恋は、やさしく

美凪ましろ

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act50. はじめてのGW・お見送り編 *



 布団のなかをもぞもぞと動く気配で目が覚めた。


「悪い。起こしたか」と彼。

 彼女が身を起こすと、彼は身をかがめ、まぶたにキスを落とす。そして髪を撫で、愛おしそうに見つめる、視線を交わし、彼女は気づいた。

 蒔田がパジャマ姿でなく既にワイシャツと黒のパンツに着替えていることに。

(やだ、あたし、寝坊した……?)彼女は愕然とする。朝早く起きて、若奥様みたいに蒔田の朝食なんか作って、仕事に向かう彼を笑顔で送り出すはずだったのに。

 理由は歴然。

 夜中まで深く愛された結果だ。蒔田とつきあい始めてから約四ヶ月が経つが、なかなか一緒に連続した休みを取ることができなかった。その結果。

 幾度と無く貫かれ、発情期の犬なみにあえいで。

 叫び疲れた喉が痛いほどだ。

 照れ隠しと、寝坊したことへの決まりの悪さから彼女は俯いた。「蒔田さん。起こしてくれればよかったのに……」

「気持ちよさそうに寝ていたもんでな。行ってくる」

「……うん」彼女はベッドから降りた。「行ってらっしゃい。お仕事頑張って……」

「なるべく早めに帰る。帰る頃また連絡する。ああ、昼は外で食べてくる。おまえひとりで大丈夫か」

「子どもじゃないんだから」彼女はくすりと笑う。が、

 蒔田の顔が曇る。再び彼女の髪を撫でて――

「二人で過ごそうと決めた休みなのに、ひとりにさせて悪いな」

「ぜんぜん。あたし、隣駅なのにこの駅降りて歩いたことがなくて。ちょっとその辺散策しようと思ってるの」

「うん。じゃ、行ってくる」

「行ってらっしゃい」彼女は蒔田に抱きついて短いキスをした。と彼の腕が彼女を抱きしめ返す。

 背中に回したはずの手が、急に彼女の胸を掴む。

「ちょっと」

「悪い。充電」そう言って揉みしだく。

 したいようにさせよう、と彼女は思った。

 寝るときに彼女はブラをしない。当然、布越しに蒔田の指の感触が伝わるわけで

「……蒔田さん。それ以上されるとあたし変な気持ちになります」

「おれもだ」と彼は白い歯を見せて笑った。「今度こそ、行ってくる」

「うん」寝室を出る蒔田に彼女はついていく。

 廊下を突っ切る彼に、後ろから、抱きつき、あらぬところを触ってみる。

「こら」

「蒔田さん。このままじゃ仕事行けないんじゃない?」からかうように、言ってみたところ、いつも強気な蒔田が、

「かも、しれない……」と俯いた。

 その怒張したところを見ているに違いない。

 笑って、彼女は前に回りこんだ。両腕で、蒔田を、壁に押しつけ、


「じゃあ、なんとかしてあげよっか」


 と言って、下唇を舐めてみせたのだった。


 * * *


 そういうときの蒔田の表情が、彼女は見たくて仕方がないのだけれど、いつも、自分に余裕がないゆえできない。

 きっと美術館に飾られる彫像のように美しいに違いない。

 ましてや相手は生身の男だ。

 今回は自分が『する』側ゆえ蒔田の顔を今度こそ確かめられると思ったがなんせ、根本まで深く加えこんでいる。蒔田は、立ったまま。ゆえに今回も彼女の願いは叶えられそうにない。

