Amazing grace

国沢柊青

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act.103

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 ウォレスがドアを開けると、そこは主の帰りを待ちわびていたように、静かにウォレスを迎えた。
 そこはかつてウォレスが様々な書類に目を通し、決断を下していた場所。
 主席社長秘書室は、ウォレスが去った時と何ら変わらぬ状態に保たれていた。
 ウォレスが驚いたように背後を振り返ると、エリザベス・カーターが「ここは昔も今もあなたの部屋だもの」と微笑んだ。秘書室にいるスタッフが我がボスの帰還を心から喜び、拍手をした。
 その日から、ウォレスは正式にミラーズ社の主席社長秘書として復職することになった。
 結局、端からベルナルド・ミラーズは、ウォレスの辞職願いを本気にするつもりはなかったらしい。そしてミラーズ社の誰もが、ベルナルドと同じ考えだった。
 ジェイク・ニールソンの影がいまだちらついている状態で復職することに、ウォレスは難色を示した。
 再びミラーズ社に迷惑や危険を与えることになるかもしれないからだ。しかしベルナルドは引かなかった。
 ウォレスを説得するために、自分の私宅にウォレスを招いたベルナルドは、「過去の恩を今返してもらいたい」と半ば強引な話題を持ち出すことまでして、ウォレスの復職を願った。
 もちろんウォレスも、ベルナルドが本気で「恩を返して欲しい」と言っている訳ではないことはわかっていた。
 ベルナルド・ミラーズという男はそんなに器が小さい男ではないし、そんな男であったなら、今頃こんなに人望を集める人物ではなかったはずだ。
 ベルナルドは、ウォレスに対してわざと断れない状況を作り出したのだ。
 確かにウォレスには、ベルナルドに対して、返して余りあるほどの恩がある。
 そして許されるなら、それを返したいと常に思ってきたし、再びミラーズ社でベルナルドのために自分の力を尽くせたらと願ってきた。
 ベルナルドには全てわかっていたのだ。
 ウォレスのそんな気持ちを全部。
 事実、ウォレスが復職することでミラーズ社に与えられる恩恵は多大なものがある。
 ベルナルドにしてみれば、霧のように不確かなジェイク・ニールソンの影に翻弄されるなど、口惜しいのだろう。
 ベルナルドはきっぱりと言い放った。「まだ見えぬ影に怯えることはない。十分な備えと少しの勇気を持ち合わせていれば」と。
 ウォレスが出勤する週明けには、ミラーズ社で新たな警備システムの導入が完了していた。
 社員にはすべてミラーズ社独自のIDカードを発行し、ロビーにはIDカードと指紋をチェックするゲートが取り付けられた。
 外部の者がミラーズ社を訪れる時は、社員同伴でゲートを潜るか厳しいボディチェックを受けた上、外来者用のIDカードを手渡される仕組みになった。
 外部の者ももちろん指紋を登録されることになり、入社時には犯罪歴がないかどうかまで瞬時に照合された。
 社内のドアには、例外なくチェックボックスが設けられ、どういう人間がいつ室内に入り、いつ退社したのかを明確に記録できるシステムになっていた。
 このシステムを導入するにあたって賛否両論はあったが、ミラーズ社の社員の殆どは、自分達の会社の目前で起きた凄惨な爆発事故に少なからず脅威を感じており、商品開発部の連中にいたっては、貴重な開発データの漏洩防止に役立つと喜んでいた。
 そしてベルナルドはこのシステム導入に際し、取引のある会社全てにベルナルドが直々に赴き、理解を求めた。
 ベルナルドが訪れた会社の数は膨大な量であり、その中には先頃契約を結んだ大企業ケイゼル社はもちろんのこと、ビル清掃を委託している中小企業まで含まれた。
 どの会社もベルナルドが直々に訪れたことに驚きを隠さず、そして誠意ある対応に賛同してくれた。
 ベルナルドはウォレスが会社に戻って来やすいように、そこまでの布石を用意していたのである。
 もはや断ることはできなかった。
 ベルナルドのこの配慮は、少なくとも社内にいる限り、自宅にいるよりウォレスの身の安全が確保されたということを示していた。
 ウォレスは、そうまでして自分のために尽くしてくれるベルナルドに、またも感謝しなくてはならなかった。


