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4週間後
我は竜である。コレクションを眺め、日に三度食事をし、朝と夜には必ず風呂に浸かることを日課としている。
古代竜としては少々変わった趣向だが、食事や風呂の誘惑には勝てぬのだから仕方ない。
それにエル―――あの騎士のことを、我はそのように呼ぶようになっていた。精霊がそのように呼ぶので移ってしまったのだ。精霊は数が多い分、その声も耳に残りやすいのだろう―――が時折我の身体を洗ってくれるのは、なかなか心地よいのだ。
「今日はこれをつけるがいい」
「今日も多いな……」
トパーズのブレスレットにシトリンのブローチ、琥珀のイヤリング。それから大粒のイエローダイヤモンドをあしらった髪飾り。
今までは瞳の色に合わせて青や緑の宝石を使った装飾品ばかり身につけさせていたが、たまには趣向を変えて暖色の宝石を身につけさせることにした。
似合わなければ取り替えればよいのだ。もっとも、エルに限ってはそのようなことはあり得ぬが。
それらを渡すと、エルは慣れた手つきで身につけていった。我が乗せてもよいのだが、エルに渡せば勝手に正しい位置に身につけるので楽なのだ。
濃い金色の髪と白い肌が、黄金に輝く宝石や装飾品に飾られていく様はやはりとても美しかった。
我の審美眼に狂いはないのだから、それは当然なのだが。
風呂には先ほど浸かったので、後は昼の食事の時間になるまでエルやコレクションを鑑賞するとしよう。
今日渡した装飾品は光を反射するカットのものばかり選んだので、身動きする度に辺りを漂う精霊や水晶の光に照らされてきらきらと輝くはずだ。
「古代竜よ」
いつものように洞窟内を探検するのかと思いきや、エルは我の足下の小さな石に腰掛けてこちらを見上げた。
少しでもエルの声を聞き取りやすくするため、手足を折りたたんでその場に身体を寝かせる。
こうすると、エルの喉がさほど痛まずにすむのだ。
あまり大きな声を出すと人間の喉は簡単に痛んで声を出せなくなってしまうと気がついたのは、エルをコレクションに加えて一週間後のことだった。
以来、話をする時にはなるべく距離を近くするように心がけている。
直接言葉を交わせずとも精霊がいるので意思疎通には困らぬが、人間はちょっとしたことで簡単に命を落とす。
動いて話して料理も出来るコレクションなどまずない。出来る限り、長持ちさせたかった。
「どうした、エル」
「前々から思っていたんだが、貴殿に名前はないのか?」
「うむ。我は古代竜であるからな」
古代竜は元来数が少ない。長い時を生きてきた我も自分以外の古代竜と直接会ったことがない故、この時代には我以外の古代竜はいないのかもしれぬ。
他種族と違って、古代竜は子孫を残すのに番を必要としない。そもそも、古代竜には性別すらない。
その時が来れば卵を産み、その卵から子供が孵って育つのだ。
いつがその時なのか、いくつ卵を産むのかは個体によって異なる。
死の直前にたった一つ卵を産んだ者もいれば、定期的にいくつもの卵を産んだ者もいると、我の中の記憶にはあった。
我は未だ卵を産んだことがない故、恐らく前者なのではないかと思っているが……案外、明日にはあっさりと卵を一つ産んでいるかもしれぬ。
我を生んだ古代竜は我の前に卵を産んではいなかったし、ひどく衰弱していた。
故に、別の個体が卵を産んでいない限り、この時代には我しか古代竜はおらぬのだろう。
名前とは個体を区別するためのもの。古代竜と言えば我以外におらぬのだから、名前など必要ない。
「そうか……いや、いつまでも古代竜や貴殿と呼ぶのは違和感があるから、名前があるなら教えて貰おうと思ったんだ。
でも、もともとないのなら仕方ないな」
そう言って、エルが苦笑いした。
