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第一章 聖者降臨
〇一五 俺から離れるな
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旅はその後数日間も何の問題もなく順調に進み、隊商は獣人領の主都近郊にある森の入口まで差し掛かっていた。
この森を抜ければ隊商の目的地である獣人領の首都だ。
森は一気に抜けたいので手前の泉で入念に準備をするため休憩を少し長めの取るらしい。
俺は国とか地方自治体とか個人が管理してる謂わば「公式の森」的なところなら入ったことあるけど、異世界のこういう「野生の森」っぽいものなんて入ったことないからワクテカしているとエミューに跨ったルッツが話しかけてきた。
「ナナセ、来いよ。エミューの乗り方を教えてやろう」
この日のルッツは背中に弓を背負ったままエミューに乗っていて、流鏑馬でもやるのかというスタイルだ。
ルッツは初日の夜のあのホモセックスのお誘いから一夜明けると何事もなかったかのようにまたグイグイ口説いてきて今日に至る。
最初にお断りしたときはあれだけ動揺していたのに、それでも諦めないポジティブさは見習いたい。
俺もいい加減、躱すのも慣れてきて自分で言うのもなんだがすっかり堂に入ったものでそろそろいぶし銀の貫禄さえあると思う。
とはいえ、俺もエミューには乗れるようになりたかったので今回の申し出は有難く受けることにして、鞍の上に引っ張り上げて貰ってルッツの前に跨った。
馬と違ってエミューは胴が短く二本足なので馬のような安定感はない。
「うわっ、意外と不安定!」
「落ちないように支えていてやるから手綱を持ってみろ」
「ああ」
手綱を受け取ると、ルッツの腕がちょっと物申したい感じで俺の腹に回されたが、この状況では致し方ない部分もあるので、目を眇めてルッツを肩越しにじろりと睨んで牽制するだけに留める。
けれどそれは逆効果だったようで、ルッツはなんだか喜んでいた。
「扱いは大体馬と一緒だが二本足だから側対歩だの斜対歩だの考えなくていい分操縦は簡単だ。走行中の安定感は馬には敵わないが、驚いたり急停止したりしても竿立ちにならないから扱い易い」
「なるほどな。二本足と四本足とで随分違うんだな」
「そうだな。エミューは飛べないが一応鳥だから身体も軽いし体高も馬より低いから、落鳥して踏まれたり倒れ込んで来られたとしても大怪我を負い難いというメリットもある」
「なんだかいいとこ尽くしじゃないか。王侯貴族もみんなエミューに乗ればいいのにな」
「そうだな……その通りだ」
「ルッツ?」
急に声のトーンが落ちた気がして振り返ると、ルッツは慌てて誤魔化すように前方の森を指さした。
「ナナセ、このまま森へ入ってみろ」
「俺たちだけで勝手に森に入って大丈夫なのか?」
「すぐそこに水晶の鉱脈があるんだ。森の中に突然水晶が生えてるんだ。ちょっとしたものだぞ。見たくはないか?」
「!? それは是非とも見たい」
なんぞそれ!?
それって森の中に六角柱の結晶がニョキニョキ生えてるってことだよな!?
水晶の鉱脈って普通は高温多湿の洞窟みたいなとこでしか見られないのに!
俺の中二脳が唸っちゃう!
「どうせこの森を抜けるんだし街道から外れなければ置いて行かれることはない。心配しなくとも、いざというときのために弓も持ってきている」
それでその流鏑馬スタイルなわけね。
ルッツの弓の腕前がいかほどのものかは知らないが、俺のほうは戦闘能力皆無なので、何か出てきたらルッツを盾にしよう。
その代わり、怪我しても治癒してやるから安心してくれ。
まあ森の中でも街道沿いは野生動物も滅多に魔物も出ることはないそうで、俺は手綱を握り直し、いざ森へとエミューを進める。
「止まれ、ナナセ」
森に入って少し行ったところで不意に何かに反応したルッツが押し殺した声で言いながら突然俺の手から手綱を奪う。
「な、なに……?」
「しっ、静かに。音を立てるな。……何かいる」
何かって野生動物かまさか魔物!?
異世界で第一魔物と遭遇か?
オラちょっとワクワクしてきたぞ!
