エンドレス   ~終わらせたい、終わらせたくない~

中野拳太郎

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ニ、薮押の性格

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「西嶋さん!」

 後ろから声が聞こえてきた。森川が帰ってきたようだ。

「何か分かったか?」

「電話ではありますが、岐阜県多治見市に住む元嫁の小和田彩加に、訊いてきました」

 ようやく森川が西嶋の元にやってきた。森川は、ハンカチで額の汗を拭いていた。

「藪押と元嫁の彩加は中学の同級生です。高校は違いますが、大人になり、成人式の日に行われた同窓会で再会し、そこで気が合い、交際に発展したそうです。
 当時の藪押は大学生。彩加の方は、栄でOLをしていたそうです。そして、二年後藪押が卒業し、就職をするとすぐに結婚し、その一年後に、息子の明君が生まれました」

「とんとん拍子だな」

 西嶋は言った。

「ま、彩加の方は収入があったわけで、結婚に対する費用や何やらは、話しがスムーズだったわけですね」

「そうか。しかし、金の面倒は、結局、親が見ることになるわけだし、何の心配もないだろ、普通」

「そうでしょうか」

「そうなんだよ。子の面倒は、いつだって親が見ないといけないし、子もまた、それを期待し、貯金をしようともしない。だから、結婚の費用は親が持つことになってくるんだ」

「そんなことはないと思います。全ての人がそうとは限りませんよ。中には結婚費用くらいちゃんと貯金している人もいると思います。西嶋さんの偏見です、それは」

 ったく、この人は。もしかして、子離れできないのか。そう思ったりもした。

「ん?」

 西嶋は、森川をギロリと睨んだ。

 森川は、背中に緊張が走った。もしかして、俺の考えていたことがわかるのだろうか・・・・・・。

「もしかして、お前、うちの麗娜との・・・・・・」

 森川は、少し後ずさる

「そんなこと・・・・・。ある程度の貯金はありますが、娘さんとはそこまで・・・、いや、まだ・・・・」

「何だよ?」

 西嶋が詰め寄る。

「いえ。ところで、藪押の話しに戻りますが、一見順調そうに見えた結婚生活も、今から三年前に破綻したわけです」

「その理由は何だったんだ?」

 西嶋は、空になったマグカップを弄んでいた。

 森川は、話しが変わったことに、少しだけ安堵した。

「藪押の性格は真面目で、昔から目標を立て、それに向かって、がむしゃらに向かっていくところがあるそうで、それに振り回される家族は、たまったものではない、と。ただ、それは自分に向かうのではなく、他人に対しての方が厳しかったようなんです」

「例えば?」

「妻の彩加が立てたダイエットの目標体重。それに達していなければ、家族で立てた予定の旅行をキャンセルするだとか、時には子供の学業、明のテストの点数が悪かった場合。
 息子に対し、その年のクリスマスプゼントを与えなかった時もあるそうです。そんな風にハードルを高くするわけですよ」

「ふ~ん。自分に課す目標よりも、他人に課す目標を上げるわけだな。その情報は、俺も掴んでいる」

「え? 何所から?」

「そんなことはいい。お前も情報源の一つや二つ持っておくんだな。俺が闇雲に歩いていると思っている輩には、分からんだろうがな」

 森川は、変な顔を西嶋に向けた。

「ふんっ。他には?」

「何か喋りづらいな。ええっと、元嫁の彩加さんの話しでは、外出した時。その時、その時の概要なんかをきちっと説明させられます。
 それから、定期的に連絡を入れないと、怒るらしいんですよ。だから、時々、息苦しくなる時もあった、と言っていました。
 ま、それだけならよくある話しなんですが、一番の理由は、藪押が、何を考えているのかが、分からない時がある、ということだそうです。
 誰をも近づけさせないその緊迫感。それに触れると、暴力もあったそうです。相手の考えが少しでも分かれば、対処の仕方も分かるのですが、いつキレるのか、そして、藪押が何を考えているのかが分からないから怖かった、と」

「その暴力は頻繁に行われていたようだな」

「え、まあ。ったく。知ってるなら、訊かないで下さいよ」

 西嶋は、森川を一睨みし、萎縮させた。

「いいから、続けろ」

「そうですが、時には、彩加に対しても、息子に対しても優しいからこそ、余計に怖かった、といっていました」

「そうか。では、高校の時に柔道部だったそうだが、なぜ藪押は柔道部に入部しようと思ったのか。そして、インハイで優勝した実績があるのにも関わらず、高校を卒業すると同時にきっぱりと辞めたのか、分かったことがあれば何でもいい、教えてくれ」

「はい。熱田あつた区に住む父親の藪押治夫はるお、六十四歳、母親の登紀子ときこ、六十二歳にも訊いてきたのですが、柔道部に入部したのは、父親がやっていたわけでもなく、また父親が好きだったわけでもないらしいのです。それよりも父親の方は野球が好きで、柔道をやることに一度は反対したそうなんです」

「反対?」

「やはり怪我がつきもので、格闘技というものにいい印象は抱いてないようでした。身体の方が心配だそうですよそれよりも父親が好きだった野球をやらせたかったのが、親としては本音だったそうです。
 だって、小学、中学と野球部にいたのですから。それが突然、高校で柔道に入部してしまった。そして、運動神経がよかったので、成績も良く、躍進していき、三年ではインターハイ優勝という実績を残すようになった」

