大好きな乙女ゲームの世界に転生したぞ!……ってあれ?俺、モブキャラなのに随分シナリオに絡んでませんか!?

あるのーる

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2.バタバタ!入学までにもイベント盛りだくさん!

エドワード……お前、俺の気持ちを汲んで……!

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 大きな瞳をゆらゆらと揺らし、不安げな顔を俺たちに向ける少年。胸のあたりでギュッと組まれた両手には、何やらくたびれた小さな布袋のようなものが握られていた。

「どうかしたのかな?」
「えっと……お兄さんたち、回復してくれる人、ですよね?」
「回復? まぁ、してるけれども……」
「お願いです! 母さんを……母さんを治してください!」

 ガバっと頭を下げると同時にこちらへと差し出された布袋に、どうしたものかとエドワードを顔を見合わせる。とりあえず、とエドワードが布袋を受け取り、少し口を開いてみれば中から現れたのは想像通り何十枚かの銅貨。
 領地を回り多少名が知れ渡ったおかげなのか、こうして直に依頼をされることも稀にある。治せるものなら治し、あまりに酷いようならちゃんとした医師か回復師に話を伝えるようにしているのだが、その辺の線引きが難しい。
 特別扱いはくれぐれもしないようにと釘を刺されているけれど、やっぱ頼まれたなら頑張りたくなっちゃうものだ。

 そんな俺の性格を見越して、依頼を受ける前に金銭は受け取らないようにと父に厳命されている。特に本人がその場にいないときは、実際に見てみないことには治せるものかも分からないから余計に。なんなら依頼自体を断れとまで言われていた。

 だけど随分と切羽詰まっている雰囲気だし、様子を見るくらいはしておきたいよな……。
 そんなことを考えて問いかけるエドワードの視線に頷きを返し、俺は未だ頭を下げている少年を見る。……ガリガリってほどじゃないけど、それでもあまり食べれてはいなさそうだ。
 多分この布袋の中身は、必死に貯めたものなんだろう。中身以上に重く感じるそれを、エドワードは少年に返す。

 返された袋に断られたと顔を大きく歪める少年、その今にも泣きそうな目にしゃがんで目線を合わせた俺は、安心するよう笑いかけながら少年の肩を優しく撫でた。

「っ、ごめい、わくを」
「いや、大丈夫だよ。それで、お母さんはどこにいるのかな?」
「! 治して、くれるんです、か?」
「治せるかは分からないけど、出来る限りのことはするよ」
「ぁ……ありがとうございます……! あの、こっち……僕の家、こっちです!」

 ぱっと明るくなった表情に胸を撫で下ろし、駆け出そうとする少年の後を追う。途中護衛の騎士さんにも声をかけ、6人の団体での大移動である。

 しかし、思っていたより少年の家は遠い。話しかけられたのは村の内地寄りの入り口近くだったのでてっきりその辺だと思っていたのだが、この様子だと領境の方になりそうだ。

 とはいえそれほど広い村ではない。目前に迫る小さな家が一番端にある家であり、あれこそが少年の家なのだろう。
 
「……あれ?」

 家に近づくにつれ、さぁ、やったるぞ! とやる気を漲らせていった俺。だが少年は扉を華麗に通り過ぎ、まだ止まる様子がない。
 おかしいな、ここより向こうには誰かが住めるような建物はなかったはずだが? ……もしや、去年見つけた熊の巣穴に!?
 なんてぼんやりしょうもないことを考えてみながら、俺たちの行進はまだまだ続く。

「……悪いが、これ以上はついていけない。ここから先は領が変わるが、我々はそちらへ足を踏み入れる訳にはいかないのだ」

 歩き続けてさらに数分、ついに領まで越えそうになったとき、たまりかねたように騎士の一人がそう言った。

 アルベント侯爵領とフォーリン辺境伯領の間、というか辺境伯領の周りはいざというとき魔物が簡単に逃げられないよう森に囲まれている。その所々に通行所となるような森の切れ目があり、大抵は出入りを管理するため村や町なんかが置かれているのだ。

 俺たちがさっきまでいた村もその一つで、この先にも辺境伯領側のそういった村があったはず。恐らく少年の家というのはその辺境伯領の方の村にあるのだろうが……となると、騎士の言った通り俺たちが向かう訳にはいかない。

 どこでもそうであるが、領を越える場合は通行証というものが必要になる。まぁ家紋で顔パス、とか領の端っこでちょっとだけ商売、とか、なあなあになっている場合も多数であるが。
 特に先ほどまでの村とこの先の村のように近くにある村同士は物資の取引での行き来は暗黙の了解となっており、本来ならばそう目くじらを立てることでもないといえる。

 だが、俺たちがするとなると話は別だ。なんせ俺は次期侯爵。家紋も掲げずこっそり武力騎士たちを連れて他領に潜入する、など、ともすれば侵略行為に等しい。

 それに、俺たちにはエドワードがいる。おかげというかなんというか、ずっと閉じ込められていたために顔は広く知られていないが、万が一にもエドワードを知るものと遭遇してしまうと少し面倒なことになりかねない。
 俺の婚約者となってはいるが婚約式をしたわけでなく、早急にということで辺境伯にすら内密に取り決めたもの。故に広く周知されているものでなく、婚約の知らせが辺境伯にちゃんと届いているか把握できていない以上軽率な行動は慎みたい。
 