 ウォレスは、感慨深げに自分のオフィスに入ると、綺麗に磨き上げられた自分のデスクの上をそろりと撫でた。
 いつ帰ってきてもいいようにときちんと掃除をしてくれたのだろうか。長い間留守にしていたが、デスクの上にはホコリひとつ落ちてはいなかった。
 突如、社長室と繋がっているドアが開く。
 ファイルが詰め込まれたボックスを抱えて、副社長のビル・スミスが入ってきた。
「ゆっくりと感慨に耽ってる場合じゃないぞ、ジム。君が休んでいる間に、君にしてもらわなければならない仕事が山ほど堪っているんだ」
 彼は嬉しくて堪らないといった表情で、ジムの前に文字通りファイルの山を作った。
「現在進行中の企画書や計画書の中で、君の意見が欲しいものを選んで持ってきた。早々にチェックしてくれよ。どの部署のスタッフも君の意見を心待ちにして、うずうずしているんだから」
 堆く積まれたファイルの山に少し溜息をついたウォレスは、ビルを見やって一言言った。
「リハビリの時間はなしってことだな」


 ビルが持ってきた仕事の山に、最初は恐れをなした表情を浮かべていたウォレスだったが、実際にはその仕事の殆どを昼前迄に済ましていた。
 ウォレスの情報処理能力は少しも衰えておらず、彼の出した答えや意見、見解はどれも鋭くて隙がなく、確かだった。
 ミラーズ社の誰もがウォレスの完全復活を認識し、そして喜んだ。
 社内を精力的に歩き回るウォレスの姿を見て、どの社員も男女の区別なく見惚れ、深い喜びを味わった。そして誰もが彼の復帰した姿を見て、彼がいない間に失っていたものの大きさを思い知ったのだ。
 以前より少し物腰や柔らかくなったウォレスは、前にも増して魅力的だった。
 彼はどこに行っても、男としても上司としても申し分ない魅力を振りまいた。
 ウォレスが帰ってきたことで、社内のモチベーションは一気に高まり、以前のミラーズ社に満ち溢れていたエネルギーが再び戻ってきていた。
 ジム・ウォレスは、確かにベルナルドが大枚を叩いて警備システムを構築するに値する人材だった。


 ウォレスが、遅い昼食をとったのは午後三時過ぎのことだった。
 以前は余り使うことのなかった社内のカフェテリアで食事をした。
 そこでウォレスは、思わぬ話を聞かされる。
 厨房の中にいたマリア・フェルナンデスというIDカードをぶら下げた中年の女性に、「マックス坊やはちゃんと元気にしていますか?」と訊かれた。
 マックスは以前からよくカフェテリアで食事をしていたらしく、このマリアが甲斐甲斐しく面倒を見てくれていたらしい。
「厨房の皆もね、本当に心配してるんですよ。それに、このカフェテリアに来る子も皆そう。本当にあなた方のことを心配していたんですよ。特にマックスのことは。無事なことはニュースで見て知ってますけどね。ちゃんと無事な姿を見てないから、気が気でないんですよ。でもあなたと一緒に住んでいるのなら安心ね。ウェディングケーキは作り損ねたけれど、あの子が幸せならそれでいいの。ま、中には恋心が壊れ去って、ここで泣き出す子もいたけれど」
 最初は心穏やかに聞いていたウォレスだったが、最後のマリアの台詞にぎょっとなった。
 なぜ、ウォレスとマックスが同居していて、そして少なくともそれは“ただの同居でない”ことをマリアが知っているのだろう。
 ウォレスは努めて表情は崩さなかったが、額にはうっすらと汗が滲んでくるのを感じた。
 どういう訳だかわからないが、もはやウォレスとマックスの仲は公然の秘密となっているらしい。厨房のおばさんが知っているんだ。もはや社内中が知っていても不思議ではない。
 思わずウォレスは、う~んと唸った。
 それを見てマリアが、「あらやだ、あたしったら余計なおしゃべりをして!」と高笑いした。
「大丈夫ですよ、ミスター・ウォレス。誰もそのことを表だって口には出しませんから。── ええ、もちろんです。皆、口にチャックしてますから」
 マリアは、指を口当ててジッパーを引く仕草を見せる。
 例え口にチャックをしたとしても、『皆が』するんならやはり皆が知ってる訳だ。
 考えてみれば、マックスが事件に巻き込まれた夜、ケイゼル社の契約イベントをすっ飛ばしてジェットでとんぼ帰りしたんだから、もはや公然の秘密になってもおかしくない。
 ── マックスが知ったら、どんな顔をするだろう・・・。
