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第二章 触れ合うたび深くなる
十八話 離れられない男
規則正しい小さな寝息が聞こえる。
視線を落とせば、長いまつ毛を伏せて幸せそうに眠っている梓がいる。
彼女の白くて細い肩にキスして、起こさないようそっと抱き寄せた。
男に襲われかけていた梓を保護した夜。
恐怖に足が竦んでいた彼女の、折れそうなほど華奢な肩に触れた時は、まだ警察官として職務を果たさなければ、という意識の方が強かった。
あの時は、まだ特別な感情は抱いていなかった。
翌朝、事情聴取のために交番まで来た梓を見て、やられてしまった。
視界に入った瞬間、大袈裟じゃなく彼女だけが発光していたんだ。
当直明けの、疲れ目のせいじゃない。
間違いなく、今までに出会ったどんな綺麗な女性よりも輝いていた。
その輝きが強い分、梓が時折見せる影のようなものにも惹きつけられた。
飾り気のないシンプルな服装が、梓の清楚さを余計に際立たせていた。
どこか不安そうな様子に「ああ、この人を護らなければ」と、男としての本能が勝手に働いた。
生まれて初めて経験した、一目ぼれだった。
事情聴取に応じる彼女は、清楚な見た目によらずはきはきとしていて、なるべく時間を引き延ばそうとする、俺の目論見は失敗した。
諦めたくない。絶対にこのままで終わりたくない――
でも、警察官のほうから被害者を誘ったりすれば、処分は免れない。
だが、奇跡が起こった。
梓を見送りに交番の外へ出た時、彼女が言ったんだ。
「……あの。もしお時間があるなら……少し、お茶でも……どうですか? お礼がしたいんです」
俺は小声で「いや、でも……」とかなんとか言いながら、本当は内心大揺れだった。
「……俺はもうすぐ勤務が終わります。……ですので、着替えたら向かいますね」
警察官としての自分を律する内なる声は、見事に全面降伏した。
あの出会いが昨日のことなんて、今でも信じられない。
引っ越してきたばかりだという梓の買い物にいそいそと付いていき、周辺施設を案内し……。
あれは警察官としてはどうなんだろう……でも、弱みに付け込んだわけじゃないしな。
だけど、その間も梓が笑えば胸が高鳴って、黙れば気にかかった。
俺が近づいても逃げないのに、寄りかかってこようとはしない。
それが余計に、俺の胸を締め付けた。
「昼食を作るから」と部屋に誘われたときも、体裁を繕う振りはしたけれど、断れるはずなんてなかった。
こんな関係になるとは、想像もしなかったけれど。
いや、本当は全部分かっていたのかもな。
元カレの話を聞いた時、怒りよりも先に、「俺のものにして、その記憶を全部上書きしてやりたい」という、どろどろとした独占欲が喉元までせり上がった。
何度も求める俺を拒むこともなく、華奢な身体で受け入れて、抱くたびに乱れていった梓。
彼女を抱いていたはずの俺が、いつの間にか彼女に抱きしめられていた。
腕の中で眠る梓の、甘く湿った吐息が俺の胸板を掠める。
誰にも渡したくない。
梓がいないと、俺はもう生きていけない。
俺の中の欲望は満たされるどころか、底なしになってしまった。
救ったつもりでいたけれど、引きずり込まれたのは俺の方だ。
こんな人を、手放せるはずがない。
指先が触れるだけで、また昨夜のように組み敷いて、涙を流して乱れる梓を抱きたくなってしまう。
この渇望が、自分でも怖いくらいだ。
「……梓」
名前を呼ぶと、小さく呻いた彼女のまぶたがゆっくり開いた。
まだぼんやりしている梓に問いかける。
「……おはよう、梓。よく眠れた?」
「ん……。久しぶりに、夜中に一度も目が覚めなかった」
「俺が、疲れさせたから?」
愛情なんて言葉で片づけるには、まだ足りない。
執着と呼ぶには、生ぬるい。
でも、どちらにしても逆らえる気がしない。
……もう、梓の犬でいいから。
そう思った瞬間、自分でも笑ってしまった。
降参も降伏も、こんなに静かに落ちていくもんなんだな。
梓の全部を、貪りつくしてしまいたい。
他の誰にも、指一本触れさせない。
君じゃなきゃ、こんなふうにはならなかった。
梓、俺をこんな男にしたのは……君だけだ。
「……だから、死ぬまで俺だけを見ていて」
そう心に刻んだ日を、俺は忘れない。
ごめん、梓。
護りたいなんて……あれはただの綺麗ごとだ。
