完結♡聖女の狙いは私の旦那様!?~褒賞に選ばれた美貌の王子は、溺愛執着モードにチェンジしたようです~

二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中

文字の大きさ
39 / 50

ユスティアの手助け

しおりを挟む
「この筆……もしかして、貴方の? あっちに落ちてたんだけど……」

 ユスティアはそう言って、持っていた筆を差し出してきた。ふと自分の手荷物を見ると、筆入れは半開きとなっていた。どうやら自分は、ここに逃げてきた時に落としていたらしい。

「……あ、ありがとう」

「どういたしまして。ところで、貴方も川辺の景色を描きに来たの?」

「ま、まあ……そんなところだよ」

 見知らぬ令嬢に“借り”を作ってしまったと思い、自分はぶっきらぼうな応えを返した。しかし、そんな俺の態度を彼女はまるで気にしていないようだった。

「ふふ、そうなのね。私も一緒にここで描いても良いかしら?」

「だ、ダメだ! それは全然にダメ!!」

「? どうして?」

「それは……!」

 手に持っていたスケッチブックを後ろ手に隠そうとした矢先、自分はうっかり手を滑らしてしまった。そして不運なことに、先ほど魚たちを描いたページが開いた状態で、スケッチブックは地面に落ちたのである。

 自分の絵を見て、ユスティアは驚いたように目を丸くしていた。

「……これ」

「……っ、笑うなら笑ってくれよ。下手なのは自分でも分かりきったことさ」

「お魚、とっても可愛いわ!!」

「……え?」

 スケッチブックを拾い上げながら、ユスティアはそう言ったのだった。

「これは小さいお魚たちが、みんな同じ方向を向いて泳いでる姿でしょう? 頑張って泳いでるのがすごく伝わってきて、すっごく素敵だわ!」

「……嘘だ、無理に褒めなくていいよ」

「嘘じゃないわよ。だって、本当に可愛いもの!」

 こちらが圧倒されるような勢いで、ユスティアははっきりと断言した。正直まだ彼女のことを信じられないものの、少しだけなら気を許しても良いと思えてきたのだから不思議なものだ。

 しかし、彼女だってどこかのタイミングで豹変するかも分からない。甘い考えを振り切って、俺は言葉を続けた。

「……でも、これはダメだよ」

「何で? どうして?」

「こんなの出したら……みんなに笑われる……っ」

 突き放すつもりで口を開いたのに、ユスティアの優しげな雰囲気につられて、そんな本音が口からこぼれ出たのだった。

 上流階級の人々は、体裁を何よりも重んじることは幼いながらに分かっていた。他者につけ込まれないように、見栄を張ってでも弱いところを見せてはいけない。つまり、この写生大会でも笑い者になるのは避けねばならないのだ。

「……だったら。私と一緒に、もう一度描いてみない?」

「え?」

「私、絵を描くのは大好きなの」

 そう言って、ユスティアはにっこりと笑いかけてきたのだった。

+

「絵を描く時、どんなところが難しいの?」

「……うーん、どこまで描いたら良いか分からないところと、魚だと泳いですぐ目の前からいなくなるところ……とか?」

 川辺にレジャーシートを敷いて、自分とユスティアは昼食のパンを食べながら話していた。本当ならばモニカたちと食べる予定だったが、どうしても戻る気になれなかったのだ。

「なるほど。それならお花とか、ひとつの物だけを描く方が良いかもしれないわ。植物なら逃げないし、大丈夫よ」

「そんなんで、いいのかな?」

「ええ。だって、何を描くかは自由ですもの」

 自分を助けても何の得にもならないのに、ユスティアは色んなアドバイスをくれた。そして会話を重ねるうちに、自然と自分は彼女に心を許し始めていたのだった。

「そう言えば、私はユスティアって言うんだけれど、貴方のお名前は?」

「……っ」

 ユスティアの問いかけに、俺はつい言葉を詰まらせた。なぜなら、大国の王子と知られたならば、彼女が態度を変えてくるのでは、と思ってしまったからだ。

「……な、名乗るほどの名前ではない……から」

 そう言って、俺はキャスケット帽を目深に被り直したのだった。

 当時、俺は自分の髪色が嫌いだった。どこに行っても注目されるのが嫌で、髪を隠すために外ではいつも帽子を被っていたのである。

 加えて、肌が痒くならないように、皮膚との摩擦が少ないシルクのブラウスを着ていた。ちなみにシルクは、婦人服に使われることが多い素材である。そんな珍妙な格好をした子供が王族であるなんて、彼女も夢にも思わないだろう。