 取り敢えず、マックスは元気にしていることをマリアに告げ、トレイを受け取ると、ウォレスはあまり目立たない席に座り、大きな溜息をついた。
 反射的に懐から出した煙草を口に咥えたが、カフェテリア内は禁煙だったことを思い出し、再び溜息をつきながら、煙草を仕舞った。
 ── 表向きは平静を装っているが、明らかに自分は、今動揺している。
 ウォレスは眉間のシワを指で擦りながら、俯いて苦笑いをした。
 ウォレスとしてもマックスとの関係を恥じるつもりは毛頭ないし、誰に知られても別に構わないと思っていたが、いざその場面に突き当たると意外と動揺している自分に、少し失望感を味わう。
 ── 道理で各部署を回っている最中に、女性社員の眼差しが痛いほど自分に突き刺さってくる訳だ。
 ウォレスは、彼女達の視線を思い起こしながら、心のなかでぼんやりと呟いた。
 彼女達の中には、マックスに本気で恋心を抱いていた女子社員もいるだろうから、ウォレスがその『王子様』を奪った形になる。
 ウォレスは、ようやくトレイにのっかった食事を食べ始めたが、正直言って、味がよくわからなかった。


 英国大使館員ジョイス・テイラーが、再び自分の仕事の都合をつけてウォレス家にやってきたのは、例の火災があった翌週こと。時間的には、ウォレスがミラーズ社に出社してしまった後のことだった。
 市警の爆弾処理班セス・ピーターズとマックスの従姉でセスの婚約者であるレイチェル・ハートもそれぞれ時間を調整し、四人が再び勢揃いしたのは随分と久しぶりのことだった。
「遅れてしまって申し訳ない」
 そう言ってウォレス邸に入ってきたテイラーは今日も黒ずくめのスーツ姿で、その堅物振りは相変わらずの様子だった。
 本来なら、ミラーズ社に出社する前のウォレスと今日初めてテイラーは顔合わせをする予定だった。
 しかしテイラーは、早朝電話で到着時間が遅れることを告げた。
 ぎりぎりまでウォレスは待っていたが、結局ビル・スミスからの催促の電話がかかってきて、仕方なくウォレスは出社していった。
 マックスは、この家の主の変わりにテイラーを迎え入れながら、心に中で少し苦々しい感情を味わっていた。
 「急な仕事が入ってしまって・・・」と断りを入れるテイラーと笑顔で握手を交わしながら、それでも心の中では理由のない不安を感じていた。
 テイラーは、『わざと』遅れてきたのではないか、と。
 これまで、テイラーとウォレスが顔を会わせるチャンスは、幾らでもあった。
 しかし、それは今まで適わずにいる。
 まるでテイラーがそのことを避けているように思えた。
 確かに。
 テイラーに取ってジム・ウォレスは、『アレクシス・コナーズ』という一人の犯罪者でしかないのだ。
 マックスを見舞った時、病室でそのことを強調したのは他ならぬテイラーだった。
 この一連の事件を突き詰めることは、マックスにとって『アレクシス・コナーズ』という若きテロ犯罪者の存在と、彼が行ってきた犯罪行為に向き合うことになるのだということを。
 その事実を突きつけられ、テロによって両親を喪ったトラウマを掘り起こされた形になってしまったマックスのことを、テイラーは随分気に病んでくれた。
 自分の仕事も顧みず、それから以後足繁く病室に通ってくれ、アレクシス・コナーズについての情報を少しずつ教えてくれた。
 彼の配慮があったからこそ、マックスは全てを受け入れ、消化することができたのだ。
 そして、そんな事実があったとしてもやはりあの人を愛していると、マックスは改めて自分の想いに辿り着くことができた。
 ジム・ウォレスは自分にとってかけがえのない存在なんだ、と。
 だが、それはあくまでマックス個人の想いだ。
 テイラーは、ジェイク・ニールソンの身柄を確保するための引き替え条件として、アレクシス・コナーズのことは目を瞑るという条件を飲んでくれた。セスが熱心にテイラーを説得してくれたお陰で得た“司法取引”のようなものだ。
 しかし、テイラーのような真面目で堅実な男にとって、目の前に犯罪者が現れたとなると、やはり嫌悪感に支配されるのではないか。
 それを想像するのは容易かった。
 例えその罪が、いくら子どもの頃に犯したものとはいえ、彼の手で生命を絶たれた人間が現実にいるのだ。
 アレクシスが途中でその過ちに気づき、死線を彷徨うような酷い目に合いながら生きてきたとして、そのことが果たして罪を償っていることになるのだろうか?
