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第六章 薮押大和 2 一、二面性
しおりを挟む「いや、暑い」
思わず独り言を呟いていた。
西嶋はスーツの上着を腕に抱え、ネクタイを緩め、捜査本部の敷かれた北署に戻ってきた。
「― 何処へ向かったのか全く見当もつかない。藪押は一体、何を考えているのか。もしかすると、この事件は単純であるようで、意外に、複雑な動機が隠されているのかもしれない」
西嶋は廊下に出て、一旦立ち止まり、マグカップに淹れたコーヒーを飲みながら考えていた。
この暑い時期に,ホットとは、というかもしれない。それでも西嶋はアイスを飲むことがなかった。
なぜなら彼は、お腹が弱く、冷房で冷やされたり、冷たい飲み物を飲んだり、あるいはアイスクリームを食べたりすると、すぐにお腹を下す体質なのだ。
なので、常日頃からお腹を冷やさないよう気を付けている。コーヒーを飲みながら西嶋は廊下を歩いていた。
― 街中を歩けば、店頭に設置された防犯カメラに姿を捉えられるだろう。だが、それを嫌い、人気のない道を歩けば、余計に目立つことになる。交通機関を使った、という情報もなければ、目撃証言もない。奴はきっと歩いているに違いないのだが・・・・・・。
そうであれば一体、藪押は何処を歩き、何処へ向かっているのだろうか。そして、何をしようとしているのか?
― 普段は善良な顔を持つ藪押。
だが突然刃を向けるような顔に豹変し、突然キレ、暴力的になる性質を持ち合わせている。例えば、明がテストで七十点以下になった時や、朝六時に起床できなかった時。薮押は、鬼のような形相になるそうだ。
そして、明は、夜ご飯抜きで、寒い冬の時でも、外に出され、そこで二時間弱、耐えさせられたことや、風呂場に連れていかされ、ホースで水攻めにあった時もあるそうだ。
そんな明を守ろうとする彩加にも危害は及ぶ。彼女に対し、殴る蹴るの暴行を働くし、仕事で嫌なことがあった場合には、更にそれが酷くなる時もあったという。
外面が言い分、家での鬼の形相にギャップを感じ、彩加は藪押に対し、どう接していいのか分からなくなり、いつも藪押の顔の様子を窺っており、それに疲れていた、という証言も取れている。
「アチチッ」
西嶋は一気にコーヒーを飲み干し、舌を火傷してしまった。考え事をしていたために、余計に熱く感じた。
西嶋の情報源は、いくつもあり、豊富だ。
人は何気ない仕種でも、見ていないようで実は見ている。だから情報源が多いほど、それなりに分かってくることがある。
西嶋は、普段歩いて捜査をするため、商店街やバー、スナックなどの店主など一般人に沢山知り合いがいるし、裏家業にも精通している男でもあった。
ホームレスだって何人かの知り合いがおり、時として、彼らの情報が、役に立つ時があった。それらの人々と持ちつ持たれつの関係ではあるが、犯罪に手を染めることはしないし、取引だってしたこともない。
だから薮押の情報も、それなりに入手できている。
それとは別に、森川にも捜査に行かせた。それは、彼に経験を積ませることが一番だと思ったから行かせたのであり、正直、さほど期待はしていない。
あいつは馬鹿正直なところがある。それが若さの特権みたいなところもあるが、もう少し頭を使ってズルイ面を出してもいいのだが。そんな風に思った。
あいつがな・・・・・・。俺の娘の彼氏だなんて。
一人の男としては好青年で、望ましいんだが、刑事としては、優しすぎるんだよな。
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