腕まくり助産師〜異世界の母子は私が守る!その前に自分の身も守らせて!〜

ミラクリッド零式

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2.髭と私

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 ゆらゆら

 ドクドクドクと穏やかなリズムと心地の良い振動が私を包んでいる。甦るのは懐かしい記憶。

 蝉の声と古い扇風機の音、お母さんの化粧水の匂い。

「お母さん?」

 温かなものが目尻を拭う。目蓋を持ち上げると、地面が遠かった。

「目が覚めたか?異世界の娘よ」

 夢じゃなかった。

 昨晩、こんなどことも知らぬ山の中で、殺人犯も裸足で逃げ出す大男の前で私は眠ってしまったらしかった。
 しかも、びっくりするくらい熟睡した。いつの間にか朝を迎え、子供のように片手で抱き抱えられているのにも気付かずに。

 私も自分の図太さに驚いている。寝ているだけならまだしも、目が覚めた状態でこの状況を甘んじて受け入れている。

 だって、温かくて、ゆらゆらしてて、安心する。

 ん?安心?

 まてまて私、警戒心を何処に落としてきたのかな?

「どうした」

 急に頭を抱えた私に驚いたのか、大男が歩みを止めた。巨体に似合わず、心配そうにこちらを窺っている。

「いえ、寝てしまってすみませんでした。起きたので歩きます」

 下に下りるというジェスチャーをすると、男は首を横に振った。

「心配するな。お前は羽ほどに軽い」

「いえいえ、それだと申し訳ないので、歩きます。歩かせてください」

 再三訴えてみるが、何言ってるんだ? みたいに全然通じず、丸太のような腕は少しも緩まなかった。

「……。じゃ、いいです」

 色々諦めた。危害を加えられる訳でもないし、こんな歩きにくそうな森の中で運んでくれてるんだ。サンキューおじさんくらいに考えよう。再び歩き出すと、大男がぽつりと呟いた。

「ラングルトだ」

「へ?」

「私の名前はラングルト.ディダ.ロワだ」

「ら、ランク?」

「ロワで良い。家族はそう呼ぶ」

 そんなに親しくないのに、家族みたいに呼んでいいんですか?いや、よくないですよね?

 私が迷っていると、ゴゴゴと音が聞こえそうなアイスブルーの瞳に、睨まれた。

「ロワさん」

 そう呼べば、

「ロワで良い」

 と幾分食い気味に返された。いやいや、そんなに親しくもないのに呼び捨てにはできませんよ。それに相手から名乗られたら、こちらも答えるのが大人だよね。

「私の名前は斎藤 蓮さいとう れんです」

 今更だが、異世界でどうして言葉が通じるのか不思議でならない。

「サイトゥーレン」

 いや……、やっぱりそうなるよね。

「レンでいいです」

「レン。……レン」

 ヒグマのような男が、大切な物のように呼ぶと不思議と胸がポカポカした。それにしても、豊かに育ったお髭様が頬にあたって、むずむずするやらモフモフするやらで落ち着かない。何とは無しに、頬にあたらないようにワシっと掴むと、私を抱えた丸太の腕がビクッとなった。

「?ごめんなさい」

「いや」

 ギュ

 ビクッ

 ギュ

 ビクッ

「髭には触れないでもらいたい」

「はい」

 くぐもった声に叱られてしまった。それはさておき、こんな森の中をどこに向かっているんだろう。

「ロワさん、何処に向かっているんですか?」

 さん付けで呼ばせてもらったが、何も言わないところをみると、許してもらえたらしい。周りの景色が飛ぶように流れて行くので、結構なスピードが出ていると知る。しかし、体に感じる振動は僅かだ。大男がいかに静かに歩いているかが分かるというものだ。昼間というのはわかるけど、今何時なんだろう。上着のポケットを漁る。

 あっ! カバン! 自転車も! どうしたんだっけ?

「ロワさんすみません! 私と一緒に物が落ちてませんでしたか?」

 なんて大事なことを忘れていたのか。

 食べ物は入ってなかったから、動物に荒らされる事はないと思うけど、スマホやら大切な物もあったのだ。早く探しに行きたい。

「なかった」

「なかったんですか?」

「ああ」

「本当に……?」

「ああ」

 この、大嘘つき大男め!

 どんな物なのか聞かないで無いと断定した。この男は知っているのだ。知っていて教えない理由は何だ。どちらにせよ私にできるのは、そうですかと答えるだけだった。ゴールポストのような男の腕の中で騒ぎ立てたところで事態が好転するとは思えなかった。

「夏の別邸に行く。魔除けは昨日全て使い果たした。日暮れまでに着かなければ危険だ」

 そんなに大きな図体で、丸太のような腕をして、ナイフや長剣を携帯してても危険なんですね。じゃ、本当に危険なんだ。魔除けもないそうですしね。危険危ない。危険怖い。

「大人しくしてます」

 私は鳥の巣よろしく、成人男性の胴程もある腕の中に丸まった。私は元来臆病な人間だ。そして現実的でもある。迫り来る危険のために、目の前の疑問を保留ボックスへ投げ入れた。

 あたりが薄っすら暗くなってきた頃、下生えが刈られたひらけた場所に出た。昨日嗅いだ甘い匂いが微かにする。別宅とやらに到着したのか、危険は去ったのかと首を伸ばし辺りを見回していると、頭上で笑った気配がした。

「なにか?」

「なんだ」

 そこには眼光鋭い顔面凶器がいるだけだった。
 そうだよね、笑わないよね?どこも可笑しくなんてないしね。そもそも髭量が多すぎて表情など分からない。

「この辺は魔除けに使う夏漆が群生している。そんなに怯えずとも良い」

「夏漆?」

 なにそんなかぶれそうな名前。ふと気づいたが、言葉を理解し話せるだけでなく、言葉の持つ大体の意味やニュアンスも感じることができるようだ。

 ずいっと眼前に草が差し出された。白い可愛らしい花と細い葉がふさふさと揺れている。

「これだ」

 さらに鼻先に近づけられた。なんだね、匂いでも嗅げってことですか?とりあえず、嫌そうな表情を作ってクンクンしてみると、ローズマリーに似た香りがした。ああ、肉料理が食べたい。猛烈にお腹が空いてきた。ほとんど丸一日何も飲み食いしていない。

 ぐぅぅぅぅ

 夕暮れの森に胃の空腹期収縮音が鳴り響く。

「空腹か」

 いやいやいや、あなたと一緒にいた間に、私が何か食べるの見ましたか?どんだけ鈍感なんですか? お腹が減ってるに決まってるでしょーが!

 叫びたいところだったが、こめかみをピクつかせるだけにとどめた。

「しばし待て」

 ロワさんは申し訳なさそうな顔をして……してなかった!(怒)だが、歩みを少し早めてくれたようだった。

 ぐぅぅぅぅ

 ぐぅぅぅぅ

 やる気になった私の消化器官は、別邸に着くまで活発に自己主張を繰り広げるのだった。

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