 テイラーがウォレスと顔を会わせると言うことは、テイラーの中のモラルを、ある意味打ち壊す行為でもある。
 そのことが容易く想像できるからこそ、マックスの心は痛んだ。
 だからテイラーは、意図的にウォレスと顔を会わせることを避けているのではないかと思った。
 顔を会わせてしまえば、テイラーは態度を決めなくてはならない。
 いくらセスと約束したとはいえ、それはあくまで不確かな口約束でしかないのだ。
 テイラーが約束を破るような男ではないことは十分わかっていたが、自分達がテイラーに要求していることは、非常に重みのあることである。
 もしテイラーが考えをひる返したとしても、自分達にテイラーを責める権利はないのだ。
 案の定、その日もテイラーの口からウォレスのことが出ることはなかった。
 結局、シンシアもその日は学校に復学する準備をするために出かけていたので、家の中に揃ったのは、マックス、レイチェル、セス、テイラーの四人となった。
 四人は、マックスが用意した紅茶を飲みながら、リビングのソファーに座って先週の末に起こった事件について話し合った。


 レイチェルが、自分のカメラバックから例の鍵の入ったビニール袋を取り出すと、それをセスに渡した。
「鍵穴に完全に一致したわ。取材するフリして、確かめてみたの。ドアは焦げていたけど、ドアノブまでは痛んでなかった。それはやはり、あの部屋の鍵よ」
 セスは唸り声を上げながら、ビニール袋を受け取る。
「担当課が別なんで詳しいことはまだ探れてないが、部屋の中にあったものは、人が生活するには物品が乏しすぎたらしい。きっとケヴィンは、たまにしかあの部屋で寝泊まりしてなかったんだろう。あそこの部屋で自分が調べた資料を整理し、パソコンでデータ化し、そして窓の外から例のバール(居酒屋)を眺め、時間が来ると家族や同僚に怪しまれないように家や新聞社に帰っていた。きっと彼はそんな中で、ジムがあの店に出入りしている様子も見ていたんだろう。── しかし、いずれにしても全ては灰になった。あの部屋に残されていたパソコンは完全に炭化して、ハードディスクの復帰は望めないそうだ。ケヴィンが何を掴んでいたか、永遠の謎になっちまったな」
「それで? 署の方はどういう対応をするつもりだ」
 テイラーが訊くと、セスは苦虫を噛みつぶしたかのような顰め面をして見せた。
「相変わらずの対応さ。一応はあの部屋の借り主を捜して、『お前が火を付けて家賃を踏み倒そうとしたんだろう』って首を絞めるつもりだろうが、いつまで興味が続くか。なにせ、発生現場は年中殺しや強盗事件が起きている地区だし、誰かが死んだ訳でもない。肝心の借り主がなかなか見つからなければ、早々にお蔵入りだろう」
「見つかる訳ないじゃない。本当の借り主は、もうこの世にいないんだから」
 レイチェルが苛立った口調で言う。
 彼女は、まるで酒を煽るように、紅茶を飲み干した。
「やっぱりヤツなのよ。そうとしか考えられない」
 レイチェルが、男性陣をギロリと睨み回す。
「あの部屋が燃えて得するのは誰? 一見するとジムだけど、ジムにはそんな暇はなかった。彼はその頃、ミラーズ社にいたから」
「レイチェル?!」
 まるでジムも容疑者の一人として扱うレイチェルに、マックスは思わず声を荒げた。レイチェルは「まぁ落ち着きなさいよ」と、二人掛けのソファーの隣に座るマックスの膝に手を置いた。
「こういうことは、客観性が常に必要よ。そうでしょ」
