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第三章 近づく未来、深まる愛
十四話 揺らぎの正体
「……あの専務が、話に入ってきた瞬間からおかしくなったの。若そうな男性だった」
声に出した途端、違和感と共に沈んでいたざらつきの輪郭が浮かび上がってくる。
「普通の面接って大体、人事部の人が進行して、質問も仕事のことが中心でしょ?」
拓巳さんは、私に手を重ねたまま小さく頷いた。
「でも、人事の人が普通に進めようとしてくれたのに、専務が話を遮って人事の人が口を挟む隙もなさそうで。急に場の主導権みたいなものを、全部横取りした感じ」
あの時の澱んだような空気の重さ、人事の女性の気まずそうな表情は、今でもすぐに思い出せる。
「……それから、専務がしてきたのは、面接の質問じゃなかったの」
溜まっていた嫌悪感を細切れに吐き出すように、小さく息をしながら続けた。
「履歴書に目を通しながら、通勤手段とか一応仕事の話をしてるような振りだけ。あとは全部、私の個人情報ばかり引き出そうとして。職務経験なんてどうでもよくて、私生活はどうだとか……」
言葉にしてみると、あの専務が発していた雰囲気や、得体の知れない気味の悪さがはっきりしてくる。
「それに……」
ほんの少し、間をおいて記憶の整理をする。
「人事の人は女性でね、何度か止めようとしてくれてたの。でも、そのたびに睨まれて黙るしかないって感じだった」
ひりつくような、あの瞬間の空気は、忘れたくても忘れられない。
「応接室の中で、私とその専務だけになったみたいだった。周りに誰がいようと関係なさそうな……」
表情を動かさずに私の話を黙って聞いていた拓巳さんの目が、わずかに細められる。
怒っているわけじゃなく、記憶を辿りながら何かを思案しているような目。
それを私が見ているのに気づいたのか、拓巳さんは我に返ったように言った。
「……ごめん、続けて」
その声が、不思議と心の奥にすとんと落ちてほっとする。
「面接中ずっと、私の返事よりも、反応を見られてる感じだった。質疑応答をしてるんじゃなくて……一方的に観察されてるって言った方が近いような」
あの専務の粘つくような視線。
思い出して、背中が冷たくなった。
「面接官って、相手をそんなふうに見ないよね? 会社に貢献できる人材を見分けるなら、もっと違った視線になるはずで……でもあの人は、全然違ってたの」
話していくうち、自分でも気づいていなかった違和感が形になっていく。あれは異常だったんだと、確信に変わっていく。
拓巳さんが、静かに息を吸って言った。
「その専務って、芹沢……陸、だったよな?」
「苗字しか名乗らなかったけど……求人サイトで見た担当者は、『専務取締役:芹沢陸』になってたから、その人で合ってると思う」
名前を出した瞬間、空気が一段深く沈んだ気がする。
拓巳さんの表情が、一瞬だけ硬くなった。
本当に一瞬だけ。でも確実に。
セリザワ・エステートの求人に、応募する相談をした時以来だった。
私の前では、滅多に見せない表情。
「……そういう人間は、たまにいる」
低くて、落ち着いた拓巳さんの声。
「会社で権力があるのをいいことに、仕事と私情を混ぜて人を『品定め』してくるような奴は、現場にいても時々見るよ」
少し遠くを見るような視線だった。
「梓が、おかしいとか気持ち悪いって感じたのは正しいよ。むしろ、よくそんな中で、冷静に観察してたなって思う」
和らいだ彼の言葉に、胸の奥にあったこわばりがふっと緩む。
「だから……続き、聞かせて」
いつもの優しい声だった。
でも、その声には、確かな警戒があった。
「梓が感じた違和感の正体を、俺もちゃんと掴んでおきたい」
拓巳さんの言葉は、あまりにも自然で。
だけど、静かで強い決意が潜んでいるのを、私は確かに感じた。
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