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第二章 触れ合うたび深くなる
十三話 冷たい雫がほどける夜
「シャワー掛けるから、目閉じて」
拓巳さんは私の顔にシャワーがかからないよう、額の縁に手をかざして、そっとお湯をかけてくれた。
冷えていた頭と髪がゆっくり温まっていく。
「熱すぎない? 大丈夫」
「……うん」
肩や髪の冷たさは分かったはずなのに、拓巳さんは何も問い詰めなかった。
一通り地肌をお湯で予洗いしてから、シャンプーを泡立てて髪を洗ってくれる。その指の力が優しくて、思わず一筋涙がこぼれてしまう。
それに気づいたのか、少し口調を変えてふざけるように拓巳さんが言った。
「梓様、かゆいところはございませんか?」
「……ふふっ……美容室みたい」
「俺、結構上手でしょ? 警察学校で染み付いたんだ」
「警察学校で洗髪の授業なんかあるの?」
「さすがにそれはないよ。でも、髪の乱れ、服装の乱れは厳しくチェックされるから。あの頃は今より短髪だったけど、髪の洗い方も自然と丁寧になった」
「うん、拓巳さん上手。気持ちいい……」
「良かった。しばらく楽にしてなよ。梓の髪、柔らかくて長いからそっと洗わなきゃ」
そう言って丁寧に洗ってくれた。シャンプーを念入りに流して、トリートメントを毛先からゆっくり揉み込む。地肌マッサージ付きで。
全て終わると、器用に髪をまとめてゴムで結んでくれた。
「ほんとに気持ちよかった。……ありがとう、拓巳さん」
「首、しんどくなかった? 大丈夫か?」
身体も心も温まった私は、小さく首を横に振って拓巳さんの方を向く。
彼は腰にタオルを巻いて、バスチェアに座っていた。
「……さっきはごめんなさい……逃げたりして」
「謝らなくていいんだって。でも、あとで話を聞かせてくれる?」
「……うん。じゃあ、ボディタオル取って。今度は私が拓巳さんの背中洗うから、あっち向いてて」
いたずらっぽく笑って、拓巳さんは私に背中を向けた。
微かに赤い痕が点々と肌に並んでいるのは、きっと私の爪痕。
労わるようにそこをなぞって、鍛えられた大きな背中に手を当てた。
「……私、背中傷つけちゃってる。……ごめんね」
「そんなの平気だって。それだけ、梓が俺を求めてくれた痕なんだから」
素面でそんなことをさらりと言われたら、返す言葉がなかった。
一瞬、頬に熱が昇ったように感じたのは、きっと少しのぼせたせい。
温かいシャワーをしばらく浴びてもらってから、ボディタオルを泡立てた。
浴槽から身を乗り出して、拓巳さんの大きな背中を撫でるように洗う。
「ちょっ……くすぐったい……。梓、優しすぎるって」
彼はそう言って笑いながら身を捩り、足をバタバタさせた。
「ほんと? じゃあ、強めにいくから覚悟してね」
両手で泡まみれのボディタオルを持ち、痛くないか心配なほど力を込めて拓巳さんを洗う。
「……これ、本当に痛くない?」
「全然痛くない。ちょうどいい感じだよ」
それにしたって洗う面積が広い。
記憶にある限り、人の背中なんて洗ったことない。
男の人の背中ってこんなに広いんだ、そう思うと胸がきゅっとなった。
「梓に背中洗ってもらえるなんて、ありがとう。後はさすがに自分で洗うから、ちょっとだけ待ってて」
低いけれど優しい声音で、拓巳さんはそう言う。
私の手からボディタオルを受け取って、背中以外の全身を洗いシャワーで流した。
彼が背中を向けているのをいいことに髪を洗っている間、私と全然違う鍛えられた身体を、浴槽に浸かってドキドキしながら盗み見る。
逞しい筋肉の走行に沿うように、流れ落ちるシャンプーの泡や、お湯までも男の色気を感じてしまう。
私って、こんな変態だったっけ……。
「浴槽、一緒に入りたいんだけど……いい?」
「……うん……いいよ」