 セスが頷く。
 レイチェルは、息を大きく吐き出すと、再び男性陣を見渡した。
「とにかく、ジムの仕業じゃないとしたら、得する人間はあと三人。
 一人は、ジェイコブ・マローン。彼は、彼が犯した犯罪の証拠をケヴィンに捕まれていた。・・・けど、皆も知っての通り、今となっちゃまるで関係ないわね。当のジェイコブは、その罪で今や拘置所の中。別に燃やしたってもう意味ないし、第一、燃やす事なんてできない。
 もう一人の得する人は、ケヴィンの幼なじみでパソコンオタクのハロルド。アイツはしらばっくれてたけど、ハロルドはケヴィンに協力して、国家機密情報をダウンロードしてた。その情報とはつまり、あなたのファイルに収まっていることに関する情報ね」
 レイチェルは、テイラーの黒いブリーフケースを顎で指し示す。そしてレイチェルは芝居がかった仕草で、肩を竦めて見せた。
「けれどハロルドはおよそそんなことはしない。何せあいつは、もう何年も自分の部屋から出たことのない男だし、ケヴィンがこの世にいない以上、知らぬ存ぜぬな態度を続ければ、切り抜けることができる。些細な証拠を隠滅しようと動けば、返って目立つ身体よ」
 今、レイチェルの脳裏に浮かんでいるハロルドは、太った身体をフィットネスダンスで揺すりながら、汗だくになっている。
 レイチェルは頭の中の妄想を隅に押しやると、その奥にある男の影に目を向けた。
「残るは、あと一人」
「ジェイク・ニールソン」
 セスが呪文のように、その名を呟く。
 セスの横でテイラーが奥歯を噛み締めた。
「あの部屋が燃えて最も得する人間は、やっぱりニールソンなのよ。もし、ケヴィンが一連の事件の真相に近づいていたとしたら、ヤツは自分の存在を消す必要があった。だからケヴィンを葬り、部屋まで葬った」
「辻褄は合う」
 セスがすぐさま先を続ける。
「一連の爆破事件の中で、ケヴィンの事件だけ異質なんだ。実際にはっきりした証拠が出ている訳ではないが、俺はずっと感じてきた。もっとも、署の連中はマローンがやったと見なしているが、俺はそうは思わない。実際、マローンもそう主張している。マローンの言う、ベン・スミスがきっとジェイク・ニールソンなんだ」
 セスの言っていることに耳を傾けながら、レイチェルが一瞬怪訝そうに顔を顰めた。しかし他の男達はそのことに気づかず、話を続ける。
 テイラーが唸り声を上げた。
「しかし、あまりにも姿が見えなさすぎる。今どんな顔をして、どんな生活を送っているのか・・・。誰かどこかでヤツの姿を見ていてもいいはずなのに、なぜそんな証言が出てこないんだ。ベン・スミスはどこへ行った? ジェイク・ニールソンはどこへ・・・?」
 苛立ったテイラーの声を遮るようにして、レイチェルがハッと息を呑んだ。
「ど、どうしたんだい? レイチェル」
 口を大きく開け、驚きの表情を隠せないレイチェルの様子に、マックスが心配げに声をかける。
 レイチェルは、そんなマックスの声を無視して、ゆっくりと立ち上がった。
 彼女は、宙を見つめたまま、まるで口にするのが禁じられた秘密を話すかのように、ごくごく小さい声でこう囁いたのだった。
「ひょっとしたら私、ジェイク・ニールソンに会ってるかもしれない」
 男達は、全員がぎょっとした顔で、レイチェルの顔を見つめたのだった。
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