36 / 60
第三章 近づく未来、深まる愛
六話 言葉にならない違和感
朝の光はいつもと同じなのに、
どこかほんの少しだけ色が違って見えた。
そんな気がしただけ――なのに。
拓巳さんと一緒に過ごす朝の光は、どうしてこんなに柔らかいんだろう。
カーテンから差し込む穏やかな日差し。
ふと寝返りを打った瞬間、太腿の内側に軋むような違和感が走った。
痛いわけじゃない。
ただ昨夜、彼の大きな手で少し強引に開かれ、何度も深く貫かれた場所が、自分の意志とは無関係に熱い拍動を繰り返している。
……まだ、拓巳さんの熱が残ってるみたい。
寝乱れたパジャマの胸元に、昨夜、彼が強く刻みつけた淡い赤紫の痕を見つけて、私は慌てて襟を直した。
微かに漂うコーヒーの香りに気怠い身体を起こすと、キッチンに立った拓巳さんがコーヒーを淹れていた。
背中を向けて立っている彼の、Tシャツ越しでもわかる広い肩。
あの肩に爪を立て、必死にしがみついていた自分を思い出して、顔が火照る。
ベッドから抜け出して、掛け物を整えていると拓巳さんが振り返った。
「……梓、起きた? 身体は平気か?」
彼は、憎らしいほどすっきりした表情で微笑んでいる。
休日の穏やかさの下に、どこか満足そうな様子が透けて見えた。
「平気か?」なんて心配するくらいなら、あんなに激しくしなくてもいいのに……。
内心、少し恨みがましく思うけれど、求められるのが嬉しいんだから、私もどうしようもない。お互い様だ。
「ううん、平気。……少しだるいだけ」
「……そうか。ごめんな、手加減できなくて」
そう言いながらも、彼は全く反省なんてしていない顔で、私の頭をくしゃりと撫でてから隣に座った。
「簡単で悪いけど、朝飯食べようか」
「ありがと、美味しそう。……それにしても、拓巳さんってほんとにタフだよね」
テーブルに並んだのは、コーヒーと、サラダと、スクランブルエッグ、昨日買ったメロンパン。
コーヒーの苦い香りと、メロンパンの甘い匂いが、まだ寝起きの頭をシャキッとさせた。
「一応、こう見えても鍛えてるからな。若手は特に体力勝負だし。でも、梓もこんな俺についてこれるんだから、華奢なのに結構体力あるよな」
「……確か、前にも言ったことあるけど、バレエやってたからだと思う。レッスンきつかったもん」
「そう言えば、股関節とか、あちこち柔らかいもんな……」
メロンパンを半分に割る彼の長い指を見ているだけで、昨夜、その指が私の肌に触れたことを思い出して、身体の奥がじわりと疼いてしまう。
「……しっかり食えよ。昨夜、体力消耗したんだから」
「……っ、誰のせいだと思ってるの」
パンを一口噛み締め、甘さがふわりと口の中に広がったタイミングで、軽く深呼吸をして切り出した。
「……そうだ、拓巳さん。私、仕事探してたでしょ?」
「ああ、言ってたよな。いいところ見つかったのか?」
本当は、もっと早く言うつもりだった。
でも、彼の体温がすぐそばにある空気の中で、転職の話をするのは、この穏やかな時間を自分から壊すようで、少しだけ怖かった。
「うん、条件に合うところ……見つかったの。まだ受けるって決めたわけじゃないんだけど、拓巳さんにちゃんと相談しておきたくて」
そう言うと、拓巳さんは小さくうなずいた。
逃げ道を塞ぐようでいて、押しつけがましくない。
仕事柄なのかもしれないけれど、受け止め方が本当に上手い人だ。
私はためらいながら、スマホに手を伸ばす。
少し冷たい指先で画面を開いて、求人サイトのページを呼び出す。
何度も見ていた検索結果が、そのまま残っていた。
「……これなんだけど」
「おお、見せて」
スマホを差し出すと、拓巳さんが身体を少し近づけて画面をのぞき込む。その距離が妙にくすぐったい。
求人タイトルには、「セリザワ・エステート/総務アシスタント募集」
と書かれている。
「地元の不動産会社みたいなんだけど、知ってる? 事務で、土日祝休み、未経験でも応募できるって。今の私でも、背伸びしなくてもいけそうだなと思って」
できるだけ落ち着いた声で言ったつもりなのに、なぜか鼓動が勝手に速くなってしまう。
「……セリザワ・エステート?」
名前を読み上げた拓巳さんの声が、一瞬だけ途切れた。
ほんのわずか、訝しげに眉が寄る。
「知ってる会社?」
「いや……わからない。ただ、なんか……聞いたことある気がしてな」
拓巳さんは画面から目を離さずに、求人内容・勤務地・給与・勤務時間を順に確認している。
その横顔は、いつもの彼と変わらない。
表情に出さずに、重要事項を先に押さえる癖がすぐ出る。
「……うーん」
彼が短くそう言った。これが、良いのか悪いのか分からない。
その曖昧さが、胸の奥に小さな不安を落としていく。
「何か気になるところ、ある?」