入れておいてよかった、白濁タイプの入浴剤。
私が抱えた膝に視線を落とすと、視界の端で腰に巻いたタオルを拓巳さんが外しているのが映って、慌てて首を反対に捻った。
「そんなに顔背けなくてもいいじゃないか……」
拓巳さんは拗ねたように言って、のぼせそうになる私の身体を、折りたたんだ長い脚の間に座らせた。
彼の肌は僅かにお湯より温度が低くて、熱くなった肌に心地いい。
大きな身体は背後から、私を丸ごと簡単に包み込んでしまう。
「梓って、細くて小さいな……。腕なんか、力加減間違えたら折れそう」
私の首筋に拓巳さんの頬が触れて、腕をなぞりながら言う。
「いくらなんでも、そんなに虚弱じゃないわよ」
お湯を弾く筋張って筋肉質な彼の腕に、そっと手を触れる。
長い脚を私の脚に絡め、耳元で囁くように言った。
「……ねえ、聞いてもいい? どうして泣いてたのか」
一体、なんて答えればいいんだろう。
こうして身体を寄せ合っていると、さっきまでの不安なんて嘘みたいに、どこかに消えてしまうのに。
拓巳さんが優しければ優しいほど、言葉にするのが怖くなる。
でも、黙っているだけじゃ伝わらない。
「……自分でも、どう言ったらいいか分からないけど、……こうやって、拓巳さんと一緒にいられるのが幸せで。……でも、離れてしまったら、また独りに戻るんだって、そう思うと不安で怖くて……」
「……そんなこと思わせてたなんて、ごめんな」
拓巳さんはそう言って、ぎゅっと抱きしめてくれる。
私の濡れた首筋に顔を埋めて、大きく息を吸い込んだ。
背中に触れた彼の胸から、心臓の鼓動がダイレクトに伝わってきた。その規則正しくて力強いリズムが、私の胸の中にあった重い塊のような何かをほどいてくれる。
「俺もずっと一緒にいたい。梓を独りになんかしない。もう冷たいシャワーなんか浴びないで」
「……うん、わかった」
肩を包み込むように回された拓巳さんの腕に、頬を乗せて何度もうなずく。
目頭の奥がツンとして、伝い落ちた水滴がお湯の中にポタリとこぼれ落ちた。
拓巳さんは私の顔にシャワーがかからないよう、額の縁に手をかざして、そっとお湯をかけてくれた。
冷えていた頭と髪がゆっくり温まっていく。
「熱すぎない? 大丈夫」
「……うん」
肩や髪の冷たさは分かったはずなのに、拓巳さんは何も問い詰めなかった。
一通り地肌をお湯で予洗いしてから、シャンプーを泡立てて髪を洗ってくれる。その指の力が優しくて、思わず一筋涙がこぼれてしまう。
それに気づいたのか、少し口調を変えてふざけるように拓巳さんが言った。
「梓様、かゆいところはございませんか?」
「……ふふっ……美容室みたい」
「俺、結構上手でしょ? 警察学校で染み付いたんだ」
「警察学校で洗髪の授業なんかあるの?」
「さすがにそれはないよ。でも、髪の乱れ、服装の乱れは厳しくチェックされるから。あの頃は今より短髪だったけど、髪の洗い方も自然と丁寧になった」
「うん、拓巳さん上手。気持ちいい……」
「良かった。しばらく楽にしてなよ。梓の髪、柔らかくて長いからそっと洗わなきゃ」
そう言って丁寧に洗ってくれた。シャンプーを念入りに流して、トリートメントを毛先からゆっくり揉み込む。地肌マッサージ付きで。
全て終わると、器用に髪をまとめてゴムで結んでくれた。
「ほんとに気持ちよかった。……ありがとう、拓巳さん」
「首、しんどくなかった? 大丈夫か?」
身体も心も温まった私は、小さく首を横に振って拓巳さんの方を向く。
彼は腰にタオルを巻いて、バスチェアに座っていた。
「……さっきはごめんなさい……逃げたりして」
「謝らなくていいんだって。でも、あとで話を聞かせてくれる?」
「……うん。じゃあ、ボディタオル取って。今度は私が拓巳さんの背中洗うから、あっち向いてて」