「俺から離れるな」
この辺りはまだ森の入口周辺なので低木が多く視界を遮られる。
俺は言われるままにエミューから降りてルッツの後ろを歩く。
と、不意にルッツが立ち止まった。
「ルッツ?」
不審そうに近寄る俺にルッツは人差し指を口に当て「静かに」とジェスチャーで伝えてくる。
俺はお口にチャックのジェスチャーを返して頷いた。
この世界ではまだチャックは見たことがないからジェスチャーが通じたかどうかわからないが、音を立てないようにそろりとルッツの背中越しに前方を窺う。
刹那、俺は息を呑んだ。
この森を抜ければ隊商の目的地である獣人領の首都だ。
森は一気に抜けたいので手前の泉で入念に準備をするため休憩を少し長めの取るらしい。
俺は国とか地方自治体とか個人が管理してる謂わば「公式の森」的なところなら入ったことあるけど、異世界のこういう「野生の森」っぽいものなんて入ったことないからワクテカしているとエミューに跨ったルッツが話しかけてきた。
「ナナセ、来いよ。エミューの乗り方を教えてやろう」
この日のルッツは背中に弓を背負ったままエミューに乗っていて、流鏑馬でもやるのかというスタイルだ。
ルッツは初日の夜のあのホモセックスのお誘いから一夜明けると何事もなかったかのようにまたグイグイ口説いてきて今日に至る。
最初にお断りしたときはあれだけ動揺していたのに、それでも諦めないポジティブさは見習いたい。
俺もいい加減、躱すのも慣れてきて自分で言うのもなんだがすっかり堂に入ったものでそろそろいぶし銀の貫禄さえあると思う。
とはいえ、俺もエミューには乗れるようになりたかったので今回の申し出は有難く受けることにして、鞍の上に引っ張り上げて貰ってルッツの前に跨った。
馬と違ってエミューは胴が短く二本足なので馬のような安定感はない。
「うわっ、意外と不安定!」
「落ちないように支えていてやるから手綱を持ってみろ」
「ああ」
手綱を受け取ると、ルッツの腕がちょっと物申したい感じで俺の腹に回されたが、この状況では致し方ない部分もあるので、目を眇めてルッツを肩越しにじろりと睨んで牽制するだけに留める。
けれどそれは逆効果だったようで、ルッツはなんだか喜んでいた。
「扱いは大体馬と一緒だが二本足だから側対歩だの斜対歩だの考えなくていい分操縦は簡単だ。走行中の安定感は馬には敵わないが、驚いたり急停止したりしても竿立ちにならないから扱い易い」
「なるほどな。二本足と四本足とで随分違うんだな」
「そうだな。エミューは飛べないが一応鳥だから身体も軽いし体高も馬より低いから、落鳥して踏まれたり倒れ込んで来られたとしても大怪我を負い難いというメリットもある」
「なんだかいいとこ尽くしじゃないか。王侯貴族もみんなエミューに乗ればいいのにな」
「そうだな……その通りだ」
「ルッツ?」
急に声のトーンが落ちた気がして振り返ると、ルッツは慌てて誤魔化すように前方の森を指さした。
「ナナセ、このまま森へ入ってみろ」
「俺たちだけで勝手に森に入って大丈夫なのか?」
「すぐそこに水晶の鉱脈があるんだ。森の中に突然水晶が生えてるんだ。ちょっとしたものだぞ。見たくはないか?」
「!? それは是非とも見たい」
なんぞそれ!?
それって森の中に六角柱の結晶がニョキニョキ生えてるってことだよな!?
水晶の鉱脈って普通は高温多湿の洞窟みたいなとこでしか見られないのに!
俺の中二脳が唸っちゃう!
「どうせこの森を抜けるんだし街道から外れなければ置いて行かれることはない。心配しなくとも、いざというときのために弓も持ってきている」
それでその流鏑馬スタイルなわけね。
ルッツの弓の腕前がいかほどのものかは知らないが、俺のほうは戦闘能力皆無なので、何か出てきたらルッツを盾にしよう。
その代わり、怪我しても治癒してやるから安心してくれ。
まあ森の中でも街道沿いは野生動物も滅多に魔物も出ることはないそうで、俺は手綱を握り直し、いざ森へとエミューを進める。
「止まれ、ナナセ」
森に入って少し行ったところで不意に何かに反応したルッツが押し殺した声で言いながら突然俺の手から手綱を奪う。
「な、なに……?」
「しっ、静かに。音を立てるな。……何かいる」
何かって野生動物かまさか魔物!?
異世界で第一魔物と遭遇か?
オラちょっとワクワクしてきたぞ!
「俺から離れるな」
この辺りはまだ森の入口周辺なので低木が多く視界を遮られる。
俺は言われるままにエミューから降りてルッツの後ろを歩く。
と、不意にルッツが立ち止まった。
「ルッツ?」
不審そうに近寄る俺にルッツは人差し指を口に当て「静かに」とジェスチャーで伝えてくる。
俺はお口にチャックのジェスチャーを返して頷いた。
この世界ではまだチャックは見たことがないからジェスチャーが通じたかどうかわからないが、音を立てないようにそろりとルッツの背中越しに前方を窺う。
刹那、俺は息を呑んだ。
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