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二、
しおりを挟む車産業の街、愛知県 豊田市にあるに彼はいた。
中肉中背、顔はふくよかな頬で、人の良さそうな豊田署の刑事板垣敬三が被害者の病室から出てきて、自販機の前の長椅子に腰掛けて一息ついた。
プルタブを引き、缶コーヒーを飲みながら会議で聞いた事項を、頭の中で反芻した。
呼吸器外れ男性死亡。
愛知県豊田市増井病院警報機作動せず。二十六日、人工呼吸器を付けた入院患者の容態が急変し、死亡。死亡したのは中西守(四六)同市の会社社長。
板垣敬三は、すっと立ち上がったところで、コーヒーをズボンの丁度股間のところに落としてしまった。
「アチっ!」
静まり返った院内に声が響き渡った。
慌てて周囲に視線をやると、周りの病院関係者の冷たい視線が突き刺さった。
しかし、何事も無かったかのように振る舞う。冷や汗をかいた。昔からそうだった。なぜ、俺はいつも、このように三枚目に出来ているのだろう、と溜息をつく。
そして、気持ちを入れ替え、板垣は、看護師に何やら囁いている、白衣を着た三十過ぎのイケメン医師に近寄っていった。
「ちょっと訊いてもいいですか」
板垣は訊ねた。
「二号室の患者ですが、チューブが外れた時に、鳴るはずの警報が鳴らなかった、ということを訊いているのですが、これは一体、どういうことでしょうか」
「ええ」
顎髭を蓄えたイケメン医師が、曖昧な様子で答えた。
「ですから、その点に関して言えば、医療事故である可能性は充分に考えられますが、今は事実関係を調べている段階でして、はっきりしたことはお答えできません」
イケメンにありがちな、少しめんどくさそうな溜息交じりの答え方だった。
「そうですか」
板垣は言った。
「医療事故とまでは言いませんが、こちらは調べることが仕事でして、ご協力下さい」
板垣は、しばらくして看護師に顔を向けた。二十代半ばの女に尋ねる。
「それで、患者が死亡しているのを発見されたのは、あなたですか?」
「いえ」
髪を茶髪にした少し派手目の女は否定した。
「私は、午前六時十五分に病室に入っていき、男性の顔をタオルで拭きましたが、その時はなんとも・・・・・・」
「そ、そ、そ、それでは、その際チューブは正常だった、と?」
板垣は改めて確認した。いかん、さっき零したコーヒーで、股間が温かくなってきた。
彼女は、不審げな趣で肯きながら、
「その十五分後に、別の看護師が巡回にいったのですが・・・・・・」
と言い、後ろでこの様子を静かに見守っていた看護師に、目で合図した。板垣は、その視線の先を追った。
「京子さん、お願いします」
派手目の女が次に託したのは顔がシャープで、顎の絞まった、三十に近い、しっかりとした感じの女だ。
印象的なのは、彼女は眼鏡を掛けているが、その下に吊り上がり気味の目が隠されていることだった。
「私が入っていったのは六時半頃だったと思いますが、その時に男性の気管内に入れてあったチューブと、人工呼吸器のチューブとの接続部分が外れていたのを発見しました」
喋り方もそつがなく、ハキハキとしていた。
「それでどうなさりましたか?」
板垣は、相手の表情を見逃すまいと、彼女の顔を真剣な目で見た。
「疑問には思いませんでしたか? チューブが外れていたわけですよ」
「ええ。それよりも、すぐに当直の橋本医師を呼ぶことが先決だと思いましたので。その時は、疑問に思う余裕すらありませんでした」
「そうですか。それで、その当直の先生を呼んだ」
「はい。先生は容態の急変に心臓マッサージを施しましたが、男性は午前七時十一分に死亡しました。尚、その橋本医師は、今はこの場にはいません」
こんな時にでさえ、冷静でいられることに感心した。前の看護師より経験豊富で、頭もキレることがわかった。
「ところで、中西守さんは、慢性閉塞肺疾患による呼吸不全で、入院をした、そうですね」
「ええ。気道炎症を起こしており、暖徐進行性及び不可逆的に息切れを起こしておりました」
この人は、刑事と話すのに抵抗を感じないのだろうか。早口で、切り返しが早い。だが、人の顔を見ていないのが気になった。
「そうですか。それで、入院して、治療を受けると、快方に向かわれた、と聞いておるのですが、そんな中、なぜ急に容態が悪化したのでしょうか?」
板垣は、彼女の目を見て話す。だが彼女と視線が合うことはなかった。
「私は担当ではないので、はっきりとしたことは存じません」
「くどいようですが、それでは、なぜ、チューブの接続部が外れていたのでしょうか。それに、鳴るはずのアラームも停止されいた」
「先程もいいましたが、その件については、分かりかねます」
「快方に向かわれていたのですよね。それなのに容態は悪化し、死亡した。なぜですか?
チューブの接続部分が外れていたことと、関係があるのではないでしょうか」
「まだ、医療事故という認識はされておりませんので、その件に関しては何もお答え出来ません」
「刑事さん、この辺りで・・・・・・。看護師も困っています」
医師が仲裁するかのように割って入った。
板垣は、彼女の顔を見つめると、彼女はその視線から逃れるようにさらに俯いた。
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