俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ

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episode 03. シンデレラじゃあるまいし!

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「大遅刻っていうか、うちの会社のルールがおかしいのよ! 新人は八時半出社とか! こんなに残業しているのに! 女は身支度とかあるから六時起きなのに! 酷くない? だってピークの時は午前零時まで残業しているのよ!」

「榎原ぁ……。ちょっと、声押さえて、な」しー、と岩城が指を立てようがあたしの怒りは収まらない。「だって!」と叫ぶ。

「いまは、単発案件で落ち着いているけど、開発やってたときなんてもう、朝は全然頭が働かないし、昼も眠いし、十九時になってようやく頭がシャキーンとしてくるレベルなのよ! 土日も仕事だし!! なのに、先輩方のそこらじゅうのプリンタ用紙の段ボールに雑に詰められたごみを回収して回るのは新人。飲み会で飲み物をオーダーしまくるのも新人、出欠もExcelで計算して周知するのも新人お会計精算まとめも新人! ……挙句、シュレッダーのごみなんて溜まりまくりなのにだっっれもごみ捨て場に持ってかないしー! あたしだって……あたしだって! 仕事があって! 忙しいのよ! 好きで他の部署の電話なんて出てないっつうの!!」
 
 エキサイトしている途中から同期の視線が怪しくなるのを感じた。……背後に気配。岩城なんて、あわあわとしているではないか。

 もっと……早く気づくべきだった。

「榎原くん。そんなきみに、宗方部長より、素敵なご提案があるそうだ。午後一で903」

 ちーん。この、声は……。

 ホラー映画のヒロインみたくおそるおそーるぎぎぎぎ、と首を動かし振り返るあたし。

 とそこには、……珍しいものを見た。やや、口元だけで笑っているように見える蒔田一臣が、

「それから、社内の人間の悪口は社内では控えるように。誰に聞かれるかも分からん。――このように、な」

「あう」随分と手加減したデコピンを見舞われた。言うだけ言うと、蒔田一臣は、風のように爽やかに去っていった。
 
 ……なんなのあのひと。地獄耳かよ……。

「うわぁ……蒔田さんナマで見たの初めてかも……格好いい……!」

「どこがよ」とあたしは感触の残るおでこを押さえた。「あんなやつ……あんなやつなんか、ううう、絶対に絶対にあたし……許さないんだから!」

 ところがどっこい、思いとは裏腹に、あたしは、ずぶずぶに蒔田一臣の沼にはまっていく。

 *
 
「榎原ちゃんに、実は、寺垣と交代で部長秘書をやって欲しいと思っている」

 会議室での第二声がそれ。おっと。……あれれ。

 あたし、SE志望でうちの会社に入ったのに。みんなでプログラム作ってシステム完成させてそれで社会貢献する! ってビジネスモデルに魅力を感じて、面接や選考を通じて人事の人間性やうちの会社の経営方針を知って、親会社に染まらない、自由なアイデアで仕事が出来る! って環境に惹かれて……入ったのに……。

「これってもう決定事項ですか……?」

「命令というほどじゃないけど。逆に、榎原ちゃんは、断る理由があるのかい?」

 年長者なのに若者っぽい気さくな話し方をする宗方さん。相変わらず渋みがあって、格好いい。

「ううーん。……会社として、なにか、事情があるのでしたら……受け止めます」

「まぁね。榎原ちゃんは、まだ、経験も浅いから、いきなり事務職っていうのは抵抗があるかもしれないけれど。まぁ考えてみてよ。ちょっとね。例の銀行のプロジェクトが暗礁に乗り上げちまってるもんで。ほんで、ひとが出入りするのに誰も管理出来る人間がいないもんだから、あっちも困ってるんだよねー。ほんで、寺垣にお呼びがかかって。……ちょうど、榎原ちゃんは、プロジェクト持っていない、谷間の時期だし、榎原ちゃんは、色々と気の回るところがあるから、向いてるなー、ってのがぼくの感想だ」