本当は、誰より弱い俺が、
梓の全部に――縋りついていたいんだ。
視線を落とせば、長いまつ毛を伏せて幸せそうに眠っている梓がいる。
彼女の白くて細い肩にキスして、起こさないようそっと抱き寄せた。
男に襲われかけていた梓を保護した夜。
恐怖に足が竦んでいた彼女の、折れそうなほど華奢な肩に触れた時は、まだ警察官として職務を果たさなければ、という意識の方が強かった。
あの時は、まだ特別な感情は抱いていなかった。
翌朝、事情聴取のために交番まで来た梓を見て、やられてしまった。
視界に入った瞬間、大袈裟じゃなく彼女だけが発光していたんだ。
当直明けの、疲れ目のせいじゃない。
間違いなく、今までに出会ったどんな綺麗な女性よりも輝いていた。
その輝きが強い分、梓が時折見せる影のようなものにも惹きつけられた。
飾り気のないシンプルな服装が、梓の清楚さを余計に際立たせていた。
どこか不安そうな様子に「ああ、この人を護らなければ」と、男としての本能が勝手に働いた。
生まれて初めて経験した、一目ぼれだった。
事情聴取に応じる彼女は、清楚な見た目によらずはきはきとしていて、なるべく時間を引き延ばそうとする、俺の目論見は失敗した。
諦めたくない。絶対にこのままで終わりたくない――
でも、警察官のほうから被害者を誘ったりすれば、処分は免れない。
だが、奇跡が起こった。
梓を見送りに交番の外へ出た時、彼女が言ったんだ。
「……あの。もしお時間があるなら……少し、お茶でも……どうですか? お礼がしたいんです」
俺は小声で「いや、でも……」とかなんとか言いながら、本当は内心大揺れだった。
「……俺はもうすぐ勤務が終わります。……ですので、着替えたら向かいますね」
警察官としての自分を律する内なる声は、見事に全面降伏した。
あの出会いが昨日のことなんて、今でも信じられない。
引っ越してきたばかりだという梓の買い物にいそいそと付いていき、周辺施設を案内し……。
あれは警察官としてはどうなんだろう……でも、弱みに付け込んだわけじゃないしな。
だけど、その間も梓が笑えば胸が高鳴って、黙れば気にかかった。
俺が近づいても逃げないのに、寄りかかってこようとはしない。
それが余計に、俺の胸を締め付けた。
「昼食を作るから」と部屋に誘われたときも、体裁を繕う振りはしたけれど、断れるはずなんてなかった。
こんな関係になるとは、想像もしなかったけれど。
いや、本当は全部分かっていたのかもな。
元カレの話を聞いた時、怒りよりも先に、「俺のものにして、その記憶を全部上書きしてやりたい」という、どろどろとした独占欲が喉元までせり上がった。
何度も求める俺を拒むこともなく、華奢な身体で受け入れて、抱くたびに乱れていった梓。
彼女を抱いていたはずの俺が、いつの間にか彼女に抱きしめられていた。
腕の中で眠る梓の、甘く湿った吐息が俺の胸板を掠める。
誰にも渡したくない。
梓がいないと、俺はもう生きていけない。
俺の中の欲望は満たされるどころか、底なしになってしまった。
救ったつもりでいたけれど、引きずり込まれたのは俺の方だ。
こんな人を、手放せるはずがない。
指先が触れるだけで、また昨夜のように組み敷いて、涙を流して乱れる梓を抱きたくなってしまう。
この渇望が、自分でも怖いくらいだ。
「……梓」
名前を呼ぶと、小さく呻いた彼女のまぶたがゆっくり開いた。
まだぼんやりしている梓に問いかける。
「……おはよう、梓。よく眠れた?」
「ん……。久しぶりに、夜中に一度も目が覚めなかった」
「俺が、疲れさせたから?」
愛情なんて言葉で片づけるには、まだ足りない。
執着と呼ぶには、生ぬるい。
でも、どちらにしても逆らえる気がしない。
……もう、梓の犬でいいから。
そう思った瞬間、自分でも笑ってしまった。
降参も降伏も、こんなに静かに落ちていくもんなんだな。
梓の全部を、貪りつくしてしまいたい。
他の誰にも、指一本触れさせない。
君じゃなきゃ、こんなふうにはならなかった。
梓、俺をこんな男にしたのは……君だけだ。
「……だから、死ぬまで俺だけを見ていて」
そう心に刻んだ日を、俺は忘れない。
ごめん、梓。
護りたいなんて……あれはただの綺麗ごとだ。
本当は、誰より弱い俺が、
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