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王妃の怒り
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「クラーラ様。貴女が禁術をお使いになったということで、お間違いございませんね?」
「……っ」
クラーラは無言のまま、何も答えない。しかし否定しないので、それは消極的な「肯定」に他ならなかった。
「それでは今回の件について、私からウクラーリフ国王陛下にご報告させていただきます。その上で……」
リシャルドが話している途中、突然応接間の扉が開いた。そして慌てた様子で、何者かが部屋に入ってきたのだった。
「クラーラ様!!」
「……キーアス王太子殿下?」
部屋にやって来たのは、ウクラーリフの王太子キーアスであった。よほど急いできたのか、彼は息を切らせており、額には汗が滲んでいた。
キーアスの登場はリシャルドも想定外だったらしく、彼も驚いたように目をぱちくりさせていた。
「キーアス王太子殿下、いかがなさいましたか? とりあえず、イスにお掛けになって……」
「リシャルド王子殿下、ユスティア妃殿下……このたびはクラーラ様がご迷惑をおかけして、大変申し訳ございませんでした!」
なぜかキーアスは、私たちに深々と頭を下げて謝ってきたのだった。まったく心当たりがないので、私とリシャルドは顔を見合せた。
「今回の件について、すべての責任は私にございます。ですので、賠償等につきましては私が……」
「王太子殿下、お顔を上げてくださいな。まずはお座りいただいて、落ち着いてお話ししましょう?」
「妻の言う通りです、どうか落ち着いてください」
一国の王太子ともあろうお方が土下座しそうな勢いで謝り倒すだなんて、普通ならば絶対に有り得ないことだ。私もリシャルドもキーアスを懸命に説得するものの、彼が顔を上げることはなかった。
「申し開きをするつもりは毛頭ございません。本当に……」
「何で、貴方が出てくるのよ!?」
夫婦揃って困り果てていると、突然クラーラはキーアスを怒鳴りつけたのだった。
「中途半端に余計なことをしないでよ、私なんて貴方にはどうでもいい存在なんでしょう!? ならば放っておけばいいじゃない!」
「っ、クラーラ様……」
「話しかけてこないで、貴方なんて顔も見たくない!!」
そこまで言って、クラーラは応接間から出て行ってしまったのだった。
「クラーラ様! お二人共、申し訳ございません。今日のところは一旦失礼します、また後日、ご連絡させて頂きますので」
「は、はい……承知しました」
勢いに押される形で、私もリシャルドも頷いた。するとクラーラを追うように、キーアスは走って部屋を出て行ったのだった。
二人がいなくなり、嵐が過ぎ去ったかのような静寂が部屋に訪れる。驚きのあまり、夫婦揃って呆気にとられていたのだった。
「リシャルド様、クラーラ様のこと、私たちも追いかけた方がよろしいのでしょうか?」
「いや、ここまで追い詰めて逃げ出すことはできないだろうし、ひとまずは王太子殿下に任せよう。それに……」
「?」
「俺たちはまだ“第二ラウンド”を控えてるんだよ、ティア」
そう言って、リシャルドは服の襟元を正したのだった。
+
「つまり私の体調不良は、クラーラ様の術によるものでした」
「なんと……」
私たち夫婦と後からやって来た義両親は、謁見の間でウクラーリフ国王と面会をしていた。どうやら今日の朝のうちにリシャルドが連絡を入れていたらしく、義両親は禁術のこと含めてすでに把握しているようだった。
「烙印がある以上、クラーラ様の犯行であることに間違いありません。ご心配でしたらご自分で確認いただくか、キーアス王太子殿下にお聞きください。彼もその場におりましたので」
「いえ、この場で貴方が嘘をつくとは思えません。仰っていただいたことは、すべて事実なのでしょう」
国王陛下の顔には、見るからに疲れが滲み出ていた。おそらく彼も、クラーラのワガママに散々振り回されてきたのだろう。今回の件について国王の監督不行届と言ってしまえばそれまでだが、私は彼に同情せざるを得なかった。
なぜならアルラニと同じく、ウクラーリフもまた他国との戦争を経験した国だからだ。すでに終戦したものの、いまだに傷病者を多く抱えている国でもある。つまりは、クラーラの癒しの力により大きく支えられているのだ。
