あなたの番になれたなら

ノガケ雛

文字の大きさ
44 / 50
第3章

第4話

しおりを挟む

 視察は視察、だがこの甘やかで、くすぐったい時間もまた、確かに二人だけの特別なひとときだ。


 けれど──


 そんな幸せの余韻に浸っていたところで、ふとアスカの背筋がぴんと伸びる。
 人ごみの中から、なにかを感じ取ったようだった。


「どうした?」
「……いえ、なんでも。誰かに見られていたような、そんな気がしただけです」


 気のせいかもしれない。そう言って笑うアスカに、リオールは少しだけ不安を覚えながらも、それ以上は追及しなかった。
 護衛も反応をしていないということは、それほど気にしなくてもいいのかもしれない、と。


 だが──


「アスカ? アスカじゃないか?」


 突如後ろからかかった声に、アスカの足が止まる。
 振り返った先に立っていたのは、一人の若い男性。
 やや伸びた栗色の髪に、優しい笑みを湛えたその顔に、アスカは瞬時に声をあげる。


「ルカ……!? ルカなの!?」
「やっぱり! なんだよ、久しぶりすぎてわからなかったか? ……うわ、変わらないな、アスカは」


 アスカが笑ってルカに駆け寄る。まるで昔の友人に再会した子どものように、無防備な笑顔で。

 リオールは一歩後ろでその様子を見ていた。
 アスカがあんなふうに笑うのは、珍しい──いや、見たことがないかもしれない。


「ルカ、こんなところでどうして……!」
「そっちこそ! 王都に来たって噂は聞いたけど、本当にいたんだな! アスカ、少し背ぇ伸びた?」
「やめてよ、もう……!」


 笑い合うふたり。肩を軽く叩いたり、昔話に花を咲かせたり──
 まるで、そこにリオールがいないかのように。


 リオールは静かに、手に残った耳飾りの小箱を握りしめた。


 ──あの男が、アスカの昔を知っているのか


 焦りにも似た感情が、胸をざわつかせた。


 アスカの笑顔が、どこか遠く感じた。
 リオールは少しだけ視線を伏せ、小さくため息をつく。

 ──わかってる。幼馴染に会えて嬉しいのだろう。

 久々の再会だ。はしゃいで当然だ。アスカは無邪気で、正直で、そういうところが……たまらなく愛しいのに。

 なのに、胸の奥が妙にざわつく。

 ──ルカ……か。あの男が、アスカの故郷の


 記憶を辿れば、確かにその名前は耳にしたことがあった。
 アスカがふと漏らした「幼い頃、よく一緒に遊んでいた子がいて……」という話の中に出てきた、唯一名前の挙がった存在。
 それが、あの男──ルカ、だったのだ。

 笑って、はしゃいで、懐かしそうに目を細めるアスカ。
 肩に触れる距離。冗談を言い合う自然な空気。
 自分との逢瀬で見せるアスカの微笑みとはまた違った、軽やかさがそこにはあった。


 ──あれが昔のアスカを知る人間の距離感、なのだろうか


 自分は今のアスカしか知らない。
 出会って、惹かれて、惚れて、愛して──それでも、王と王妃という立場に縛られている自分たちは、どこか全てを知り合えていない気がしていた。


「……嫉妬、か」


 自嘲の混じった声が、喉の奥でこぼれた。
 まさかこの年で、しかも国王ともあろう立場で、こんなふうに拗ねるなんて。


 ──けれど、どうしようもなく、胸が痛い。


 目の前で笑うアスカに声をかけようとして、やめた。
 自分だけが蚊帳の外にいるようで、怖くなったのだ。
 こんな気持ちを、ぶつけていいものか、迷った。

 そんなとき、ふと──アスカがこちらを振り返った。


「……リオール様?」


 変わらぬ優しい声。
 でも、その言い方に、少しだけ違和感がある。

 先程までとは違う呼び方をされたことに、なぜか少し距離を感じてしまう。
 アスカの瞳が、リオールの表情をじっと見つめた。
 その視線に、何か気づいたのかもしれない。


「どうかしましたか?」


 ……言えるわけがない。
 視察中に、王妃が幼馴染と再会してはしゃいでるのが寂しい、なんて。


「いや、なんでもない」


 笑ってみせたけれど、どこかぎこちない自分の声に、リオール自身が気づいていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

夫には好きな相手がいるようです。愛されない僕は針と糸で未来を縫い直します。

伊織
BL
裕福な呉服屋の三男・桐生千尋(きりゅう ちひろ)は、行商人の家の次男・相馬誠一(そうま せいいち)と結婚した。 子どもの頃に憧れていた相手との結婚だったけれど、誠一はほとんど笑わず、冷たい態度ばかり。 ある日、千尋は誠一宛てに届いた女性からの恋文を見つけてしまう。 ――自分はただ、家からの援助目当てで選ばれただけなのか? 失望と涙の中で、千尋は気づく。 「誠一に頼らず、自分の力で生きてみたい」 針と糸を手に、幼い頃から得意だった裁縫を活かして、少しずつ自分の居場所を築き始める。 やがて町の人々に必要とされ、笑顔を取り戻していく千尋。 そんな千尋を見て、誠一の心もまた揺れ始めて――。 涙から始まる、すれ違い夫婦の再生と恋の物語。 ※本作は明治時代初期~中期をイメージしていますが、BL作品としての物語性を重視し、史実とは異なる設定や表現があります。 ※誤字脱字などお気づきの点があるかもしれませんが、温かい目で読んでいただければ嬉しいです。

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない

天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。 ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。 運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった―――― ※他サイトにも掲載中 ★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★  「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」  が、レジーナブックスさまより発売中です。  どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m

愛しい番に愛されたいオメガなボクの奮闘記

天田れおぽん
BL
 ボク、アイリス・ロックハートは愛しい番であるオズワルドと出会った。  だけどオズワルドには初恋の人がいる。  でもボクは負けない。  ボクは愛しいオズワルドの唯一になるため、番のオメガであることに甘えることなく頑張るんだっ! ※「可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない」のオズワルド君の番の物語です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

処理中です...