エンドレス   ~終わらせたい、終わらせたくない~

中野拳太郎

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五、事態の急変

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 なんだか胸の中を何かで抉られたような感じがして、苦しかった。

 昔の苦い思い出が甦ってきた。

 忘れることなどできるはずもない。あんなに愛していたものを失ってしまったのだから。今ではどんなことも乾いていて、現実味を感じることもできなかった。何もかもが残像のようにぼやけているだけだ。

 俺は生きているのか、死んでいるのかも分からない。このままの存在でいることが、耐えられそうにない。

 この先、一体俺はどうなるのか・・・・・・。もう・・・・・・。

 気づくと、知らない内にテレビから、ニュースが流れていた。

「― 今日午前七時三十分、十九号線の大曽根交差点でクラウンを放置し、大渋滞を引き起こしたと思われる男の身元が判明しました。
 矢田町に住む会社員藪押大和三十四歳。その容疑者は北の方角に向かって歩いている、という情報が入ってきております ー」

 老女が何やら思い出したかのように、テレビに視線をやった。

 藪押は俯いた。

「たった今、入ってきたニュースです」

 アナウンサーの緊張がテレビを通じて伝わってきた。

「今日の午前九時。コンビニエンスストアーの勝川店で、傷害事件がありましたー。
 被害者は引っ越し業の大場誠さん、二十二歳。店内には女性店員と被害者の友人二名の男性がおり、イートインで座っていた三十代のワイシャツとスラックス姿の男と口論となり、その後、男は大場さんの所持していたナイフを奪い、怪我を負わせました。怪我を負わせた男は逃走しており、警察は傷害事件として男の行方を追っていますー」

 テレビの画面は勝川のコンビニを映していた。

 防犯カメラにあの時の惨劇が流されていた。

 音が消され、顔にぼかしが入っていた。

 さすがにナイフで刺す場面は流されていなかったが、途中のトラブルは流されていた。音声も字幕スーパーで表記されていた。

「店内に設置された防犯カメラの画像には、大曽根交差点で車を放置し、そのまま逃げたと思われる藪押大和の姿が映っていたことがわかりました。
 警察は名古屋市一帯に警戒網を張り、交通機関の市バス、地下鉄、それから道路一帯に警察を配置させ、警備に当たっております」

 テレビの画面には、でかでかと自分の顔が映し出されていた。

 ぼかしが入っているが、着ている服装が合致している。

 先程のコンビニの防犯カメラに映った自分の映像がそこに流れている。予想していたことではあるが、このように実際目の前に突き付けられると、自分が置かれたこの状況を知る。

 藪押は、老女と目が合った。

 老女のその目が驚きから、驚愕の目へと移り変わる瞬間を目撃した。

「あ、あんた、もしかして・・・・・・」

 薮押の肩が僅かに震えた。

「テレビに・・・・・・映っている、人、じゃ、ないわよね。困るわ、こんな所にいたら。どうしましょう」

 明らかに動揺していた。まずい、薮押はそう思った。先ほどまでの柔らかい笑顔が完全に消えていた。

「警察、警察に連絡・・・・・・しなくちゃ。まさか、こんな人だとは思いもしなかったわ。どうしましょう・・・・・・」

 老女は慌てふためいていた。

 まずい。パニックになられるのが一番まずい。この場に他の人間がやってきたら・・・・・


「めったに来ないお客さんだと思っていたら・・・・・・。どうしましょ。本当に困ったわ」

 藪押は、コップに入っていた水を飲み干すと、立ち上がり、そして、老女に向かって駆け出していた。

 老女の目が驚愕の目に変わった。まるで金縛りにあったように体が萎縮したようで、動かない。

 薮押は、自分の中で危険信号が点滅したことに、すぐさま体が動いていた。

 藪押が老女に追いついた。

 ネクタイを解き、素早くそれで老女の口を塞いだ。

 そして、椅子に座らせ、老女の肩に掛けていた手拭いで手を後ろで縛り、動けないようにした。

「多くを喋り過ぎてしまったようですね」

 老女は、されるがままに、動かない。動けなかったのだ。

 藪押は立ち上がり、厨房に行き、長めの白いタオルを持って、戻ってきた。

「あまり手荒なことはしたくありません」

 そして、その白タオルで老女の両足首を縛って、これで完全に動けないようにした。

「本当は、こんなことなんか、したくはなかったんだ。ただ、僕は、騒がれることが嫌なだけなんだ・・・・・・」







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