エンドレス   ~終わらせたい、終わらせたくない~

中野拳太郎

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第十三章   戦う理由  一、意識を無くして

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 七時を過ぎると辺りが暗くなってきた。風が出てきたようだ。サワサワと木々が揺れ、葉が落ちる音でそれが分かる。

「― 成人式の日。俺は彩加と再会した。そして、付き合い、結婚し、息子が生まれた。俺達は、家族として一緒に生活を共にしてきたんだ」

 薮押は、しゃっくりをした。

「俺は、今、初めて喋ったよ。だって、今まで、こんなことを言える人間もいなかった。俺には、信じられる人間などいないんだ。でも、お前は、悪い人間じゃなさそうだな。この閉塞的な空間で、一緒にいることで、分かったよ」

 藪押は、宙を見るような遠い目をしていた。素面ではないようだった。

 坂戸の中で危険信号が鳴るが、体は反応していなかった。

「だが、その幸せは長くは続かず、糸がほつれるようにして、家族の心もほつれれ、そして、結婚生活も破綻してしまった。
 それは俺の知らない内に、知らない所で、急に破綻をもたらしたのだ。未だにその理由が分からず、俺は彷徨っている。
 お前に分かるか、この苦しみが。人間は、分からないことほど苦しい、ということを。理解できれば、対処のしようがある。が、理解できなければ、何も出来ない。違うか? 何をしていいのかさえ分からないのだからな」

 藪押は、一気にウイスキーを開けていた。視線が険しくなっている。

「だから、それを確かめるべく、俺は動いたのだ。今まで俺は、自分の分からないことがあれば、先ずは動き、それで自分に納得をしてきた。
 それが俺の生き方なんだ。分かるか? 不器用かもしれない。でも実際、そうやって動かなければ、いつまでも俺の胸の内は、もやもやとしていて、霧が晴れることはない。
 君だってそんな生活は嫌だろ。分からないか? 家に帰っても、一人悶々とその疑問を頭の中で、考え続けなければならないんだ。
 動かなければ分からない、その疑問を抱え続け、一生を終えるのか? 俺はそんなのは嫌だ。だから動くんだ。動けば、状況は好転する、と信じて。今までがそうだった」

 ガシャーン!

 坂戸はビクリと腰を浮かせた。

 藪押がウイスキーのボトルを壁に投げつけたのだ。

 それは壁に当たると同時に粉々に割れ、誰もいない、かつては客室として存在していたこの部屋中に、乾いた音として、鼓膜に響いてきた。

「なぜ俺と離婚をしたんだ、と訊きたいんだよ。それで、もし、俺のその欠点か、もしくは至らなかったものを、俺自身が直せるのであれば、俺は、悔い改めることを躊躇うことをしない。
 だから、もう一度やり直そうと言いたい。お前だって彩加とは遊びだろ、バツ一となんか、本気で結婚なんて考えるわけがない、そうだろ。
 そうやってな、ものごとはちゃんと収まる所で、収まるようになっているんだ。だから、お前の出る幕はないんだ!」

 この男は、自分がどんな状況で、相手がどう思っているのかを全く理解していない。一方通行であるだけで、周りのことなど考えていないのだから。
 だが、坂戸は何も言えなかった。藪押の言葉に、納得したわけでも、同調したわけでもない。ただ、何かを喋れば、自分の身に、あるいは彩加の身に危険が及ぶことになり兼ねない、そう感じたから黙っていただけだ。

 一方通行の人間ほど怖いものはない。失うものがないのだから。

 危険だ。今の藪押を見れば、誰が見ても分かるだろう。なぜなら今の藪押は、誰の言葉でも、また、どんな言葉でさえも、きっと彼の耳には入らないし、また、受け付けないことだろう。

「先月言われたんだ・・・・・・」

 藪押は、今度は暗く、沈んだ表情を浮かべるようになった。

 この豹変した表情も怖かった。

「もう養育費は要らない。その代り、息子と会うことを辞めてもらいたい、とまるで他人行儀に、淡々と言ってきたんだ。
 俺は、動揺を押し殺し、訊いたよ。なぜだ。何で急に、そんなことを言い出すんだ、と言った。でもな、彩加は言ったよ。坂戸という男、お前と再婚するから、もう俺とは会えないと、な」

 だから、親身になって訊いてやる素振りを見せないと、あとあと困ることになるだろう。

 ぼそぼそと喋る藪押に、坂戸は、顔を近づけ、何とか声を聞きとろうとした。

 そんな時だった。

 藪押がいきなり、坂戸の顔面を、今度は唇を殴りつけた。その拳は、坂戸の上唇を綺麗に切っていた。

 何が起きたのか分からなかった。

 じわじわと赤い血が流れているのに気づくと、唇に激痛が走った。

 その後、坂戸は後ろに倒れ、そして、床に後頭部を叩きつけていた。

 理解できれば、対処のしようがある。が、理解できなければ、何もできない。まさにそうだよ。一体、俺はこの男にどうすればいい、というんだ。この一方通行男に・・・・・・。

 黙っていても、結局は殴られるのか、と思いながらも、坂戸は、いつの間にか意識を失くしていった。





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