Occupied レプリカント人権保護局

黒遠

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09 「ふたり」の形

25 Baltroy (the shape of 2)

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 帰りのオートキャリアの中で、ヴェスタは窓の外を眺めていた。顔色はまだそんなに良くなっていないけど、髪の色は緑に近くなっている。

「今日は楽しかった?」

 試しに声をかけてみると、

「あのね」

 ヴェスタが口を開いた。

「キンバリーさんに少し話を聞いた」






「大丈夫ですか? 気持ち悪くなってしまったかな。食事中にする話ではなかったですね」

 キンバリーはベランダにヴェスタを連れてきて、ベンチに座るよう促した。

「いえ、お話のせいではないんです。少し緊張していて」
「気楽にしてください。僕たちなんて普通のおっちゃんですから」

 ヴェスタがちょっと笑うと、キンバリーもにっこりと笑った。

「……凄いなって。俺、生まれた時からバルのバディなんですけど、足を引っ張ってばかりなんです。それなのに、キンバリーさんみたいに自分の足りないところをなんとかしようって考えてこなかったなって。最近やっと、護身術とか、法律とか勉強始めたんですけど……」
「それでいいんじゃないですか。できることで」
「あの……。コンロンさんのバディを辞めようって思ったことありますか?」
「それはもちろん! 何度もありました。足をなくしてからは特にね。でもその度に、足をなくしたその時のことを思い出して、そんなことを考えるのはやめようと思ってました」
「足をなくした時のことを思い出して?」
「そう」

 その時は誰が何と言っても絶体絶命だった。右足の先の感覚はもうない。化学物質の燃える独特の臭気と、絶望的な熱気。コンロンがドアをこじ開けて体を引き上げようとしてもびくともしない。

「いい。もう行けよ、コンロン。僕はここで終わりだ。行け。殉職だ。2階級特進だろ」
「ふざけるな!」

 普段ほとんど感情を出さないコンロンが、割れんばかりの大声で怒鳴った。そして意を決したようにキンバリーを見下ろした。

「お前は死なせない。ちょっと痛むと思うが死ぬなよ」
「何する気なんだ」

 コンロンは黙々とキンバリーの、太もものあたりを布できつく縛り上げた。そして迷いなくメスをその下に突き刺した。

「ゔあっ」
「これしかないんだ」

 切れ味のいいメスは、すぐに肉を切り裂いて骨だけを残した。キンバリーはあまりの激痛に何度か意識を失い、出血で朦朧としていた。

「キム。おい、キンバリー」

 コンロンが大声で耳元で叫んだ。聞こえてる。でも喋ることができなくて、何度か頷いた。

「今から骨を折る。それで足が抜けるから、お前を引っ張り出す。死ぬなよ! いいか、お前の足には俺がなる。この先ずっとだ! だから心配しなくていい」

 声は出なかった。でも代わりに涙が出た。次の瞬間、ごきんと音と振動があって、キンバリーは意識を本当に失った。

 次にキンバリーが気がついた時は、病室で酸素マスクをつけられてカテーテルを入れられ、腕には点滴が刺さっていた。どう見ても重症だった。右足はなかった。そして、コンロンがいた。

「あの後、やっぱりパトカーにも引火して、お前の足は燃えてしまった」

 コンロンは淡々と言った。

 それからはリハビリの日々だった。義足を付けようとしたが、アレルギーのせいで市販のものが使えない。特注することにしたら、完成まで半年かかると言われた。値段も相当だった。その頃若かったキンバリーには、ちょっと即決できない額。

 車椅子で生活しながら、もう警官はできないと思った。そんな中でもコンロンは毎日病室に顔を出した。来なくていいと言っても来た。辛かった。同情か、罪悪感か。

 ある日、キンバリーは一人で病院の屋上に出た。
 最初は何の気もなかった。ただ外に出たかっただけだった。でも誰もいない屋上から、下界の様子を眺めているうちに、オートキャリアが走り回り、人々が点のように小さく歩き回るのを上から見ているうちに、無性に怒りが湧いてきた。

