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第一部――『気がつけば彼に抱かれていました』
◇3
しおりを挟むまぶたがぱんぱんに腫れ上がっているのが、鏡を見ずとも分かった。
明日外に出られないな。どうしよう。サングラスなんか持ってないし。
どのみち似合わないし。
にしてもこのワイシャツ。わたしの涙と鼻水まみれで、けいちゃんには気の毒なことになってしまった。
それにしても。
わたしの頭の後ろを撫でるけいちゃんの手つきが、勘違いしそうなくらいに優しい。
頭のてっぺんから毛の流れにそって背中へと撫でられ、うっとりと目を閉じてしまう。
これはあれだ、うん。目の前で泣いてる子どもをあやすのと同じ理屈。
というわけで、そろそろわたしは彼から離れなければならないのだが。
「……うん?」からだを離そうとしたはずが。けいちゃんの両手がわたしの背中に回されていて、それが許されない。
「離すものか」
頭上から声が降ってくる。頭のてっぺんを刺激する声音と吹きかかる息に、からだの奥がしびれたようになってしまう。
「あの、……けいちゃん」わたしは身じろぎして彼の表情を確かめようとすると、彼はわたしの目を見て、
「おれが好きなのは、おまえだ、綾乃」
まっすぐに、愛を告白する男の目。
雷に打たれたように、動けなくなる。
愛は、本能を呪縛する。
「綾乃……」
切なげに目を細め。手の甲をそっとわたしの頬に滑らせるこの男は誰だろう。
彼の目にわたしはどんなふうに映っているだろう。
この瞳に浮かぶのは、驚愕? それとも当惑?
わたしの頬を挟み込み。上向かせ。己の意志を瞳だけで伝えるこの男は誰だろう。
鼻と、鼻がくっついてしまう。熱い、彼の呼吸がわたしの唇に降りかかり、胸が、高鳴りを覚える。これ以上不可能なくらいの接近値。初めて知る彼の肌の感触に――
引き出されるなにかがあった。
誰に対してもわたしはこんなふうになり得る?
ううん違う。
彼だから――
けいちゃんだから。
「キスしてよ、けいちゃん」
刹那、見開いた漆黒の瞳の残像が残り、直後、わたしの口内は彼の侵入を許していた。
* * *
超絶技巧を彷彿させる動きがわたしのなかで展開される。
彼の熱いざらざらとした感触の舌がわたしの歯列をなぞり、奥深くからわたしを引き出し、そして、さらっていく。
なにも見えなくする世界へと。
舌と、舌を絡ませることがこんなにも気持ちいいって、知らなかった。
「ふ――あ」鼻から息が抜け。寸時、許される呼吸。自分の息があがっているのが分かった。こんなものを受けてしまってこのさき大丈夫なのかわたし。
頭のなかは台風でも去ったかのような。
座っていてよかった。腰などとっくに抜けている。
「まだだよ綾乃。まだ綾乃のこと、見せて」
ちゅ、と音を立ててまぶたにくちづける彼は、それから十秒足らずで再びわたしの唇を貪る。
唇が性感帯だなんて、いまのいままで知らなかった。
下唇をちゅうちゅうと吸われ、思わず笑ってしまいそうになるのだが、柔らかく噛まれた瞬間、笑いは彼方へと消失し、快楽のまっただ中へと追いやられる。
行動主体である彼は、わたしを揺さぶるのみ。
負けじとわたしは彼の姿を追うのだが、柔らかく舌を噛まれ、陥落。
もう、彼には勝てない。
彼の想いには、勝てない。足掛け八年間、彼はわたしを思い続けてきたのだ。……わたしが元彼氏である一条先輩を思い続けてきた年数と同じだけの年月を。
その重みが深く胸に迫り、本能を、下手な布地よりも強く拘束する。
すると、けいちゃんはわたしの口内を貪ったまま器用にわたしの頭に手を回し、ゆっくりと、押し倒していく。途端、からだにかかる男の重み。まるで彼の長年の想いがのしかかってくるようで、胸が詰まる。
彼の片手がわたしの髪をかき回し、反対の手が耳を塞ぐ。
彼のことしか、見えなくなる。
彼のことしか、感じられなくなる。