違和感があるというのは我にはよく分からぬ感覚だが、人間が名前を重視する生き物だということはこれまでの経験から知っている。
我に挑みに来た無謀な人間達の多くは「我が名は勇者××」だの「××の名にかけて」だの、何かと名を重視していたからな。
一息で葬り去ったあの人間達がどのような名前だったかはとうに忘れてしまったが、強大な古代竜である我を前にしてまで名前を宣言したのだ。
そのような暇があればさっさと挑みに来ればよいと当時は思っておったものだが、今思うとそれ程大切なものだったということなのだろう。
「名前がないと不便か?」
「不便……といえば、不便だな。主に俺が」
「ならば、好きなように呼ぶがよい」
「いいのか?」
「意味も価値も分からぬだけで、名前自体を忌諱しているわけではない。
そしてそれは食事や風呂も同じこと。しかし、そなたから教わったその二つは今やすっかり欠かせぬ日課となった。
名前も、そなたがつけたものであれば何らかの意味や価値が見いだせるやもしれぬ」
「責任重大だな……」
我の言葉を伝え聞いて、エルが眉をひそめた。
蒼い目が真剣に我を眺めている様は、普段とは全く逆だ。
鑑賞されるというのは、このような気分なのだな。うむ、悪くない。
どのくらい経っただろう。
辺りを楽しげに飛び回る精霊の輝きを反射するティアラやブローチ、エルの髪のきらめきを眺めていると、ふとエルが顔を上げた。
濃い蒼の瞳が自信に満ちているように感じられるのは、我の気のせいではなかろう。
エルをコレクションに入れて一月以上経つ。
その口調が以前よりも少々砕けたものになったのと同様に、我もエルの表情の見分けがつくようになってきたのだ。
あまりに小さな顔ゆえ、表情を見る時には目を凝らす必要があるが。
「決まったのか?」
口を開く前に訪ねると、エルは少し驚いた様子で「よく分かったな」と頷いた。
我は偉大なる古代竜。観察眼にも長けているのだ。
「グラナトム……というのはどうだろう。
古代竜の言語で、ガーネットの意味だと精霊から聞いたんだが」
「ふむ……それはもしや、グラーナートゥムのことか?」
拙い発音の言葉に聞き返すと、エルは「どこか違うか?」と首を傾げた。
古代竜が人間の言語を話せぬのと同様に、人間も古代竜の言語を話せるようには出来ておらぬゆえ、発音はこれが限界なのだろう。
それでも必死に我の言葉を覚えて名前に使用したのだと思うと……うまい言葉が見つからぬが、胸が熱くなったような気がした。
「そうか……うむ。では、我のことはグラナトムと呼ぶがよい。
しかし、いつの間に学んだのだ?」
「貴殿……グラナトムが眠っている間だ。
精霊に単語を一つずつ教わって、昼間話している時も出来るだけ精霊に頼らずにグラナトムが話していることを理解出来るように努めた。
あまり長い文章はまだよく分からないが……短い言葉ならたぶん、理解出来ると思う。ちょうど、今みたいに」
エルの言葉でようやく気がついたが、言われてみれば精霊達が静かだ。
先ほど名前について説明した時は我の言葉を伝える声が多少したが、それ以外はエルをコレクションに加える前のように気ままに話す声しか聞いておらぬ。
ということは、今までエルは殆ど自分で我の言葉を理解して会話していたのか。
たった一月と少ししか共におらぬというのに、人間とはずいぶん吸収の早い種族だ。
「ところで、何故グラナトムなのだ?」
「目が赤くて、宝石が好きだからだ。グラナトムの目はルビーというには深い色だったから、こちらの方がいいと思った。
……期待に応えられただろうか」
サファイアのように蒼く美しい瞳が我を見上げた。
グラナトム。グラーナートゥム。ガーネット……確かに、宝石好きで赤い瞳の我にはぴったりの名だ。
初めこそ違和感のあった名前も、エルに何度か呼ばれて自分でも口にしてみると不思議としっくり来るようになった。
