エンドレス   ~終わらせたい、終わらせたくない~

中野拳太郎

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ニ、第三の事件

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 西嶋と森川は、春日井市にやってきていた。

 街から少し外れた田舎道だ。車を路肩に止め、しばらくこの辺りを歩き廻った。少し歩いただけで滝のような汗が拭き出してくる。

「情報者がこの辺りで見かけた、ということですが、その情報は確かなんでしょうか?」

「確かかは、歩いて調べるんだ。それに、」

 西嶋は言った。

「長年の刑事としてのカンが、俺をこの場に足を運ばせたんだ。それに、時間的にも、奴が勝川から逃走して、この辺りにいることが考えられる、そう思わんか。お前も、カンを働かせたらどうだ」

 西嶋は、頭を指差した。

「無駄足になるかもしれないが、事件は進んでいる。だから俺たちも動きながら、考えないとならない。そうだろ」

「そうですね。西嶋さんが言ったように、勝川からならば、時間的にも、藪押がこの辺りを歩いていることが予想できますね。付き合います」

「そうですね、か。何だ、その言い方は。偉そうだな、お前。いつからそんなことが言える立場になっだ」

「いや、僕は、ただ、自分の思ったことを言ったまで、でして、」

「まあいい。陸は商店街を見て来てくれ。俺は田圃の方の畦道を見てくるから」

「分かりました」

 商店街に入っても、それ程人を見かけることはなかった。そりゃ平日だ。土日ならまだしも世間は働いている時間だ。その通行人は、老人が数人いるだけだった。

 西嶋に入った情報。この辺りで三十代半ばの怪しげな男が目撃された、ということで急行したのだが、果たして、その情報は確かなものなのだろうか。
 一体、西嶋は何処からそんな情報を入手するのだろう。一度尾行して、突き止めたいくらいだ。噂では前科者、闇社会の人間から、とは訊いたことがあるが、果たして・・・・・・。いや、彼の性格から、そんなことはないだろう。それよりも、噂でこんなことを訊いたこともあった。

 西嶋さんは、繁華街を住処とするホームレスと仲が良く、時折飯を食べさせたりして、情報を入手している、という噂もある。これらは単なる噂であり、実際のところは誰も知らない。

 そんなことを思いながら森川は、最初は昔ながらの居酒屋に入っていった。

 警察手帳を翳し、中に入れてもらったが、目ぼしい情報は得られなかった。

 捜査は歩いてするものだ。靴底を減らしてなんぼだ、と西嶋さんは昔ながらの刑事のセリフのように言うが。それにしても暑い。

「はい、はい」

 森川はそう独りごち、次に文房具店に向かった。

「北署のものですが」

「刑事さんが何の御用ですか?」

 眼鏡を嵌めた、五十過ぎの男が不審げに出てきた。

「少し捜査に、協力をしてもらいたいのですが」

「はあ、事件ですか?」

「今日、勝川のコンビニで傷害事件があったのですが、いまだその男は逃亡中で」

「あ、さっきテレビでやってたな」

 男は言った。

「もしかして、その、逃亡者がこの辺りにいる、と?」

「そう決まったわけではありませんが、いくつかの情報を頼りに足を向けたというわけです」

 森川は写真を見せた。

「この男ですが、見たことはありませんか?」

 男は写真を手にし、食い入るように見た。

「いや、済みませんね、ありません」

「そうですか。では変わったことや、この男を見た、または、知ってるという情報があれば、この名刺に連絡下さい」

「分かりました」

「では、この辺りに逃げてきたかどうかはわかりませんが、逃亡犯が捕まっておりませんので、くれぐれも気を付けてください。不要不急な外出は控えて下さいね」

「分かりました」

 森川が文房具店を後にしようとした瞬間。

「あ、刑事さん。迎えの食事処ですが、結構年配の方でね、一人で店を切り盛りしていて、生活も一人っきりなんですよ。なので、充分気をつけるよう、言っておいてくださいね」

「わかりました」

 森川は、その迎えにある店屋に向かった。

 その店はごく普通の至って質素な定食屋だった。何処となく、昭和の香りが漂う昔ながらの店であった。この店、西嶋に似合いそうだな、そんなことを思った。

 木で出来た看板の真ん中辺りには、亀裂が入っており、今にも割れそうだった。暖簾を潜り、店内に入っていった。中はそれほど広くはない。エアコンの冷えた風が足元を撫でる。

「こんにちは」

 只ならぬ風を感じた。何とは、言えない。西嶋のいう、刑事としてのカンなのか、身構えるものを感じた。中に入ると同時に声をかけると、もごもごと曇った声が聞こえてきた。おかしい。普通じゃない。

 急いで奥に向かうと、七十くらいの老女が椅子に座らされ、白色のバスタオルで両手を縛りつけられ、口も塞がれていた。

 森川は、自然と駆け出していた。只事ではない。

 皺だらけのその顔は蒼白だった。

「どうしたんですか?」

 老人にこんなことをして・・・・・・。額に汗が滲んでいる。口元を縛られていた紺色のネクタイを、森川は慌てて解いてやった。 

 恐怖で見開かれていた老女のその目も、ようやく落ち着きを取り戻した。

「十一時頃に男性客がきたのだけど、その客に・・・・・・縛られたんです」

 老女は荒い息を吐きつつ、少しだけホッと弛緩したようで、ようやく口にした。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。ただ縛られただけだから」

 老女は苦しそうに堰をした。

「水でも飲みますか」

 森川は厨房にいき、蛇口を捻って、近くにあった湯呑茶碗で水を汲んだ。

「ゆっくり飲んで下さい」

「有難う」

「落ち着きましたか ?」

 老女は頷いた。

「一体、どうしたのですか ?」





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