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第二章 触れ合うたび深くなる
十五話 ひとつになる前に
「今日は不思議な日だったな。朝、梓が交番まで来てくれたのが、ずっと前のことみたいにも思えるし、あっという間だった気もする」
二人で夕食の後片づけをした後、ソファで寄り添いハーブティーを飲んでいた。
微かに立ち上る湯気を見ながら、拓巳さんが呟くように言った。
まるで、記憶を手繰り寄せるような目で。
「……そうだね。私も、昨夜助けてくれたお巡りさんと、こんな風になるなんて、想像もしなかった」
「俺もだよ。……でも、梓が泣いてるの見た時、本気でどうしようかと思った」
「……困らせちゃって、ごめんなさい。だけど、私はもう平気だから」
証明するように微笑んで見せると、拓巳さんも柔らかに笑った。
「謝らなくていいんだよ。ただ、あの時、色々悪いことばかり考えてしまって。今日のことを後悔してるんじゃないか、俺が何かしてしまったんじゃないか……とか」
最後の言葉が、微かに震えた気がした。
彼の手が私の頭を引き寄せる。そのまま肩にもたれかかり、私は耳元に響く規則正しい鼓動を聞いていた。
「……お風呂でも言ったけど、そんなこと思ってないわ」
頭に触れたままの彼の手が、ゆったり髪を撫でた。
その手は、なにかを確かめているみたいに優しい。
心地よくて、身を任せていた。
しばらく沈黙が落ちたあと、拓巳さんが静かに言った。
「梓、そろそろ……寝る準備、しようか」
狭い洗面台で、拓巳さんと並んで歯を磨く。
順番にすればいいのに、そんな考えは少しも浮かばなかった。
一緒にするのが、まるで当たり前みたいに。
「なんだか、夫婦みたいだね」
すすいだ口元の水滴をタオルで拭きながら、私の口から自然に言葉がこぼれた。
拓巳さんの視線が、少しだけ泳いだ気がした。
シングルサイズの狭いベッドに、二人で入る。
カーディガンを脱いで、タンクトップ一枚になった私を、拓巳さんの視線がじっと射抜く。ナイトブラさえつけていない、薄い布一枚の下にある私の体温を、彼はもう見透かしているみたいで……。恥ずかしくて腕で胸を隠すと、彼は「隠さないで……」と掠れた声で私の手首を掴んだ。
掛け物をめくると、仄かに甘い昼間の名残の匂いがした。
横たわるなり拓巳さんの腕に、肩と腰を引き寄せられる。
私は腕を伸ばして、枕元のサイドテーブルに置いたリモコンを取った。
「……灯り、消すね」
青白い街灯の光が淡く差し込むだけの、真っ暗な部屋。
目はまだ闇に慣れていないのに、なぜか拓巳さんの視線を感じる。
「言葉が足りなくて、不安にさせてごめん。まだ出会って二日だけど、君と離れたくない。梓がそばにいないと……もう、無理……」
「……拓巳さん?」
ごそごそと彼が動く気配がして腰に腕が回って、胸元に熱く湿った呼吸が布越しにかかる。
私の顔にかかる、同じシャンプーの匂いがする髪。
「……梓、俺から離れないで」
くぐもった低い声が、私の胸に響く。
彼が今、求めているのは、きっと身体じゃない。
ただ、離さないでほしいと私に縋りついて、つなぎとめようとするように何度も顔を押し付けてくる。
屈強な身体をした彼が、なりふり構わず甘えてくる。
思わず流されそうになって、ふと冷静になった。
まだ肝心な言葉を、彼の口から聞けていないことに気づいたから――
「……さっきから『離れないで』ばっかり。……それだけじゃわからないよ」
拓巳さんの耳元近くで、わざと温度を下げた声で囁く。
私が本当に欲しかったのは、別の言葉。
ぎゅうっと腰を引き寄せ、抱きしめられて息が詰まりそうになった。
それでも、彼の顔を両手で包んで私の方を向かせる。
