エンドレス   ~終わらせたい、終わらせたくない~

中野拳太郎

文字の大きさ
20 / 54

第六章   薮押大和  2  一、二面性

しおりを挟む

「いや、暑い」

 思わず独り言を呟いていた。

 西嶋はスーツの上着を腕に抱え、ネクタイを緩め、捜査本部の敷かれた北署に戻ってきた。

「― 何処へ向かったのか全く見当もつかない。藪押は一体、何を考えているのか。もしかすると、この事件は単純であるようで、意外に、複雑な動機が隠されているのかもしれない」

 西嶋は廊下に出て、一旦立ち止まり、マグカップに淹れたコーヒーを飲みながら考えていた。

 この暑い時期に,ホットとは、というかもしれない。それでも西嶋はアイスを飲むことがなかった。

 なぜなら彼は、お腹が弱く、冷房で冷やされたり、冷たい飲み物を飲んだり、あるいはアイスクリームを食べたりすると、すぐにお腹を下す体質なのだ。
 なので、常日頃からお腹を冷やさないよう気を付けている。コーヒーを飲みながら西嶋は廊下を歩いていた。

 ― 街中を歩けば、店頭に設置された防犯カメラに姿を捉えられるだろう。だが、それを嫌い、人気のない道を歩けば、余計に目立つことになる。交通機関を使った、という情報もなければ、目撃証言もない。奴はきっと歩いているに違いないのだが・・・・・・。

 そうであれば一体、藪押は何処を歩き、何処へ向かっているのだろうか。そして、何をしようとしているのか? 

 ― 普段は善良な顔を持つ藪押。

 だが突然刃を向けるような顔に豹変し、突然キレ、暴力的になる性質を持ち合わせている。例えば、明がテストで七十点以下になった時や、朝六時に起床できなかった時。薮押は、鬼のような形相になるそうだ。
 そして、明は、夜ご飯抜きで、寒い冬の時でも、外に出され、そこで二時間弱、耐えさせられたことや、風呂場に連れていかされ、ホースで水攻めにあった時もあるそうだ。
 そんな明を守ろうとする彩加にも危害は及ぶ。彼女に対し、殴る蹴るの暴行を働くし、仕事で嫌なことがあった場合には、更にそれが酷くなる時もあったという。

 外面が言い分、家での鬼の形相にギャップを感じ、彩加は藪押に対し、どう接していいのか分からなくなり、いつも藪押の顔の様子を窺っており、それに疲れていた、という証言も取れている。

「アチチッ」

 西嶋は一気にコーヒーを飲み干し、舌を火傷してしまった。考え事をしていたために、余計に熱く感じた。

 西嶋の情報源は、いくつもあり、豊富だ。

 人は何気ない仕種でも、見ていないようで実は見ている。だから情報源が多いほど、それなりに分かってくることがある。

 西嶋は、普段歩いて捜査をするため、商店街やバー、スナックなどの店主など一般人に沢山知り合いがいるし、裏家業にも精通している男でもあった。
 ホームレスだって何人かの知り合いがおり、時として、彼らの情報が、役に立つ時があった。それらの人々と持ちつ持たれつの関係ではあるが、犯罪に手を染めることはしないし、取引だってしたこともない。

 だから薮押の情報も、それなりに入手できている。

 それとは別に、森川にも捜査に行かせた。それは、彼に経験を積ませることが一番だと思ったから行かせたのであり、正直、さほど期待はしていない。
 あいつは馬鹿正直なところがある。それが若さの特権みたいなところもあるが、もう少し頭を使ってズルイ面を出してもいいのだが。そんな風に思った。

 あいつがな・・・・・・。俺の娘の彼氏だなんて。

 一人の男としては好青年で、望ましいんだが、刑事としては、優しすぎるんだよな。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...