エンドレス   ~終わらせたい、終わらせたくない~

中野拳太郎

文字の大きさ
22 / 54

第七章   今の彼氏  一、昼食中

しおりを挟む
 
 耳が見えるほどのスッキリとしたベリーショートヘアーの女性。小和田彩加。
 彼女は、三年前に藪押と離婚し、実家に戻ってきていた。十一歳の息子の明の親権は、勿論母親である彩加の方にある。

 毎月藪押から支払われる養育費は、四万円。
 世間的に、〇歳から一四歳の子供に対し、年収五百万の者が支払う平均額は、月二万から四万とされる中、藪押から、四万円の養育費が毎月滞ることなく支払われている。

 それについては助かっている。なので、毎月息子の明と半日の面会は許していた。
 しかし、今は事情が変わったのだ。藪押と離婚し、三年。彩加の生活は変わった。藪押との結婚生活では専業主婦だったが、今は仕事をしている。

 春日井かすがい市のパン工場に、パートで勤めるようになって二年が過ぎていた。

 生きていくためには必要なことだったのだ。自立、それから明を食べさせていくこと。

 そこで、あの人と出会ったのだ。

 最初は仕事の話。それからお互いの身の上話。私が離婚していること、子供がいること。それらをちゃんと伝えている。彼は独身で、彼女はいない。二つ年下で、優しいが、何処となく頼りがいがないところがある。

 出世欲も全くない人だったが、一生懸命彩加の相談に、というよりも彩加の話しを訊いてくれた。それだけで彩加は救われた。

 彼の名は坂戸海人さかとかいと。周りの同僚も言わずとも知れた仲で、彩加と坂戸のことは知れ渡っていた。藪押との結婚生活に疲れていたのもある。しばらくは女一人でいたことに淋しさを感じたこともあった。

 そんな時に出会ったのだ。同じ班ということもあり、忘年会や親睦会、歓送迎会で一緒になることが多々あった。

 そんな時いつも海人が近寄ってきては、話し相手になってくれた。甲斐甲斐しくビールを注いでくれたり、小皿におつまみ等をよそってくれる気の利いた男である。

 彩加は、誤解を招く恐れを抱いたのもあり、酔いに任せ、

「私、離婚したことがあるのよね。それで子供もいる」

 と言ったのだ。



 一瞬、海人は何を言っていいのか分からなかったのだろう。
 あるいは自分が狙っていた女に子供がいることを知り、躊躇したのかもしれない。

 少しの間、黙り込んでしまった。

 彩加は、何も言わない海人に痺れを切らし、立ち上がった。

 すると、
「もし、よかったら、息子さんの顔が見たいな」
 蚊の鳴くような声が背中から聞こえてきたー。




 ー 昼間の休憩時間 ー

 彩加はいつも仲のいい同僚と、狭い詰め所の中で、二人で弁当を食べているのが常で、今も二人で弁当箱を広げ、ランチを共にしていた。昨夜の残り物を今朝手早く、弁当箱の中に詰め込んできたのだ。

「彩加さん、その卵焼き一つ頂戴」

 同僚は六つ下の可愛らしい子で、最近できた彼氏のことを、いつも聞かされる。今日もその彼氏と今度、何処どこへ行く、といった話をしていた。

「何で、美加ちゃんも美味しそうなもの食べてるじゃない」

「だって、彩加さんの卵焼き、この前食べさせてもらったんだけど、めちゃ、美味しかったもん。一体何を付けてるの、ってか、どうやってつくってんの。教えてよ」

「教えるっていうほどじゃないわ。ただ隠し味にバターとお砂糖を少々。じゃないか、マーガリンをつけてんのよ」

「そうか」

 美加に一つ奪われてしまった。 そして、パクつくと、満面な笑顔で美味しい、と言った。こうなると憎めない。若いっていいな。私だって、そんな頃もあった・・・・・・。

「彩加さん、今、坂戸さんとは、どうなの?」

「え?」

「え、って、また惚けちゃって。結婚とか考えてるんでしょ。教えてよ」

 彩加は、また美加に取られまいと、残りの卵焼きを箸でつまんで口の中に入れた。

 そして、ゆっくりと咀嚼した後。

「まあ、それは、ね」

「やっぱり。だと思った」

「大人の事情だから、子供の美加ちゃんは首を挟まないことね」

 彩加はニコリと微笑んだ。

「ってか、六つしか離れてないじゃん」

「二十代と三十代って大人と子供ほどの差があるのよ」

「ない、ない」

 そんなことを二人で、笑い合いながら話していると、スマホに着信があった。

 何か予感めいたものがあったのかもしれない。

 エアコンが効いて、冷えてきたのもあり、体も冷えてきた。

 身震いをした。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...