 何に対する怒りなのか、誰に対する怒りなのか。

 屋上をぐるりと囲む手すりに捕まり、キンバリーは車椅子から立ち上がった。久しぶりに見る、立った目線での世界。そのまま片足で歩き出した。

 歩き出したと言っても、右手で手すりを掴んで、残った左の足でジャンプを繰り返して進むという感じ。こんな柵に囲まれた世界の中でしか、こんなやり方でしか歩けない。誰かと木の下を散策することも、山を登ることもない。誰かと同じ目線で並んで立つことすらできない。ちくしょう。

「あっ」

 一瞬バランスを崩して、転がるように倒れた。車椅子は遠い。這いずってそこまで行ったものの、一人で車椅子に座ることができなかった。情けなくて、ついに涙が溢れ出した。瞬く間に目元にあてた袖口がぐっしょりと濡れ、屋上に泣き声が響いた。自分でも驚くほどの号泣だった。

 誰かがその時、後ろからキンバリーの脇の下に腕を通し、体をぐっと引き上げた。

 コンロンだった。

「出て行け! 顔を見たくない! 俺は……俺はもう、警官なんかじゃないんだ! ほっといてくれよ……」

 車椅子に乗せようとするコンロンを必死で押しやった。コンロンは床に駄々っ子のように四肢を投げ出したキンバリーを、今度は腕を取って背負った。

「暴れるなよ。頭から落ちる」

 立ち上がったコンロンの背中から、足があった以前と同じ景色が見えた。

「キム、俺がお前の足になるよ。どんなに嫌でも、足ってのは勝手について回るもんだ」

 子供のようにしゃくりあげながら、しばらく景色を眺めた。コンロンは何も言わず、キンバリーが落ち着きを取り戻すまで、ただそのまま背負っていてくれた。


「それからは、もうぼくは義足を諦めて車椅子で復帰しました。きっと事務方に回されるんだろうと思っていたら、コンロンが絶対にバディをおろさないと、他の奴はバディにしないと上司に強く言って、そのままコンビを続けることになりました。おかげで周りからは好き放題言われましたけどね。コンロンはもうその頃結婚していたけど、実はできてたんだろうとか、ちょっと仕事ができると思って職権を振りかざしたとか」
「そういう、中傷にはどうしたんですか?」
「何も。言いたい奴には言わせておけばいいんです。何が真実なのかは僕とコンロンさえわかっていればいい」
「すごい……」
「すごくなんかないですよ。僕たちはこういう形になったというだけです。色んな紆余曲折を経てね。コンロンが自分は僕の脚だと言うのであれば、僕はその脚で立ち上がらなければならない。期待を裏切るわけにはいかなかった。それだけです」

 ヴェスタはちょっと気が遠くなった。自分はそれならバルに甘えてばかりだ。自分の脚で立ってなんていない。ふっと思わずため息がこぼれた。

「ねえ、ヴェスタさん。これは僕たちコンビだからです。人と人とが組み合わさった形はさまざまです。あれこれ考えなくても、足りないところがあればやらなければならないことというのは見えてくるものです。きっと自然に一番いい形になりますよ。僕は車椅子になってから結婚しましたが、それとは別にコンロンは今までも、これからもずっと僕のかけがえのない人です」



「それでなかなか帰ってこなかったのか」
「ほんとすごいなと思った」
「詳細は知らなかった。確かにすごい」
「いろんな2人の形があるんだね」
「そうだな」

 ヴェスタは疲れてはいるようだったが、どことなく嬉しそうだった。ふたりの形。いろんな2人がいた。人は誰と組み合わさるかによって、鮮やかに色や形を変える。
 だめになる2人もいる。ウーナとハックルトン。エミールとオレグ。俺とヒューマンのバディ。

 でも一歩踏み出す人たちもいる。アネルマとその恋人、ザムザとマリーン、コンロンとキンバリー。

「ヴェスタとバルトロイ」
「うん」
 




 
 
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