これが名前というものか。うむ。
「悪くない。我はこれから、グラナトムだ」
そう宣言すると、エルは笑みを浮かべて我の右手を撫でた。
古代竜としては少々変わった趣向だが、食事や風呂の誘惑には勝てぬのだから仕方ない。
それにエル―――あの騎士のことを、我はそのように呼ぶようになっていた。精霊がそのように呼ぶので移ってしまったのだ。精霊は数が多い分、その声も耳に残りやすいのだろう―――が時折我の身体を洗ってくれるのは、なかなか心地よいのだ。
「今日はこれをつけるがいい」
「今日も多いな……」
トパーズのブレスレットにシトリンのブローチ、琥珀のイヤリング。それから大粒のイエローダイヤモンドをあしらった髪飾り。
今までは瞳の色に合わせて青や緑の宝石を使った装飾品ばかり身につけさせていたが、たまには趣向を変えて暖色の宝石を身につけさせることにした。
似合わなければ取り替えればよいのだ。もっとも、エルに限ってはそのようなことはあり得ぬが。
それらを渡すと、エルは慣れた手つきで身につけていった。我が乗せてもよいのだが、エルに渡せば勝手に正しい位置に身につけるので楽なのだ。
濃い金色の髪と白い肌が、黄金に輝く宝石や装飾品に飾られていく様はやはりとても美しかった。
我の審美眼に狂いはないのだから、それは当然なのだが。
風呂には先ほど浸かったので、後は昼の食事の時間になるまでエルやコレクションを鑑賞するとしよう。
今日渡した装飾品は光を反射するカットのものばかり選んだので、身動きする度に辺りを漂う精霊や水晶の光に照らされてきらきらと輝くはずだ。
「古代竜よ」
いつものように洞窟内を探検するのかと思いきや、エルは我の足下の小さな石に腰掛けてこちらを見上げた。
少しでもエルの声を聞き取りやすくするため、手足を折りたたんでその場に身体を寝かせる。
こうすると、エルの喉がさほど痛まずにすむのだ。
あまり大きな声を出すと人間の喉は簡単に痛んで声を出せなくなってしまうと気がついたのは、エルをコレクションに加えて一週間後のことだった。
以来、話をする時にはなるべく距離を近くするように心がけている。
直接言葉を交わせずとも精霊がいるので意思疎通には困らぬが、人間はちょっとしたことで簡単に命を落とす。
動いて話して料理も出来るコレクションなどまずない。出来る限り、長持ちさせたかった。
「どうした、エル」
「前々から思っていたんだが、貴殿に名前はないのか?」
「うむ。我は古代竜であるからな」
古代竜は元来数が少ない。長い時を生きてきた我も自分以外の古代竜と直接会ったことがない故、この時代には我以外の古代竜はいないのかもしれぬ。
他種族と違って、古代竜は子孫を残すのに番を必要としない。そもそも、古代竜には性別すらない。
その時が来れば卵を産み、その卵から子供が孵って育つのだ。
いつがその時なのか、いくつ卵を産むのかは個体によって異なる。
死の直前にたった一つ卵を産んだ者もいれば、定期的にいくつもの卵を産んだ者もいると、我の中の記憶にはあった。
我は未だ卵を産んだことがない故、恐らく前者なのではないかと思っているが……案外、明日にはあっさりと卵を一つ産んでいるかもしれぬ。
我を生んだ古代竜は我の前に卵を産んではいなかったし、ひどく衰弱していた。
故に、別の個体が卵を産んでいない限り、この時代には我しか古代竜はおらぬのだろう。
名前とは個体を区別するためのもの。古代竜と言えば我以外におらぬのだから、名前など必要ない。
「そうか……いや、いつまでも古代竜や貴殿と呼ぶのは違和感があるから、名前があるなら教えて貰おうと思ったんだ。
でも、もともとないのなら仕方ないな」
そう言って、エルが苦笑いした。
違和感があるというのは我にはよく分からぬ感覚だが、人間が名前を重視する生き物だということはこれまでの経験から知っている。