 そんな失礼な態度をとっても、ユスティアが怒ることはなかった。

「ふふ、分かったわ。じゃあよろしくね、帽子くん」

 そして俺たちは、昼食後に絵を描き始めたのだった。

+

「ここは、こうやって描いていくといいかもしれないわ」

「なるほど」

 ユスティアの手ほどきにより、俺は順当に絵を書き進めていた。

 彼女の教え方が上手かったこともあり、クオリティは格段に上がっていた。もっと言えば、自分だけで描いたものと同じ画材で描いたとは思えない程であった。

「じゃあ、私もそろそろ色を塗り始めようかしら」

 指導をひととおり終わらせてから、ユスティアは自分の作品に取り掛かり始めた。見ると、スケッチブックには美しい風景が広がっていたのである。

「……わあ、凄いや」

「あら、ありがとう」

 素直に褒め言葉を口にすると、ユスティアは照れたように笑った。やがて彼女は、慣れた様子で色塗りを始めたのである。

「絵、そんなに好きなの?」

「ええ。景色を切り取って自分の‘‘色’’を加えて描いていくのが、とっても楽しいの」

 彼女の色。それは暖かな色であることはすぐに分かった。実際の景色よりも、ユスティアの描く世界は温かみがあり、どこか可愛らしいものだったのだ。

 やがて、俺たちは互いに絵を完成させた。そして自分はユスティアに名を明かさぬまま、彼女と別れたのだった。

 ユスティアの手助けもあり、俺は花の絵を無事に提出できた。人生最大の危機を乗り切れたのは、間違いなく彼女のおかげであった。

 家に帰ったあと、俺はすぐさまユスティアのことを両親に話した。そして、彼女にまた会いたいと言ったのである。

 その後、ユスティアがラフタシュの伯爵令嬢であること、ハリーストに親戚がいるので、その縁で写生大会に参加していたことが分かった。そして両親は、自分がまた彼女に会えるよう、準備を進めてくれた。

 しかし。その最中、信じられない報せが飛び込んできたのだ。

 ユスティアは一切絵を描かなくなり、家に引きこもっている。そして、とても人に会える状態ではないほどに、彼女は酷く落ち込んでいるのだと。

+次は11:12に更新予定。
どうしてもユスティアのことが忘れられないリシャルド。そんな彼が、起こした行動とは……?
お楽しみに♡
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

公爵夫人は愛されている事に気が付かない

山葵
恋愛
「あら?侯爵夫人ご覧になって…」 「あれはクライマス公爵…いつ見ても惚れ惚れしてしまいますわねぇ~♡」 「本当に女性が見ても羨ましいくらいの美形ですわねぇ~♡…それなのに…」 「本当にクライマス公爵が可哀想でならないわ…いくら王命だからと言ってもねぇ…」 社交パーティーに参加すれば、いつも聞こえてくる私への陰口…。 貴女達が言わなくても、私が1番、分かっている。 夫の隣に私は相応しくないのだと…。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

淡泊早漏王子と嫁き遅れ姫

梅乃なごみ
恋愛
小国の姫・リリィは婚約者の王子が超淡泊で早漏であることに悩んでいた。 それは好きでもない自分を義務感から抱いているからだと気付いたリリィは『超強力な精力剤』を王子に飲ませることに。 飲ませることには成功したものの、思っていたより効果がでてしまって……!? ※この作品は『すなもり共通プロット企画』参加作品であり、提供されたプロットで創作した作品です。 ★他サイトからの転載てす★

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

処理中です...