「あ――ふ、」唇を離されると情けない声が出てしまう。感じてしまっている証拠だ。けいちゃんはそんなことは気にならないらしく、ぎゅうっとわたしを抱き締めている。
重なる固い男の胸から激しい鼓動が伝わる。
猛々しい男の部分も当然わたしには伝わっていて、その――
「……やばいな」ふ、と彼が息を吐く。わたしからは彼の顔は見えないが、すこし、余裕を失った様子が感じられる。「このままだとおれ――どうにかなっちまいそうだ」
「けいちゃん――」
彼は、わたしを抱きしめていた手を離すと、わたしの頬を挟み込み、そしてわたしの目を見据えた。
目は、こころの鏡。
わたしは彼の瞳のなかに、誰かを激しく愛し抜く野生の部分と、押しとどめようとする理性の部分の両方を見つけた。
彼は、自分から顔を逸らした。そして、わたしから離れ、急に立ちあがる。
「――え?」
空に手を差し伸べていたことにわたし自身驚いてしまったのだが、彼はもう、わたしを見ていない。
「シャワー借りるわ」既に背を向けた彼が答えた。「おれさ、……このまま抱くってのは、弱みにつけこむみたいで気が引けるわ。なあ」急に彼が振り向いた。彼は、いつもわたしに見せる『友達』の顔に戻っていた。「どのみち今日は、ひとりでなんか寝たくないだろ? ならさ。
一晩中、抱きしめてやるから。
それ以上のことは、しない」
「けいちゃん……」彼の暗い顔とその決意になんだか気圧される。
「じゃな」と彼は手を振った。明るい顔を作ってにっと笑い、「自分ちなんだから好きなようにくつろいでな。テレビ見るとか酒でも飲むとかしてな。なるべく早くあがるから」
長風呂派のけいちゃんはそんなふうに言い、バスルームのなかへと消えていった。
取り残されたわたしは――
快楽への階段を数段のぼりかけたところで置き去りにされてしまい、ほてったからだを持て余す。
上体を起こし、ふう、とため息をつく。
あのままことを進められていても、文句など絶対に言わなかった。むしろ、望むところだった。
望むところ?
自分のなかから生まれる感情に愕然とする。もう、なにがなんだかわけが分からない。
つい、昨日までわたしには彼氏がいた。けいちゃんは大切な友達のひとりだったはず。
といっても。
『彼』が本当に愛していたのはわたしではなかったということに、薄々勘づいていた。
考えることは後回しにして、とりあえず、いま自分にできる最低限のことをしておこうと思った。けいちゃんのパジャマを彼に渡さなくてはならない。すこしためらったのちに、わたしは浴室のドアをノックした。
「はーい」返事は早かった。
わたしは意識的に声を張った。どうやらもうシャワーを浴び始めている。「あのね、けいちゃん。着替え、ドアのところに置いておくから」
「おお、サンキュ」
わたしはなるべく彼のほうを見ないようにし、そのままそこから去った。
そして、真っ暗なテレビに向かう自分の定位置に座った。
わたしの存在を祝ってくれたケーキがそのままだった。冷蔵庫を入れなくちゃ。
けど、なにをするにもひどく億劫だった。とりあえず、頭の整理をすることが先決だった。
照明を点ける気になど到底なれなかった。いまだ暗い室内にて一人膝を抱え込み、考えようとする。そういえば――
『それ以上のことは、しない』
さきほどのけいちゃんの暗い顔を思い返す。
前にも、けいちゃんがあんな顔をしてうちに来たことがあった。
わたしとけいちゃんは確かに『友達』であり『男女関係』にはないのだが、一切意識せぬといえばそれはまったくの嘘になるし、まったくなにもなかったとは言いがたい。
あれは、ちょうど二年前のことだった。二十二時。一人暮らしの女性が応対するには警戒せねばならない時間にインターホンを鳴らされ、ちょっと怯えつつも魚眼レンズを除いてみれば、見知った顔で拍子抜けした。
「もうさあ、来るなら来るって言ってよ。誰かと思って、超怖かったよ」
いつもみたいなノリで悪い悪い、なんて言ってくれることを期待していたわたしの予想は裏切られた。
いつだって明るくて余裕たっぷりのけいちゃんが、見るに、やつれていた。