 女とは違う、固いからだ。浅く割れた腹筋。シャツのボタンなど全て外してしまった。手短に済ませるべきで、そんな時間など本来はかけられないはずだったが。


 蒔田を、見たいのだ。


 どんな顔をして達するのか。そのからだも。すべてを。

 かたいところがどんどん固くなっていく原理は女と同じ。肥大していく欲望を、彼女は口のなかいっぱいに感じていた。

 舌の先でつついてみると蒔田の腰が引ける。手を伸ばし柔らかいところも刺激してやろうと思った。もしかしたら、彼はあまり触らないだろうところを、丁寧に、優しく。

 皮膚の分厚い部分は引き続きちょっと痛いくらいに刺激する。慎重に、大胆に。

 するとそれがいいのか。敏感に、反応する。太く猛々しくなり、液体の量が増えてきた。

 下方に位置する彼女は、その反応を受けて、蒔田の顔を盗み見た。下からなので上向いた綺麗な顎のライン。喉仏。ちょっとしかその表情が確かめられないけれど


「おれ、それ、弱いかもしれない……」


 快楽のさなか。苦悶に満ちたかの表情で、そんなことを言う。


 弱気な台詞を聞ける機会などこれを逃せば二度とないかもしれない。そう思い軌道修正。スパートをかけようと思っていたのを修正し、もうすこし、いじってあげることにした。


 いつも、されてばかりだから。


 こんなふうに返せる機会など、そうそうあったものじゃない。にちにちと舌を駆使し、例えば彼が彼女にするように、やわらかく揉みしだき、蒔田の反応を窺う。

 立っている姿勢は相当辛いはずだ。彼女の背中に回す彼の手に力が入る。

「もっと、捕まって」思い切って彼女は、蒔田の下に回り込み、手でなく、舌で舐めることにした。その行動には意表を突かれたらしく、「ちょ、おま、待て……」と戸惑ったような蒔田の声が聞こえる。

 独特の変な匂いがするけれどかまっちゃいられない。直後うめき。

 やはり、いいのだ。

 手を持ち替え、ぬるぬるとした先端を親指でぐりっと押す。と、悲鳴とともに蒔田の腰が引ける。

 逃すつもりなどない。

 ず、ず、と吸うたびに蒔田のからだが揺れ、そのときが近くなる。もうすこし愛したいのはやまやまだけれど。彼には時間が無いのだから。この時間が終わってしまうのを惜しみつつ、彼女は、ゆっくりと、彼を導いていったのだった。

 なにも準備をしていなかったから、必然、吐精を口内で受け入れた。なんとも言えない味がする。何度かに分けて飲み込む一方で、蒔田は依然息が荒い。

 ずる、ずる、と壁に背中をこするようにし座り込んでしまった。

 手で顔を覆う蒔田。

「……気持ち、良かった?」と彼女が訊くと、無言で頷く。

 答える余裕もないみたいだ。自分の場合も同じだから、彼女には、よく分かる。

 三角座りをし、膝のうえに肘を乗せた蒔田を彼女は、ふわりと、抱きしめる。

 本当は、蒔田にいっぱい愛されたいけれど帰ってからでいい。彼にはすることがある。いま自分にできるのは彼が落ち着くのを待ち、笑顔で見送ること。

 だからいまは、なにも言葉など要らない。

 一連の時間が彼女にはずいぶん長く感じられたが、実はたった五分ほどのことであった。

 肩で息をしていた蒔田の呼吸が元の調子を取り戻し始める。顔をあげると、彼は、


「着替えないとまずいな、これ、黒だぞ」


 彼女を笑わせてみせたのだった。


 * * *


「いってらっしゃい」

 ばたん、と扉が閉まる。擬似新婚体験。彼を見送れることが幸せすぎて、頬が、緩んでしまう。

 朝からあんなことまでしてしまった。恋とはひとには言えないこと。親になど勿論、言えないことの連続だ。

 そして恥と躊躇、開放のバランス感覚が問われる。自らを開放させること。誰かをひたむきに愛すことに躊躇など、していられない。

 正直言って蒔田だけを導いたゆえ彼女の体内にはうずきが残っているのだがさすがに、彼氏の部屋で一人自分を慰めるわけには行かない。
 
 とりあえず、キッチンに向かった。美味しそうな匂いがするから。やはり、ご丁寧にも、彼女のぶんのトーストとハムエッグが用意されていた。とその横に、正方形の付箋が貼ってある。


 冷蔵庫のなかのものは勝手に飲んでください。

 というより、なんでも好きに使ってください。


 存外、気の回る男なのだ、蒔田は。

 彼女の寝てる間に二人分の朝食を用意し、付箋に走り書きをする蒔田。それでも無表情だったに違いない。想像するだけでこころがあったまる。顔には出さなくても、情に厚い男。

 羽根を伸ばしたいGWに、文句も言わず働く男。彼女のために環境を整えてくれた男。そんな彼のために。

 例えば、お部屋の掃除をしたり、洗濯をしたりしてみようかと思った。


 先ずは、彼の作った朝食を味わうのが先決だったが。


 *
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