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第一章 出会い
一話 事情聴取の朝、始まりの予感
次の日の朝、目覚めの気分は晴れず、身体はだるかった。
いろいろありすぎて嫌な夢も見たし、慣れない部屋でぐっすり眠れずじまい。
カーテンを開けると、春の終わりの朝陽が眩しい。
水を飲みながら、テーブルに置いていた田島さんの名刺を指先でなぞってみる。
助けてくれた腕が頼もしくて優しかったことを思い出して、ふと心が緩んだ。
「……そうだ、交番に行かなくちゃ」
きちんとお礼を言えなかったのも、心に引っかかっていた。
事情聴取されるのは、正直言うと少し気が重い。
けれど、田島さんに会えば、何かが変わるような気がする。
身支度を整えると、交番に向かった。
スマホのナビで何とかたどり着いた交番前に、田島さんとは違う警察官が立っていた。
中の様子を恐る恐る窺っていると、立ち番の警察官が怪訝な表情で声をかけてきた。
「おはようございます。なにか御用ですか?」
「……あ、すみません。田島さんいらっしゃいますか? 昨夜、助けていただいた笹倉梓と言います」
田島さんの名刺を見せながら伝えると、思い当たったようで表情が和らいだ。
「ああ、昨夜の方ですね。ご苦労様です。おーい田島、笹倉さんだ」
立ち番の警察官が、カウンターの中に向かって声をかける。
奥から出てきたのは、がっしりして背の高い警察官。
間違いなく、昨夜助けてくれた田島さんだった。
軽く頭を下げた私と目が合うと、柔らかく微笑んでくれた。
「……おはようございます。早すぎましたか?」
「いいえ、全然。こちらこそ、わざわざ来てもらってすみません」
昨夜は暗がりで顔もはっきり見えなかった。
凛々しい眉と、涼しげなのに大きくて印象的な目、すっと通った鼻筋。
こんなに整った顔をしていたとは……。
「交番の中へどうぞ。……笹倉さん、怪我とかありませんでしたか? 打ち身とか」
心配そうな視線を向けられて、首を振った。
「それは大丈夫でした。それより、きちんとお礼も言えてなくて……。ありがとうございました」
「全然、気にしないでください。あの時、笹倉さんがかなりショックを受けてたから、心配だったんです」
交番の奥へ私を案内しながら、落ち着いた声でそう言ってくれた。
「どうぞ、座ってください。昨夜お伝えしていた事情聴取をさせてもらいます。無理しないでいいですから、ゆっくりで」
緊張をほぐすためなのか、田島さんは終始親身で穏やかな口調で応対してくれた。
警察官って、もっと事務的で威圧的なイメージだったけど、こんなに優しい人もいるんだ。
「笹倉さん、今から仕事ですか?」
調書を取り終わると、田島さんが周りをちらりと見渡して、少し声のトーンを落として言った。
「いえ……まだ転職先を探してるところで……」
「……そうなんですね。じゃあ、調書はこれで大丈夫です。帰り道、不安だと思うので……外まで見送りますね。」
田島さんはそう言って、交番の外へ私を案内した。
春の終わりの風が少し冷たくて、胸の奥が落ち着かない。
交番から少し離れたところで、立ち止まった。
「ここから先なら帰り道は分かりますか? 本当に、無理しないでくださいね」
優しい声に胸が緩んでしまって、自分でも信じられない言葉が口をついて出た。
「……あの。もしお時間があるなら……少し、お茶でも……どうですか? お礼がしたいんです」
田島さんは一瞬だけ驚いたように目を瞬き、小声でぶつぶつ何かをつぶやいた後、穏やかに微笑んだ。
「……俺はもうすぐ勤務が終わります。着替えたら向かいますね」
耳元近くで囁かれて、一瞬胸がきゅっと締まった。
男性の声でこんな風に鼓動が乱れたのは、いつぶりだろう。
ブラウスの襟元を押さえ、小さく息を吐く。
それから辺りを見渡して、目に入った店を指さした。
「……あの、そこの喫茶店でも構いませんか?……私、越してきたばかりで、この街のことほとんど知らないので」
「ああ、大丈夫ですよ。俺もよく行きます。じゃあ、先に店に入って、待っててもらえますか?」
「……はい、分かりました」
「それでは、またのちほど」
田島さんは、軽く会釈をして交番に戻っていく。
吐息混じりの声が耳に残って、何だか悪いことをしてるような気がする。
昨夜のこともあるし、同じアパートの住人だし、きっといい人だから心配してくれてるんだろう。
意識なんてしてないと頭は否定するのに、身体は昨夜支えてくれた手の温もりを思い出す。
もう男なんて信じない、そう思っていたはずなのに――
