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日常に追加された
九、
しおりを挟む良いにおいがして、目が覚めた。
「あ、おはよー!」
「……おはよ」
台所スペースに立つケリーの姿に呆然とし、なんとか返事をする。
(出ていってなかった……。)
「このアパート、コンロがIHで良かったー!暑いの苦手だから火だと辛いんだよね。あ、冷蔵庫にあった卵とか野菜使ったけど大丈夫だった?」
「……大丈夫」
「ありがと!今日買い物行ってまた補充しとくね」
言いたいことは山程あるのだが、いかんせん寝起きで頭がまわらず(朝から元気だなぁ)と的外れなことを考えていた。とりあえず、しっかり目を覚そうと立ち上がる。
「歯磨く」
「はーい」
ケリーの背後を通り、浴室と一緒になっている洗面台に行き、歯を磨いていると徐々に頭が覚醒してきた。
(倒れていた男は吸血鬼で、ケリーって名前で、血を吸われて、カップ麺を食べさせて、色々と話して、本来の姿見せてもらって、また血吸われて、眠った。うん、全部覚えてる。)
そして、あろうことかまだアパートにいて料理を作っている。
頭が覚醒しても疑問が残る現状に戸惑いはしたが、結局考えても仕方ないかと思考を放棄した。
歯磨きを終えて着替えていると、ケリーがローテーブルに作った物を並べ始める。コンソメスープに目玉焼き、トースト、ほうれん草とベーコンのソテーという洋食の朝食だった。普段はせいぜいトースト一枚をかじるくらいで、品数の多い朝食に驚くが昨夜何も食べていなかったこともあり、美味しそうな見た目と香りで食欲がわく。
「よし、食べようか!苦手なものあったら貰うから無理に食べないでね」
「……うん」
それぞれが昨日座っていた場所に座り、「いただきます」と手を合わせる。湯気のたつ、温かいスープに口をつける。
(美味しい。)
じんわりと、胃の中が温まっていくのを感じる。
吸血鬼の作ったものが人間の口に合うのだろうかと少しだけ心配していたのだが、その心配は不要だった。人参と玉ねぎが入ったコンソメスープはよくある味で、だけど優しくて美味しかった。
(誰かが作ってくれるごはんなんて、いつ以来だろう。)
ケリーが作ってくれた料理はどれも美味しくて、つい箸が進んだ。殆ど食べ終えた所でふと視線を感じて顔をあげると、ごはんを食べ終えてニコニコと笑うケリーと目が合った。
「なに?」
「ん?しっかり食べてくれて良かったなって。口に合った?」
「うん、美味しい」
「ありがとう!」
(お礼を言うのはこっちだと思うんだけど。)
そう思いながら、残りの料理を食べ終えた。
朝ごはんを食べ終え、使った皿を重ねて気になっていたことを聞く。
「出て行くと思ってた。」
「やっぱり?」
俺の言葉にケリーは少し苦笑した。
「勝手に泊まってごめんよ。でも昨日話した通り満月の夜しか帰れないんだよね。よかったら暫くの間居候させてくれない?」
「ああ……そんなこと言ってたな」
昨夜色々と話していたせいですっかり頭から抜け落ちていた。確かに、今出て行っても血が吸えなくてまた倒れるかもしれないし、吸血鬼だって知られている俺の近くにいた方がケリーにとって都合がいいのだろう。
「別にいいけど」
断るのが面倒くさくてすぐに了承する。
「助かる、マジでありがとう!お世話になっている間は家事手伝うし、必要だったら家賃も払うから」
「家事はありがたいけど、金無いんだろ」
「昨夜のうちにテテに換金しに行ってもらったんだ。テテだと満月じゃなくても帰れるから」
「テテまじで賢いんだな」
伝書鳩みたいだと、ケリーの傍で毛繕いをしているテテを見ると、挨拶をするように「ぴゃー!」と鳴かれる。
「おはよ、テテ」
声をかけると、タタタと軽い足音で駆けてきて膝の上にピョコンと乗った。人差し指で撫でながらケリーに視線を向けると、優しく微笑んでいて不思議に思ったが、テテが可愛いのだろうと合点がいき、何も言わなかった。
(そういえば今何時だ?)
やけにゆっくり過ごしていたが、もういい時間じゃないだろうかとスマホの画面で確認する。予想通り、普段家を出る七時四十分と表示された。アラームをつけていなかったが、ケリーの料理のにおいでいつもの時間に起きることができて心の中で感謝する。
「学校行ってくる。朝ごはんごちそうさま」
「おう!」
俺が立ち上がるとケリーも立ち上がるので、不思議に思う。
「ケリーも出かけんの?」
「いや、俺は見送り。あとこれ作ったから昼に食べて」
「はい!」と手渡されたそれに目を見張る。
「弁当、作ったのか?」
「うん!お世話になってる間は家事手伝うって言ったでしょ」
「別にいいのに。俺普段コンビニのパンとかだし」
「それなら尚更!いる間だけでも甘えなさい!」
「甘える……」
"甘える"って?と少し考えたが、今の一人暮らしさせてもらってる状況も十分甘えている。別に今以上に甘やかされる必要なんてない。
だが、ケリーから与えられる情はなんだか心地よい。だから素直に享受することにした。
「じゃあ、まあ……行ってきます」
靴を履いて振り返ると、すぐ近くにケリーの手があった。驚く間もなく、その手は頭に置かれた。
「行ってらっしゃい!気をつけて」
頭をくしゃくしゃと撫でられ、整えた髪が崩れる。また直さなきゃいけないじゃないかと思ったが、まあいいいかと何も言わなかった。
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