「拓巳さん、……私のこと、そんなに欲しいの?」
「……欲しい。欲しいに決まってる。……梓じゃなきゃだめなんだ」
彼の呼吸が乱れて、喉の奥から絞り出すような声が漏れる。
伸ばされた指が、微かに震えながら頬に触れた。
「……好きなんだ、梓が。……一生失いたくないほど、好きなんだ」
足りなかったピースが、やっと心の中に収まった気がした。
拓巳さんの後頭部を引き寄せて、私は深く、深くキスをする。
「ねえ、さっきの言葉は、本当? ……私に言われて仕方なく?」
「……違う。俺の本当の気持ちだから。言わされたからじゃない。
俺は梓が好きだ。だから、もう逃がさない」
そう言うと、拓巳さんは私に覆いかぶさってきた。
彼の大きな手に髪を梳かれ、引き寄せられるままに唇を深く重ねる。
さっきまで、私に縋って甘えていたはずの彼の目は、私を追い詰める獣のような熱を宿していた。
もっと、拓巳さんを感じたい――。
そう言葉にする間もなく、私は吸い寄せられるように、彼の逞しい胸板に自分から腕を回していた。
暗闇の中で彼の重たい呼吸と、追い詰められた獲物のように速くなった私の鼓動が重なり合う。
視界は彼の広い肩と胸板に完全に覆われて、まるで、熱い鉄の檻に閉じ込められているみたいだった。
昼間とは違って、拓巳さんは完全に私を自分のものとして、繋ぎ止めようとしているのを感じた。
手首をつかむ切実で荒々しい力が指先にこもっていて、深くキスをされながら背中がゾクゾクと震えた。タンクトップの裾から滑り込んでくる彼の手のひらが私の肌をなぞるたび、その場所に火傷しそうな熱が走る。
「……梓、いい?」
掠れた低い声が耳元を掠め、熱い唇に耳朶を食まれる。
昼間の残り香が、新たに生まれた熱気で蒸せ返るように濃くなっていく。
私たちはまだひとつになっていなかった。
でも、心だけはもう、とっくに離れられなくなっていた。
二人で夕食の後片づけをした後、ソファで寄り添いハーブティーを飲んでいた。
微かに立ち上る湯気を見ながら、拓巳さんが呟くように言った。
まるで、記憶を手繰り寄せるような目で。
「……そうだね。私も、昨夜助けてくれたお巡りさんと、こんな風になるなんて、想像もしなかった」
「俺もだよ。……でも、梓が泣いてるの見た時、本気でどうしようかと思った」
「……困らせちゃって、ごめんなさい。だけど、私はもう平気だから」
証明するように微笑んで見せると、拓巳さんも柔らかに笑った。
「謝らなくていいんだよ。ただ、あの時、色々悪いことばかり考えてしまって。今日のことを後悔してるんじゃないか、俺が何かしてしまったんじゃないか……とか」
最後の言葉が、微かに震えた気がした。
彼の手が私の頭を引き寄せる。そのまま肩にもたれかかり、私は耳元に響く規則正しい鼓動を聞いていた。
「……お風呂でも言ったけど、そんなこと思ってないわ」
頭に触れたままの彼の手が、ゆったり髪を撫でた。
その手は、なにかを確かめているみたいに優しい。
心地よくて、身を任せていた。
しばらく沈黙が落ちたあと、拓巳さんが静かに言った。
「梓、そろそろ……寝る準備、しようか」
狭い洗面台で、拓巳さんと並んで歯を磨く。
順番にすればいいのに、そんな考えは少しも浮かばなかった。
一緒にするのが、まるで当たり前みたいに。
「なんだか、夫婦みたいだね」
すすいだ口元の水滴をタオルで拭きながら、私の口から自然に言葉がこぼれた。
拓巳さんの視線が、少しだけ泳いだ気がした。
シングルサイズの狭いベッドに、二人で入る。
カーディガンを脱いで、タンクトップ一枚になった私を、拓巳さんの視線がじっと射抜く。ナイトブラさえつけていない、薄い布一枚の下にある私の体温を、彼はもう見透かしているみたいで……。恥ずかしくて腕で胸を隠すと、彼は「隠さないで……」と掠れた声で私の手首を掴んだ。
