2 / 131
2.髭と私
しおりを挟むゆらゆら
ドクドクドクと穏やかなリズムと心地の良い振動が私を包んでいる。甦るのは懐かしい記憶。
蝉の声と古い扇風機の音、お母さんの化粧水の匂い。
「お母さん?」
温かなものが目尻を拭う。目蓋を持ち上げると、地面が遠かった。
「目が覚めたか?異世界の娘よ」
夢じゃなかった。
昨晩、こんなどことも知らぬ山の中で、殺人犯も裸足で逃げ出す大男の前で私は眠ってしまったらしかった。
しかも、びっくりするくらい熟睡した。いつの間にか朝を迎え、子供のように片手で抱き抱えられているのにも気付かずに。
私も自分の図太さに驚いている。寝ているだけならまだしも、目が覚めた状態でこの状況を甘んじて受け入れている。
だって、温かくて、ゆらゆらしてて、安心する。
ん?安心?
まてまて私、警戒心を何処に落としてきたのかな?
「どうした」
急に頭を抱えた私に驚いたのか、大男が歩みを止めた。巨体に似合わず、心配そうにこちらを窺っている。
「いえ、寝てしまってすみませんでした。起きたので歩きます」
下に下りるというジェスチャーをすると、男は首を横に振った。
「心配するな。お前は羽ほどに軽い」
「いえいえ、それだと申し訳ないので、歩きます。歩かせてください」
再三訴えてみるが、何言ってるんだ? みたいに全然通じず、丸太のような腕は少しも緩まなかった。
「……。じゃ、いいです」
色々諦めた。危害を加えられる訳でもないし、こんな歩きにくそうな森の中で運んでくれてるんだ。サンキューおじさんくらいに考えよう。再び歩き出すと、大男がぽつりと呟いた。
「ラングルトだ」
「へ?」
「私の名前はラングルト.ディダ.ロワだ」
「ら、ランク?」
「ロワで良い。家族はそう呼ぶ」
そんなに親しくないのに、家族みたいに呼んでいいんですか?いや、よくないですよね?
私が迷っていると、ゴゴゴと音が聞こえそうなアイスブルーの瞳に、睨まれた。
「ロワさん」
そう呼べば、
「ロワで良い」
と幾分食い気味に返された。いやいや、そんなに親しくもないのに呼び捨てにはできませんよ。それに相手から名乗られたら、こちらも答えるのが大人だよね。
「私の名前は斎藤 蓮さいとう れんです」
今更だが、異世界でどうして言葉が通じるのか不思議でならない。
「サイトゥーレン」
いや……、やっぱりそうなるよね。
「レンでいいです」
「レン。……レン」
ヒグマのような男が、大切な物のように呼ぶと不思議と胸がポカポカした。それにしても、豊かに育ったお髭様が頬にあたって、むずむずするやらモフモフするやらで落ち着かない。何とは無しに、頬にあたらないようにワシっと掴むと、私を抱えた丸太の腕がビクッとなった。
「?ごめんなさい」
「いや」
ギュ
ビクッ
ギュ
ビクッ
「髭には触れないでもらいたい」
「はい」
くぐもった声に叱られてしまった。それはさておき、こんな森の中をどこに向かっているんだろう。
「ロワさん、何処に向かっているんですか?」
さん付けで呼ばせてもらったが、何も言わないところをみると、許してもらえたらしい。周りの景色が飛ぶように流れて行くので、結構なスピードが出ていると知る。しかし、体に感じる振動は僅かだ。大男がいかに静かに歩いているかが分かるというものだ。昼間というのはわかるけど、今何時なんだろう。上着のポケットを漁る。
あっ! カバン! 自転車も! どうしたんだっけ?