自分で口にしておきながら、喉の奥がきゅっと縮まる感覚がする。
拓巳さんは画面をもう一度スクロールして、募集要項の末尾にある
「専務取締役・芹沢 陸(採用担当)」の名前で指を止める。
ほんの一秒だけ、彼のまばたきの間隔が止まったように見えた。
「……専務?」
小さくつぶやいた声は、いつもより低い気がした。
一瞬、空気がわずかに変わった。
まだ何も起きていないのに、胸の内側がぞわっと波立つ。
「……どうかした?」
「いや、大したことじゃないよ」
さっき、少しだけ拓巳さんの様子が変だったような……そう思ったけど、すぐにいつもの優しい顔に戻ったから、それ以上は聞かなかった。
「うん……。“セリザワ”って会社名だから、身内の人なのかな……って。
でも、普通の求人だと思う。たぶん」
言いながら、自分でも明確な理由のない不安が喉に残るのを感じた。
拓巳さんはスマホをそっと返しながら、静かに言った。
「……梓が気になるなら、受けてみてもいいと思う。でも、面接に行く前に一つだけ。会社や担当者の雰囲気とか、違和感があれば、絶対俺に言えよ」
拓巳さんの言葉に背中を押されて、私は新しい一歩を踏み出すことを決めた。
――その先に、あんな嵐が待ち構えているとも知らずに。
どこかほんの少しだけ色が違って見えた。
そんな気がしただけ――なのに。
拓巳さんと一緒に過ごす朝の光は、どうしてこんなに柔らかいんだろう。
カーテンから差し込む穏やかな日差し。
ふと寝返りを打った瞬間、太腿の内側に軋むような違和感が走った。
痛いわけじゃない。
ただ昨夜、彼の大きな手で少し強引に開かれ、何度も深く貫かれた場所が、自分の意志とは無関係に熱い拍動を繰り返している。
……まだ、拓巳さんの熱が残ってるみたい。
寝乱れたパジャマの胸元に、昨夜、彼が強く刻みつけた淡い赤紫の痕を見つけて、私は慌てて襟を直した。
微かに漂うコーヒーの香りに気怠い身体を起こすと、キッチンに立った拓巳さんがコーヒーを淹れていた。
背中を向けて立っている彼の、Tシャツ越しでもわかる広い肩。
あの肩に爪を立て、必死にしがみついていた自分を思い出して、顔が火照る。
ベッドから抜け出して、掛け物を整えていると拓巳さんが振り返った。
「……梓、起きた? 身体は平気か?」
彼は、憎らしいほどすっきりした表情で微笑んでいる。
休日の穏やかさの下に、どこか満足そうな様子が透けて見えた。
「平気か?」なんて心配するくらいなら、あんなに激しくしなくてもいいのに……。
内心、少し恨みがましく思うけれど、求められるのが嬉しいんだから、私もどうしようもない。お互い様だ。
「ううん、平気。……少しだるいだけ」
「……そうか。ごめんな、手加減できなくて」
そう言いながらも、彼は全く反省なんてしていない顔で、私の頭をくしゃりと撫でてから隣に座った。
「簡単で悪いけど、朝飯食べようか」
「ありがと、美味しそう。……それにしても、拓巳さんってほんとにタフだよね」
テーブルに並んだのは、コーヒーと、サラダと、スクランブルエッグ、昨日買ったメロンパン。
コーヒーの苦い香りと、メロンパンの甘い匂いが、まだ寝起きの頭をシャキッとさせた。
「一応、こう見えても鍛えてるからな。若手は特に体力勝負だし。でも、梓もこんな俺についてこれるんだから、華奢なのに結構体力あるよな」
「……確か、前にも言ったことあるけど、バレエやってたからだと思う。レッスンきつかったもん」
「そう言えば、股関節とか、あちこち柔らかいもんな……」
メロンパンを半分に割る彼の長い指を見ているだけで、昨夜、その指が私の肌に触れたことを思い出して、身体の奥がじわりと疼いてしまう。
「……しっかり食えよ。昨夜、体力消耗したんだから」
「……っ、誰のせいだと思ってるの」
パンを一口噛み締め、甘さがふわりと口の中に広がったタイミングで、軽く深呼吸をして切り出した。
「……そうだ、拓巳さん。私、仕事探してたでしょ?」
「ああ、言ってたよな。いいところ見つかったのか?」
本当は、もっと早く言うつもりだった。
でも、彼の体温がすぐそばにある空気の中で、転職の話をするのは、この穏やかな時間を自分から壊すようで、少しだけ怖かった。
「うん、条件に合うところ……見つかったの。まだ受けるって決めたわけじゃないんだけど、拓巳さんにちゃんと相談しておきたくて」
そう言うと、拓巳さんは小さくうなずいた。
逃げ道を塞ぐようでいて、押しつけがましくない。
仕事柄なのかもしれないけれど、受け止め方が本当に上手い人だ。
私はためらいながら、スマホに手を伸ばす。
少し冷たい指先で画面を開いて、求人サイトのページを呼び出す。
何度も見ていた検索結果が、そのまま残っていた。
「……これなんだけど」
「おお、見せて」
