスカは静かに視線を逸らし、しかし、彼との子供なら、産んで、育てたいと心の中で思う。


「……うん。次の発情期までには、考えておきます……」
「ええ。それに、まずは練習がございますからね」
「っ!」
「痛みはございましたか? よろしければ、香油に催淫効果のあるものを用意いたしましょうか?」


 アスカは口をはくはくと開閉させると、うつむいて手で顔を覆った。
 いくら王族に仕える従者達が、そういったことに慣れていたとしても、アスカ自身は慣れていないので恥ずかしい。


「……」
「? 不安なようでしたら、念の為用意しておきます」
「ぁ……はい……」


 なので、アスカはそれ以上何も言うことはなかった。
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