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3.大きな森の大きな館

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 ロワさんに連れてこられたのは、森の中にある石の館だった。屋根には木の皮が葺かれているが、こんな森の中なのにほぼ石でできていた。白い御影石に似ていて表面はざらりとしていた。
 館の大きさはパッと見一戸建て三軒が並んだくらいで、窓の配置から二階建てのようだった。ロワさんは私を抱えたまま、縦四メートルはあろうかという大きな扉を押し開けた。ギギギではなく、ゴゴゴッと音を立てて扉が開けば音に気がついたのか、二人の人間が転がるようにやってきた。

「おお、旦那様!よくご無事で! 」

「お帰りなさいませ。あなた、そんな所でお引止めしないで!旦那様さぁさぁこちらに」

 年老いた夫婦らしき二人は、涙を浮かべながらロワさんの帰りを喜んだ。腕の中にいる私の存在にも気が付いているが、うんうんと涙を拭いながら頷くだけだった。

 ?

「御潔斎はお済みでしょうか?窯の火を絶やさずにおきましたので、すぐにお食事をご用意できます」

「ああ」

「この娘にも必要なものを頼む」

「ええ、ええ、万事お任せくださいませ」

 おじいさんが満面の笑みで答え、私は異世界あるあるの、生贄エンドや拷問エンドを選択肢から外した。私達が迎え入れられた部屋は玄関から続く居間のようで、大きなダイニングテーブルと椅子が並べられていた。高い天井からは丸い籠が下がり、その中から眩しい光が漏れ、私達を明るく照らした。

 家に入っても一向に降ろしてくれないロワさんは、二階へ上がると小ぶりなドアを開けて屈むように一つの部屋に入った。中は二十畳くらいの空間で、美しい木目の床と塗りたてのような漆喰の壁、ロワさんでもゆったり動ける天井の高さだった。一緒に来たおじいさんが、持参したランタンから部屋の籠の中へ光源を入れている。

 籠から光が溢れ出すと、より一層この部屋の美しさが際立った。ベッドと鏡台しかないが、暖かみのあるこの清潔な空間が私には何より嬉しかった。私が肩の力を抜いたのを感じたのか、ロワさんはどこかホッとした様子(見た目は表情のない野盗の頭目だが)で、ベッドに私を腰掛けさせると部屋から出て行った。

「大変お疲れでしょう。すぐにお飲み物と、お湯をお持ちしますが、何か必要な物はありますでしょうか? 」

 人の良さそうな眉毛を八の字にしたおじいさんは、ニコニコと笑みを絶やさない。まるで、初孫を見るような眼差しだ。

「え、いえ。あの、大変恐縮ですがお腹が空いておりまして……」

「心得ております奥様。ただ今、家内が腕によりをかけて準備いたしておりますので、しばしお待ちください。必要な物がございましたら、いつでもお申し付けくだされば直ぐにご用意いたしますので」

 今奥様って聞こえた? あれかな? フランス語のマダムのように、未婚・既婚に関わらず、身分ある女性の総称ってやつなのかな?

「ありがとうございます。あの、おじいさんのお名前をうかがってもいいですか?私の名前はーー」

 名乗ろうと口を開くと、おじいさんは優しく手で言葉を止めた。

「私のことは、バロック。家内のことは、ミズルバとお呼びください」

「名前を呼ぶことが出来るのは、主人と家族だけです。奥様は名乗る必要はございません」

「……、それは知りませんでした。それではバロックさんとお呼びしてもいいでしょうか?」

 おじいさんは少し目を見開くと、更に目尻を下げてニコニコした。

「尊称は必要ございませんが、奥様のお好きなようにお呼びください」

 バロックさんは好々爺然として、準備のため部屋を出て行った。気持ち背中がウキウキしていたのは見間違いだろうか。

 それにしても……

 ロワさんに自己紹介してしまったではないか

 名乗にしきたりがあるのならば、ちゃんと教えてくれないと!! それとも、私のことを使用人として認識してるから名前を聞いても驚かなかったのかな? いや、それだとロワさんから名乗ってきた理由がわからない。

 異世界人だし、大目に見てくれたのかな?

 それにしても、異世界トリップとは参ったねこりゃ。あちらの世界では、やり甲斐のある仕事を持っていたし、大好きな家族だっていた。ここがどんな世界なのか知らないけれど、戻れるのなら直ぐにでも戻りたい。助産師としても5年目で、まだまだ学ぶべきことが沢山あったのに。

 ちょっと悲しくなってきた

 涙がポタリと膝に垂れて物思いから覚めた。ベットの正面にある窓に近寄ると、ガラスが嵌っていることに気がついた。透明だが、表面の凸凹したガラスだ。今まで見た情報を集めると、元の世界の15世紀程度の文化水準なのだろうか。明かりの灯し方をみれば、私達の世界とは違うエネルギー源の存在も窺わせる。

 おじいさんが灯した籠を隙間から覗くと、暖色系の小さな光がフヨフヨと動いていた。生きているのか?蛍のような虫なのか?ちょっと触ってみたい。熱いのかな?齧られるかな?

