あなたの番になれたなら

ノガケ雛

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第3章

第6話

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 翌朝、アスカは早くに目を覚まし、机に向かっていた。

 机の上には、視察で得た情報を整理したものと、王宮の予算案、食料の備蓄に関する報告書がある。

 それを眺めながら、昨日の子供の姿が何度も頭をよぎる。


「──何か、できるはず」


 小さく、そう呟いたアスカは、一枚の紙に筆を走らせた。
 文字は微かに震えていたけれど、その筆跡には確かな意志があった。


 しばらくして、リオールのいる国王宮を訪ねたアスカは、手にした提案書を差し出す。


「……まずは、街で炊き出しを行うのはどうでしょうか。お腹を空かせた子供たちを、一時的にでも救えるように」


 リオールは静かに書面を受け取り、目を通す。長い沈黙に不安が募るが、やがて彼は顔を上げると、真っすぐアスカを見つめた。


「予算の問題や、人員の確保も含めて、簡単ではないぞ」
「わかっています。ですが……ただ見ているだけの王妃にはなりたくないのです。私も、この国を守るひとりとして、できることをしたい」


 その言葉には、覚悟があった。昨夜の悔しさも、リオールの言葉も、すべてが今の彼を後押ししている。

 リオールは一度だけ目を伏せてから、再びアスカに微笑んだ。


「そなたの決意は、しかと受け取った。……誇らしく思うよ、王妃」
「っ!」
「簡単では無いが、早く進めなければならない。明日、会議を開く。そなたの提案書をもとに、大臣たちに計画をさせよう」
「あ、ありがとうございます!」


 アスカは目に薄く涙を滲ませた。
 目元を拭えば、リオールは穏やかに微笑んだまま、アスカの頭を優しく撫でる。


「昨日の今日で、こんなにも考えたのだな。……ちゃんと眠れたのか?」
「ぁ……はい。大丈夫です」
「大丈夫かどうかは聞いていないが……。王妃は無茶をする癖があるらしい。清夏と薄氷にはしっかりと見張らせておかねばならないな」
「そんな……!」


 昨夜は確かにあまり眠れず、いい解決策がないかを考えるばかりで、清夏にも薄氷にも心配をかけてしまったが……。


「私は、健康体ですから」
「それも聞いていない」
「む……ちょっと寝てないくらい、平気です」
「まったく、子どもかそなたは」


 苦笑するリオールに、しかし負けないぞとアスカも折れないでいる。
 そして勝ったのはアスカだった。


「──わかった。だが、あまり無理をしないように」
「はい!」


 アスカはにっこりと笑みを浮かべ、深くお辞儀をすると国王宮を後にした。

 

 後宮の自室へ戻ってきたアスカは、扉が閉まった瞬間──ふらり、とその場に崩れ落ちた。


「……つかれたぁ……」


 背筋を張っていた時間が長すぎたせいか、身体のあちこちがぎしぎしと痛む。
 心地よい達成感と、じわじわ湧き上がる緊張の余韻。
 そのはざまで、アスカは床にぺたんと座り込んだ。


「何をなさっているのですが王妃様。床は冷えます」


 軽やかな足音と共に駆け寄ってきた清夏が、苦笑しながらアスカの手を取る。


「だって……すごく緊張した……。大真面目な顔して提案なんて、生まれて初めてで……」
「ですが、立派にやり遂げましたね。陛下があんなにも真面目な顔で頷いておいででした」


 そう言いながら、清夏はアスカの頭を手を優しく撫でる。
 まるでよく頑張った子を褒めるようだ。


 そこへ、静かに近づいてきたもう一人の影が、そっと厚手の膝掛けをアスカの肩にかけた。


「お疲れ様でした。王妃様」
「う、うすらい……ありがとう……」


 薄氷は、僅かに微笑んでいる。
 その手つきはどこまでも丁寧で、アスカの緊張で冷えた体を解すように、肩を揉んでくれた。


「初めての提案に、初めての責任。それでも背を向けず進もうとするのは、誠に立派です」
「ぁ……や、やめてください、泣いてしまう……!」


 目頭を押さえながら冗談めかして言うと、清夏が「泣いてもいいですよ」と笑い、薄氷は少しだけ視線を逸らした。

 そうしてアスカは、ふたりに囲まれながらふうっと深く息を吐く。


「でも、まだ始まったばかりだ」
「ええ、これからが本番です。準備も人手も、考えることは山ほどあります」
「はい……それでも、やるって決めたからには、絶対に、途中で投げ出したりしない」


 そう宣言するアスカの瞳には、弱さはない。
 王妃としての最初の第一歩だ。


 アスカは静かに立ち上がると、これから忙しくなるぞと深く息を吸い込んだ。

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