とはいえ、国を担う聖女が犯罪まがいのことをしでかしたとなれば、お咎めなしとはいかない。今回の一件で、国王はさらに難しい対応を迫られることになってしまったのだった。
そんな同情心を密かに抱いていると、義母上が口を開いた。
「国王陛下、差し出がましいようですが……この件について、どのようにお考えなのかお聞かせ願えますか?」
「はい。聖女殿の行動により、貴女方の大切な御令息を命の危険に晒してしまった。それについて、深くお詫び申し上げたく……」
「違うでしょう? リシャルドはこうして生きて戻ってきたのですから、そんなこと些細なことですわ」
「……え?」
驚きのあまり、私は間抜けな声を上げた。国の至宝とも呼ばれる彼が死にかけたことが、一番の問題だと私は考えていたのだから。
「身勝手極まりない振る舞いで、聖女殿がユスティアを深く傷つけた。私はそれに怒っているのです」
見ると、義母上は今まで見たことがない程に険しい顔をしていた。そこには普段の優しげな表情の面影もなく、見る者を畏怖させるような雰囲気をまとっていた。
正直、義母上も私と同じく国王に同情する立場だと思っていたので、それは信じられない光景であった。
「聖女殿は、リシャルドにウクラーリフの爵位と領地を与えて結婚したいと仰っていたとお聞きしました。そんな常識外れなこと、認められると思うのですか?」
「そ、それは……」
「リシャルドだけでなくユスティアもまた、私たち夫婦にとって大事な“娘”です。なので、母として言わせていただきます。国益のために、大切な子供たちを振り回さないでください」
「ヨアンナ。……落ち着きなさい」
義父上が止めに入るまで、義母上は国王に対する‘‘詰め’’を止めなかった。そして場をとりなすように、義父上は口を開いたのだった。
「陛下、この件についてはリシャルドからの説明で十分にご理解いただけたかと思います。今後の対応につきましては、日を改めてご相談させていただいてもよろしいですか?」
「はい、もちろんでございます」
こうして、聖女や国王との面会という名の“詰め会”は幕を下ろしたのだった。
+2025/6/13ホットランキング3位ありがとうございます♡
+次は13:22更新予定。
なんとか無事に新婚旅行を終えたユスティア。ようやく平和な日常が戻り、仲の良い友人たちとお茶会を楽しんでいると、そこに現れたのは……?
お楽しみに♡
「……っ」
クラーラは無言のまま、何も答えない。しかし否定しないので、それは消極的な「肯定」に他ならなかった。
「それでは今回の件について、私からウクラーリフ国王陛下にご報告させていただきます。その上で……」
リシャルドが話している途中、突然応接間の扉が開いた。そして慌てた様子で、何者かが部屋に入ってきたのだった。
「クラーラ様!!」
「……キーアス王太子殿下?」
部屋にやって来たのは、ウクラーリフの王太子キーアスであった。よほど急いできたのか、彼は息を切らせており、額には汗が滲んでいた。
キーアスの登場はリシャルドも想定外だったらしく、彼も驚いたように目をぱちくりさせていた。
「キーアス王太子殿下、いかがなさいましたか? とりあえず、イスにお掛けになって……」
「リシャルド王子殿下、ユスティア妃殿下……このたびはクラーラ様がご迷惑をおかけして、大変申し訳ございませんでした!」
なぜかキーアスは、私たちに深々と頭を下げて謝ってきたのだった。まったく心当たりがないので、私とリシャルドは顔を見合せた。
「今回の件について、すべての責任は私にございます。ですので、賠償等につきましては私が……」
「王太子殿下、お顔を上げてくださいな。まずはお座りいただいて、落ち着いてお話ししましょう?」
「妻の言う通りです、どうか落ち着いてください」
一国の王太子ともあろうお方が土下座しそうな勢いで謝り倒すだなんて、普通ならば絶対に有り得ないことだ。私もリシャルドもキーアスを懸命に説得するものの、彼が顔を上げることはなかった。
「申し開きをするつもりは毛頭ございません。本当に……」
「何で、貴方が出てくるのよ!?」
夫婦揃って困り果てていると、突然クラーラはキーアスを怒鳴りつけたのだった。
「中途半端に余計なことをしないでよ、私なんて貴方にはどうでもいい存在なんでしょう!? ならば放っておけばいいじゃない!」
「っ、クラーラ様……」
「話しかけてこないで、貴方なんて顔も見たくない!!」
そこまで言って、クラーラは応接間から出て行ってしまったのだった。
「クラーラ様! お二人共、申し訳ございません。今日のところは一旦失礼します、また後日、ご連絡させて頂きますので」