いたずらっぽく笑って、拓巳さんは私に背中を向けた。
微かに赤い痕が点々と肌に並んでいるのは、きっと私の爪痕。
労わるようにそこをなぞって、鍛えられた大きな背中に手を当てた。
「……私、背中傷つけちゃってる。……ごめんね」
「そんなの平気だって。それだけ、梓が俺を求めてくれた痕なんだから」
素面でそんなことをさらりと言われたら、返す言葉がなかった。
一瞬、頬に熱が昇ったように感じたのは、きっと少しのぼせたせい。
温かいシャワーをしばらく浴びてもらってから、ボディタオルを泡立てた。
浴槽から身を乗り出して、拓巳さんの大きな背中を撫でるように洗う。
「ちょっ……くすぐったい……。梓、優しすぎるって」
彼はそう言って笑いながら身を捩り、足をバタバタさせた。
「ほんと? じゃあ、強めにいくから覚悟してね」
両手で泡まみれのボディタオルを持ち、痛くないか心配なほど力を込めて拓巳さんを洗う。
「……これ、本当に痛くない?」
「全然痛くない。ちょうどいい感じだよ」
それにしたって洗う面積が広い。
記憶にある限り、人の背中なんて洗ったことない。
男の人の背中ってこんなに広いんだ、そう思うと胸がきゅっとなった。
「梓に背中洗ってもらえるなんて、ありがとう。後はさすがに自分で洗うから、ちょっとだけ待ってて」
低いけれど優しい声音で、拓巳さんはそう言う。
私の手からボディタオルを受け取って、背中以外の全身を洗いシャワーで流した。
彼が背中を向けているのをいいことに髪を洗っている間、私と全然違う鍛えられた身体を、浴槽に浸かってドキドキしながら盗み見る。
逞しい筋肉の走行に沿うように、流れ落ちるシャンプーの泡や、お湯までも男の色気を感じてしまう。
私って、こんな変態だったっけ……。
「浴槽、一緒に入りたいんだけど……いい?」
「……うん……いいよ」
入れておいてよかった、白濁タイプの入浴剤。
私が抱えた膝に視線を落とすと、視界の端で腰に巻いたタオルを拓巳さんが外しているのが映って、慌てて首を反対に捻った。
「そんなに顔背けなくてもいいじゃないか……」
拓巳さんは拗ねたように言って、のぼせそうになる私の身体を、折りたたんだ長い脚の間に座らせた。
彼の肌は僅かにお湯より温度が低くて、熱くなった肌に心地いい。
大きな身体は背後から、私を丸ごと簡単に包み込んでしまう。
「梓って、細くて小さいな……。腕なんか、力加減間違えたら折れそう」
私の首筋に拓巳さんの頬が触れて、腕をなぞりながら言う。
「いくらなんでも、そんなに虚弱じゃないわよ」
お湯を弾く筋張って筋肉質な彼の腕に、そっと手を触れる。
長い脚を私の脚に絡め、耳元で囁くように言った。
「……ねえ、聞いてもいい? どうして泣いてたのか」
一体、なんて答えればいいんだろう。
こうして身体を寄せ合っていると、さっきまでの不安なんて嘘みたいに、どこかに消えてしまうのに。
拓巳さんが優しければ優しいほど、言葉にするのが怖くなる。
でも、黙っているだけじゃ伝わらない。
「……自分でも、どう言ったらいいか分からないけど、……こうやって、拓巳さんと一緒にいられるのが幸せで。……でも、離れてしまったら、また独りに戻るんだって、そう思うと不安で怖くて……」
「……そんなこと思わせてたなんて、ごめんな」
拓巳さんはそう言って、ぎゅっと抱きしめてくれる。
私の濡れた首筋に顔を埋めて、大きく息を吸い込んだ。
背中に触れた彼の胸から、心臓の鼓動がダイレクトに伝わってきた。その規則正しくて力強いリズムが、私の胸の中にあった重い塊のような何かをほどいてくれる。
「俺もずっと一緒にいたい。梓を独りになんかしない。もう冷たいシャワーなんか浴びないで」
「……うん、わかった」
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