会うのは一ヶ月ぶりくらいだろうか。
削げた頬。海の底よりも暗い瞳に怖気すら覚えたのだった。
「――悪い。もう一度言う。悪い。あのさ。綾乃――」
ふ、と自分から目を逸らし、まるで彼はひとりごとのように早口で言うのだった。
「……いまから言うことが生理的に無理だったら、おれのことこっから追い出して。
……仮に。『有り』だったら、うちに入れてくんない?」
「……というと」わたしはとりあえず彼を玄関に招き入れ、ドアの鍵を閉めた。
すると背の高い彼は高い位置からわたしを見下ろし、
「おまえのおっぱいに顔を埋めて寝たいんだけど」
仮に。
いつもの雰囲気と表情でその発言をされていたら、わたしは笑い出していたと思う。
でも。そのときの彼には、それを許されないなにかがあった。
さっきまで暗さを全面にたたえていた瞳が、いまは、寂しさすら浮かべている。
まるで、置いて行かれた子どものように。
まるで、捨てられた子猫のように。
そのときのわたしには、確かに彼氏がいたけれど、もし相手が女性であったとしても同じ行動を取っただろうと思い、必死に自身を納得させたのだった。
わたしが右手を挙げると、けいちゃんはすこし驚いた顔をした。
そして、明らかに無理に作ったと思われる笑みを浮かべ、ぽん、とわたしの頭を撫で、「シャワー借りるわ」と言って部屋にあがったのだった。
過去にどちらかの部屋に泊まることはあれど、一緒のベッドで眠るのはそれが初めてだった。
けいちゃんは、なにも言わず、わたしが横たわるベッドに入った。
そして自身の位置を調整し、宣言通りわたしの胸に顔を埋めた。――わたしは。
なんとも言えない感情と感触に、ただ戸惑うばかりだった。
『生理的に無理』な相手に、こんなことはしない。けいちゃんとは長い付き合いだ。これまでも助けられてきたし、これからもきっと助けられるのだろう。それは、お互いさまだ。だから――
彼があんな顔をしているのを放っておけない。
こんな感触ぽっちで助けられるのなら、安いくらいのものだ。胸なんか、いくらだって貸してやる。
一方で、彼氏がいるのにこんなことして。と良心の呵責を感じるのも事実だった。
他方。『気持ちいい』と感じる自分がいることも、わたしは否定できなかった。
誰かの体温がこんなにもあったかくて気持ちがいい。
一条先輩とは、確かに、そういう仲だった。でも彼との関係はルーティン化していて。いつも美味しいレストランで食事をし、いつも同じホテルの最上階のスイートルームでセックスをし、それだけで別れる。会うのはいつも平日の仕事帰り。大概、わたしは疲れてベッドですこし眠ってしまい、いつも、目が覚める頃には彼の姿は忽然と消えていた。そして必ずベッドサイドテーブルにメモ書きが残されているのだ。
『起こすと悪いから先に帰ります。次は、来週の水曜日に会いましょう』
三年間の交際期間中に休日にデートをしたのはたったの一度きり。それでよくも彼氏と言えたものだ。でも。『つき合ってください』と告白して『いいよ』と言われたのだから、わたしたちの関係はセフレではないとわたしは必死に言い聞かせていた。それに、普通はセフレ相手にプレゼントを買ったりなんかしない。
プレゼントは、ブランド物のアクセサリーだったり、高級レストランに着ていく衣類だったりして、一条先輩はわたしに選ばせてくれた。店に入って好きなものどれでも選んでいいよ、と初めて言われたときには嬉しすぎて気が遠くなりそうだった。
一条先輩は、わたしの初めての相手だった。それを告白すると、『優しくするね』と言ってくれ、実際そうしてくれた。
でも。慣れてくるとわたしたちの関係は味気ないものへと変質していった。
それは、変化していく時代の流れのように抗えないものでもあった。
感じやすい体質のわたしに対し、彼がわたしの胸をすこし愛撫した程度で挿入することも珍しくはなかった。まあ、毎回ねちねちされても大変なんだろうけど。
それでも、一人暮らしのわたしは寂しさもあったし。大学一年の頃からずっと片想いをしてきた先輩に振り向いてもらえることが嬉しくって、ただ、付き合いを楽しんでいた。でも。
