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三、犯人は多治見に向かっている
しおりを挟む「どういうことだ?」
息せき切って西嶋が駈け込んで来た。いつもの顔とは明らかに違い、西嶋の顔に、緊張の色が浮かんでいた。
「この店に入ったら、おばあちゃんが椅子に縛られていて、動けない状態でした」
「奴が来たのか、この場に?」
自然と声が大きくなっていた。
「ええ。写真を確認してもらったところ、間違いない、と」
西嶋は頷き、老女を見た。
「おばあちゃん、男がここから逃げていって、どれくらい経ちました? それと何処へ向かったのかわかりますか?」
老女は落ち着きを取り戻していた。怪我もなく、身体にも異常は認められない。大丈夫だろう。
「大丈夫ですか? ゆっくりでいいですよ」
それでも森川は、優しく言った。心の動揺が心配だ。
「もう、一時間くらいは経ってると思うけど・・・・・・」
老女は言った。
「悪い人には見えなかったな。ただ、孤独な人なんだなって、そんな風に思ったよ」
「男に何かされませんでしたか? それから、何か盗まれたものはありませんか?」
「何もされなかったし、取られもしなかったわ。それどころかお代を、そのテーブルに置いていったし。ただ、私のことをこんな風に喋らせないように、また、ここから逃げて、通報されないように、縛っていっただけよ」
老女は言った。そして、小声で、
「恐らく、これは、飽く迄も私のカンだけど、別れた奥さんの所に、向かってるんじゃないのかな。そして、息子さんと話しがしたいんだと思うわ。そんなことを言っていたし」
「そうですか」
西嶋は合点が合ったようで、ニコリとして、言った。
「何笑ってるんですか」
「陸、やはり、藪押は多治見に向かっているぞ。今まで培ってきた刑事のカンだよ。 ま、経験の浅い奴には分からないことかもしれないがな。お前も場数を踏んでいけば、それなりに分かってくるさ」
「何言ってんすか。最初に言ったの僕ですからね。元嫁の所に向かってるんじゃないですか、って」
「お前のは、当てずっぽうで、裏が取れていないだろう」
「裏ですか」
「ああ。適当なことを言ってんじゃないぞ。急ぐぞ。これ以上、奴に事件を重ねさせるんじゃない。とにかく、あいつの影を捕らえることができたんだ。俺達の進路は間違っていなかった、そういうことじゃないか」
「はい、はい」
ったく。人の手柄取ってんじゃねえぞ、このオッサンは、ほんとに。森川は、腹の中で、毒づいた。
「何かいったか?」
ギロリと睨まれた。
「いえ」
もしかして、この人は背中に目がついているのかもしれない。そんなことを思った。お~こわっ。
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