「じゃ、何で、そこで辞めてしまったんだ? 大学や社会人で続ける、とい道もあっただろうに。勿体ない」

「柔道部に入部する前に立てた目標がインハイ優勝だったわけですよ。藪押は、別に高校を卒業してもその世界でやることをしなかった。
 更に上を目指すというわけでもなく、あくまでもインハイで優勝する。だから、その目標を立てて、毎日練習してきたわけです。
 そして、その目標を達成したことにより、急速に柔道に対する想いも萎んでしまった、というわけじゃないですか」

「それは、親の言ったことか?」

「いえ。飽く迄も私の考えですが。とにかく、そんな風に、自分の立てた目標に対し、がむしゃらに向かっていく性格は分かったのですが、その目標が一度達成されると、呆気ないほどにピタリと終える、というのか、切り替えるその性格が理解できませんね」

 西嶋は渋い顔をした。

「お前な、その固定概念ばかりに囚われるのはよくないぞ」

「そうでしょうか」

「人間性というものは、そんなものでは一括りにできないものだからな。それより、何だ、そのインハイって? 何でも短くすればいいってもんじゃないぞ。ちゃんとインターハイって言え」

 しばらく沈黙が広がった。森川が黙ってしまった。

「いい。続けてくれ」

「はい。父親も言っていましたが、辞める前までは、毎日、毎日練習に明け暮れていたのに、インターハイが終わると、そこでピタリと練習をやらなくなった、と言っていました。
 毎朝欠かさず、走っていたランニング。それから午後の練習もきっぱりと辞めてしまった、と。後輩から指導の要請もあったそうですが、それも断っている」

「大学からも誘いがあったんだろ?」

「ええ。有名どころから、いくつか」

「それも、断った?」

「はい」

「やり切った、ということなのか」

 西嶋は訊いた。

「それじゃ他に、自分が何かを打ち込める、その何かを見つけたのだろうか?」

「いえ。そのようなことは訊いておりません」

「普通、アスリートは辞める時期を選択するのに、苦悩を浮かべるもんだよな。陸も怪我とはいえ、随分と悩んだんじゃないのか」

「ええっ。私のことですか?」

「ああ」

「正直悩みました。もしかしたら、右肘が直ってまた投げれるんじゃ、ないかってね。やはりあの甲子園で受けた大声援は、自分が認められたようで、気持ちのいいものでしたから。もう一度、それを味わいたい、ってね」

「そうだろうな。それが普通だろ。それなのに藪押は、未練もなく、すっぱりと辞めた・・・・・・」

「実際、辞めるというのは、そんな簡単なことではないですからね。今まで走ってきたのを立ち止まるわけなんですから。そりゃ、虚しいし、もう走らなくてもいい、と思うと淋しくなるものですよ」

「じゃ、その邁進する性格の行き場は、次に何処へ向かったんだ。仕事なのか?」

「いえ、そうでもないみたいですね。職場の同僚や上司に訊いても真面目で、言われたことはしっかりとこなしますが、それ以上のことはしなかったそうです。だから・・・・・・」

「仕事に邁進していた気配はない、と?」

 森川は頷いた。

 西嶋は、マグカップを森川に渡した。

 森川は、首を傾げつつ、それを受け取った。

 これは、何だ ? 俺に片付けておけって、そうゆうことか。この思いは腹の中で消化することにした。いつもこうだ。この人は。ほんと、人遣いが荒い。

 ― 藪押はなぜ、事件を重ねていくのだろうか。

 大曽根の交差点でいきなり車を放置し、大渋滞を引き起こした。最初は会社に向かっていたようだが、実際は逆方面に向かっている。そして、勝川のコンビニで青年をナイフで刺して、怪我を負わせた。

「事件の発端は、大曽根。次に東へと進路を向け、勝川のコンビニで傷害事件を引き起こした。大曽根から勝川のコンビニまでの時間は約一時間半。車でいくと大体十五分から二十分ですので、歩けば一時間半くらいはかかると思うのですが」

「まさにぴったりだな。奴は交通機関を使うことはなく、歩いて何処かへ向かっているんだ」

「何処に向かっているんでしょう?」

 二人は首を傾げた。

「ハハッ。もしかしたら、元嫁の所へ向かっているのではないでしょうか。まさか、な。それは、ないか」

 森川がぽつりと言った。

 西嶋が眉根を上げた。一瞬時間が止まった。



「有り得るかもしれない。また部屋に戻るんだ」

 西嶋は部屋に戻った。慌てて森川も、その西嶋を追って部屋に入っていった。

「どうしたんですか?」

「ちょっと地図が見たいんだ」

「地図?」

 西嶋は名古屋周辺の地図を取り出してきて、もくもくとページを捲っていた。

「奴は、大曽根から会社とは逆の北へと向かい、勝川にいた。今頃は何処かへ移動しているはずだ。現在の時間はもうすぐ十二時。勝川の事件から三時間が経とうとしている。勝川から多治見市までおよそ、歩くと三時間以上かかる」

「歩いて行くのですかね・・・・・・。三時間以上もの時間をかけて」

「恐らく。防犯カメラが届かない道を、伝ってじゃないか」

 西嶋は言った。

「勝川の事件から一時間が経っているから、あと二時間で着くかもしれない。おい。もたもたしちゃおれん。危険だぞ。小和田家に知らせるんだ。
 そして、俺たちは春日井方面から捜査を続けながら、小和田家に向かうんだ。分かったな。もたもたしていられないぞ。状況は逼迫しているんだ。あいつに、これ以上間違いを起こさせるわけにはいかない」

 この人は、いつも突然動き出すんだよな。今まで幾度となく振り回されてきた。

 はい、はい。分かりましたよ。森川は、西嶋の背中を追った。自分勝手で、人を振り回し、人遣いも荒く、言葉だって汚く、時にはどつかれた。

 でも、この人に、間違いはなかったよな。







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