一条先輩のことを、わたしはなんにも分かっていなかったわけで。
家族のことに話が及ぶと彼は口を噤んだ。だから、わたしはいっぱい田舎の家族の話をした。父親がステテコの上下で風呂から出てくるとか土日に粗大ごみみたくゴロゴロしていて母親に邪険にされているとか。既に家を出た兄貴のエロ本が多すぎて困っているとか(実は読んでいるとは、さすがに言えない)。しかもその兄貴が元ヤンで永迂光愚蓮会(とうこうぐれんかい)なんていうDQN丸出しな名前の族の族長やってて。ド田舎なのに全員ポケベル携帯しててWindowsサーバが導入されているとか無駄にIT化が超進んでいたっつう族の裏話なんかしてみると一条先輩はお腹を押さえて笑った。内容が家族の愚痴めいたものであっても、最後には必ず「素敵なご家族じゃないか」と言ってくれ、ぽつりと「……ぼくにはきみが羨ましい」と寂しそうに言うこともあった。だから、わたしは懸命に口を動かした。母親の注意を引きたがる子どものように。
ところで、わたしが大学卒業をしてからの一年半ほどは、いわゆるモテ期だった。小中高と、一切異性と無縁に過ごしてきたわたしにとっては、実に刺激的な期間でありその期間に先輩と再会し、付き合い始めるに至ったわけだが。友達目的にしろ付き合い目的にしろ、様々な男性から飲みのお誘いを受けた。勿論、そのなかの誰とも行為には及んでいないが。
先輩とつきあい始め、彼氏がいると公言してもアタックをかけてくる男性がいて。試しに二人で出掛けてみるという、いま考えると愚かな行動をしでかしたこともあった。
それを、先輩との関係のもどかしさゆえ、正直に彼に明かしたこともあったけれど――
『楽しかったんだね。よかった』と微笑みすら浮かべて言うのだ。
わたしたちの関係って、なに。
そう尋ねて恐ろしい回答が返ってくるのが怖くて。わたしは、現実を無視し続けていたのだ。
付き合う目的もないのに遊びに行くのに虚しさを感じ。また、相手を振り回してしまうことにも罪悪を感じ、結局、二年足らずでそういうことからは卒業した。
唯一、一対一で交流を続ける異性がけいちゃんだったわけだけど。
その彼がわたしの胸に顔を埋め、安らかな顔をしているのを見ると――
良かった、と感じた。なんというか、母性があふれてくると言うのか。
ちなみに。けいちゃんには「うえはノーブラでTシャツ一枚にして」と注文をつけられ、よって、彼とわたしを隔てるのは頼りない布切れのみ。
ふーっ、とけいちゃんが大きく息を吐いた。「やべえ……おれ、いま、死んでもいい」
「死んだら困るよ」とわたしはけいちゃんの頭の後ろに触れた。「けいちゃんがいなくなったら、寂しいなんて言葉じゃすまないよ。死にたくなっちゃう」
「おまえでもそういうこと言うんだ」彼は一度顔を離し、顔の右半分をわたしの乳房に押し付ける。「なんかおまえ、……どきどき言ってんな」
ノーブラで男性に胸に顔をこすりつけられて、平常心など保てるはずがない。
けれども、わたしは無理に笑みを作ってみた。「今晩だけなら、なにしたって構わないよ」
するとけいちゃんが顔を起こす。
「おまえ、……おれ以外相手にそういうこと言うなよ」
彼は、怖いくらいに真剣な目をしていた。
「言わないよ」とわたしは笑った。
「なあ、……触ってもいい?」
「いいよ」とわたしは答えた。
わたしのブラのサイズはDで、平均よりもやや大きい程度。別段劣等感も優越感も感じない大きさなのだが。そのとき、彼が安心感を感じられる大きさで良かった、と思ったのだった。
それは、一条先輩相手には感じたことのない感情だった。
彼とのセックスは、それ以外のなにものでもない。つまり、わたしがわたしであることの幸せなど一切感じない類のものだった。
その感情に気がついたものの、見て見ぬふりをしたわたしに、新たな感触が襲いかかる。
「ひっ、……あっ」
わたしの胸の輪郭に合わせるように胸を包んだけいちゃんが、わたしの乳首のあたりに息を吹きかけていた。