「は、はい……承知しました」
勢いに押される形で、私もリシャルドも頷いた。するとクラーラを追うように、キーアスは走って部屋を出て行ったのだった。
二人がいなくなり、嵐が過ぎ去ったかのような静寂が部屋に訪れる。驚きのあまり、夫婦揃って呆気にとられていたのだった。
「リシャルド様、クラーラ様のこと、私たちも追いかけた方がよろしいのでしょうか?」
「いや、ここまで追い詰めて逃げ出すことはできないだろうし、ひとまずは王太子殿下に任せよう。それに……」
「?」
「俺たちはまだ“第二ラウンド”を控えてるんだよ、ティア」
そう言って、リシャルドは服の襟元を正したのだった。
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「つまり私の体調不良は、クラーラ様の術によるものでした」
「なんと……」
私たち夫婦と後からやって来た義両親は、謁見の間でウクラーリフ国王と面会をしていた。どうやら今日の朝のうちにリシャルドが連絡を入れていたらしく、義両親は禁術のこと含めてすでに把握しているようだった。
「烙印がある以上、クラーラ様の犯行であることに間違いありません。ご心配でしたらご自分で確認いただくか、キーアス王太子殿下にお聞きください。彼もその場におりましたので」
「いえ、この場で貴方が嘘をつくとは思えません。仰っていただいたことは、すべて事実なのでしょう」
国王陛下の顔には、見るからに疲れが滲み出ていた。おそらく彼も、クラーラのワガママに散々振り回されてきたのだろう。今回の件について国王の監督不行届と言ってしまえばそれまでだが、私は彼に同情せざるを得なかった。
なぜならアルラニと同じく、ウクラーリフもまた他国との戦争を経験した国だからだ。すでに終戦したものの、いまだに傷病者を多く抱えている国でもある。つまりは、クラーラの癒しの力により大きく支えられているのだ。
とはいえ、国を担う聖女が犯罪まがいのことをしでかしたとなれば、お咎めなしとはいかない。今回の一件で、国王はさらに難しい対応を迫られることになってしまったのだった。
そんな同情心を密かに抱いていると、義母上が口を開いた。
「国王陛下、差し出がましいようですが……この件について、どのようにお考えなのかお聞かせ願えますか?」
「はい。聖女殿の行動により、貴女方の大切な御令息を命の危険に晒してしまった。それについて、深くお詫び申し上げたく……」
「違うでしょう? リシャルドはこうして生きて戻ってきたのですから、そんなこと些細なことですわ」
「……え?」
驚きのあまり、私は間抜けな声を上げた。国の至宝とも呼ばれる彼が死にかけたことが、一番の問題だと私は考えていたのだから。
「身勝手極まりない振る舞いで、聖女殿がユスティアを深く傷つけた。私はそれに怒っているのです」
見ると、義母上は今まで見たことがない程に険しい顔をしていた。そこには普段の優しげな表情の面影もなく、見る者を畏怖させるような雰囲気をまとっていた。
正直、義母上も私と同じく国王に同情する立場だと思っていたので、それは信じられない光景であった。
「聖女殿は、リシャルドにウクラーリフの爵位と領地を与えて結婚したいと仰っていたとお聞きしました。そんな常識外れなこと、認められると思うのですか?」
「そ、それは……」
「リシャルドだけでなくユスティアもまた、私たち夫婦にとって大事な“娘”です。なので、母として言わせていただきます。国益のために、大切な子供たちを振り回さないでください」
「ヨアンナ。……落ち着きなさい」
義父上が止めに入るまで、義母上は国王に対する‘‘詰め’’を止めなかった。そして場をとりなすように、義父上は口を開いたのだった。
「陛下、この件についてはリシャルドからの説明で十分にご理解いただけたかと思います。今後の対応につきましては、日を改めてご相談させていただいてもよろしいですか?」
「はい、もちろんでございます」
こうして、聖女や国王との面会という名の“詰め会”は幕を下ろしたのだった。
+2025/6/13ホットランキング3位ありがとうございます♡
+次は13:22更新予定。
なんとか無事に新婚旅行を終えたユスティア。ようやく平和な日常が戻り、仲の良い友人たちとお茶会を楽しんでいると、そこに現れたのは……?
お楽しみに♡
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