ドキドキしてしまうのを気のせいにして、喫茶店へ向かった。
いろいろありすぎて嫌な夢も見たし、慣れない部屋でぐっすり眠れずじまい。
カーテンを開けると、春の終わりの朝陽が眩しい。
水を飲みながら、テーブルに置いていた田島さんの名刺を指先でなぞってみる。
助けてくれた腕が頼もしくて優しかったことを思い出して、ふと心が緩んだ。
「……そうだ、交番に行かなくちゃ」
きちんとお礼を言えなかったのも、心に引っかかっていた。
事情聴取されるのは、正直言うと少し気が重い。
けれど、田島さんに会えば、何かが変わるような気がする。
身支度を整えると、交番に向かった。
スマホのナビで何とかたどり着いた交番前に、田島さんとは違う警察官が立っていた。
中の様子を恐る恐る窺っていると、立ち番の警察官が怪訝な表情で声をかけてきた。
「おはようございます。なにか御用ですか?」
「……あ、すみません。田島さんいらっしゃいますか? 昨夜、助けていただいた笹倉梓と言います」
田島さんの名刺を見せながら伝えると、思い当たったようで表情が和らいだ。
「ああ、昨夜の方ですね。ご苦労様です。おーい田島、笹倉さんだ」
立ち番の警察官が、カウンターの中に向かって声をかける。
奥から出てきたのは、がっしりして背の高い警察官。
間違いなく、昨夜助けてくれた田島さんだった。
軽く頭を下げた私と目が合うと、柔らかく微笑んでくれた。
「……おはようございます。早すぎましたか?」
「いいえ、全然。こちらこそ、わざわざ来てもらってすみません」
昨夜は暗がりで顔もはっきり見えなかった。
凛々しい眉と、涼しげなのに大きくて印象的な目、すっと通った鼻筋。
こんなに整った顔をしていたとは……。
「交番の中へどうぞ。……笹倉さん、怪我とかありませんでしたか? 打ち身とか」
心配そうな視線を向けられて、首を振った。
「それは大丈夫でした。それより、きちんとお礼も言えてなくて……。ありがとうございました」
「全然、気にしないでください。あの時、笹倉さんがかなりショックを受けてたから、心配だったんです」
交番の奥へ私を案内しながら、落ち着いた声でそう言ってくれた。
「どうぞ、座ってください。昨夜お伝えしていた事情聴取をさせてもらいます。無理しないでいいですから、ゆっくりで」
緊張をほぐすためなのか、田島さんは終始親身で穏やかな口調で応対してくれた。
警察官って、もっと事務的で威圧的なイメージだったけど、こんなに優しい人もいるんだ。
「笹倉さん、今から仕事ですか?」
調書を取り終わると、田島さんが周りをちらりと見渡して、少し声のトーンを落として言った。
「いえ……まだ転職先を探してるところで……」
「……そうなんですね。じゃあ、調書はこれで大丈夫です。帰り道、不安だと思うので……外まで見送りますね。」
田島さんはそう言って、交番の外へ私を案内した。
春の終わりの風が少し冷たくて、胸の奥が落ち着かない。
交番から少し離れたところで、立ち止まった。
「ここから先なら帰り道は分かりますか? 本当に、無理しないでくださいね」
優しい声に胸が緩んでしまって、自分でも信じられない言葉が口をついて出た。
「……あの。もしお時間があるなら……少し、お茶でも……どうですか? お礼がしたいんです」
田島さんは一瞬だけ驚いたように目を瞬き、小声でぶつぶつ何かをつぶやいた後、穏やかに微笑んだ。
「……俺はもうすぐ勤務が終わります。着替えたら向かいますね」
耳元近くで囁かれて、一瞬胸がきゅっと締まった。
男性の声でこんな風に鼓動が乱れたのは、いつぶりだろう。
ブラウスの襟元を押さえ、小さく息を吐く。
それから辺りを見渡して、目に入った店を指さした。
「……あの、そこの喫茶店でも構いませんか?……私、越してきたばかりで、この街のことほとんど知らないので」
「ああ、大丈夫ですよ。俺もよく行きます。じゃあ、先に店に入って、待っててもらえますか?」
「……はい、分かりました」
「それでは、またのちほど」
田島さんは、軽く会釈をして交番に戻っていく。
吐息混じりの声が耳に残って、何だか悪いことをしてるような気がする。
昨夜のこともあるし、同じアパートの住人だし、きっといい人だから心配してくれてるんだろう。
意識なんてしてないと頭は否定するのに、身体は昨夜支えてくれた手の温もりを思い出す。
もう男なんて信じない、そう思っていたはずなのに――
ドキドキしてしまうのを気のせいにして、喫茶店へ向かった。
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