彼が、わたしを捉えた。野性的な目をしていた。
反射的に、言葉が口から滑り落ちていた。「……いいよ」
彼の手は、なんと、ここちよく動くのだろう。
彼の舌は、なんと、甘やかにこちらの感情を誘発するのだろう。
気がつけば、彼の小さな頭を抱え込み、わたしは慰める側だったはずが、形勢逆転。
貪られる側となっていた。
「あっ、……いや、あっ……」
なんでこんな、いやらしい声が出るんだろう。
いったいどうしたっていうんだろう。
足をもじもじさせて。
彼が、じゅ、じゅ、と吸いあげる布はとっくに唾液まみれで。
乳首を立たせているわたしのことなんか、バレバレだろう。
布越しに触れる彼の手は、熱くて大きくて――
直に、触って欲しい。
でもそんなことを言ってしまうと、後戻りができないし、第一、わたしには彼氏がいるわけだし――
切なく、甘やかな官能に身を任せるただの獣と化す。
わたしの片方のおっぱいだけをひたすらに堪能した男は、次は、反対のおっぱいに触れる。
「あっ……や……」
残された胸がじくじくと寂しさを訴える。
そのことに気づいたのか。彼は顔をあげるとわたしに笑いかけ、そして強く揉んだ。
「ん。やああ……」
「綾乃……」彼は、両手でわたしの乳房を真ん中に寄せると、あまり触れていないほうの乳首をまた吸いあげる。吸って吸って、口のなかで転がすようにする。
胸だけをこんなに愛撫されるのは初めてのとき――いや。初めてのときもここまでされなかったくらいで、よって、これ以上されると、本格的にまずい。
そんな判断が働いたときだった。
けいちゃんが、動きを止めた。
そして、わたしの胸に頬を預け、
「……これ以上おれなんもしないから。このまま、寝かせて……」
じくじくとした感情を持て余したまま。
わたしは、頷いて、けいちゃんの背中に手を回した。
あのときのけいちゃんにいったいなにがあったのか、わたしは知らない。
朝の弱いわたしは、やはり、けいちゃんよりも遅く起きてしまい。
翌朝、テーブルのうえにメモが残されていた。
『悪かった。さきに会社行くから』
いつも、残される側なのだ、わたしは。
そしてそれ以降、わたしたちが男と女に戻ることは一切ないのだが。
つまりは。総合すると、けいちゃんは、わたしが大学一年の頃からわたしのことを好きだったわけで。
彼は、わたしが一条先輩に長らく片想いをしていたのを知っている。
知っていて応援してくれていたわけだ。
……鈍感とは、罪だ。彼が、いったいどんな想いで自分のことを封じ込めていたことか――それが唯一現出したのが、『あの夜』のことだったわけで。それにしたって、あのときのわたしは、『仕事でなにかあったのか』とか『片想いの彼女さんに振られたのか』くらいの連想しかできなかった。
彼の力に、ちっともなれなかった。
わたしが、いま、考えるべきことは、そういうことではない。
同情や哀れみを礎(いしずえ)に、誰かを選ぶべきではない。
むしろいまわたしが憐れむのはほかの誰でもない、わたし自身であった。
結局、わたしにはほかの誰のこともなんにも見えていなかった。
四年半の片想いの末、三年間つき合っていたつもりの一条先輩のことも。
その間、好きな女とずっと友達関係で我慢し続けていたけいちゃんのことも。
変わるならいましかないのだろう。
それは、直感ではなく、確信だった。
* * *
バスルームから出てきた彼は、わたしの姿を認めると白目を大きくした。
「綾乃――おまえ……」
「けいちゃん……」
ずるいのかもしれない。
卑怯なのかもしれない。
でもこれはわたしが考えた末に、導き出した結論だった。
わたしは、けいちゃんが欲しい。
わたしは、唯一からだに身につけていたバスタオルを自ら外すと、彼の視線を受け止めたまま口を開いた。
「愛されるのがどういうことなのかを、わたしに教えて」
*
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