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スズランの毒

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 私とウェンデの結婚式は、やけに静かだったのをよく覚えている。

 次期女王として盛大に祝われたフィオネや、パンツスタイルの珍しいウエディングドレスを着て周囲を沸かせたマーリットと違って、水を打ったように終始''静粛''であった。誓いの指輪交換を終えて新郎新婦退場の段になっても、歓声は無く冷めたような拍手がされるだけだったのである。

 その時既に、優秀な姉二人とは違って自分は国のために貢献出来ていない自覚はあった。

 だから結婚指輪はなるべく安価なものを選んだし、ドレスは飾りが少なく華美でないものを選んだ。招待客や民衆の冷ややかな態度も、仕方の無いことだと私はひたすらに自身に言い聞かせていた。

 全部自分のせいだ。せめて、みっともない失敗をしないようにせねば。

 そうやって心の中で自らを叱咤したものの、突き刺さるような皆の鋭い視線が怖くて、退場の際に私はバージンロードの半ばまで歩いたところで足が震え始めてしまったのだった。

 段々と歩幅が小さくなり、足取りが危うくなっていく。そしてとうとう、私は足首を捻る形で転倒してしまったのだ。

「……っ!?」

 突然バランスを崩したことにより、周囲が一気にざわついた。

 しかし、床に手を付きかけたその時。

 私の身体は、頼もしい腕で支えられていたのだった。

「……危ない。結ばれて早々、花嫁に怪我させるとこだった」

 そう言って、ウェンデは困ったように笑った。そして彼は、そのまま私を横抱きにして教会の入口まで歩き出したのである。

「……っ、申し訳ございません」

 彼の首元に腕を回しながら、私は小声で囁いた。

「大丈夫。私がついてるから、心配しなくて良い」

 力強いウェンデの言葉を聞いて、安心したのを今でもよく覚えている。そして私も、彼のために良き妻になろうと心の中で決意したのである。

+

「ウェンデ様がベスレエラの人々に嫌われてる? それはどういうことですか?」

「もっと言えば、リクスハーゲンの人々からの評判も決して良くはないだろうな」

「そんな……っ、どうして……!!」

 混乱のあまり、私はラーシュの腕を掴んだ。するとそれは簡単に引き剥がされ、彼と指を絡めるように手を繋がれてしまったのだった。

 それは所謂、恋人繋ぎであった。

「っ、ちょ、ラーシュ兄様!?」

「後の話はダンスしながらで良いかな? ルイーセ」

 ちらりと窓ガラス越しに広間を見やってから、ラーシュは言った。見れば、招待客達が気遣わしげに私達の様子を伺っていた。良く考えると、痴話喧嘩をしているように見えてもおかしくは無い状況であった。

「……はい」

 バルコニーに彼と長居して、あらぬ噂を立てられてはかなわない。私は頷いて、ラーシュと共に広間へと戻った。

「さ、お手をどうぞ、王女様?」

 ゆっくりとした歩みでダンスを始めてから、ラーシュは言葉を続けた。

「ベスレエラ王室の人々は、代々魔力を持つことは知ってるね?」

「はい、勿論」

「それに加えて、この国は君が思っている以上に血統を重んじる国なんだ」

「え?」

 ラーシュの方を見ると、彼もまた私のことを見つめていた。深みのある赤色の瞳は、妖しい光を宿していた。

「魔力は親から子へ受け継ぐものだから、ベスレエラ王家は長い歴史の中で力を絶やさぬように結婚相手を選んできたんだ。''高貴なる血''を絶やしてはならないという言葉もあるくらいだからね」

「……」

「とはいえ、それは国同士の争いが絶えなかった時代の話だ。ここ暫くは、血筋よりも個人の意思を尊重するようになってきた。ただ……世間からすればそうは行かなくてね」

「と、言うと?」

「はっきり言うと、ベスレエラの国民は皆、僕達が結婚するのを期待していたんだ」

 ラーシュの言葉に、私はただ目を見開いた。

「そんな……リクスハーゲンとベスレエラは過去に婚姻関係を結んでいるではないですか。近親婚など……」

「それは何代も前の話だ。それに歳も近くて仲の良い国同士であるのだから、期待されるのも当然だろう?」

「でも……っ、私はリクスハーゲンの第三王女という肩書き''だけ''しか持っておりません。皆に期待されるような存在では……っ」

「ルイーセ。君は高貴な身分であり皆から好かれる存在なのだから、それで十分なんだよ」

 ふと辺りを見回すと、私達を見てひそひそ話に花を咲かせている者も多くいた。

「あのお二人、本当にお似合いですこと」

 そんな声も聞こえてきたのだった。

「話を戻すと、ウェンデは騎士団長という肩書きはあれど、彼らの言う''高貴な身分''には該当しない。貴族と言えど王族ではないから、残念ながら仕方の無いことだ。だから、今でも反発が根強いんだ」

「……そんな」

「それに、政略結婚が横行していた時代は上手くいかなければ離縁して再婚なんてこともザラだったから、何かの間違いで僕達が結婚するのを楽しみにしてるんだよ、みんなね」

 言葉を囁き合いながら踊る私達を、招待客達は遠巻きに見つめていた。その目は何処か期待に満ちた目付きにも見えた。

「彼が何故、式典への参加を断ったのか。もう分かっただろう?」

「……はい」

 ウェンデのことを何も知らないのに。何でみんな、こんなにも酷い態度を取れるのだろう。

 怒りや悲しみがどっと押し寄せてきて、私は唇を噛み締めた。けれども、無力であるが故に、私はそれ以外に何も出来なかったのである。
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