スマホを差し出すと、拓巳さんが身体を少し近づけて画面をのぞき込む。その距離が妙にくすぐったい。
求人タイトルには、「セリザワ・エステート/総務アシスタント募集」
と書かれている。
「地元の不動産会社みたいなんだけど、知ってる? 事務で、土日祝休み、未経験でも応募できるって。今の私でも、背伸びしなくてもいけそうだなと思って」
できるだけ落ち着いた声で言ったつもりなのに、なぜか鼓動が勝手に速くなってしまう。
「……セリザワ・エステート?」
名前を読み上げた拓巳さんの声が、一瞬だけ途切れた。
ほんのわずか、訝しげに眉が寄る。
「知ってる会社?」
「いや……わからない。ただ、なんか……聞いたことある気がしてな」
拓巳さんは画面から目を離さずに、求人内容・勤務地・給与・勤務時間を順に確認している。
その横顔は、いつもの彼と変わらない。
表情に出さずに、重要事項を先に押さえる癖がすぐ出る。
「……うーん」
彼が短くそう言った。これが、良いのか悪いのか分からない。
その曖昧さが、胸の奥に小さな不安を落としていく。
「何か気になるところ、ある?」
自分で口にしておきながら、喉の奥がきゅっと縮まる感覚がする。
拓巳さんは画面をもう一度スクロールして、募集要項の末尾にある
「専務取締役・芹沢 陸(採用担当)」の名前で指を止める。
ほんの一秒だけ、彼のまばたきの間隔が止まったように見えた。
「……専務?」
小さくつぶやいた声は、いつもより低い気がした。
一瞬、空気がわずかに変わった。
まだ何も起きていないのに、胸の内側がぞわっと波立つ。
「……どうかした?」
「いや、大したことじゃないよ」
さっき、少しだけ拓巳さんの様子が変だったような……そう思ったけど、すぐにいつもの優しい顔に戻ったから、それ以上は聞かなかった。
「うん……。“セリザワ”って会社名だから、身内の人なのかな……って。
でも、普通の求人だと思う。たぶん」
言いながら、自分でも明確な理由のない不安が喉に残るのを感じた。
拓巳さんはスマホをそっと返しながら、静かに言った。
「……梓が気になるなら、受けてみてもいいと思う。でも、面接に行く前に一つだけ。会社や担当者の雰囲気とか、違和感があれば、絶対俺に言えよ」
拓巳さんの言葉に背中を押されて、私は新しい一歩を踏み出すことを決めた。
――その先に、あんな嵐が待ち構えているとも知らずに。
あなたにおすすめの小説
俺様上司に今宵も激しく求められる。
藤白ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
謎多きお見合い相手は、秘めた愛を彼女に注ぐ
玖羽 望月
恋愛
老舗医療機器メーカーのマーケティング・企画部で働く石田琴葉【いしだことは】(28)は、仕事一筋で生きてきた。
学生時代に恋愛で痛手を負った琴葉は、それから勉強と仕事を最優先に生きてきた。
ある日琴葉は、祖母にお見合いを勧められ、「会うだけなら」と渋々お見合いに臨んだ。
そこに現れたのは眉目秀麗という言葉が似合う榛名智臣【はるなともおみ】(33)だった。
智臣は琴葉の仕事や業界に精通していて、思いの外話しは弾む。ただ自身のことは多くを語らず、会話の端々に謎を残してお見合いは終わった。
その後何も連絡はなく、気になりながらも目の前の仕事に全力を尽くす琴葉。
やがて迎えた、上層部の集う重要会議。
緊張感の中、突如発表されたのはマーケティング・企画部長の異動と、新たな部長の着任だった。
そこに現れた新部長は――
第19回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました。ありがとうございます。
今後は不定期更新の予定です。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
密室に二人閉じ込められたら?
水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?
鬼上官と、深夜のオフィス
99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」
間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。
けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……?
「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」
鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。
※性的な事柄をモチーフとしていますが
その描写は薄いです。