我に挑みに来た無謀な人間達の多くは「我が名は勇者××」だの「××の名にかけて」だの、何かと名を重視していたからな。
一息で葬り去ったあの人間達がどのような名前だったかはとうに忘れてしまったが、強大な古代竜である我を前にしてまで名前を宣言したのだ。
そのような暇があればさっさと挑みに来ればよいと当時は思っておったものだが、今思うとそれ程大切なものだったということなのだろう。
「名前がないと不便か?」
「不便……といえば、不便だな。主に俺が」
「ならば、好きなように呼ぶがよい」
「いいのか?」
「意味も価値も分からぬだけで、名前自体を忌諱しているわけではない。
そしてそれは食事や風呂も同じこと。しかし、そなたから教わったその二つは今やすっかり欠かせぬ日課となった。
名前も、そなたがつけたものであれば何らかの意味や価値が見いだせるやもしれぬ」
「責任重大だな……」
我の言葉を伝え聞いて、エルが眉をひそめた。
蒼い目が真剣に我を眺めている様は、普段とは全く逆だ。
鑑賞されるというのは、このような気分なのだな。うむ、悪くない。
どのくらい経っただろう。
辺りを楽しげに飛び回る精霊の輝きを反射するティアラやブローチ、エルの髪のきらめきを眺めていると、ふとエルが顔を上げた。
濃い蒼の瞳が自信に満ちているように感じられるのは、我の気のせいではなかろう。
エルをコレクションに入れて一月以上経つ。
その口調が以前よりも少々砕けたものになったのと同様に、我もエルの表情の見分けがつくようになってきたのだ。
あまりに小さな顔ゆえ、表情を見る時には目を凝らす必要があるが。
「決まったのか?」
口を開く前に訪ねると、エルは少し驚いた様子で「よく分かったな」と頷いた。
我は偉大なる古代竜。観察眼にも長けているのだ。
「グラナトム……というのはどうだろう。
古代竜の言語で、ガーネットの意味だと精霊から聞いたんだが」
「ふむ……それはもしや、グラーナートゥムのことか?」
拙い発音の言葉に聞き返すと、エルは「どこか違うか?」と首を傾げた。
古代竜が人間の言語を話せぬのと同様に、人間も古代竜の言語を話せるようには出来ておらぬゆえ、発音はこれが限界なのだろう。
それでも必死に我の言葉を覚えて名前に使用したのだと思うと……うまい言葉が見つからぬが、胸が熱くなったような気がした。
「そうか……うむ。では、我のことはグラナトムと呼ぶがよい。
しかし、いつの間に学んだのだ?」
「貴殿……グラナトムが眠っている間だ。
精霊に単語を一つずつ教わって、昼間話している時も出来るだけ精霊に頼らずにグラナトムが話していることを理解出来るように努めた。
あまり長い文章はまだよく分からないが……短い言葉ならたぶん、理解出来ると思う。ちょうど、今みたいに」
エルの言葉でようやく気がついたが、言われてみれば精霊達が静かだ。
先ほど名前について説明した時は我の言葉を伝える声が多少したが、それ以外はエルをコレクションに加える前のように気ままに話す声しか聞いておらぬ。
ということは、今までエルは殆ど自分で我の言葉を理解して会話していたのか。
たった一月と少ししか共におらぬというのに、人間とはずいぶん吸収の早い種族だ。
「ところで、何故グラナトムなのだ?」
「目が赤くて、宝石が好きだからだ。グラナトムの目はルビーというには深い色だったから、こちらの方がいいと思った。
……期待に応えられただろうか」
サファイアのように蒼く美しい瞳が我を見上げた。
グラナトム。グラーナートゥム。ガーネット……確かに、宝石好きで赤い瞳の我にはぴったりの名だ。
初めこそ違和感のあった名前も、エルに何度か呼ばれて自分でも口にしてみると不思議としっくり来るようになった。
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