 宗方部長はめちゃくちゃ忙しくて日中は会議会議の連続でメールなんて一日一万通以上来るハードワーカーなのに。……ちゃんとひとりひとりのことを見てくれている。

「本当に、……正直なことを言いますと。SE志望でうちの会社に入ったので、複雑な気持ちがないわけではないですが……寺垣さんが抜けるのが確定事項でしたら、全然、わたしは大丈夫です」

「うんうん。……まぁ、やってみて、思うところがあったらなんでもぼくに言ってくれて構わない。合う合わないとか、仕事の相性とか、ぼくのスタンスが合う合わないってどうしてもあるからねー。ほんで、寺垣からの引継ぎが二週間程度あって、ま、来年から正式に榎原ちゃんが部長秘書になる方向かなー。……どうだろう。いける?」
 
「いけ、ます……」

 それからすこし話をして宗方部長が先に会議室を出た。おっと。次の予約が入っていたのか。外で待っているひとがいる――。

「うっわ」

「思っていても声に出すな。社会人だろてめ」

「そっちこそ! ヤ〇ザみたいな話し方どうにかしたらどうですか! 背も高いしリーゼントだし! 怖すぎてそこらのお子さん泣かせちゃいますよ!!」

 しかめっ面の蒔田一臣は、こめかみにぴくぴく青筋を立てながら、「リーゼントじゃねえよ。アップスタイルっつうんだよこれは」とのたまう。

 ノートパソコンを広げて会議室が空くのを待っていた蒔田さんは、「じゃあ、失礼するな」と言ってさっさと部屋に入っていく。……ふう。せいせいする。あたしの天敵。

 思えば、この男は、あたしが第三事業部に配属された初日に、突然目の前に現れて、割と酷いことを言った。

 それからことあるごとに、いやなくても、しょっちゅう注意してくるし。まるで小姑。

 こんなのにMKNって騒ぐ女の子たちが馬鹿みたい――

「おいこら」ドアを閉めようとしたらしっかりと睨まれた。「おれのことはいくら嫌っても構わん。だがMKNのことを悪く言うのは許さねえ」

 
 神様仏様。この男、蒔田一臣は、読心術も使えるのです。
 
 *
 
「よーし。あたしも帰ろーうっと!」

 うしっと拳を握り、Outlookを閉じる。メールソフト閉じちゃったもんね! もう仕事しないよあたし!

 フロアを見回せば残業している面々が相変わらずで……忙しそう……。かたかたタイピング音だけが響く。

 夜の七時ともなると電話は静かになるしかえって仕事に集中出来るのだ。ひとに質問されることも減るし、自分一人で仕事が捗る。……ああ……あんなことがあっても……会社って誰にどんな酷いことがあっても変わらず時が流れていく……不思議な場所……。

 ったく同期の子たちは全然やらないので、帰り際に、先輩がたのごみ箱を回収して、ドリンクエリアのごみ箱にぽいぽい入れて、ええとそれからコピー用紙の補充。シュレッダーのごみが溜まっていないかを見るのが習慣化している。

 くるりとパーテーションの裏のプリンタエリアを見回れば予想通り。……放置されているシュレッダーのごみ袋が三つ……。ま、中身入れ替えてくれるだけましか……。酷い場合は、シュレッダーがぱんぱんなのに放置して、また別のエリアのシュレッダーまでぱんぱんで放置されまくっていることあったもんな……。赤いランプがついてピーピー鳴ってんのに、誰もどうにもしない。

 配属されてからはプログラムのプもビジネスマナーも分からないど新人で。電話に出るのもびびりまくっていたし、コピーひとつ取るのでさえあわあわしてて。それと比べるとすこしは成長した、かな……。

 よいしょ、とシュレッダーの重たい袋を一気に三つ持とうとすると、

「腰を痛めるぞ馬鹿」

 気配もなくやってくるこいつ。蒔田一臣。長身で、すました顔して奪い取るから憎たらしい。

「馬鹿とか言わないでください。……だいたい、蒔田さんだって、プロジェクト三つも抱えて超忙しいくせに、こんな雑務にかまけてないで、とっとと仕事に戻ったらどうですか」