 好奇心が勝ち、そぉーっと指を差し入れる。

「おやおや」

 ビクッと振り向けば、大きな盥を抱えたバロックさんがいた。バロックさんは一六八センチある私より頭一つ以上大きく、一九◯センチは超えているだろうか。ロワさんがいるときは感じなかったが、バロックさんも十分大きい。

「ハミは初めてですかな?」

 盥を置いて近づいて来ると、籠の中からハミと呼ばれる光源を一つ取り出した。

 ハミはバロックさんの手の上でフヨフヨ浮かんでいる。

「ハミは別名光虫と呼ばれますが、古き精霊の一種です。人に危害を加えることはありません。ご覧になりましたら、また籠へ戻してください」

 でた精霊!! 急にファンタジー色が強くなってきた。

 バロックさんは私にハミを渡し、そう説明だけするとお湯の準備に戻って行った。

 光は部屋中を明るくするのに、見ていても目が痛くならない。どれくらいハミを眺めていたのか分からないが、声をかけられるまで見つめていた。

「奥様」

 今度は飲み物とリネンを抱えたミズルバさんが立っていた。茶色に白が混じる髪を後頭部でお団子にしており、彼女も目尻を下げて私を見ている。背丈はバロックさんよりやや小さいが私よりは全然大きい。

 ハミに熱中していた姿を見られ、急に恥ずかしくなり慌てて籠に戻した。

 それから、持ってきてもらった飲み物(ネクターの薄くなったもの。美味しい!! )を一気に飲み干して、おかわり用の壺に入っているものも殆ど飲み干した。

 ミズルバさんは「まぁまぁ」とニコニコ顔だったが、呆れられていないか心配だ。だいぶ満たされたところで、入浴を勧められた。

 バロックさんが用意していた盥はお風呂のようだった。ミズルバさんに使い方を習い体を洗う。まず盥に入り、事前に小さな桶で泡だてておいた薬草水で全身を洗う。ヨモギと金木犀の混じったような匂いに包まれて髪を洗い、全身を擦りまくった。スポンジのようなものは無く、手で全て行った。

 ミズルバさんの手伝いを断って本当に良かった。

 しかし、掛け湯の段階で問題に直面した。手酌用の桶が重すぎるのだ。お湯の溜まった桶から汲み出すのだが、湯が入ると途端に重くなる。わずかな湯を入れ、どうにか両手で体にかけるが、どう考えても頭まで持ち上げるのは不可能に近かった。

 湯の入っていない状態で五キロはあるんじゃないかな?三ヶ月の甥っ子くらい重い。


 んぎぎぎと必死の形相で桶を持ち上げる。頭は突っ込んで洗うしかないか。少しずつしか湯が汲めないため、いまいち泡が落ちない。

 気合いを入れて、再び桶を持ち上げる。

 フングググ!!

「奥様……、お湯をおかけしますね」

 いつの間にか後ろに立っていたミズルバさんに桶を取られた。

「ひょ!」

 変な声出た

 全裸で奇声をあげてる姿見られた……

「お声はかけさせていただいたのですが、驚かせてしまってすみません。やはり奥様には重いようですね、すみません。私どもがお手伝いすれば良いと思い、奥様の手に合うものは作っておりませんでした。」

 おかけしますね、と声をかけられると同時に、心地よい湯量が降り注ぐ。これ幸いと頭をゆすぎながら、私は驚いていた。

 私、もしくは別の女性が前の世界から来ることが分かっていた?そうすれば、ロワさんをはじめとした人々が驚きなく私を受け入れているのも頷ける。そしてこの女性用に整えられた部屋、大きさが私に丁度いい家具達。

 確かめなくてはいけない事が沢山あるようだ。

 ミズルバさんにザブザブお湯をかけてもらい、入浴は無事に終了した。
 絶対肌荒れしそうなくらいの泡立ちだったが、意外と肌はしっとりしている。濡れた髪はミズルバさんが丁寧に柔らかな布で乾かし、サラサラするオイルをつけて梳いてくれた。ウエストまである髪はあっという間にツヤツヤになった。また、同じオイルは肌に塗っても良いようだった。私肌荒れしやすいんですよねーと恐る恐る試してみると、驚きの浸透力と保湿力で肌が内側から輝いて見えた。

 何これ! 何て化粧品! 凄い!

 しかもオレンジみたいないい匂い!

 アラサーの肌が喜んでるよー!!

 凄い凄いと呟きながら体に塗りたくる姿を、ミズルバさんはそれでも優しく見守ってくれていた。

 自分の順応性の高さが怖い

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