掛け物をめくると、仄かに甘い昼間の名残の匂いがした。
横たわるなり拓巳さんの腕に、肩と腰を引き寄せられる。
私は腕を伸ばして、枕元のサイドテーブルに置いたリモコンを取った。
「……灯り、消すね」
青白い街灯の光が淡く差し込むだけの、真っ暗な部屋。
目はまだ闇に慣れていないのに、なぜか拓巳さんの視線を感じる。
「言葉が足りなくて、不安にさせてごめん。まだ出会って二日だけど、君と離れたくない。梓がそばにいないと……もう、無理……」
「……拓巳さん?」
ごそごそと彼が動く気配がして腰に腕が回って、胸元に熱く湿った呼吸が布越しにかかる。
私の顔にかかる、同じシャンプーの匂いがする髪。
「……梓、俺から離れないで」
くぐもった低い声が、私の胸に響く。
彼が今、求めているのは、きっと身体じゃない。
ただ、離さないでほしいと私に縋りついて、つなぎとめようとするように何度も顔を押し付けてくる。
屈強な身体をした彼が、なりふり構わず甘えてくる。
思わず流されそうになって、ふと冷静になった。
まだ肝心な言葉を、彼の口から聞けていないことに気づいたから――
「……さっきから『離れないで』ばっかり。……それだけじゃわからないよ」
拓巳さんの耳元近くで、わざと温度を下げた声で囁く。
私が本当に欲しかったのは、別の言葉。
ぎゅうっと腰を引き寄せ、抱きしめられて息が詰まりそうになった。
それでも、彼の顔を両手で包んで私の方を向かせる。
「拓巳さん、……私のこと、そんなに欲しいの?」
「……欲しい。欲しいに決まってる。……梓じゃなきゃだめなんだ」
彼の呼吸が乱れて、喉の奥から絞り出すような声が漏れる。
伸ばされた指が、微かに震えながら頬に触れた。
「……好きなんだ、梓が。……一生失いたくないほど、好きなんだ」
足りなかったピースが、やっと心の中に収まった気がした。
拓巳さんの後頭部を引き寄せて、私は深く、深くキスをする。
「ねえ、さっきの言葉は、本当? ……私に言われて仕方なく?」
「……違う。俺の本当の気持ちだから。言わされたからじゃない。
俺は梓が好きだ。だから、もう逃がさない」
そう言うと、拓巳さんは私に覆いかぶさってきた。
彼の大きな手に髪を梳かれ、引き寄せられるままに唇を深く重ねる。
さっきまで、私に縋って甘えていたはずの彼の目は、私を追い詰める獣のような熱を宿していた。
もっと、拓巳さんを感じたい――。
そう言葉にする間もなく、私は吸い寄せられるように、彼の逞しい胸板に自分から腕を回していた。
暗闇の中で彼の重たい呼吸と、追い詰められた獲物のように速くなった私の鼓動が重なり合う。
視界は彼の広い肩と胸板に完全に覆われて、まるで、熱い鉄の檻に閉じ込められているみたいだった。
昼間とは違って、拓巳さんは完全に私を自分のものとして、繋ぎ止めようとしているのを感じた。
手首をつかむ切実で荒々しい力が指先にこもっていて、深くキスをされながら背中がゾクゾクと震えた。タンクトップの裾から滑り込んでくる彼の手のひらが私の肌をなぞるたび、その場所に火傷しそうな熱が走る。
「……梓、いい?」
掠れた低い声が耳元を掠め、熱い唇に耳朶を食まれる。
昼間の残り香が、新たに生まれた熱気で蒸せ返るように濃くなっていく。
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でも、心だけはもう、とっくに離れられなくなっていた。
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