「あほたれ」

「いだっ!」本気でデコピン。容赦ねえ。

 ……と、彼は長身を屈め、目の高さをあたしに合わせて、

「仲間が困ってたら助けるのが当たり前だろ。……行くぞ。ひとつ持て」

「は、……はいっ……!」

 身のこなしが映画俳優のように美しい。片手にひとつずつ、器用に、シュレッダーの、ひとつで五十リットルもあるぱんぱんの袋を持つくせに、軽やかな足取りはまるで、ディ〇ニー映画に出てくる俳優のよう。ふとした場面なのに思わず見惚れた。

 ――腰の位置が高い。このひとに合うスーツってあるんだろうか……。

 みんなせわしくかたかたパソコンに向かうエリアの通路を、蒔田さんの後ろをついて歩く。……と、突然、胸がぎゅっと絞られたように痛くなる。

 ……蒔田さんって。どんなに忙しくても、絶対に弱音なんか吐かないし、思えば仕事の愚痴なんて言うのを見たことがないし。このひとだって……我慢に我慢を重ねているひとなんじゃ……。

「よっ、と。どうぞ」ドアを開いて待ってくれている蒔田さんに頭を下げた。あたしと一個違いの先輩なのに、火のついたプロジェクトを三つも抱えて、リーダーをやっていて、それでいて、……ちゃんと、あたしみたいな末端の者にも気を配ってくれている……。

 さくさく重たい袋を運んでいく蒔田さんの後ろ姿を見てあたしは反省した。思えば、仕事を選べるなんて、思い上がりも甚だしいよね……。みんなみんな、忙しいのに。文句も言わず、あんなにも、すごい量の仕事を涼しい顔で片づけて……。

 なのに、あたしは。

 相変わらず、ミスばかり……。

 ごみ捨て場のドアも先に開いて待ってくれていた。蒔田さんに礼を言い、先に入ると、蒔田さんがぱっ、と電気のスイッチを入れて、暗闇が突然明るくなる、そこには……。

「……うわぁ!」

 たまらず、回れ右をする。だってだって……いま……! 見たよ、見た……。

「きゃああ! あたし、駄目なんです! あれは! あれだけはぁあ……!」

 いやいや怖い怖い無理過ぎる。シュレッダーの袋を落としてたまらずしがみついた。「いやぁああー!」

 叫び声を聞いて通りがかりの社員が何事かとこちらを見てくる。おそらく蒔田さんは口パクでそれを言った。

「あ……」「そうすか」「お疲れさんです!」「対処できますか」

「お任せを。……榎原。ちょっとすまん」

 言うといきなり蒔田さんはあたしを姫抱きにした。からだが宙に浮く。「ふああ!」

「やかましいわ」と顔をしかめる蒔田さんは、さくさく廊下を進み、先ほどまでいたセキュリティカードをかざす出入り口まであたしを運ぶ。

 実に、やさしく、宝物を扱うように、丁寧にあたしをおろすと、「……立てるか?」と上目遣いをする。

 こくこく頷いたあたしに、かたちの整った眉を歪め、「やっぱやーめた」と言い、目の前でいきなり背を向けて座り込む。なんだ、ヤンキーか?

「おぶるから、倒れこめ」

「……はい?」

「真っ青で、いまにもぶっ倒れそうな顔をしている。救護室はこの時間は閉まっているからひとまずフリースペースに運ぶ。おぶって運ぶから捕まれ」

「え、ええっと……」

「早くしろ。てめえで歩いて帰るかおんぶされるかの二択だ。選べ。それともプランCにするか?」

 ふらつきながらもあたしは問うてみる。「……プランCってなんですか?」

 すると蒔田さんは、振り返りざま、王子様のように不敵な顔をし、

「こうする」

 *

「どっひぇー。なにしてんのぉー。蒔田!」

 通路に出てすかさず突っ込んできた宗方部長は流石だ。会議室は窓があってブラインドがかかっているが調節出来るので、プライバシーを優先する場合はブラインドを閉めるが、よほどのことがないかぎりはオープンにしている。そこで、気づいて、宗方部長が会議室から出てきたかたちだ。

 そりゃあ、驚くわよね。二年次が一年次を堂々お姫様抱っこして通路を歩いているんだから。シンデレラじゃあるまいし!

「いや、……緊急事態です。ごみ捨て場に、誰もが嫌うあの虫が出現しまして。……おれは明日管理室に連絡を入れておきますので。彼女はあれが苦手で気分を悪くしているため、フリースペースに運んで、休ませます」

「まじか。なんか要るもんある?」

「いや。飲み物後で与えて様子見ときます。ありがとうございます」

 なんでこの男はあれを見ても平気なのよぉおお!

 お姫様抱っこを堂々とされている興奮よりも、恐怖が勝る。分かった、お大事にねと言って宗方部長は会議室へと戻っていった。あれ、結構緊急の会議だったのに。心配してくださった宗方部長、ありがとう。

「さて――と」と整い過ぎた顔をあたしに向ける蒔田さんは、「とにかく運ぶ。……が、気が紛れることをなにか話すか。今日の朝食はなんだった?」

 前を向くあなたの顔つきが凛々しくて、見惚れてしまったことは内緒だよ。顎へと続く削げた頬の美しい角度……。真剣な眼差しが、手の届くところにある。胸がいっぱいになるのを感じながら、

「あたし、……食べてないです」

「不健康だなぁ」仕事をする周りを気にして声を抑えたあなたは、「おれは朝ちゃんと食べてるぞ。プロテインを飲んでいる」

「それ、……自慢するところなんですか? 蒔田さん……」

「ははは。おまえはいつも……周りに気がついてばかりで、自分のことを後回しにする習性があるから、すこし、心配していた……。話を戻してすまんが、あれだけ悲鳴をあげれるってことに、逆におれは安心した……」

「やだもう」ぎゅっとあたしは彼にしがみつく。「思い出させないでくださいよ蒔田さん……」

 ふと足を止めた蒔田さん。驚いて見つめ返すと――。

 本当に、愛おしいものを見るような眼差しを向けられていた。

 かーん、と頭のなかで鐘が鳴った。結婚式で鳴るあの鐘だ。あのかーねーをー。ならすのーは……。

 ふ、と笑った蒔田さんは、「捕まっておけ」と前へと顔を戻し、先を急ぐ。……運ばれているあいだじゅう、ずぅっと、蒔田さんのぬくもりに包まれていて、不謹慎ながらも、幸せだった。

 *

「……なにこれ……」

 早速翌朝出社してふとごみ捨て場の前を通ると、『立ち入り禁止!』の貼り紙がなされていた。

 先に出社していた宗方さんにお尋ねした。……すると。

「緊急事態だから蒔田は早く手を打ったんだね。……殺虫剤が今日のうちに撒かれるそうで、まぁごみ捨て場は元々、生ごみとか捨てちゃ駄目なところなのに、結構ね、シュレッダーと一緒に生ごみを捨てるやつがいたから、そもそもそれが問題っつう話で。生ごみは給湯器のところだって決まっているし、給湯室なら毎日業者さんが入って清潔だならノープロブレム! ……もろもろ、寺垣ちゃんから周知して貰っているよーん。……にしてもあいつ」

 くっく、と喉を鳴らして笑うと、宗方部長は、椅子を回転させ、探偵のように足を組み、
 
「榎原ちゃん運んできたときなんか真っ青でさ。おれぁどうしたのかと思ったねぇ。……しばらく蒔田のことを見てきたけど、あんなにも慌てたあいつを見たのは初めてさ」

 瞬間、からだが湯沸かし器のごとく沸騰し、昨日の……ぎゅっと捕まったときに、大丈夫だ、と囁いてくれたあのときのあなたの声の響きが思い出されてしまった。神様仏様。あの男を嫌いになれる方法があったら教えてください。 
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