「ロワさんすみません! 私と一緒に物が落ちてませんでしたか?」
なんて大事なことを忘れていたのか。
食べ物は入ってなかったから、動物に荒らされる事はないと思うけど、スマホやら大切な物もあったのだ。早く探しに行きたい。
「なかった」
「なかったんですか?」
「ああ」
「本当に……?」
「ああ」
この、大嘘つき大男め!
どんな物なのか聞かないで無いと断定した。この男は知っているのだ。知っていて教えない理由は何だ。どちらにせよ私にできるのは、そうですかと答えるだけだった。ゴールポストのような男の腕の中で騒ぎ立てたところで事態が好転するとは思えなかった。
「夏の別邸に行く。魔除けは昨日全て使い果たした。日暮れまでに着かなければ危険だ」
そんなに大きな図体で、丸太のような腕をして、ナイフや長剣を携帯してても危険なんですね。じゃ、本当に危険なんだ。魔除けもないそうですしね。危険危ない。危険怖い。
「大人しくしてます」
私は鳥の巣よろしく、成人男性の胴程もある腕の中に丸まった。私は元来臆病な人間だ。そして現実的でもある。迫り来る危険のために、目の前の疑問を保留ボックスへ投げ入れた。
あたりが薄っすら暗くなってきた頃、下生えが刈られたひらけた場所に出た。昨日嗅いだ甘い匂いが微かにする。別宅とやらに到着したのか、危険は去ったのかと首を伸ばし辺りを見回していると、頭上で笑った気配がした。
「なにか?」
「なんだ」
そこには眼光鋭い顔面凶器がいるだけだった。
そうだよね、笑わないよね?どこも可笑しくなんてないしね。そもそも髭量が多すぎて表情など分からない。
「この辺は魔除けに使う夏漆が群生している。そんなに怯えずとも良い」
「夏漆?」
なにそんなかぶれそうな名前。ふと気づいたが、言葉を理解し話せるだけでなく、言葉の持つ大体の意味やニュアンスも感じることができるようだ。
ずいっと眼前に草が差し出された。白い可愛らしい花と細い葉がふさふさと揺れている。
「これだ」
さらに鼻先に近づけられた。なんだね、匂いでも嗅げってことですか?とりあえず、嫌そうな表情を作ってクンクンしてみると、ローズマリーに似た香りがした。ああ、肉料理が食べたい。猛烈にお腹が空いてきた。ほとんど丸一日何も飲み食いしていない。
ぐぅぅぅぅ
夕暮れの森に胃の空腹期収縮音が鳴り響く。
「空腹か」
いやいやいや、あなたと一緒にいた間に、私が何か食べるの見ましたか?どんだけ鈍感なんですか? お腹が減ってるに決まってるでしょーが!
叫びたいところだったが、こめかみをピクつかせるだけにとどめた。
「しばし待て」
ロワさんは申し訳なさそうな顔をして……してなかった!(怒)だが、歩みを少し早めてくれたようだった。
ぐぅぅぅぅ
ぐぅぅぅぅ
やる気になった私の消化器官は、別邸に着くまで活発に自己主張を繰り広げるのだった。
21
あなたにおすすめの小説
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました
四折 柊
恋愛
子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)
「美しい女性(ヒト)、貴女は一体、誰なのですか?」・・・って、オメエの嫁だよ
猫枕
恋愛
家の事情で12才でウェスペル家に嫁いだイリス。
当時20才だった旦那ラドヤードは子供のイリスをまったく相手にせず、田舎の領地に閉じ込めてしまった。
それから4年、イリスの実家ルーチェンス家はウェスペル家への借金を返済し、負い目のなくなったイリスは婚姻の無効を訴える準備を着々と整えていた。
そんなある日、領地に視察にやってきた形だけの夫ラドヤードとばったり出くわしてしまう。
美しく成長した妻を目にしたラドヤードは一目でイリスに恋をする。
「美しいひとよ、貴女は一体誰なのですか?」
『・・・・オメエの嫁だよ』
執着されたらかなわんと、逃げるイリスの運命は?
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる