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七、吠える獣
しおりを挟むしばらくすると意識を失くしていた坂戸が、唸り声を出した。頭に手をやり、そして、起き上がってきた。
気づくと藪押が猛獣のようにこの部屋で暴れまわっていた。
何とかしなければ、何とか。坂戸は必死で考えを巡らせた。俺はどうなっても構わない。しかし、彩加だけは守らなければならない。
ようやく体勢を整えた坂戸が、近くにあった椅子を手にし、ゆっくりと気配を消し、藪押に近づいていく。これ以上にないほどの勇気を振り絞って。
ゆっくりと、そろりそろりと近づいていき、気配を消し、大きく振り被った。心臓がドキドキ、鼓動が暴れ回っている。
そして、思いっ切り後ろから椅子で背中を叩きつけた。坂戸は勢い余って前方にヨタヨタとつんのめり、転んだ。
「グッッ」
藪押は膝を落し、痛みを堪え、そして、素早く立ち上がったと思うと、坂戸に向ってダッシュをした。
恐怖を感じた。まるでロボットのような頑丈なその体に、そして、もう太刀打ちできないことを悟った。
藪押は、顔面を殴りつけた。一発、二発、三発と、大振りではあったが、コンビネーションブローを繰り出した。腰の落ちかかったボクサーに止めを刺すように。
坂戸が壁際まで吹っ飛んでいき、頭を強く、打ちつけた。
藪押しは、怒りの矛先を変え、今度はバッグを窓に投げつけ、ウイスキーを壁に投げつけ、座布団を振り廻し、あらゆるものを手当り次第に投げつけ、物を破壊し、暴れ回った。
ここは台風が来襲した跡地のように、凄まじい状況が残っていた
逃げ惑う彩加と明。そんな中、彩加も蹴られたり、頬を張られた。
「お願い、許して」
彩加は唇を切り、血が流れていた。
その時。
「ギャァァァ!」
明が泣き叫んだ。
物凄い鳴き声だった。
心の奥底まで響いてくるその鳴き声は、この世のものとは思えない、ある種断末魔のようでもあった。
まさにこの場は修羅場だった。
藪押も動きを止めた。そして、
「まってくれ、なぜ逃げるんだ、お前たち・・・・・・」
しばらくして藪押は、必死で追いかける。
「悪かったよ。お父さんは、お前らを殴るつもりじゃなかったんだ。許してくれ。もう絶対に殴らない。お父さんは、正直、淋しいんだ。孤独なんだよ。わ、わかってくれ。お願いだ。だから本当は、俺には、お前らが必用なんだ。な、わかるだろ。分かるって、言ってくれ頼むから、優しく、分かるって・・・・・・」
ウォォォォッ!
藪押の雄叫びがこの闇の中で轟いていた。まさに獣が吠えるように。
この廃墟となった旅館は、まさに地獄絵図となっていた。何処かしこに広がる真っ赤な血の跡、破壊された瓶や陶器の数々。窓ガラスだって割られていた。
その中で、泣き叫ぶ声、声、声。それらを黙らせる薮押の雄叫び。
ウオォォォッ!
まさに異質な空間が広がっていた。
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