 ちなみにであるが、本来婚約は家と家で結ぶものであるため当主が知らないなんてありえない。しかし今回に限っては今までの扱いから言って現辺境伯の了承を取ることは難しいと容易に予想がついたので、代理に任せているけど年齢が足りないだけで正当な当主はエドワードなんだぞ! という屁理屈を使って無理矢理婚約を通した次第である。その辺は父が宰相補佐って身分を存分に振るったらしい。
 めちゃくちゃ職権乱用っぽく聞こえるが、過去に数度乗っ取りを企む代理人から家を守るため、という理由で同じ例が認められたこともあり、割とすんなり通ったそう。
 まぁ本当に私利私欲に走っていたら、そもそも王家が見逃さない。貴族の婚約婚姻は王家の管理下にあるのだ。普段は貴族間のあれこれに介入しない王家だが、ちゃんと締めるところは締めている。調査すればエドワードの処遇も早期に見つけられたのではと思うともうちょっと首を突っ込んでも……と感じはするが、まぁ王家が事あるごとに口出しする危険性を考えるとこのくらいが丁度よいのかもしれない。

 ともあれ、そんな訳でフォーリン辺境伯領に気軽に立ち入れない俺たちは、少年の後をついてはいけないのだ。
 騎士の言葉と共に足を止める俺たちを振り返った少年は焦った顔つき。そりゃそうだ。少年としてはここまで来てそりゃないよって感じだろう。

「た、確かに僕の家は辺境伯領にあります……でも、ほんとうに端っこなんです! 母さんを見てくれるだけ、少しだけでいいんです!」
「そうだとしても、駄目なものは駄目だ」
「そんな……やっぱり、お金が足りないから? ぼ、僕にできることはっ、なんでもするので……!」
「そういうことじゃないんだよ、少年」

 またしても泣きそうな顔で必死に言い募る少年に、しゃがんで言い聞かせるようこちらも必死な騎士たち。そんな4人の攻防を、俺は黙って見守っていた。

 本音を言うと、ちょっと行ってパッと治せばバレないんじゃない? って思ってる。だがそんなことを言ってしまえば俺だけではなく主人の命令として騎士たちも従わざるをえなくなり、さらには監督責任とかで父も巻き込む事態になりかねない。
 
 それに、少年のような境遇は珍しいものでもないだろう。会って話したからって少年とその家族ばかりを優遇するのもおかしな話。ましてや領民でもないのに、って、いい加減自分の立場とできること、範囲を自覚する考え方ができるようになってきた。

 だから、黙る。口を開けばまた性懲りもなく甘いことを言ってしまうから。
 今更なようだが、今更でも意識を改めていかなければいつまでも変わらないから。

「……」
「……いい。俺が行く」

 少年の説得をにべなく躱す騎士をひたすら眺めて数分。罪悪感と責任感の板挟みで変わらないように意識していた表情が僅かに歪んだのと同じくらいの時、同じく黙って俺の隣に立っていたエドワードが言葉を発した。
 ハッとしてエドワードを方を見ると、フードの下で微かに笑っている。

「カノンたちじゃなくて、俺一人が行けば問題ないだろ?」
「も……問題あるでしょ!」
「問題といえば理由を付けられたとはいえ、俺がこっちにいること自体が問題だったから。黙って出ていったんだから少しくらい黙って戻っても大丈夫さ」
「いやいやいや! え、大丈夫ではなくない? 近場っていってもエド一人は危ないし、なにより万が一があってまた地下室にいくことになったら……」
「脱出した実績はあるからな。平気平気」
「そ、そんな軽い感じで……」

 あっけらかんと爽やかな口調のエドワードに、俺の方が拍子抜けだ。
 俺たちのやりとりに気付いたのか、話あっていたはずの4人もいつの間にかこちらを向いている。騎士たち3人は驚いた顔で、少年は目に涙を光らせながら弾けたような顔で。その少年の顔を見ると、情けないことに重くなっていた心が軽くなってしまう。
 恐る恐るもう一度エドワードの方を向くと、一層笑みを深めて俺を見ていた。

「……もしかして」
「……俺は、カノンのその性格に救われたから。俺だけは、カノンの甘い優しさを否定しちゃ駄目だろう?」
「え……エド~!!」

 湧き上がる何かで思わずエドワードに抱き付いた俺の背中に、一瞬間を置いた後そっと回されるエドワードの手。
 いや危険も問題もなくなったわけではないのだが。突き放すこともできず、ただただ時間を経過させ、最後はエドワードに甘えてしまったのだが。
 まだまだ、俺は未熟だな……。

 何度も頭を下げる少年と共に領の向こうへと歩き出そうとするエドワードに、俺は出来る限りの防御魔法をかける。平気、とエドワードは言っていたが、言い出しっぺのくせに同行できないのだ。用心くらいはさせてほしい。
 
 そうして念入りにエドワードに魔法をかけ、俺は2人の背中を見送った。
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