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第一章 出会い
八話 元カレの浮気相手
「私、前は会社勤めしてて、そこで出会った元カレがいたんです。特別好きなわけじゃなかったけど、別れる理由もなくて。このまま結婚するんだろうなって勝手に思ってた。そしたら去年の冬、ずっと二股かけられてたことが分かって……」
あの時の衝撃は、今でも忘れられない。
思い出して、カップを握る手に思わず力が入る。
指先がじんと痛んで、視線を落とす。
ごくりとコーヒーを飲み下す、田島さんの喉の音が聞こえた。
「その元カレの相手は、同僚の男だったんです。笑うしかないでしょ?」
「……つまり、彼氏が男と浮気してたってこと?」
コーヒーをひと口飲んで、うなずいた。
「最初は、あっちが浮気だって思ってた。だけど本当はそうじゃなかった。ただの親友だって言われてたんです。だけど、会社でキスしてるのを目撃しちゃって……。問いただしたらあっさり認めた。私と付き合ってたのはカモフラージュだったって。四年近く付き合ってたのに……」
「……カモフラージュって、元カレが自分の性的指向を隠すために、梓さんのことを利用してたのか」
田島さんの声が、怒ってるように一段低くなった。
彼の言う通り、私は元カレの世間体を守るために利用されていただけ。
女なら、私じゃなくても良かった。
もちろん愛されてもいなかった。
事実を突きつけられたあの時、目の前が真っ暗になったのを覚えてる。
状況が特殊過ぎた。
誰にも言えず、一人で抱え込んでいた。
けれど田島さんなら否定しないで聞いてくれる気がして、過去の黒歴史を打ち明けた。
「でもさ……、四年付き合ってて、そういう関係はなかったの……?」
「……初めての人は、元カレです。でも、今思ったらあれは普通の恋人同士の行為じゃなかった。その……顔を見てはしなかった。後ろから、形だけの作業みたいに……。四年間でしたのは片手に収まるくらい。それだって、かなり無理してたって言われて」
――男の人相手に、何を話しているんだろう。
言葉にするたび、頬の内側が熱くなる。
女として、元カレの仕打ちも行為も、屈辱でしかなかった。
ただ、田島さんが真剣に聞いてくれる。
その空気に後押しされるように、私は隠さず話した。
「……別れるときに言われたんです。私に声をかけたのは、仕事を一緒にしてるうちに、大人しくて無駄なことを言わないだろうと思ったからだ、って」
裏切りが分かった時も、終わりが来たときも涙も出なかった。
私が付き合っていると思い込んでいた四年間、利用されていたのに。
「それは男以前に人間として最低だな。自分を守るために梓さんを利用してたんだろ?」
田島さんはカップをテーブルに置くと、指が白くなるほど握りしめていた私のカップもそっと取り上げた。
「バカみたいでしょ? 四年も気づかずに、彼氏を男に寝取られてた女だって会社で噂になって。結局居づらくなって仕事を辞めてここに引っ越した――」
自嘲気味に言葉をこぼした私の肩に、田島さんの手が触れる。
そのまま引き寄せられ、抱きしめられた。
迷いのない力だったのに、不思議と怖くない。
抱え込んでいた膝から、力がすっと抜けていく。
「……バカなのは相手の男だ。梓さんをだまして裏切ってたなんて。俺なら絶対、そんな思いさせたりしない」
田島さんは、ソファにもたれかかっていた私の背中に腕を回した。
大きな彼の胸は温かくて、私をまるごと包み込んでくれる。
壊さないように、ためらうように抱きしめられて涙がこぼれた。
指先がそっと頬をなぞり、こぼれた涙を拭われる。
息を吸う音が、やけに大きく響いた。
そのまま頬に手を添えられて、ゆっくり唇が触れた。
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